第68話 贖罪
「それじゃ……俺の中に黒斗が居るのを、ルナは知っていたのか」
「ん……声は……聞こえなかったけど……」
時刻は夜遅く。俺はベッドの中に入ったまま、ルナと話をしていた。
ルナが俺の体に抱きついたまま、俺の質問にぽつりぽつりと答えた。
俺が疲れて横になっていると、ルナが俺の中に居る黒斗の様子を聞いてきたので、こんな話をしている。
トリアナとリアは部屋には居ない。しばらく俺たちの様子を見ていた二人だったが。
途中から、寝る部屋を変えるとトリアナが言い放って、リアを連れて部屋から出て行った。
泊まる部屋の空きがあるのか心配ではあったが、戻ってこない所を見ると杞憂だったようだ。
「どうして俺にそれを言わなかったんだ?」
「クロが……理由を知ったら……おこると思った」
「俺が怒る?」
ルナはそんな事を言って、俺の胸に自分の顔をうずめた。
俺に怒られる程の理由か……今更だよな。
むしろ分からないことが多すぎて、知りたい気持ちのほうが高い。
そこにどんな理由があったとしても、多分怒りなんて湧いてこないと思う。
「怒らないから、聞かせてくれないか?」
俺はルナの頭を優しく撫でながら、そう語りかけた。
「ワタシは、幾つもの時代を駆け抜けて……クロの生まれ変わった、人生を見てきた」
ルナは真剣な顔になり、俺に出会う前の事を教えてくれた。
「クロは……時間を遡っても、時間を飛び越えても、必ず伴侶を得ていた」
時間を遡るだと……
ルナは未来どころか、過去にすら飛ぶことが出来るのか……
「クロフォード、クロエ、クロノ。みんな……だいすきなひとと……いっしょだった」
大好きな人と一緒か。黒乃みたいに結婚していたり、或いは恋人同士で仲良くしている所を、ルナは切ない気持ちで見てきたのかな……
うん? まて、今知らない名前が出て来たぞ……
クロフォードってのは誰の事だ……
ものすごく気になったが。それよりも先に、ルナに聞かなきゃいけない事があった。
「ルナ。時間を遡ったと言っていたが、過去の黒斗には会えなかったのか?」
「クロトは、ワタシの中に居たから……逢うことができなかった」
「どういう事だ? 黒斗の過去には行けなかったのか?」
「ん……」
ルナが俺の顔を見ながら頷いていた。
えっと……
少し分かり難いが。ルナの話した内容と、トリアナから聞いた話から推測すると……
黒斗は魂が半分になって、ルナと共に時間を飛んだから。黒斗の過去には行けなかったって事か?
実際に俺は、時間を飛んだ事が無いから分からないが。
過去を変えることは出来ない……いや、微妙に違うな……
ルナと黒斗が存在している過去には、飛べないって事なのか。
これが正解という確信は持てなかったが。俺は自分で納得できる範囲で、考えを纏める事にした。
「ワタシは、長い年月を旅して。ずっと……クロトに……逢いたいと願ってた……」
悲しげな表情を浮かべながら、ルナが言葉を続けた。
「いつの日か、逢えることを信じていたら……ねがいのまほうが……発動した」
「ねがいのまほうが?」
「ん……ワタシの中に……クロトの存在を感じた」
ねがいのまほうがルナの願いを叶えて、ルナの中に黒斗の魂のカケラが生まれたって事か?
「でもそれは……よわよわしくて……すぐに消えてしまいそうだった」
魔王なのに、ルナの魔力がそこまで高くないのは、その願いで力を使いすぎたからなのだろうか。
でもそれは、黒斗本人ではないから、儚い存在だったというわけか。
俺とルナの力で、人格が生まれた……そんな感じか。
俺とルナの力が混ざり合って、自分は生まれたという黒斗の言葉を思い出した。
「だから……まだ生まれ変わっていない……クロの器を探して……それをみつけた……」
俺はそこまで聞いて、最初にルナに出会った時の言葉を思い出した。
悪いがその転生体はかえ……渡して貰う――
そんな事を言っていたな……
あぁ、そうか……全てが繋がった。
まだ人格が確定していない、生まれ変わる前の転生体に。
黒斗の魂の欠片を入れて。黒斗を創り直すつもりだった……
つまりそれが……俺か……
俺が全て理解したと思ったのか、ルナは顔を伏せて泣いていた。
目的がないと俺と一緒に居られないと言ったのは、ルナの優しいウソだったのかもしれない。
「俺の力を引き出したとか、俺を強くするって言ってたのは……」
「それは、ホントのこと……めいおうに……クロをうばわれたくない」
「確かにそうだな……俺も死にたくないし」
「でも……ちゃんと教えなかったのは……ワタシの罪」
そうか……
俺にその身を任せたのは……贖罪だったのか……
「ルナ」
俺がルナに声をかけたら、その幼い体をビクッと震わせた。
そんなルナの体を、優しく抱き寄せながら――
「まったく……無理をしやがって……」
「ゆるして……くれるの……?」
「許すも何も、俺は怒っていないさ」
「ホントに……?」
「まぁ……あんな事までしておいて、今更なんだがな……」
「クロ?」
「俺を選んでくれて、本当にありがとう……愛してるよ、ルナ」
「くろぉぉ……」
伝える事が出来なかったアイツの代わりに、ルナに伝えたが。俺の本心からの言葉でもあった。
もしかしたら、未だに目覚めないアイツの人格が混ざっているのかもしれないが。そんな事はどうでもよかった。
「ルナ……少し待ってくれ」
「ん……?」
俺はルナから離れ、ベッドから出る。
テーブルがある所まで歩いて行って、その上に置かれている自作したバッグから、ある物を取り出した。
そして、ルナの元へとゆっくりと戻って行き――
「ルナ。左手を出して」
ルナが俺の言葉を聞いて、首を傾げながらも素直に手を差し出してきた。
俺は、ルナのその小さな左手の薬指に、オパールの宝石が付いた指輪をはめた。
「クロ?」
「うわ……合わない……」
ルナの手が小さすぎて、指輪がぶかぶかだった。
「あー……くそっ、サイズの事を全く考えてなかった……」
「だいじょうぶ」
「うん?」
「クリエイション」
ルナがそんな事を言いながら魔法を唱えたら、指輪のサイズがルナの指にぴったりになった。
「おお……そんな使い方もあるのか……」
「クロ……」
「なんだ?」
「うれしい……だいすき!」
ルナが俺に飛びついてきたので、その体を抱き寄せた。
「あぁ、俺も大好きだぞ……でも、服は着ような?」
生まれたままの姿をしているルナに、そんな事を言ってしまった。
「このままねる」
ルナがそう言って、俺をベッドの中に引きずり込んだ。
「風邪を引くぞ?」
「クロがあたたかいからへいき」
「そうか」
まぁ体温は高くなるだろうな、お互い裸だし。
そんな事を考えながら、ベッドに入って眠ろうとしたら――
「クロ……」
「うん……?」
「くろぉ……」
「え……?」
ルナが俺に抱きつきながら、甘えた声を出してきた。
「どうした? ルナ」
「もういっかい」
「へ……?」
そして……俺の体の上に乗り、ハァハァと息を荒げる。
「ルナ……さん?」
「ん……ちゅ……」
「んむ……待て! 俺はもう疲れ……」
「だぁめ」
俺はしばらく抵抗をしたが、虚しく終わる事になる。
ルナが甘えながら、俺の肩に噛みつき血を吸ってきた。
そして俺は……長い夜を過ごす事になった――




