第67話 情熱
「魔王って……アナタ大丈夫?」
最初に沈黙を破ったのはアリスだった――
「大丈夫じゃない、問題だ」
たぶん、よく分かっていないと思うし。思い浮かべている文字も違うと思う。
それでも俺がおかしくなったのかと思い、アリスは心配そうな顔をしてくれていた。
「クロちゃん。そのまおうって文字、普通の王様の王? それともすめらぎって読める方?」
「すめらぎと読める方の皇だな」
「ふむ……」
トリアナは俺の返答を聞き、何かを考えていた。
思い当たる節でもあるのだろうか?
王と皇の違いって、何か意味があるのかな……
「封印は完璧じゃなかったのかな」
俺が考え事をしていると、トリアナがボソッと不安になることを言った。
「おい。一人で納得してないで説明プリーズ」
「ごめん。いえない」
またかよ……
言えないなら仕方がないが、そればかりだよな。
「俺の前世の黒乃が、魔皇を名乗っていたぞ?」
「それはちゃんと確かめた? 皇の方だったって」
「いや……」
そう言われると……確かめたわけじゃないが……
俺は何故、まおうを自称する黒乃の言葉が、皇の方だと思ったんだ?
「何が何だかわからないのだけど……」
「くろぉ……」
話を聞いていたアリスがルナから手を放し、そんな事を言ってきた。
アリスから開放されたルナは。俺の側に寄って来て、まだ恍惚な表情をしていた。
ルナがやばいんだが、大丈夫なのかこれ……
縛られているから全く逃げられないぞ。
「ルナ。息が荒い、落ち着け」
「ハァ……ハァ……ゴク」
おい、なぜそこで唾を飲み込んだ……
「貴女は何を発情しているのですか!?」
「む……はなせ!」
話を聞いて呆けているアリスの代わりに、ソフィアがルナを捕まえていた。
そしてトリアナが少し考えた仕草をした後――
「そうだね。みんなに分かりやすくまとめると、クロちゃんが怒りっぽい性格になってるの」
「怒りやすい……ですか?」
エレンさんが真剣な顔をして、トリアナに視線を向けた。
「うん。自分の好きな娘にちょっかいを出されると、すぐカッとなるみたい」
「そうなの?」
「あぁ、どうやら自分でも制御出来ないみたいだ」
アリスに尋ねられて、俺は正直にそう答えた。
「それは問題あることなのかしら?」
「別にそれだけならいいのだけれどね。でも、クロちゃんが怒った時、常に手加減できるとはかぎらないよ」
そこが問題なんだよな。カイさんの時は手加減できたようだが、あの時も無意識だったし。
もし街中なんかで、俺の大切な女性たちが絡まれたりして。手加減をできなかったら、悲惨なことになる。
「そんな事が起こりそうになったら、誰かがクロードさんを止めればいいと思いますが。もし止められなくても、それは相手の自業自得なので問題はないと思われます」
エレンさんが優しそうな顔をして、恐ろしいことを言った。
「そうね……クロードの女に手を出す方が悪いわね」
エレンさん以上に、アリスの方が恐ろしかった。
「キミたちがそれでいいのなら、ボクはもう言わないけど」
「問題はありませんね」
「無いわね」
「わたしは……ルナさまにしたがいます」
エレンさんとアリスが納得したところで、トリアナがこの話を切り上げた。
リアの考え方は、少しルナに傾倒しすぎている気がする――
「まぁ俺も、できるだけ我慢しようとは思う」
「出来るだけですか?」
「ソフィアなら分かるだろ。本当に自制が効かないんだ……」
「そう……ですね……」
ソフィアは俺が目覚めてからずっと側に居たわけだしな。俺の異変に一番気づきやすかったはずだ。
それと……リアの事でグラさんに、俺がキレたのも含まれるのかなこれは。
「それじゃ、この話はおしまいにしてかいさーん」
「おい、俺の縄を解け」
「ちょっとまってなさい」
トリアナが全員に解散と言い出したので、慌てて俺はそう言った。
アリスがそんな俺を見て、縄を解こうとしてくれてた。
ルナなら魔法で解けそうだが。ソフィアにまだ捕まえられているし、俺は大人しく解かれるの待っていた。
「かったいわね~どうやって解くのよこれ」
「いたたたた……食い込んでる食い込んでる」
アリスが力いっぱい引っ張っていたが、縄は解けず逆に食い込んでいた。
そんな事をしていると、突如部屋の扉が開かれて女性が声を上げながら入ってきた――
「アリス!」
「え? エリスお姉さま……」
少し息を荒げながら部屋に入ってきた女性は、アリスの姉だった。
その姉はアリスと比べても、負けず劣らず美しい容姿をしていた。
「アッシュ兄様にアリスが帰って来たと聞い……て……」
そこまで言って、エリスさんは言葉を止めてその目を凝視させる
その視線の先には俺が縄で縛られていて、アリスがその縄を両手で引っ張っていた。
これはマズい……
状況がやばすぎて、絶対誤解されてる……
「あの……その……お邪魔してごめんなさい!」
そんな事を言い放って、エリスさんは部屋から出て行った。
「エリスお姉さま?」
「大丈夫、誰にも言わないわ! 頑張ってねアリス!」
「お姉さま!? 違います!」
あれ、これ前にも見たような……
俺は見た事があるような光景に既視感を覚えていた――
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「ルナ。この縄を解いてくれるか?」
「ん……わかった」
落ち着きを取り戻したルナが、俺を縛っていた縄を魔法で消してくれた。
「はー……やれやれ……エライ目に遭ったな。俺はそっち系の趣味はないんだぞ」
「ごめん。少しこうふんしすぎた。夜までがまんする」
俺の言葉を聞き、ルナが俺の耳元でそんな事をつぶやいていた。
アリスはお姉さんと一緒に、隣の部屋に行っている。エレンさんもアリスに頼まれて付いて行った。
「夜までって、そういうことじゃなくてだな」
「今はソフィが居るから……ダメだ」
ソフィアを見ながらルナがダメ出しをしているが、話が全く噛み合っていない。
何だか俺以上にルナの方がやばくないか?
アリスに言って、部屋割りを変えてもらった方が良い気がする。
アリスたちがお姉さんと話を終えて、俺たちは宿で食事を取り、早めに就寝をすることになった。
ちなみに部屋割りは却下された。どちらの部屋で寝ても女ばかりなので、やはり俺は見た目が年下組と一緒の部屋にされた。
そしてその夜、四人で寝ようとしたわけだが。皆が寝間着に着替えた後、俺はルナの寝間着姿に釘付けになった――
「ルナさん……その格好は何ですか?」
「ん……こうふんした?」
ルナが来ている寝間着は、スケスケのベビードールだった。
確かに気持ちは高まるが、これはやばい。
お、落ち着け俺……
俺は布団の中に入り、頭の中で気持ちを落ち着けようとしたら、ルナが俺の上に乗っかってきた。
「ちょっとまって。ねぇ……落ち着いてくださいルナさん」
「だいじょうぶ、いたくしないから」
「いやいやいや。全然大丈夫じゃないです」
「クロの……縛られてるすがたを見たら……がまんできなくなった」
うぉーい。マジでSに目覚めたのかルナは……
ルナがまた息が荒くなり、頬を真っ赤に染めている。
「ルナさん! 気持ちはわかったから、落ち着いてください」
「クロは……ワタシより……ソフィやアリスのほうが……いいの?」
ルナは少し悲しそうな顔をして、そんな事を俺に言った。
これはあれか……アリスの兄貴たちに、俺が言ったことを気にしているのか?
アリスやソフィアに、俺をとられると思ったのかな……
こんなに焦っているルナは初めてだよな……ここはしっかりと意思表示をして――
「そんな事はないぞ。俺はルナの事も大好きだ、僕は愛している」
それを聞いた俺は言葉を選び、ありのままの気持ちをルナにぶつけた。
うん? 今なにか違和感が……
「くろぉ……うれしぃ……だいすきぃ……んぅ……ちゅ……」
俺の返事を聞き、ルナは俺に激しくキスをしてきた。
ルナが本気になっている……これは何とかしないと……
俺は隣のベッドに居る、トリアナとリアの二人に視線を向けて――
「おい。見てないで止めてくれ!」
「え? むりむり……それよりも見てべんきょーする」
「はい……しっかりまなびます」
学ぶなぁぁぁ……
駄目だ、完全に逃げ場が無くなった……
「くろ……あいしてる……」
「せめてやさしく……アーッ!」
俺はルナに覆い被されて、身動きが取れなくなっていた。
力づくで抵抗しようと思えばできたわけだが、ルナの情熱を心から拒否することが出来なかった。
「うわー……はげしいねー」
「すごいです……ルナさま」
トリアナとリアの感想を耳で聞きながら。
俺は、俺を激しく求めてくるルナの行動を、止めることが出来ずにいた――




