第66話 実は◯属性
約二日がかりでシュバルテンについた俺たちは、この街の宿屋で泊まることにした。
最初はアリスの実家に行こうと思っていたが。どうやら当主のアルさんが、この国の王に呼ばれて登城しているらしい。
重要な会議があるらしく。戻って来るのは深夜だと、先に屋敷行って戻って来たカイさんが言っていた。
俺とアッシュさんは商人と一緒に、護衛の亡骸をギルドに届けていた。
なぜ城ではなく、届け先がギルドなのかと思っていたら。
三人の護衛はこの国ではなく、傭兵国の出身であり。この街のギルドで護衛の仕事を引き受けていたらしい。
俺はこの時初めて、ギルドで受ける護衛の仕事が、冒険者以外でも受けることが出来るのを知った。
亡骸を引き渡した後。カイさんが戻って来て、アッシュさんが俺を屋敷へ招待しようとしたが。
元々アリスの家だとしても、当主が留守にしている屋敷には行きづらかったので。
一日だけ宿に泊まって。翌日あらためて招待を受けることにした。
そして現在。宿屋の部屋にいる俺は、自分の置かれている状況に憂慮していた――
「なぁ……トリアナ……」
「なぁに? クロちゃん」
「なぜ……俺は縛られているんだ?」
そう……
今俺は、何故か身動きができないように縄で体を縛られている。
縛ったのはルナだ。トリアナの指示の下、魔法で縄をだして俺を縛り付けた。
「んー……なんとなく?」
「何となくって……せめて普通に縛ってくれよ……」
縄で腰をグルグルと縛り付けられているだけならまだ我慢ができる。
だが、ものすごく恥ずかしい縛り方をされていて、こんな格好を見られたくはない。
どんな縛り方なのかというと、いわゆる亀甲縛りと呼ばれるやつだった。
「指示したのはボクだけど、その縛り方に決めたのはルナちゃんだよ」
「ルナ……」
ルナは俺を見ながら頬を染めて、恍惚の表情をしていた。
そして自分の唇を舌舐めずりしながら、荒い息を吐く。
俺はそのルナの仕草を見て、背筋がゾクッとした――
まさかのS属性だと……こいつぁ予想外だったぜ……
てか、いったい誰にこの縛り方を教えてもらったんだよ……
「ハァハァ……クロ……」
「まてまてルナ! 落ち着け!」
「くろぉ……」
「ちょま、誰か止め……むぐっ!?」
ルナが吸血をするのかと思っていたら、何故か俺に濃厚なキスをしてきた。
その光景を見て他の女性陣は呆気にとられていたが、ソフィアとアリスが慌てて俺からルナを引き剥がした。
「うわー……舌まで入れて、だいたーん」
「ほぁぁ……ルナさま……すごい……」
「激しいですね……私も頑張らないと……」
トリアナが楽しそうにしているなか、リアが少し興奮していた。
エレンさんは、何かを決心しているようにも見えた――
「それで、どうしてこんな事をするのかしら?」
ルナを羽交い締めにしたままアリスがトリアナに尋ねる。
「それではこれより。第一回クロちゃん会議を始めます」
トリアナは周りを見回しながらそんな事を言った。
「なんだそれは」
「議題は、クロちゃんが短気っぽい性格なことについて」
「たんき……」
俺の言葉を無視してトリアナは話を続ける。
リアは何のことなのか分かっていないようだった。
「一番はじめに気がついたのが、ソフィアちゃんだったけど」
「はい。私がずっと一緒に居たクロード様は、忍耐力が高めだったと思います」
トリアナに言われてソフィアがそんな事を言う。
「アリスちゃんは、どう思う?」
「私は、クロードはめったに怒らないタイプだったと思うわ」
アリスは俺を見定めるようにしながらそう言った。
「エレンちゃんは?」
「そうですね。クロードさんは優しくて、我慢が強い子だと思われます」
エレンさんは、俺のことを我慢強い子だと思っていたようだ。
「リアちゃんは、なにかあるかな?」
「クロさまは……すばらしいおかたです」
「あーうんそっかー」
リアは全くブレなくて、トリアナは返事が棒読みになっていた。
「なぜ、ワタシには聞かない?」
一人だけ除け者にされていたルナが。アリスに羽交い締めにされたまま、トリアナにそんな質問をした。
「え? だってルナちゃんは、何があってもクロちゃんを肯定するでしょ?」
「フッ……当然だ!」
「それじゃ聞く意味が無いよ」
「むぅ……」
ルナの可愛いふくれっ面を見ながら、俺はもう一度トリアナに尋ねた。
「いったい何だよこれは……」
「クロちゃんも自覚はあるんじゃない?」
トリアナに言われるまでもなく、自覚はしていた。
まるで、自己中みたいなキレやすい若者になっている事に。
「……確かに、少し好戦的になっている気がしたが……」
「だよねー」
ソフィアの事を思うと、自制が効かなくなるだけだと思っていたが。
アリスの事にまで、簡単にキレそうになったからな……
カイさんとアッシュさんの、俺に対する対応が大人で本当に助かった。
「やるつもりなかったが……カイさんもぶっ飛ばしちゃったし」
「カインお兄さまを? どうして?」
「私がカイさんに手の甲にキスをされて、クロード様がお怒りになられました」
「いやー……あまりにも一瞬過ぎて、ビックリしたよあれは」
ソフィアが何があったのかを説明して、トリアナが感想を言っていた。
「クロード……」
「ついカッとなってやった、今は反省している」
俺は隠すこと無く、正直に自分の気持をアリスに伝えた。
アリスは少しため息を吐いたが、わかってくれたようだった。
「クロちゃん、原因はわかる?」
「前世の記憶に引きづられているからじゃないのか?」
「キミの前世の人たちは、そんなにひどかった?」
別にそこまではひどくなかったよな。黒斗は温和な性格だったし。
黒愛は知らん、あまり考えたくもない。最初に見た名前がわからない男は、たぶん黒斗寄りの性格だと思う。
あとは黒乃か……凄惨な人生だったが。女神のことは置いといても、別にキレやすい若者では無かったと思うし。
全員の性格を混ぜて凝縮すれば、今の俺の性格になるのか……?
「俺の前世のせいだとは言い切れないな、確信できないからな」
「ふーむ……わかったところで、どうしようもないから仕方ないね」
いくら強くてニューゲームだとしても。現在の記憶ごと、前世の記憶を封印はされたくないしな。
あとは……やはりアレかな……
「一つだけ心当たりはある」
「こころあたり? なにかなそれは」
「この街に来るまでの間に、自分のステータスを確認した」
「すてーたす?」
「クロード様の身体能力や置かれている状況などを、分かりやすく数値や文字で可視化したものです」
「へー、面白いことを考えるね」
トリアナが疑問に思っていたことを、ソフィアが丁寧に説明をしてくれていた。
「それで、そのすてーたすがどうなっていたのかな?」
「色々と変わっていたんだが。俺が一番ショックを受けたのが……名前がな……」
「クロード様の、名前が変わってしまったのですが?」
「変わっていたというか……付け足されていた」
「つけたす?」
ソフィアとトリアナの疑問に俺は意を決し、それを答えた――
「俺の名前が……魔皇クロード・ディスケイトになってた……」
俺は両手で顔を覆い隠そうとしたが。
腕を縛られていたため、それもできずに地面に顔を伏せた。
女性陣は呆気にとられているのか、言葉を発する者は居なかった。
そして……沈黙に包まれた空気が、五分ほど流れていた――




