第58話 悠遠の愛
「うーん……うーん……」
俺の話を聞いた後、トリアナはなぜかずっとうんうんとうなっていた――
三人の前世の夢の話を聞いている時の彼女は、多様な表情を見せてきた。
彼女が苦手としている、黒愛の記憶はあんまり意味がなさそうだったし、少し流した程度でしか話さなかったわけだが。
黒斗の話の時は「ルナちゃんカワイイなぁ……男ならお嫁さんにしたいよね?」とか言いながらニコニコ笑っていた。
黒愛の時は、うん……ひたすら無言になって、オマケに瞳のハイライトが消えて、うつろな目になっていた。
そして最後に、黒乃の記憶の夢を話したわけなんだが……
俺の話を聞いている最中に「ん……? あれ……? どういうこと……?」てな感じに疑問をいっぱい持ったあと、現在のこの状態である――
何かおかしな事を言ったか?
他の前世の夢と違って、黒乃の夢は見た回数が多かったから、できるだけ詳細に話したが。
しかし……
いい加減、腹が減りすぎて倒れそうになってきたんだが……
ソフィア遅いな……まだ帰ってこないのかな。
トリアナがうんうん言ってる横で、俺のお腹がひたすらグゥグゥ鳴っている。
それからしばらくして、ようやくソフィアが食事を持って戻って来た――
「お待たせしました。クロード様」
「あぁ、おかえり」
「トリアナ様は、いかがなされましたか?」
「さあ? 俺の前世の話を聞いてから、ずっとこんな状態になったぞ」
「何か……思うことでもあったのでしょうか……」
ソフィアが食べ物を載せたトレイを持ったまま俺の横に座った。
トレイの上には小さい土鍋みたいな物が載っていて。ソフィアが土鍋の蓋を開けると、食欲を誘ういい匂いが漂ってきた。
うん……? なんだこれ?
お粥……じゃないな、雑炊か?
この世界に来てから、今まで洋食系みたいな食べ物ばかりだったから、和食系は初めてだな……
「これは東の大陸から伝わってきた、伝統的な料理だそうです」
俺が土鍋に入った雑炊みたいなものをじっと見ていると、ソフィアがそう説明をしてくれた。
東の大陸か……
確か……アリスの着ている巫女服も、東の大陸で作られているんだったか。
異世界の日本みたいな場所なのかな。一度は行ってみたいな。
「ふぅ……ふぅ……はい。熱いので気をつけてくださいね」
ソフィアが木で出来たスプーンで雑炊をすくい。
フーフーして熱を冷ましながら、俺の口元に雑炊を差し出してきた。
「え……?」
なにこれ? すっごい恥ずかしいんだが……
「どうかなさいましたか? クロード様」
「いや……なんでもない……ありがとう……」
別に、一人で食事を出来無いほど俺は弱っていたわけではないが……
ソフィアは、そうするのが当然のことのように食べさようとしてきたので。
俺はお礼を言ったあと、大人しく口を開けて。あーんをした――
「本当は、お腹をすかせているクロード様に、たくさん食べていただきたかったのですが」
「お……うまい……ん?」
「宿のご主人に。寝たきりで弱っていたクロード様に、無理やり食べさせると胃によくないと言われましたので、このような物を作ってもらいました」
「そうか……」
俺は別に空腹以外は何とも無かったが。一週間も寝たきりだったから、内臓が弱っているかもしれなかった。
ソフィアに雑炊を食べさせてもらい。落ち着いた頃に、ようやくトリアナがうなるのをやめた。
大丈夫かなこの女神――
「それで? 何故ずっとうなっていたんだ?」
「えっとね……キミの前世のクロノ……だっけ?」
「黒乃がどうしたんだ?」
「うん。ボクが大神王様から教えてもらった内容と……だいぶ違うんだよね」
「は……? アストレア様が話した内容と違うだと……どう違うんだ?」
「キミはその、クロノがおじいちゃんになって……死んじゃうところを見たんだよね?」
「そうだな。場面が飛び飛びだったが、最後に俺が見た光景は……ルナに看取られて眠るクロノの姿だったぞ」
俺の返事を聞き、トリアナは腕を組んでなにかを考えている。
そしてそのあと、トリアナは信じられないことを言った――
「クロノが死んだ場所は……神界だったって……大神王様が言っていたよ」
「なんだと……」
「あと、歳も若かったって。キミが言うようなおじいちゃんじゃ……ないよ?」
これは……どういうことだ……
俺は確かにルナに看取られて、そして最後に……悲願をしながら逝く黒乃の姿を見たはずだ……
その後のことは俺が起きてしまったから見えなかったが……まさかあれから黒乃は生きていたのか……?
けど、老人じゃないって……ねがいのまほうで若返ったのか?
ねがいのまほうは、そんなことも出来るのだろうか。
考えてみるが答えが見つからない。ここにルナが居れば話を聞けるが、残念ながらここには居ない。
俺は気になったことをトリアナに質問することにした――
「神界で死んだって……どんな風にだ?」
「それは言えない」
「言えないって……なんでだ?」
「最重要禁止事項に設定されているから」
「最重要……? なんだそれ……」
トリアナの言葉を聞き、俺が疑問にしたことをソフィアが答えた――
「大神王様以下、全ての神族に適応されている設定事項です。神界を含め、全ての世界でそれを破ることは固く禁じられております」
「もし破ったら……どうなるんだ?」
「懲罰を受けることになります……」
「罰……?」
「ボクの場合……神格剥奪と、神族から追放だね」
とんでもないな、おい。神族から追放とかされたらどうなるんだよ……
黒乃は神界でいったいなにをやったんだ……サティナの事か?
「それは、聞けないな」
「うん。ゴメンね」
流石にそんな事になるなら無理に聞くことはできない。
神界とは関係のない、ルナから聞き出してもいいが……言いたくないだろうなぁ……
「クロちゃん。もう一つ聞きたいのだけど、いいかな?」
「なんだ?」
「クロちゃんの夢のなかで。クロノは……時間を……飛んだりしなかった?」
「はい……?」
黒乃が時間を飛ぶだと……そんな能力は持っていなかったはずだが……
いや……まてよ……
ねがいのまほうで……ルナに時間を超える能力を託したと、黒斗が言っていたな。
しかしそれは黒斗の生命を対価にしたわけで……黒乃も何かを対価にしたのか?
「わるいがさっぱりわからん。俺が見た夢では、黒乃はそんな事をしていなかったな」
「ふむー……」
「黒乃の記憶を全部見れたわけじゃないからな。もしかしたら、使っている場面を見れなかっただけかもしれん」
「そっかー……なら、この話はもうこれでいいかな。納得出来ないかもしれないけど、ゴメンね」
「そんな理由があるなら仕方ないさ」
謎すぎる俺の前世のことは気になるが、トリアナにそんな罰を受けて欲しくはないしな。
元々俺は転生をしたわけだし。最初から前世の記憶は、封印されてしかるべきだった。
ルナのことも黒斗のこともあるが……俺は俺だ、今の時代を精一杯生きるだけだ――
「そういえば……ソフィアは降格の罰を受ける事になるのか?」
俺は前にソフィアが言っていた、人間界に無断で行くと罰を受けるという話を思い出した。
「うん? なんで降格?」
トリアナが疑問に出し、ソフィアがそれに応える。
「私は転生神としての仕事を放棄して、無断でこの世界に来てしまいましたので……」
「あー……それね。別に罰なんか受けないと思うよ?」
「そうなのですか?」
「うん。だって、数多く居る転生神の中で、クロちゃんの転生をソフィアちゃんに任せたのは大神王様だしね」
「それはご命令を受けたので、何も疑問に思いませんでしたが……」
「大神王様も自分の中で、いろいろと葛藤があったみたいだよ?」
「葛藤ですか……?」
「そう。ホントは大神王様自身が、クロちゃんを転生させたかったみたいなんだけど……二人共前世を忘れていても、やっぱりソフィアちゃんに任せた方がいいだろうって」
ありがとうございます……アストレア様。
俺の中でアストレア様への信仰心が、グングン上がってきた気がする。
「ソフィアちゃんは自分の前世のことを、思い出したわけじゃないよね」
「はい。私は覚えてはいません」
「それならおっけーだよ、ただ……クロちゃんがソフィアちゃんを拉致ちゃったのは、さすがに大神王様も予想外だったみたいだけどね」
はい。ごめんなさい……アストレア様。
てか……なんでも知っているのか? この女神は……
すごい怪しくなってきたぞ……
「トリアナ」
「うん? なに?」
「この世界の女神にしては……なんでそんなに、色々と知っているんだ……」
「んー……ボクにもいろいろと事情があるんだけど……乙女の秘密ってことでなんとか」
乙女ねぇ……
「なにかな? その疑いの眼差しは?」
俺が訝しげな視線をトリアナに向けていたら、トリアナが俺を睨んできた――
「たしかに見た目は若いと思うが……というか若すぎだよな……」
トリアナの見た目はどう見ても10歳前後の子供だ。
20歳前後に見えるソフィアとは、女神として大違いだ。
「これでも、ソフィアちゃんの10倍は年上だよ?」
「マジでか……何歳なんだ?」
「3000歳ちょっと……?」
「え……じゃぁ、ソフィアは300歳くらいなのか?」
「ひどいですトリアナ様……私の年齢を、クロード様に教えるなんて……」
「ふぇ……? ボクのせいなの?」
ソフィアが自分の年齢バレをして、悲しそうな顔をしていた。
聴きだしたのは俺だから、別にトリアナが悪かったわけではないが――
「安心しろソフィア。俺はたとえ君が何歳だろうと構わない」
「クロード様……」
「永遠に愛してるぞソフィア」
「はい……私も……貴方を永遠に愛しています」
「うあー……アッツイねー……キミたち……」
愛し合っているのだから、当然だ――
「ホントに、だいじょうぶなのかなこれ……ソフィアちゃん……前世のこと思い出してはいないはずなのに……」
俺とソフィアが、ところ構わず愛のささやき合いをしている中で。
トリアナがそんな俺たちを見ながら、一人でずっとブツブツ言っていた――




