第56話 目覚め
四人分の前世の情景を夢で見た俺は、目が覚めるとベッドに寝かされていた。
夢からさめても、夢を忘れていない。頭痛もしないし、記憶もハッキリとしている。
俺は、寝ていた部屋で視線を彷徨わせ、辺りを確認するが誰もいない――
確か……俺が妙なことになって、アリスに叩きのめされてたんだよな。
それで。アリスを攻撃しようとして、自分で自分の魔法をくらった。
ここは見覚えのある部屋だな……商業都市ミルネアの宿屋か。
気絶して起きない俺を、アリスたちが運んでくれたのかな……
しかし、それで誰もいないってのはどういう事なんだろうな。
「ソフィア、黒斗、おーい?」
俺は自分の中に居る二人に声をかけるが、返事が返ってこない。
「むーん……眠っているのか? 状況を説明して欲しいんだが……」
ひたすら声をかけ続けてみるが、二人は起きる気配がない。
「おーい……そろそろ一人で喋り続けるのが、寂しくなってきたぞー……」
一人でブツブツと自分自身に語りかけていたら、不意に部屋の扉がガチャリと開いて女性が部屋の中に入ってきた――
「お。帰って来たのかアリ…………ス…………」
アリスが部屋に戻って来たと思い。名前を呼び、状況を説明してもらおうとした俺は、入ってきた女性の姿を見て硬直してしまっていた。
「よかった……目が覚めたのですね……クロード様」
その女性は長い金色の髪を、陽の光で輝かせながら俺を見て優しく微笑んでいる……
そしてその優しい顔は、誰が見ても振り返るような整った顔立ちをしていて……
女性の存在の全てが……見惚れるほど美しかった……
「御身体の方は、何ともありませんか?」
「あ……あぁ……」
女性が心配しながら俺の側によってきたが、俺は……まともに喋れなくなっていた。
「クロード様?」
その女性の……いや、彼女の存在を感じた時に……
記憶がフラッシュバックして……全てを投げ出しても彼女を手に入れたい感情が、俺の中に生まれた――
「サ……サティナァァァ……」
「ク、クロード様!?」
俺はベッドから抜けだして、叫びながら彼女の体に抱きついた――
「あぁ……ぁぁぁ……」
そして彼女に抱きついたまま、ただひたすら泣き続けた……
彼女は何も言わずに、俺の背中をずっと……優しくなでてくれていた。
「落ち着きましたか? クロード様」
「す、すまない……もう大丈夫だ」
「それはよかったです」
数十分ほど、彼女に抱きついて泣きじゃくっていた俺は、落ち着きを取り戻して彼女から手を離した。
自分の顔が涙でぐしゃぐしゃになっていて、ひどくみっともない……
俺がとても情けない姿を晒していたが、彼女は優しく微笑んだまま俺に語りかけてきた――
「クロード様……あらためて自己紹介をいたしますね」
「え……?」
「私の神名は。ソフィーティア・アルレインと申します……どうぞ、よろしくお願いします」
「あ……」
彼女に再び名前を名乗られて、俺は別人の名前を叫んでいたことを思い出す。
そうだった……
ソフィアはソフィーティアという名前だった……
彼女はサティナじゃない……しっかりしろ俺。
「わ、わるい……ソフィア」
「いえ。ちゃんと私の名前を呼んでくださるのなら、謝る必要などありません」
「あ、あぁ。それで……俺が気絶してからどうなったんだ?」
「クロード様が意識を失ってから、人間の時間で言いますと……あれから一週間ほど経ちました」
「一週間……」
ずいぶんと長いこと意識を失っていたんだな……
俺はベッドに座りながら、ソフィアに説明をしてもらっていた。
ソフィアは当たり前のように、俺の横に座って話してくれた。
「アリスたちは、何処に居るんだ?」
「あの娘たちは、北のアルツベルゲンに行っているよ」
俺の質問の後に、ソフィアではない違う誰かが返答をしてきた。
声の方向に視線を向けると、部屋の扉の付近にもう一人の女神様が立っていた。
「あれ……? 居たのか……トリアナ」
「ひっどーい! ずっとここに居たよ? キミにはそっちの女神しか目に入らなかったのかな?」
「ご……ごめんなさい……」
「まぁ……いいけどね……」
トリアナの言うとおり、俺の目にはソフィアしか映っていなかったので素直に謝った。
素直に謝罪した後、俺はトリアナに説明を求めた――
「それで……アリスたちが、北の魔導都市に行ったってのは……?」
「あの魔導士の亡骸を、還しに行ったんだよ」
「魔導士……ルナを攫った……アイツか……」
「そうだよ。ミルネアのお偉いさんに話をしてね。あの魔導士の出身地を聞き出して、馬車に載せて連れて行ったよ」
「殺した俺が言うのも何だが……なぜわざわざそんな事を……」
「んー……ボクも、放置でいいじゃん? って言ったんだけどね。可哀想だから連れて行く……だってサ」
優しいアリスらしいな……
まぁ。生前のあの男を見ていたら、アリスも放置したかもしれないが……
「他の三人も、アリスに付いて行ったのか?」
「うん。エレンちゃんは、アリスちゃんから離れないと言って付いて行ったし。ルナちゃんは当事者だったしね」
エレンさんがアリスから離れたくなかった理由はわかるが、ルナまで付いて行ったのは意外だったな……
「ルナちゃんは、最後までイヤだって渋っていたけどね。アリスちゃんが無理やり連れて行ったよ」
無理やり……アリスらしくないな……
なにか思うことでもあったのだろうか。
「リアちゃんは、ルナさまが行くなら私もついていきます……って言ってた」
うん。リアはぶれないな。
「それじゃ。次はボクから質問だけど……いい?」
一通りの説明を聞いた後、トリアナが俺にそう言ってきた――
「キミは、どこまで覚えているのかな?」
「トリアナに案内されて。ルナを助けるために魔導士と戦って……俺がおかしくなって、アリスと対峙していたことは覚えているぞ」
「んー……その辺の記憶は消えていないんだね」
「あぁ。アリスを倒そうとして、魔法を使って……気絶したんだよな」
「見事な自爆だったよね」
「う……」
「さぁ……愚か者をその力で飲み尽くすがいい……とか言っちゃって、自分の魔法で吹き飛ばされて……」
「うぁ……」
「キミはじつにバカだな……」
うわぁぁぁぁ……
やめてくれ……思い出すだけでも情けないのに、他人から言われると余計恥ずかしすぎる……
俺の愛すべき人の、敵となる愚か者は……俺でした……あぁ……俺は貝になりたい……
「それじゃ……キミの前世の記憶はどう? 一応封印には成功したと思うんだけど……」
「え……? 封印?」
「うん。大神王様の封印が崩れかかっていたから、リアちゃんに手伝ってもらって……ボクが修復したんだけど……」
俺の前世の記憶を封印だと……
何故そんな事をするんだ?
あぁ……そうか……
転生する時に生まれ変わる人は、前世の記憶を封印するとか……ソフィアが言っていた気がするな。
「全て思い出せるわけじゃないが、だいたいの事は思い出せるぞ?」
「え……思い出せるの?」
「あぁ。四回分の前世かな……?」
「へ……?」
トリアナとそんな話をしていると、黙って聞いていたソフィアが話しかけてきた。
「クロード様の……四回分の前世ですか?」
「そうだ。確か……最初のやつは名前が出てこなかったから……知らないが……」
俺は夢で見た、それぞれの人物の名前を思い出す――
「他の三人は……クロト、クロエ、クロノ……だったよな……」
「クロード様の直前の前世は、思い出せないのですか? 蔵人様……でしたか?」
「む……俺の直前の前世……?」
そう言われてみれば……転生の時に最初に思い浮かんだ名前が、蔵人だったな……
朝宮黒斗、昼間黒愛、夕城黒乃、夜神蔵人……あれ? 一人分の前世がたりねーぞ……
「トリアナ。何故か俺の……直前の前世だけ思い出せないんだが……」
そのことが気になってトリアナに質問をしたが、トリアナは何故か両手で頭を抑えながらガタガタ震えていた。
「ひるま…………くろえ…………」
「トリアナ……? どうしたんだ?」
「ひ……ひぃ……」
声をかけると、トリアナは凄く脅えた声を出していた――
「おい……大丈夫か? トリアナ?」
「うぁ……くるな……来るな……ボクは……レズじゃない……」
レズ……?
何を言っているんだ? トリアナは……
「くるなよ……近寄るな……ボクは……キミの……ハーレムなんてゴメンだ……」
ハーレム……?
何のことだ? トリアナのトラウマでも、刺激したのか……?
俺はしばらく声をかけ続けていたが、トリアナは全く聞こえていない様子だった。
ブツブツと喋りながら、ひどく怯えている女神を俺はどうすることも出来ずに。
トリアナが我に返るまで、ソフィアと話すことにした――




