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第55話 追憶 其の四

ここは……

黒乃と女神が住んでいた家か。


場面が切り替わり、新しく見えてきた場所は二人が住んでいた家の寝室だった。

女神がベッドに寝かされていて、黒乃は椅子に座って自分の妻をずっと見続けていた――

二人の直ぐ側には、アストレア様が居た。


あの場所から逃げることが出来たのだろうか……

無事……とは言えないよな……


女神は布団を被せられていて、顔しか見えないがその体がどうなっているのか想像に難くない……

黒乃は生きているが、生気が失われたような有り様で片腕と片目が失われていた。

しばらくして、アストレア様が口を開いた――


「この娘は抵抗しなかった……いえ、その力さえ失っていましたか……」


「…………」


「御霊はもう還りましたが、サティナの亡骸も神界に持ち帰ります」


「サティナは……生き返る……のですか……?」


「慰めになるかはわかりませんが、生まれ変わることにはなります」


「だ、だったら……すぐに……」


「今すぐには無理です、神の転生は人間とは違い……とても長い時間を必要とします。それこそ……貴方が生きている内に再会することはできないでしょう……」


「そんな……」


「それに。たとえ生まれ変わったとしても、新しい生に新しい体、この娘とはもう別の存在です」


「…………」



アストレア様の話を聞き、黒乃はますます悲痛な顔になる。


どれくらいの時間が経っただろうか……

アストレア様が暫く語りかけていたが、黒乃はずっと上の空だった。


そして……二人の別れの時がやってきた――



「もう……いいですか……?」


黒乃はアストレア様の言葉を聞いて立ち上がり、女神の傍に行き……その唇に優しくキスをした。


「たとえ……何度生まれ変わろうとも、ボクはずっとキミを愛してるよ……サティナ……」


黒乃の、その後ろ姿を見ていたアストレア様が、少しだけ涙を流していた。

女神の……いや、サティナのその顔は微笑んでいるようにも見えた……



それからの黒乃人生は凄惨を極めたものだった……

自らを魔皇と名乗り、勇者と呼ばれる者を目の敵とし、敵になる者は全て葬っていった……

いつからか願いの魔法を発動できるようになり、異世界人の敵として世界中から嫌われていた。



俺は何度目かの場面の切り替えに遭遇した後、どうやら黒乃の人生の終着点に着いたようだ。

目の前には、80歳くらいの老人の姿になった黒乃がベッドに横になっていた。

黒乃は愛するサティナと別れた後も、つれあいを作らずに、ずっと一人きりの人生を送っていた。



家の扉が開いて、小さな女の子が黒乃の側に近寄ってくる。

女の子はルナだった……その姿は全く変わっていない――



「これは……大魔王陛下……御久しゅうございます……」


「くろ……」


「陛下と呼ぶ……ご無礼をお許し下さい……」


ルナがとても悲しそうな声で黒乃の名前を呼ぶ。


黒乃は別にルナの直属の部下になったわけではない。

異世界に絶望し、異世界人を憎み、そして数少ない魔族の味方をするようになった。


味方といっても直接仲良くしていたわけではないが、魔族が人間に襲われているとそれを助けたり……

人間よりも弱い魔族を見つけたら、住む場所を探していたりしていた。



魔族の敵となっていた勇者が、その魔族の味方をするとは皮肉にもならなかったが……


そして……

かつて魔王と自称していた少女の事を思い、いつからか信仰するようになっていた。



「ルナティア様は何時の時代でお会いしても……御姿は変わらないのですね」


「わたしの時はもう、とまっちゃったから……」


「羨ましい限りですな……」



二人はたわいのない会話をしていた……

はたから見ると、仲の良い爺さんと孫娘みたいだ。



「ルナティア様……失礼なことを申しますが……あまり人間の前で幼い喋り方をするのはよした方がいいですよ」


「どうして……?」


「唯でさえ、そのお姿はあまりにも幼いのですから……甘えるような喋り方をしていては人間に舐められてしまします」


「わかった」


「ご無礼なことを言って、申し訳ありません」


「いい、クロはわたし……ワタシのことを思って言ってくれてるから」


「勿論ルナティア様に好きな人が出来たら……存分に甘えても構わないと思います」


「ん……好きな人が出来たら、そうする」



ルナが時々口調変がわっていたのは、この約束を守ろうとしていたんだな。


時間を忘れるくらい、二人は楽しそうに話をしていたが。

ついに……別れる時が来たようだ――



「ルナティア様に……看取って貰えることができるとは……最後にまた幸せになれました……」


「くろぉ……くろぉ……」


「初めてお会いした時……ルナティア様のご好意に、応えることが出来なかったのは……申し訳ありませんでした」


「そんなことない! クロはわたしを大事にしてくれてた!」


「ルナティア様のことは好きですが……私は……今でも……サティナの事を愛しています……」


「うん……うん……わかってる」


「ルナティア様……おさらばで御座います……」


「うぅ……ぅぅ……」


「もしも……また……生まれる変わることができるのなら……もう一度キミと出逢って……今度は最後まで……キミを幸せにしてあげたいな……愛しているよ……サティナ……」


「くろぉ……」




黒乃の最後の悲願は……

愛した女性こそ違うが……黒斗と同じ願いだった――

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