第50話 魔皇
「あ~ぁ……やっぱり……こうなっちゃったか……ボクには荷が重すぎるよ……大神王様……」
床に倒れていた俺は、服についた埃を払いながら起き上がる。
そんな俺を見ながら、トリアナが何かをつぶやいていた。
「ウゥゥゥ……」「ガァァァ……」「シャァァ……」
主人を吹き飛ばされた、狼と熊と蛇の影が俺を威嚇してきた。
「ウザいな……」
影を消し飛ばそうとしたが、逃げられると面倒なので閉じ込めることにした。
「セイクリッドプリズン・クリエイト」
俺が創りだした光の牢に影を閉じ込める――
「ぐ……う……貴様……何だその力は……」
「あん? まだ生きていたのかメガネ」
俺が魔法でぶっ飛ばした魔導士が、眼鏡をかけ直しながら起き上がってきた。
陛下が側に居たから手加減をしたが、加減を間違えたか。
めんどくせぇな……
「ちゃんと止めを刺してやるから少し待ってろ」
『クロード様……』
《蔵人……》
俺の中に居る愛しい人と、邪魔者が俺の名を呼んでいる。
「あぁ……ごめんなサティナ……すぐにゴミを片付けるよ」
『サティナ? 何を言っているのですか? クロード様……』
《蔵人……いったいどうしたの?》
「俺の勇者は黙っていろ」
《な……》
「うーん……これはまずいね……みこを呼んでくるか……」
しばらく俺の様子を見ていたトリアナが、何かを言い放ちその姿を消した。
「さて……まずはこいつらだな……」
目の前に居る存在を一瞥する……
俺は牢に閉じ込めた影を見ながら、その願いを詠唱した――
「夕城黒乃……名を改めクロノ・ディスケイトの名の下に……」
「ボクが創造するべき力よ…………ん……?」
『え……? クロード様?』
《ゆうき……くろの……?》
「あぁ? この名前じゃ、使えないのか……くそっ……」
俺はもう一度、願いを詠唱し直す――
「夜神蔵人……名を改めクロード・ディスケイトの名の下に……」
「俺が創造するべき力よ……」
「天空より降り注ぎ、闇を消し去る聖なる光よ……」
「俺の名と魔力を糧とし」
「俺の邪魔をするゴミ共の、その全てを葬り去れ」
「セレスティアルシャイン・クリエイト!」
「な……ギャァァァァァァァァ……」
聖なる光の柱が降り注ぐ魔法で、影を吹き飛ばしたが、遠くに居たメガネも巻き込まれていた。
「おい……勝手に死ぬなよお前……」
あんな遠くに居たのに、巻き込まれて死ぬとか自分勝手な奴だな……
『クロード様……この力はいったい……』
《低レベルなのに……何この魔法……》
「クロ……」
サティナたちが驚いているが、俺はボクの名前を呼んだ人のもとに駆け寄る。
そして、その体に巻き付いていた拘束具を取り外した。
「ボクが側に居たのに、こんな事になってしまい申し訳ありません大魔王陛下」
『大……魔王……?』
《陛下……?》
「クロ……記憶が戻った……?」
「記憶……?」
はて? どうだろ……
ボクは……いや、俺は……
記憶について少し考えていたら、頭がガンガンし始めた。
「うーん……思い出そうとすると、滅茶苦茶頭が痛いですね……」
「いい……むりに思い出さなくても……いい」
「はっ! ご厚情痛み入ります……陛下」
「そのよび方はやめて……」
「はっ! 申し訳ありません……ルナティア様」
「むぅ……」
俺の言葉に陛下……もとい、ルナティア様が俺を睨んでいる。
ふむ……気に障ることを言ってしまったようだ……
《これはいったいどういう事なの、説明してルナ! あぁ……僕の声は……ルナには聞こえないんだった……》
『ルナ、クロード様の……この状態は何なのですか?』
「ソフィ……」
サティナは俺の状態が気になるようだ。
よし……ではルナティア様に変わって、愛しい人に自分が説明をしよう。
「それは俺が説明をしよう、サティナ」
「私の名前はサティナではありません!」
「む……」
あの優しかったサティナがずいぶんと変わってしまったな……
どうやら俺は、愛しい人を怒らせてしまったようだ。
だが! 俺がサティナを愛している気持ちは変わらない。
「では……えっと……ソフィーティアだったか? うん。いい名前だ」
『…………』
「俺の今の状態は、前世の記憶を思い出し……てはいないな……」
ぬーん……なぜだ……少ししか前世が思い出せん……
そして頭がガンガンする。静まれ! 俺の頭よ!
「ソフィ……クロは……前世のことを思い出しかけているんだ」
『前世の記憶を……ですか?』
ルナティア様が、俺のことを説明し始めてくれた。
有難う御座いますルナティア様……
「うん……二代前の……前世のことだ」
《二代前……直前じゃないんだ……》
直前の記憶は、たしか蔵人って名前だったな……
こっちの記憶も思い出せないぞ……どうなっているんだ俺の頭は。
「クロは勇者として……異世界を救ったが……最後は人間に裏切られた……」
『人間に裏切られた……?』
《勇者……》
思い出すだけでも腹立たしい……気がする……
なんだっけ……たしかサティナが人間に――
「あぁ……そうだった……あいつらは……ボクのサティナとボクの子供を……」
「がああああああぁああああああああぁああああぁぁぁ……」
「クロ!」
『クロード様!?』
《蔵人……》
ボクの頭の中に、あの時の光景が思い浮かぶ――
サティナを騙した民、その身柄を拘束した姫……
愛しい人を捕まえられ、それを助けに来たボクを取り囲む兵士……
そして、ボクの目の前でボクの愛した人を殺した勇者とそれを見て笑う王……
「あああああああぁぁぁああぁぁぁあぁぁあぁぁあぁぁ……」
「全ての異世界人はボクの敵だ!」
「ボクを利用した王も姫も兵も民も……」
「サティナを殺した勇者はスベテボクノテキダアアアアァァァ!」
ボクの心の中にドス黒い感情が渦巻く――
「ユウシャ……ユウシャメ……オォォォォ……」
「クロ! だめ!」
「ひっ……ひぃぃ……」
ルナティア様が、俺を制止しようとしていたが……
俺の耳には、遠くから聞こえてきた悲鳴が気になった。
アレは……アハ……生きてるじゃないか……
俺は遠くで地べたを這いずり回っていた、この世界の勇者のもとに歩いて行く――
「ひぃ……く、くるなっ……」
「よく生きていてくれたね……ボクは嬉しいよ……」
「あぁ……ぁぁ……」
「キミに素敵なプレゼントをあげよう……」
『ク、クロード様?』
「ボクが死ぬ直前に感じた想いを、キミに見せてあげる……」
頭の中に言葉が浮かぶ、うん。今度はうまく出来るようだ。
ボクは勇者に向かって自分の願いを詠唱する――
「異界の復讐者の名の下に……」
「ボクが創造するべき力よ……」
「皇の末魔を再現し、彼の者にその痛みを与える力を……」
「魔皇の名と魔力を糧とし」
「皇の怨嗟と悲哀と憤激と慟哭の、その全てを与える」
「ロードオブペイン・クリエイト!」
「あ……あぁ……アギャァァアァア……」
ボクの想いが勇者に届いたようだ……
勇者は……最後に素敵な断末魔をあげ、その場に倒れた――
「ふふふ……あはっ……あははははは……」
「クロ……」
「クロード様……」
《…………》
素敵な言の葉の音を聴き……
ボクの心には素晴らしい感情が澄み渡っていた――




