表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/259

第5話 夢

 

 俺はいったい、どうなったんだっけ……


 俺の目の前には、どこかのお城の謁見の間らしき場所が見える。



「勇者よ、造魔討伐ご苦労だった」


 玉座に座っている銀色の髪をした妖艶な女性が、少年に向かって話しかける。

 すごく誰かに似ている気がするけど、誰に似ているのか思い出せない。

 とても広い謁見の間には、この女性と勇者と呼ばれた少年の二人しか居なかった。


「はい。討伐に時間がかかってしまい、申し訳ありません」


「構わん。我が夫も東の大陸で苦戦を強いられているからな、オマエにばかり苦労をかける」


「いえ。それよりも大魔王さま、冥王の動向は判明したのでしょうか?」


「詳細はまだ不明だが、分かり次第知らせる。尤も、奴の最終目的は我々なのだ。その気になれば、いつでもここに来るのだろうな」


「そう……ですね」


 大魔王と呼ばれた女性は、苦虫を噛み潰したような顔になりながらそう答える。

 勇者と呼ばれた少年もそれを聞いて、落ち込んだような表情を見せていた。


「奴はオマエの力とワタシの魔力を奪い……その先は何を求めているのだ」


「わかりません。どうしても叶えたい願いがあると言っていましたが……」


「叶えたい願い……か」



 大魔王と呼ばれた女性は玉座から立ち上がり、バルコニーの方へと歩いてゆく。

 勇者の少年も少しだけ何かを考えるような仕草をしたあと、女性の後ろを追っていった。



 バルコニーから外の景色を眺めながら、二人は先程の話の続きをし始める。


「申し訳ありません。人間の……しかも勇者でもある僕を助けたばかりか……」


「ワタシがオマエのことを勝手に気に入ったダケだ、種族の違いや勇者のことなど関係ない」


 悲痛な表情を見せながら謝っている勇者に、大魔王は優しく微笑む。

 そして女性は再び外の方へと視線を向けたあと、頭上を見上げた。


「聖王や大聖王は動かぬのか……人を侮るでないぞ、大神王よ」



 ◆◇◆◇



 大魔王と呼ばれていた女性に、娘と逢って欲しいと言われた勇者は長い廊下を歩いて行く。


 その娘に逢えるのが嬉しいのか、心なしか勇者も顔をほころばせていた。

 そうしてたどり着いた部屋の前で、勇者は自分の髪をサッと整える。


「クロ!」


 勇者が扉をノックして部屋の中に入ると、椅子に座って本を読んでいた少女が彼に気づいた。


「クロ! おかえり」


「やぁ、ルナ。ただいま」


 少女が名前を呼びながら勇者に抱きつき、勇者も少女のことを優しく抱きしめる。

 二人は年の離れた恋人同士なのだろうか。勇者の少年と違って、少女は幼すぎる気もするが。


 勇者と少女は十歳くらい年が離れているようにみえた。

 少女は母親譲りの銀色の髪に、蒼と朱の瞳の色をしている。

 少年に向かってはしゃぐ姿は元気いっぱいで、勇者の少年もその少女を見て破顔していた。


「にしのほうはどうだった?」


「うん、やっぱり敵の進行が激しかったね」


「そっか……」


「大丈夫、ルナは僕が必ず守ってあげる」


「うん!」


 少年の言葉を聞いた少女は暗い表情になっていたけれど、それもすぐに明るい顔に戻る。


「そうだ! わたしね、おかあさまからちからをさずかって、おとうさまとおなじまおうになったんだよ!」


「へぇ! それはすごいね!」


「うん! だから……こほん」


 少女は少しだけ真面目な顔になり、可愛らしい咳払いをする。


「クロをワタシのおっとにしてやろう」


「あははは、なんだいそれ? 大魔王さまの真似かい?」


「へ、へんじは!?」


「うん、そうだね……」


 勇者の少年はそうつぶやいて、少し照れくさそうな仕草をする。


「ルナがね、もう少しだけ大人になってからかな? 僕は年上のお姉さんが好きだし?」


「なによぅ……それぇ」


「あははは、ごめんごめん」


 ポカポカと少年のお腹を殴る少女の頭を、少年は優しく撫でる。


「でも……魔王が勇者に結婚を申し込むってのは、どうなんだい?」


「いいじゃない! わたしはくろのことがすきだし、おかあさまだってまえにやっていたじゃない!」


「それはそうだけど……まいったな……」


「それとも、やっぱりおかあさまとけっこんしちゃうの?」


 少女の上目遣いから、勇者の少年はそっと視線を逸らす。


「人妻はちょっと……」


 少年の小さなつぶやきが、聞こえてきた気がした。



 ◆◇◆◇



「う……うぅ……ルナ!」


『クロード様!』


「お? 気がついたか、坊主」


 あれ……? 俺は寝ていたのか?


 俺は気がつくと、見覚えのないベッドの上に寝かされていた。

 自分の中にいるソフィアと、目の前にいる知らない男性に声をかけられたけど、状況がまったくわからない。


「えっと……」


『この方が、クロード様を助けてくださったのですよ』


「ここはバルトディア王国の城下町だ。そしてこの場所は、竜の祝福亭っていう名前の宿屋の部屋だ」


 俺がひとり混乱していると、ソフィアと目の前にいる男性が状況を説明してくれる。


「坊主が剥ぎの梟のアジトで血塗れで倒れていたからな、俺がそれを見つけてここまで運んできたんだ」


「はぎのふくろう?」


「この辺りじゃそこそこ名の知れた盗賊団なんだが……坊主は知らなかったのか?」


「あ……その……」


 知らない単語をつい聞き返してしまい、言い訳が思いつかない。


「ふむ。そうだな……まずは自己紹介といくか」


 男が椅子から立ち上がり、その体躯を俺に見せてくる。


 でかい……


「俺の名前はギルバート・バーンシュタインだ。坊主の名前は何だ?」


 ギルバートと名乗った男は、見た目が30代半ばくらいだろうか。

 少し薄い茶色が混じった赤髪で、筋骨隆々の逞しい体つきをしている。

 身長は190cmくらいで背が高く、銀色の高そうな鎧に背中にはマント。

 そしてすぐそばの壁には、身の丈ほどの大きな大剣が置かれていた。


『うわー……王様みたいな名前で、めちゃくちゃ強そうな人だな』


『はい、とっても強かったですよ』


『言わないで! 怖いから』


 心の中でつぶやいた言葉をソフィアに肯定されて、思わず反論してしまう。


「えと、クロード……ディスケイトです」


「クロード・ディスケイトか……名字があるということは、坊主は貴族なのか?」


「いえ、貴族じゃないです」


「そうか……坊主は変わっているな」


 この世界で名字を名乗るのは大金が必要らしく、持っているのは貴族ばかりで、平民あまり名字を名乗らないのだそうだ。


 ということは、ギルバートさんは貴族なのかな。


「平民の中には名字を欲しがる物好きもいるそうだが、坊主もその類いか?」


「まぁ、そんなところです」


 今更名乗った名字は違いますなんて言えないので、そういうことにしておく。


「坊主はひょっとして……勇者なのか?」


「はい……?」


 ギルバートさんの唐突過ぎる質問に、俺は裏返った声が出てしまう。


「……」


 彼は俺の反応を見るように、こちらをジッと見てくる。

 無言で見られ続けていた俺は、少しだけその視線が痛い。


『俺は……勇者じゃないよね?』


 沈黙の場に耐えられなかった俺は、心の中でソフィアに話しかける。


『その……勇者というのは、自ら名乗り出るものなのでしょうか?』


 確かに彼女の言う通り、勇者というのは他人から称えられるものだと思う。

 貴方は勇者ですか? と聞かれて、そうです私は勇者なんです。なんていう奴がいたら怪しすぎる。


「その黒い髪に黒い瞳、そして名前と苗字がある。異世界の勇者の特徴に、そのままなんだけどな」


「え……?」


『今この人何と言った? 異世界の勇者?』


『ちょっと待って下さい』


 俺の心のつぶやきを、慌てたソフィアの声が遮る。


『異世界の勇者という言葉も気になりますが、クロード様は黒髪ではなかったはずです』


 言われてみればそうだった。転生する前に、俺は髪の色を茶色にした。

 この世界に来ていきなり牢屋の中にいたから調べる暇など無かったが、俺の髪の色は黒になっているのだろうか。


『あぁ……やはり転生は失敗だったのでしょうか』


 勝手に落ち込むのはかまわないけれど、俺が不安になるようなことは口にしないで欲しい。


「まぁいい、何か事情があるみたいだしな。坊主はこれからどうするんだ?」


「そう……ですね」


 ギルバートさんは一人納得してくれたが、俺はこれからのことを聞かれて困ってしまう。


 命を助けられたのは良かったけど、知らない街に放り出されるのもつらいし。

 服は来ていたけど、お金もないんだよな。


「あ……」


「どうした?」


「いえ、その……すごく言いにくいのですが、ここを払うお金を……持っていません」


「あぁ、それは俺がもう払っているから気にするな」


 俺が申し訳ない気持ちでいっぱいになっていると、ギルバートさんは笑ってそう言う。


「そうか、坊主は無一文なのか。なら、冒険者ギルドに登録するか?」


「冒険者ギルド?」


「おうよ。見たところ冒険者カードも持っていないみたいだし、登録してないんだろ?」


「それは……はい、そうですね」


「ならそうしろ。俺が紹介してやるから、身分証明も必要ない」


 無一文で生きていくのは辛いので、俺はギルバートさんの提案に乗ることにした。



「それじゃ、宿代はもう払っているから今日はゆっくりと休め。明日の朝にでも迎えに来てやるからな」


「はい」


「あと、食事代も出しといてやるから宿の主人に言って食わせてもらえ、あんまり遅くなると食えなくなるぞ」


「何から何まで、ありがとうございます」


「おうよ、気にするな」


 御礼の言葉聞いたギルバートさんは部屋から出ていく。

 しかし扉を閉めないで徐に顔だけだして――


「そうそう、ルナってのは坊主の恋人か?」


「ぶっ」


 ギルバートさんの思わぬ不意打ちに、俺は吹き出してしまう。


「ははははは、恋人は大切にしろよ」


 それだけを言って、ギルバートさんは笑顔で去っていった。


「あ! そういえばルナは?」


 そして俺は、今頃になって終始無言だったルナの存在を思い出していた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ