第45話 宿命
幸せか……結婚すればそれで幸せってわけでもないよな。
それこそ、幸せなんて人それぞれだろうし。
宿屋へ向かいながら、俺は幸せについて考えていた。
《悩んでいるね、蔵人》
《そりゃ悩むだろ普通……》
考え込んでいた俺に黒斗が話しかけてきた。
エレンさんと話している時は、ソフィアも黒斗も空気を読んで黙っていてくれた。
《お相手も……多いしね》
《う……》
勢い任せとはいえ、俺は困難な道を選んでしまったわけだ。
だがしかし、男の夢は捨てきれなかった……
《やっぱり俺は、優柔不断だよな……》
《出会った女性に手当たり次第、手を出す人よりマシだと思うけど》
《あんまり……変わらないんじゃないか?》
確かにまだ手を出していないが、状況は近いものがある。
誘惑なんてされたら、抗う自信なんて無いしな……
《そうかな?》
黒斗と会話をしながら、人が多い道を進んでいく。
なんか……急いでいる奴が多くないか?
商人の街ってのは、こんなものなのかな。
人の流れをよく見ると、慌ただしく人が流れていく。
商売のためというよりも、まるで避難しているようにも見える。
これからなにかあるのか?
「そこの……少年」
「うん……?」
「占いなどは……いかが?」
立ち止まって人の流れを見ていた俺に、怪し気なお姉さんが話しかけてきた。
建物の間に店を構えていて、そこに机と椅子がある。
顔が見づらいくらい深くフードをかぶっていて、水晶に手をかざしている。
如何にも占い師だという格好だが、物凄く胡散臭い……
『占い師の……方でしょうか?』
《何だか……胡散臭いよね》
だよな……あんまり関わりたくない。
「悪いけど、間に合っているんで……」
そう言いながら俺はその場を離れることにした。
そんな俺に向かって、占い師が気になる言葉を口にした……
「魔王……女神……勇者……」
「え……?」
「少年の中に居る三人……不思議」
『クロード様……』
《僕たちのこと、がわかるのかな》
俺の中に居るソフィアたちの事がわかるのか……
凄く胡散臭いが、占う力は本物のようだ。
どうするか……
「興味が惹かれただけだから……お金なんて要らない」
「む……」
タダなら実害がない、話を聞かせてもらうか。
「クロードさん、どうしました?」
占い師のお姉さんに近づいていこうとしたら。
前を歩いていたエレンさんが戻って来て、俺に話しかけてきた。
「えっと……ちょっと買いたい物があるので、先に戻っててください」
「お買い物ですか。わかりました、では先に宿屋に戻りますね」
内容が内容だったのでエレンさんには先に戻ってもらい。
俺は一人で占い師に話を聞くことにした。
「それで、さっきの言葉の事だが……」
「せっかち……まずは水晶でキミの事を観たい」
「わ、わかった」
落ち着かない俺に、占い師は軽く微笑みながらそんな事を言った。
顔はよく分からないが、多分美人だと思う……
言動が少し子供っぽい気もするが……
『この方から不思議な魔力の流れを感じますね』
『そうなのか?』
『はい。この方と水晶の間を、魔力が交互に流れています』
『異世界らしく、魔法で占うってやつなのか』
《そうかもしれないね。僕たちの声は聴こえていないのかな》
《聞こえてたら、集中なんて出来そうにないけどな》
占い師の女性が水晶で占っている間、俺たちは会話を続けていた。
もし会話が聴こえていたら、物凄い邪魔をしていることになる。
しかし凄い集中力だな……
水晶に集中している占い師を見ながら、そんな事を考えていると。
びしっという音を鳴らして、占い師の水晶が割れた――
「あら……」
占い師が呆気にとられたような声を出す。
これは失敗なのだろうか……
「どうなったんだ?」
「途中までしか観ることが出来なかった……キミ……すごい複雑な輪廻を巡ってる……」
輪廻? 黒斗の生まれ変わりのことだろうか。
確かに複雑だよな……
「キミのこれから先は、大変困難な道が待ち受けている」
「困難……何かアドバイスはないのか?」
「……」
占い師の女性は、少し考えるような仕草をした後。
「勇者……紅き勇者と蒼き勇者が、キミの助けになるはず」
『勇者ですか……』
なんだそれ……
赤い勇者と青い勇者? 今召喚されている異世界人のことだろうか。
「それから……キミの中の魔王の力がぶれてる……気をつけて」
《え……ルナの事?》
ルナの力がぶれているって、どういう事だ。
転生の時に、無茶なことをしたからなんだろうか……
「女神を大切にしすぎて……勇者を敵に回さない方がいい……」
「それはどういう……」
「もし敵に回せば……紅き勇者と蒼き勇者が互いに敵同士になる……」
いや、意味がサッパリわからねぇよ……敵になる、じゃなくて互いに敵同士?
ソフィアを大切にし過ぎると、異世界の勇者たちが敵対関係になるのか?
なんでそんなことになるんだよ……
「私が言えることはここまで」
「悪いがサッパリわからなかったぞ……」
俺は素直にそう言葉にした。
「キミの宿命が複雑すぎて。私にもよく分からない」
「ぬう……」
「でも。自分で判断して、気をつけることは……出来る」
確かにそんな話を聞かされたら、何も知らないままでいる時より。
これから先、起こることを自分で判断できるよな。
「まぁ。よくわからなかったが助言は助かった、ありがとう」
「お金はいらないって、言ったけど?」
「水晶代くらいは払わないと気分が悪い」
「そう……それじゃ、ありがたく」
俺は適当にお金を占い師に渡して、宿屋へ戻ることにした。
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「しかし……本当に意味がわからなかったな」
《異世界の勇者に、気をつければいいのかな……》
「勇者に気をつけろ、何て言われても……」
《ほら、ルナは魔王だし……》
「確かにルナは魔王だが、女神を大切すると……って言ってたぞ」
《それは……》
『私は……勇者の敵なのでしょうか……』
「そ、そんなわけないだろ」
《そうだね、女神さまが勇者の敵なんてありえないよね》
「安心しろソフィア、何があっても俺がおまえを護ってやる」
『クロード様……ありがとうございます……』
そうだ……誰が敵だろうが関係ない。
ソフィアは必ず俺が護る、例えどんな事になろうとな――
=============カミール山脈・???=============
人が入り込めないような山の奥地で。
一匹の黒竜が、青い髪の女性と対峙していた――
【グルルゥゥ……】
「しぶといわね」
【グゥゥ……バケモノめ……】
黒竜は既に瀕死の状態で、その身体は傷だらけになっていて。
大量の赤黒い血がその身体から流れ落ちており。
地面に倒れたまま、目の前に居る女性を睨みつけていた。
「ひどい言い草だこと」
そんな黒竜に対して、女性はその身に傷など無く。
息切れすらしていなかった。
【なぜ……人間如きに……そんな力が……】
「それは貴方が知る必要はないわ」
黒竜の問いかけに答えずに……
女性は手に持っていた剣を黒竜の身体に突き刺す。
【グフゥゥ……】
身体に刺さった剣から蒼い炎が立ち上がり、黒竜は血を吐き出した。
【我は死なぬ……必ず転生し……キサマを喰い殺す……】
「輪廻転生の能力……だっけ……」
【如何にも……我は幾度でも蘇る……】
「まるで不死鳥みたいね」
【グハハハ……我の能力と彼奴の力があれば……キサマなど……】
「魔王から力を奪うの?」
【なぜそれを……】
黒竜は血を吐きながら女を睨み、その恨みを言葉にしたが。
女性の返答を聞き、その眼は驚きを隠し切れないでいた。
「ただの勘……と言いたいところだけど……その為に、竜人の住処に攻め入ったのでしょ。まぁ、目的の竜人の巫女は居なかったみたいだけど……」
【キサマ……あの出来損ない共の刺客か……】
「違うわよ……光の勇者なんて呼ばれているけど……別に依頼なんか受けていないわ……それに、出来損ないはひどくない?」
【クハッ……竜の身でありながら人と交わった奴らなど……我ら真竜からすれば……出来損ない以外の何者でもないわ】
自身を真竜とよび、黒竜は竜人を唾棄しながら目を細め……
【覚えておけ光の勇者よ……我はなんどでも蘇り……必ずキサマの生命を喰いつくしてくれるわ】
黒竜の言葉を聞き、少し呆れたような顔をした勇者の女性は言葉を紡ぐ。
「残念だけど、それはできないわよ……貴方にはここで、消えてもらうから……生まれ変わることが出来ないように、その魂すらね」
【なんだと……】
黒竜は勇者の身から畏怖の念を抱き、その身体を恐怖に震わせた。
その勇者の女性が放つ、膨大な魔力に気付いたからだ。
そんな姿を見ながら、勇者の女性はその願いを詠唱した――
「此処より異なる世界の王の名の下に……」
「私が創造するべき力よ……」
「流転すら消失させ、彼の者の輪廻すら封じる力を……」
「私の神名と魔力を糧とし」
「王の歩みを妨げし存在の、その全てを否定する」
【まさか……】
「それじゃ……さよなら……」
【や……やめろおおおぉぉぉ】
「ディスアピアランス・クリエート」
【グゥ……ルァァァァアアアァアア――】
勇者の女性が静かにその魔法を唱えると……
黒竜はその身の欠片も残さぬまま、跡形もなく消え去った――
「悪いけど……魔王は私の獲物よ……」
勇者の女性はそう言葉をしながら、地面に落ちていた剣を消した。
「それにしても……はぁ……アテが外れたわね……」
「あの男の居場所を、知っているのかと思ったのだけど……だいたい紛らわしいのよ……冥竜王なんて名前が……」
「魔王の力を奪う事が出来る、竜人の巫女の行方も気になるけど……余り放っておけないし……シアの所に戻るとしますか」
勇者の女性は、少しため息を吐いた後。
何事もなかったような軽い足取りで、山を降りていった――




