第3話 タマヒュン
自分の体の中での二人の女の戦いをよそに、俺は現状を確認していた。
ここがボロい牢屋なのは理解したけど、どうして見張りは居ないんだ?
てか、本当に牢屋なのかな? 暗くてよく見えないんだが。
薄暗いこの場所は地面も壁も土で出来ていて、牢屋だと判断できるものが鉄格子しか無い。
『貴方の目的は何なのですか?』
『そんなこと……オマエに話す義理はない』
まだやってるよ……
女神さまと魔王さまは、俺の中でずっと言い争っている。
自分の耳を塞いでも声は聞こえてくるので、結構うるさい。
『あのー……女神さま?』
『はい、何でしょうか』
いつまで経っても言い争いが終わりそうになかったので、声を出さずに女神さまに語りかける。
ヒートアップしていたし、口に出さないと聞こえないかもしれないと思っていたが、彼女は普通に返事をしてくれた。
『記憶を封印とか言っていたけど、転生していた時のことは忘れないのですか?』
まずは話題を変えて、女神さまの方を落ち着かせる。
『そ、それは……』
『転生の儀式が中途半端だったから……覚えているんだ』
『うぅ……』
俺の質問に女神さまは言いよどんでいたけれど、魔王さまが代わりに答えてくれた。
そっか。儀式が中途半端だったから、俺は思い出せたのか。
まぁ、転生に失敗して魂が消滅……するのかわからないが、そんな事にならなかったのは良かったけど。
『こんな事になったのも貴女が……』
『ストップ!』
再び喧嘩になりそうだったので、俺は素早く女神さまを止める。
『女神さまのことも魔王さまのことも、人間の俺にはよくわかりませんけど……とりあえず今は、俺のことを優先してもらえませんか?』
生まれ変わったと思ったら、いきなり牢屋の中に入れられていたんだ。
転生したばかりなので罪は犯していないとは思うので、いつまでもこんな所でじっとしていたくはない。
『そうですね……わかりました。わたくしにも責任がありますから、クロード様のことを優先しましょう』
女神さまは色よい返事をしてくれたけれど、魔王さまは何も言わない。
『魔王さま? ダメですかね?』
『ルナティアだ』
『えっ?』
『ルナでいい……敬語も要らない』
あぁ、名前か。
『そうか、よろしく……ルナ』
『ん……』
『わたくしも、ソフィアと呼んでください! 敬語も必要ありません』
少しだけ嬉しそうな声色の返事をしたルナのあとに、女神さまがなぜか対抗心を燃やす。
『わかった、よろしく……ソフィア』
『はい、よろしくお願いします』
さてと……
どうしてルナが俺について来たのかとか、彼女がキスしてきたこととか……聞きたいことはいろいろとあるけど、全部後回しだな。
こんな場所では落ち着いて話もできないので、さっさとここから脱出したい。
『なぁ、ソフィア』
『なんでしょう?』
『牢屋に入れられているが、俺って犯罪者なのか?』
もしそうだとすれば、勝手に脱獄するのはまずい。
軽い罪だとしたらすぐに出してもらえるかもしれないし、その場合は大人しくすることにしよう。
『調べてみますでの、少々お待ちください』
『あぁ』
どうやって調べるのかわからないが、言われた通りに待つ。
ルナはなにも喋らずに、ずっと静かにしてくれていた。
『これは……』
『え、なに? もしかして、重罪人だったりする?』
『そうではないのですが、クロード様』
『はい』
『転生する前にお見せした物を、もう一度見られるようにいたしましたので、頭の中で思い浮かべてみてください』
転生する前のっていうと、あのキャラクター画面か。
俺は転生する前に見せてもらった、あのタブレットの画面を頭に思い浮かべる。
すると、俺の目の前に薄っすらとあの半透明のタブレット画面が出現した。
名前:クロード・ディスケイト
年齢:17歳
JOB:クリエイトマスター
種族:人間
LV:1
HP:300
MP:100
物理攻撃力:150
魔法攻撃力:0
物理防御力:200(装備補正)
魔法防御力:30(装備補正)
装備:旅人の服
魔法:無し
スキル:無し
称号:転生者 創造能力者 魔王の寵愛を受けし者 神王をその身に封印せし者
え……なんだこれ……
目の前に表示されているものが、俺のステータスなのは理解できた。
しかしソフィアに選ばせてもらったものと、何もかもが違う。
名前に名字なんか付けていないし、年齢も設定したものより上がっている。
何より一番気になったのは、JOBの欄にあるクリエイトマスターだ。
『クロード様が転生の聖域でお選びになったものが、ほとんど変えられています』
『だよな……名前や年齢は別にいいけど、JOBと称号がすごく気になる』
称号欄には魔王の名があるけれど、なんとなく聞きづらい。
ルナはずっと無言を貫いている、なにか言って欲しい。
『この称号……魔王、貴女……』
『称号に犯罪者がないのなら……囚人じゃないのだろ』
ソフィアがルナになにかを言おうとしたが、彼女はそれを遮る。
「言われてみれば、そうかもしれない」
『それなら、さっさと脱獄すればいい』
「そう簡単に言われてもな……」
俺はルナと会話をしながら、鉄格子の扉に触れる。
扉はキィっと音を出して、何事もなく開いた。
「あれ? 鍵かかっていないのかよ」
意外にも簡単に牢屋から出られたので、俺はゆっくりと歩き出しながら脱出を試みる。
『クロ』
「なんだ?」
『心の中で……足音を出さないように念じて』
「はぁ?」
『いいから……言われた通りにする』
「わ、わかったよ」
俺はルナに言われた通りに、足音を立てないように念じる。
最初は何の意味があるのかわからなかったけど、次第に俺の歩く音が消えた。
なんだこれ……スキルなのか?
不思議な感覚に戸惑いながら、俺は通路をどんどんと進んでいく。
牢屋の中にいたときはわからなかったけど、ここは建物の中というより洞窟の中みたいな感じがした。
見張りもいないし誰にも会わないから、無人の洞窟なのか?
狭い通路を進んでいくと、突き当りに木の扉のようなものが見える。
「お! 出口かな?」
『お待ち下さい、クロード様』
「っと、どうした?」
『あの扉の向こうから……人の気配がする』
マジで?
えっと。見つかると……やばいのか? やっぱり。
これはどうしたものかと立ち往生していると、木の扉が開いて男が入ってくる。
「ん……?」
「あ……」
しばらく見つめ合う、ヒゲヅラのおっさんと俺。
「なんだてめ……」
『ウィンドブロウ・クリエイション!』
「おごぉ……」
男が何かを言おうとした瞬間、俺の中でルナが突然叫ぶ。
そして、ボフンと空気が破裂したような音が鳴り、男が前屈みになりながら崩れ落ちる。
「あの……ルナさん? なにをしたのですか?」
男は地面に倒れてピクピクとしながら、真っ青な顔で口から泡を吹いていた。
『騒ぎそうになったから……股間に魔法をぶつけた』
『っ……』
「おうふ……」
あまりにも恐ろしいことを言うルナの態度に、俺の息子がヒュンとなる。ソフィアも絶句していた。
『貴女は……なんて事をするのですか!』
『どう見ても……悪そうな奴だろ』
「確かにそうだけど……」
人を見た目で判断するのもどうかとは思うが、この男の格好はとても一般人には見えない。
上半身は裸で、薄汚れている茶色い長いズボン。
頭は禿げていて、顎には無精髭。両の腕にはタトゥーの様なものが描かれていて、オマケになんか体臭がキツイ。
盗賊とか山賊とか、そんな感じかな。
『クロ……さっさと逃げる』
「あ、あぁ」
男のことは気になっていたが、ルナに急かされたので急いで脱出することにした。
ステータスはテキトーです、話の中での補足がやり難かったので、
こんな感じでいいかな~、という風に即興で作った物です。