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第254話 魔術師ギルド

体調不良により更新が滞っておりましたが、ボチボチ再開します。

大変お待たせして申し訳ございません。


 公園でサーカスを見学したあと、アンジェラと一緒に街の大通りを歩く。

 今日の予定が尽く狂ったので、彼女の父親のカザンさんに挨拶でもしようかと思った。

 ただの顔見せだけではなく、ついでに買い忘れた短剣用の砥石も購入するつもりだ。


「おつかいの途中で寄り道したら、駄目じゃないか?」


「面目ないっス……」


 アンジェラは姉に頼まれて、薬を買いに行く途中だった。

 しかし大通りでサーカスの団員を見かけたアンジェラは、興味を惹かれてそのままフラフラと公園に立ち寄ってしまったらしい。

 

「まぁ、その、あんなに楽しい催し物、見ないでいるのは無理だよな」


「そうっスよね! 見ないと損っスよね!」


 俺の言葉でアンジェラが顔を伏せてしまったので、慌ててフォローをする。

 彼女はすぐに機嫌が良くなり、如何にサーカスの動物たちが凄かったか語り始める。

 ちなみに彼女とスノウは、挨拶を一言交わしただけだ。俺以外にはなぜかほとんど喋らないスノウとは、相性が悪いと判断したのかもしれない。


 そんな感じで広い公都を喋り歩き、やがて目的地である場所に辿り着いた。





「どうしたんっスか? クロードさん」


「ここで、薬を買うのか?」


「はいっス」


 目的の場所に辿り着いた俺は、古い木造建ての建物を見て暫し呆けていた。

 薬を買うと言っていたから、てっきり治癒院か薬屋に行くのかと思っていたら、アンジェラの目指していた場所は、俺がただの一度も足を踏み入れたことのないギルドだったからだ。


 入るのは初めてだな。


 魔術師ギルド。

 中央の大陸を境に、東方に勢力を固める魔法使いたちの拠点の一つ。

 魔術師と呼ばれるその存在の歴史は魔導師よりもなお古く、その二つの魔法使いたちの勢力は、長い派閥争いも起こしている。


 どっちにも所属していない俺には関係ない話だが。


 出入り口の上部に掲げられている、古びた看板を見上げる。

 先端が丸く渦巻いた杖の横で、とても小さな人間が大きな本を読んでいる様子が描かれている。

 本を読んでいるのは、妖精か何かだろうか? 遠近法というか、あきらかに本と人間のサイズがおかしい。


「クロードさん、ここで待っているっスか?」


 フワフワと浮く風船を手繰り寄せたアンジェラが、入口の扉を開けながら振り返る。


「いや、俺も行くよ」


 未知の領域に足を踏み入れることに少しだけ心を躍らせながら、俺はアンジェラの後方をついていった。




 大丈夫なのか、ここ。


 老朽化の進んでいる板敷きの床の上くを歩くと、足元からギシリギシリと不安な音が鳴り響く。アンジェラは気にも留めないでスタスタと歩いていくが、俺は今にも床が抜けるんじゃないかと気が気でなかった。


「ふふっ……うふふっ……」


「楽しそうだな……スノウ」


「うん。楽しいよ、ますたー」


 俺の後ろをついて来ているスノウは、両手で本を頭上に掲げながら、バランスを取るように歩いている。足を踏み入れる床は両足とも揃え、まるで綱渡りでもしているかのような歩き方だ。


「ここで遊ぶのは危ないから、床が抜けないように気をつけて歩けよ」


「はーい」


 スノウは俺の言葉を聞き入れ、すぐに普通の歩き方に戻る。

 床板を踏み抜くリスクを負うくらいなら、できるだけ体重を分散させるように歩くべきだろう。この場所のようにボロい床の上なら尚更だ。


「こんにちはっス~。誰も居ないっスか~?」


 入口近くのフロントには誰も居ない。

 カウンター越しにアンジェラが声をかけているが、誰かが出てくる気配は全く無かった。


「今日は休みじゃないのか?」


「お休みだったら入口も閉まってるっスよ」


「そりゃそうか」


「これはたぶん……」


「お、おい、勝手に入ってもいいのか」


 アンジェラは俺の制止する声も聞かずに、カウンターの向こう側にある扉を開けた。


「ふごぉぉぉ……んごっ……ごごぉぉぉぉ……ごっ……」


「な、なんだ……?」


 アンジェラが覗き込んでいる部屋の奥から、動物の唸り声のようなものが聞こえてくる。どうやら無人ではなさそうだ。


「あ、やっぱり寝ているっス」


 この声、鼾かよ。


「ブータン、起きてくださいっス~」


「ぶーたん!?」


「なにぃ……? お昼ごはん~……?」


 扉の向こう側から、年若い男の返事が戻ってくる。どうやら仕事中に、惰眠をむさぼっていたようだ。


「違うっスよ、ご飯じゃないっス。ターニャお婆ちゃんに会いに来たんっスよ」


「ギルドマスターなら、いつもの所にいるよぉ……受付簿に、名前を書いてねぇ……ぐぅ……」


「しょうがないっスねぇ……」


 男の返事を聞いたアンジェラは、手慣れた様子で受付カウンターからゴソゴソと紙の束を取り出す。


「いいのか、それで……」


「よくあることっスからねぇ」


 気の抜けた返事をしつつ、アンジェラは手元の紙をペラペラと捲っていく。


「そうなのか」


 しかし、またずいぶんと薄暗いな。


 カウンターに手をついたまま振り返り、ギルドの中を一通り眺め回す。

 複数の窓から日差しが入ってきているが、魔導具の明かりらしきものは見当たらない。壁の所々にウォールランプが取り付けられているけれど、中の蝋燭には火が灯されていなかった。


 灯にすら魔導具は使わないのか、徹底しているな。


 街を散策しただけでも、いたる処に魔導具は利用されている。

 冷蔵庫や洗濯機はもちろんのこと、トースターやフードプロセッサーを置いてある屋台もあるくらいだ。


 魔術師を名乗る者たちは、時代の進化に否定的なのだろうか。



「うわ……」


「ん? おい、スノウ、何をしているんだ?」


「ちょっと、気になって」


 俺があちこち見回している間に、スノウがカウンターを越えて奥の部屋を覗いていた。


「気になるって……確かに気になるけどさ」


 奥の部屋からは、相変わらずフゴフゴとイビキが聞こえてくる。いったいどんな男が寝ているのだろうか。

 どうしても気になってしまった俺は、フラフラと誘われるように扉の向こう側に引き込まれてしまった。


「うわぁ……」


 半開きの扉からスノウと同じ姿勢で覗き込むと、彼女と同じ言葉が俺の口から溢れる。


 部屋の中には確かに男が寝ていた。

 石造りの床の中央に、どこかで見たことがあるような赤い服を着た肥満体が転がっている。


「なんじゃこりゃぁ……」


「ますたー、おじいちゃんみたい」


 目も当てられない部屋の惨状と男の巨体に驚き、正直スノウが呟いた声は耳に入ってこなかった。


「これはひどい」


 まず目につくのは、床の上に散乱したゴミの山だ。

 びっしりと書かれた大量の書類や、薬品が入っていたと思われる試験管の数々。

 挙句の果てには空になった大量の飲み物の瓶や、ハンバーガー等の包み紙まで落ちている。


「これはひどい」


 あまりにもの惨状に、もう一度同じ言葉を呟きながらそっと扉を閉める。不思議と悪臭はしなかった。


「クロードさん、用があるのは向こうの奥の部屋っス」


「うっス」


 思わず体育会系のようなノリで返事をし、アンジェラが歩く方角にのんびり歩を進める。


「そんなに慎重に歩かなくても、クロードさんの体重なら床を踏み抜いたりしないっスよ」


「そうなのか?」


「はいっス。床全体に補強魔法が掛かってるっスから、100キロくらいまでなら耐えられるっス」


「100キロ……」


 100キロの体重までは耐えられると聞いて、先程まで居た受付の方角に振り返る。

 どう考えてもあそこで寝ていた巨体の男の体重は、100キロを軽く越えているはずだ。


「あの人は空を飛べるから、問題ないっスよ」


「飛ぶのかよあの豚!? あ、いや、ブータンさん?」


「飛べるっスよ。ああ見えても、名のある魔術師っスからねぇ」


「まじかー」


 驚きすぎて返事が棒読みになってしまう。

 つい口が滑った豚という悪罵は、聞かなかったことにしてくれたらしい。

 


「アンジェラはこのギルドによく来るのか?」


「そうっス。エンチャンター見習いになる前は、この場所で魔術の基礎を習ったんっス」


 そういえば彼女は付与術師だったな。


「それに最近は、痛み止めを買いによくお世話になってますし……」


「えっ、痛み止め?」


「あっ、この部屋っスよ」


 気になる言葉が聞こえたけれど、目的の部屋についたらしい。

 最奥にあった部屋の前に到着すると、アンジェラはドンドンと扉をノックする。


「ターニャお婆ちゃん、アンジェラっス!」


「煩いね、鍵は開いてるよ!」


「こんにちは~っス!」


 元気よく挨拶をするアンジェラの後に続き、俺とスノウも部屋の中に入る。空気が淀んでいる室内は、噎せ返るような本と薬草の匂いが充満していた。


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