第252話 傷跡
「ふぇっくしっ!」
うぅ……今日は冷えるな。
凍えるような寒さを体中で感じ、俺はベッドの中で目を覚ます。
朝からここまで冷え込むとは、この宿は室温管理ができていないのだろうか。
って、今は冬じゃないぞ!
寝ぼけていた思考がクリアになり、俺は飛び起きる勢いでベッドの布団を捲り上げる。
「おや、まるで狙ったようなタイミングで起きてきましたね」
「う?」
「おはようございます、クロードさん」
勢いよく跳ね起きると、部屋の中央でマリアとエレンさんがそれぞれ自分の衣服に手をかけていた。どうやら着替えをしている最中だったらしい。
「おはよう、早いですね」
窓の外はまだ日が昇っていない。
客室に常備されているランプの明かりが一つしかついていないので、部屋の中はほとんど真っ暗だった。
「私はいつも通りですよ。朝早いほうが、教会に行く人も少ないですから」
そうだった。
エレンさんはいつも早起きして、街の教会に行ってお祈りをしてくるような敬虔な女性だった。
てか、部屋の中は別に寒くないな。なんでだ?
ベッドから出て外気に触れていると、体全体が次第に温まってくる。
体調を崩した感じはしないのに、何故か俺の体温だけが低い。
「あの、クロードさん」
「はい?」
「暗がりの中だからとそう凝視されましても、私も恥ずかしいのですが……」
「私はご主人様が見たいのなら、じっくりねっとり観察されても構いませんけどね」
「あっ……す、すいません!」
二人から視線をそらさずに考え事をしていたので、まるで彼女たちの着替えを見入っているような感じになってしまっていた。
「と、とりあえず、部屋の外に出ていますねっ」
「そこまでしていただかなくても……」
慌てて服を整えた俺は、エレンさんの返事を遮りながら部屋から飛び出す。
そうか。
一緒の部屋に泊まると、こういう事があるんだよな。
屋敷の中ではいつも誰かと一緒に就寝していたので、宿の部屋を取る時もそこまで気が回らなかった。普段の自分なら男女別々の部屋を取っていたはずなのに、そういう感覚が麻痺しているのかもしれない。
「顔でも洗ってくるか」
今は暗くてよく見えないが、廊下の窓から見える中庭に井戸があったはずだ。
ん? 誰か居るのか?
ひっそりと静まり返った廊下を歩いていたら、階段の下からギシギシと床を歩くような音が聞こえてくる。
「あ、お兄さん、早起きですね」
俺が階段の下まで降りてくると、一階の酒場で両手で木のバケツを抱えたカリンさんの妹と遭遇した。
「こんなに早く起きてこられても、まだ食堂は開いてませんよ」
「ああ、ちょっと早く目が覚めたから、少しうろついていただけだ」
「用もないのに、朝早くからうろつかれても困るんですけど……」
「それもそうだな、すまない」
確かに彼女の言う通りだ。
目的もないのに他の宿泊客に部屋の前の廊下でうろつかれると、利用しているいる俺もこの宿の防犯は大丈夫なのかと気になってしまうだろう。
「井戸で顔を洗ったらすぐに戻るよ」
「あ、じゃぁ不問にしますから、私の代わりにこれを井戸まで運んでください」
そう言って手渡されたバケツを受け取る。
ズシリと重い木のバケツの中には、様々な種類の野菜がギッシリと詰まっていた。
「朝に使う予定の野菜なんですけど、重かったんですよね、それ」
「確かに重いな」
さっき聞こえてきた物音は、これを持って歩く音だったのか。
妹さんの誘導に従い、床を鳴らしながら井戸がある中庭まで歩いていく。
朝から結構な重労働だ、俺は改めて彼女の働きぶりに感心した。
「お姉ちゃん、持ってきたよ」
「ご苦労さま、トウカ……その人はだれ?」
井戸で水を汲んでいたカリンさんが笑顔で振り返り、俺を見た途端に警戒心をあらわにする。まだ夜明け前で暗いとはいえ、この反応は少しショックだ。
「えっ、クロードさんだよ? お姉ちゃんの友達の」
「クロードさん……?」
「どうも、お久しぶりです」
野菜の入ったバケツを地面に置き、自分の顔がよく見えるようにカリンさんに近づく。お互いの顔がよく見える位置まで近づいて、ようやく彼女は警戒心を解いてくれたようだ。
「ああ、クロードさん。お久しぶりです。ごめんなさい。前に会ったときと髪の色が違っていたので、すぐにはわかりませんでした」
ああ、そうか。
前にカリンさんと会ったときは、俺は髪の色をルナと同じ銀色に染めていたんだっけ。
「そうですか。顔を忘れられたのかと思っちゃいましたよ」
「そんな、忘れたりしませんよ」
まだ日が出ていないので薄暗いせいでもあるが、銀髪と黒髪では大分印象が違ったのだろう。
「ルインからの手紙はもう読みましたか?」
「はい。今はお仕事が忙しくて会えないみたいですけれど、落ち着いたら顔を見せてくれると書かれていました」
「それはよかった」
本当によかった。
初めはただ善意で引き受けたのだが、後になってもし別れ話でも書かれていたらどうしようかと気が気じゃなかった。
「お姉ちゃん。ルインさんのお仕事って、絵描きさんだよね?」
「あのひとは画家じゃないわ」
「えー……そうなの? だってルインさん、お姉ちゃんとデートする時もお絵描きばっかりしてたじゃない」
「色んな場所に行って風景画を描いていたのは、あのひとの趣味よ」
「絵描きじゃないのにデート中でも常に画板と筆を持ち歩いていたの? そんなのおかしいよ」
俺もそう思う。
デートなら恋人をエスコートしろよ、何考えてんだアイツ。
「私も絵が好きだったから、そんなに気にならなかったけど」
「そういう問題じゃないでしょ。ちゃんとした定職に就いてるの? ルインさん。うちのお父さん厳しいんだから、変なお仕事をしてたら反対されちゃうよ」
親父さんが厳しいのか。
それにしても……トウカちゃんはしっかり者だなぁ。
まだ13歳か14歳くらいの見た目なのに、姉や自分の将来についての展望をしっかりと持っているみたいだ。
「それは大丈夫よ。自分の仕事には誇りを持っているって言ってたから、お父さんも反対しないはず……」
「何のお仕事をしているのさ?」
「それは……」
「え、もしかして……ルインさんが何のお仕事をしているのか、知らないの? お姉ちゃん」
トウカちゃんの質問に、カリンさんは無言のままうなずく。
そういえば俺も、アイツが何の仕事をしているのか知らないな。
「お兄さんは知ってる?」
「いや、実は俺もよく知らないんだ。俺は冒険者なのかと思っていたけど」
そもそも俺とルインが知り合ってからまだ数日しか経っていない。
エレンさんに聞けば教えてくれると思うけれど、そんなに興味がなかったのでそういう会話は全くしていない。
「冒険者の恋人なんか連れてきたら、お父さんにぶっ飛ばされるよ……ルインさんが」
ルインのほうがぶっ飛ばされるのか……
まぁ、命の危険もある冒険者相手に、大事な娘を嫁に出したくはないって思うのが普通か。
「だ、大丈夫なはずよ……」
カリンさんはとても自信がないようにつぶやく。
まだ再会すらしていないのに、憶測でここまで気落ちさせるのは可哀想だ。話題を変えたほうがいいのかもしれない。
「そ、そういえばさ。縁があってルシオール街で領主の館に行ったことがあるんだけど、その屋敷の廊下に、エルフの王子が描いたっていう絵画が飾ってあったんだ」
「えっ!? ルインさんて王子様なの?」
「違う違う。俺が見たその絵画も風景画だったからさ、エルフってのは風景画を描くの好きなのかなと思ったんだよ」
「それは……どうなのでしょうか。私の知り合いのエルフはルインしかいないので、私にもわかりません」
俺もエレンさんくらいしか知り合いがいないな。
「うちにもたまにエルフのお客さんが来るけど、あのひとたちって自分の国のことはあまり喋らないよね」
「そうね」
閉鎖的なのが種族の特徴なのだろうか。
人間の街にエルフが全く居ないというわけではないが、俺も彼らの国の話はほとんど聞いたことがない。
「でも、もしルインさんが王子様だったら、お姉ちゃんてばすっごい玉の輿だったのにね」
宿屋の娘が王子に見初められて将来は姫になるのか、確かにシンデレラストーリーっぽい。
「あまり嬉しくはないわ」
どんな女の子でもお姫様に憧れるものだと思うけれど、もし現実にそんな事が起きたら、素直には喜べないのかもしれない。
「もしもの話だよ。あ、お兄さん、それこっちに持ってきて」
「ああ」
俺は再び野菜が入った木桶を両手で持ち、井戸の近くまで移動する。
「ちょっとトウカ! お客様に荷物を運ばせたらダメでしょ」
「だって重いんだもーん。それに、このお兄さんもさっきは暇だって言ってたし」
そんなことは一言も言った覚えはないんだけど。
女の子たちが着替えている間の時間つぶしもできたし、気になっていた手紙の内容も聞けたので別に文句はない。
それにしても……
さっきから気になっていたけど、この二人の名前って、姉妹揃って日本人っぽいな。
「もう……ごめんなさいね、クロードさん」
「いいんですよ、顔を洗いに来たついでだから」
「あ、すぐに水を汲みますね」
カリンさんは手押しポンプをギコギコと操作して水を汲み始める。
俺は木桶に貯まった水をありがたく使わせてもらうことにした。
「ふぅぅ……」
冷たい。
「さっぱりしましたか?」
「ええ、ありがとうございます」
「お兄さん……いまのはなに? どこから手拭いを出したの?」
「え?」
あっ、しまった。
俺はしゃがみ込んで顔を洗った後、当たり前のように魔法でタオルを取り出した。
しかもそれは今までのように魔法で作り上げたものではなく、小さなゲートを使って、部屋の中に置いてあるカバンの中から引っ張り出したのだ。
これは次元魔法の一種だ。
クロエから魔法の使い方を習い、わざわざアイテムカバンを取り出さなくても、中に入っている物を魔法で引き出せるようになった。
ただしこの魔法を使うためにはそれ専用の魔法陣を構築する必要があり、質量によっては取り出し時間も変わる。
「どうしたの? トウカ」
「お兄さんの側に青白い何かが浮かんだと思ったら、いつの間にか手拭いを持ってたよね?」
反対側で手押しポンプを操作していたカリンさんには見られなかったようだが、妹のトウカちゃんは俺の真正面にいたので丸見えだったらしい。
「今のは俺の魔法だ」
「まほう……?」
見られたのなら仕方がない。
別にどうしても隠しておきたいわけでもないので、俺は正直に話すことにする。
「ほら、冒険者が使っているアイテムカバンってのがあるだろ? 使用者の魔力量で容量が増える不思議なアイテムが……知ってる?」
「うん」
「どんな理屈でそんな風になっているのか知らないけれど、俺も似たようなことが魔法で使えるんだ。俺の場合はこんな風にな」
手を伸ばして空中に魔法陣を構築し、その魔法陣に向かってタオルを投げ込む。
放り投げたタオルが魔法陣に触れると、スルリと吸い込まれるように消えていった。
「こんな便利な魔法、見たことも聞いたこともないよ」
「そりゃそうだ、俺のオリジナル魔法だからな」
「クロードさんは、魔法使いだったのですか?」
「ええ、そうです。魔法使いには見えないですかね?」
「失礼ですけど……冒険者にも見えませんでした」
「お兄さん、弱っちそうだもんね」
おおう……
「うちに泊まりに来た時も手ぶらだったし」
正確にはコートの下に短剣や投げナイフを隠していたけど、確かに周りから見たら武装しているようには見えないか。
なめられるのは構わないけど、目に見える位置に武器とか持っていたほうがいいのかな。
「もしかして、クロードさんって勇者様なのですか?」
「あー……はい。似たようなものですかね」
俺のステータス欄には俺が勇者なんて言葉は一文字も書かれていないが、この二人にはわからないので適当に誤魔化す。
「異世界から来た勇者様は不思議な魔法が使えるって噂は、本当だったのですね」
それは多分、転移魔法や鑑定魔法のことだろう。
クローディアの話では、勇者が使うそれ以外の魔法は精霊魔法が基礎になっているらしいので、この世界に元々存在している魔法とそんなに変わらないはずだ。
「お兄さん、勇者って、魔導具も魔術書もなしに魔法が使えるの?」
そういえばこの世界の魔法使いは、魔導具や本を媒介にして魔法を使うんだっけ。
「他の勇者のことはあんまり知らないけど、俺は何もなくても使えるな」
「ふーん、そうなんだ」
トウカちゃんはバシャバシャと野菜を洗いながらそんな質問をしてきたけど、俺が勇者っだったとしてもそんなに興味がなさそうだった。
◆◇◆◇
宿屋の姉妹と別れてから部屋に戻ってくると、クレアも起きていて着替えを終えていた。適当に時間を潰すつもりが、随分と長い間話し込んでしまっていたようだ。
「借家は借りられそうか?」
「ええ。やはり私たちが出ていった後は、誰も借りたいと言ってこなかったみたいですね」
マリアたちが借りていた家は、何十年も前から幽霊騒動が起きていた。
騒動の原因である幽霊は俺の持っている魔王鎧に封印されているけれど、他の住民はそれを知らないので屋敷には近づきたくないそうだ。
「それなら問題ないな」
転移する為の場所として使うために借りるので、その屋敷に常駐するつもりはない。普段から人があまり近づかないような家なら、誰も住んでいなくても怪しまれることはないだろう。
「じゃぁそっちは任せる。用事が終わったら俺も顔を出すから……冷たっ!」
「な、なにっ!?」
ベッドに座ろうとしていた俺が飛び跳ねるように起きたので、クレアが驚きの声を出す。
「どうしました? ご主人様」
「いや……」
マリアとの話を途中で切り上げ、俺は自分が寝ていたベッドを触ってその異常に気づく。
めっちゃ冷たい……
布団が異様に冷たい。
というか、部屋が明るくなったあとでよく見ると、掛け布団のあちこちに霜が張っていた。
「まさか……」
俺はすぐに原因が思いあたり、ゆっくりとベッドの掛け布団を捲り上げる。
「やっぱりか」
ベッドの中、正確には俺が寝ていた足元のあたりに、精霊のスノウが膝を抱えて丸くなって寝ていた。
そりゃ寒いはずだわ。
氷雪系の魔法が得意なクロエの特訓のおかげで、俺は雪の精霊であるスノウへの耐性を得ることができた。そのおかげで彼女に触れても凍傷したりする危険は減ったが、寒いものは寒い。
外でも寝られるようにわざわざ五人部屋を選んだのに、なんで俺のベッドに潜り込むんだ。
「シーツが凍っていますね……」
「こいつが起きたら、俺が魔法で温めますよ」
エレンさんの言う通り、スノウが寝ている周りのシーツがパキパキに凍っている。さすがにカリンさん達に正直に言って変えてもらうのも悪いから、俺が責任を持ってやらないとだめだろう。
「とりあえず、マリアは屋敷のほうに行くんだよな」
俺はスノウが寝る予定だった隣のベッドのほうに行き、腰を下ろして話を戻す。
彼女はこっちで一度も寝ていないのか、布団が冷たくなっていたりはしていなかった。
「ずっと住まないといっても、掃除くらいはしておきたいですからね」
「あたしはどうしようかしら」
「お嬢様は手伝ってくれないのですか?」
「だって、貴女が掃除をし始めたら、邪魔だって言ってすぐあたしを追い出すじゃない」
「お嬢様は不器用ですからね。片付けをしているはずなのに、どうしてだが掃除をする前より汚れるじゃないですか」
「わ、わざとやっているわけじゃないわよ」
不器用な魔王の侍者も大変だな。
「ああ、そうだ。二人に頼まれていた物も出来ているぞ」
俺はベッドの脇に置いてあるカバンを取りに行き、その中から二丁のハンドガンと数本の投げナイフを取り出す。
「なんか、小さいんだけど……」
クレアが銃を欲しがったので、俺は彼女専用のハンドガンを創った。
しかしこれは俺が使っている銃とは違って小さめにデザインしたので、彼女は不満顔だ。
「だってお前、俺の銃を使ったら弾切れになるまでぶっ放すじゃないか。その銃は弾数が少なくなっているから、できるだけ節約するように使えよ」
「しょうがないわねぇ、わかったわよ」
クレアは俺の銃を使っていた時、スケルトンが粉々になるまでぶっ放していた。
相手が相手なのでそれが悪いとまでは言わないが、こういうことはしっかりと注意しておいたほうがいい。
「人に向かって撃つなよ」
「えっ、じゃぁ何に向かって使えばいいの?」
「そりゃぁ……魔物とか?」
「人はだめなの?」
「駄目というか、あたりどころが悪けりゃ即死するからな……身を護るために使うのは仕方ないけど、使うときはちゃんと考えて使ってくれ」
「危ない時に一々考えている暇はないと思うけど、一応覚えておくわ」
クレアはそこまで考えなしではないから、注意することはこれくらいでいいだろう。
「投げナイフは言われた通りの形にしたぞ」
「どうもです。よく出来ていますね」
マリアに頼まれた投げナイフは、刃の周辺が透明な薄い魔法の鞘で包まれている。
これは誤って肌を傷つかないようにするためのもので、魔力を通せば出したり消したりできるようになっている。
「頼まれたから創ったけど、お前って勇者なのに武器は持っていないのか?」
「もちろん持っていますよ。ただ、私の武器は少々見た目が派手なので、常に持ち歩くわけにはいかないのですよ」
「ああ、すごい形をしているもんね。街中であんなものを持ち歩いていたら、注目の的になるわ」
「ええ、兵士に見つかれば拘束されること請け合いです」
一体どんな武器だそれは。
非常に気になるので今度見せてもらおう。
「で、ガーターリングってのはこんなのでいいのか?」
次に取り出したのは、太ももに固定するためのベルトだ。
これにナイフを取り付けられるようにしたので、スカートの中に武器を隠せるようになるらしい。
「サイズも調整できるのですね、ありがとうございます」
「あ、それあたしも欲しい!」
「何のために欲しいんだ?」
「あたしもコレをつけるのよ」
クレアはそう言いながら、二丁の拳銃をカチャッと俺のほうに向ける。銃は無闇に人に向けて構えたらいけません。
「別に創ってもいいけど、ベルトだとズリ落ちないか?」
小型のハンドガンだとはいえ、銃はナイフよりも重い。その状態で動き回るのは苦労しそうだ。
「ガーターベルトなんかはどうでしょう?」
「ガーターベルトっていうと、あれか……」
「何か?」
「いいえ、何でもないですよ」
マリアに言われてガーターベルトを想像しながら、ついエレンさんのほうを見て考えてしまったのは、彼女が着替えている時に着けている姿を見てしまったことがあるからだ。
とりあえず創ってみるか。
俺はねがいの魔法に集中し、ガンホルダー付きのガーターストッキングを創造する。色はクレアが今日着ているメイド服と同じ黒色にした。
「こんな感じか?」
「なんか……凄くいやらしい感じがするのだけど」
「気のせいだ」
俺が創ったので完全に俺の趣味が入っているが、それくらいはいいと思う。
「メイド服にガーターベルト、エロいですね」
ニヤニヤと笑って小声で呟く魔王の侍者が少し気持ち悪い。これが男だったら不審者にしか見えない。
「これはどうやって付けるの?」
「私が教えますよ」
おいおい。
マリアがクレアのスカートを外そうとしていたので、俺の視界に彼女たちの姿が入らないように後ろに振り返る。
嬉しいのはわかるけど、羞恥心は忘れないようにしようぜ。
「クロードさん、右側の首の所に、血がついていますよ」
「え? 血?」
背後からエレンさんに声をかけられて自分の首元を触ると、指先にザラッとした感触があった。
かさぶたか? 乾ききっているな。
「大丈夫ですか?」
「はい、何ともないですよ。多分、ルナに血を吸われたときの傷が、残ってたんだと思います」
「そうですか」
今まで傷が残っていたことはなかったんだけどな。
自分で治療する時もルナが治癒魔法を使う時も、傷が残ったりはしなかった。
まてよ……
屋敷を出る前にルナに血を提供したけど、右側だったか?
いつものことなのであまり覚えていないが、昨日血を吸われた時は左側だった気がする。
まさか……な。
俺は眼の前のベッドに視線を向ける。
まだ彼女は眠っているのだろう、ベッドの掛け布団がゆっくりと上下していた。




