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第244話 正しい異世界の作り方


「なんじゃこりゃぁぁぁ!?」


 俺の真後ろに来たジイさんが、燦々と輝く太陽に向かって吠える。自分の道場の中に入ったと思ったら海岸に着いていたのだ、驚きとともに叫びたくなる気持ちは分かる。


「じっちゃんの道場に一体何をしたんだ? 説明してくれ」


 女神たちの水着姿に目を引かれつつ、持ち主に何の断りもなく勝手に道場を改造した理由を問い詰める。ソフィアの表情はあまり変わらなかったけど、トリアナは俺の言葉を聞いて申し訳なさそうな顔になった。


「クロード様が鍛錬する場所を、わたくしたち神王が用意させていただきました」


「鍛錬する場所を用意したって……」


 ソフィアの話に耳を傾けると、ここは俺が修行するにはもってこいの場所だと言う。家の外なので存分に暴れられるし、魔法を手加減する必要もない。確かにそれだけを聞けば、なるほど、と納得ができる部分もある。


 外で特訓をするときは、リアたちが凄い楽しそうだったしな。


 屋敷の外だと開放感があるせいか、ジイさんが庭に行くと竜人の姉妹は喜んでついて行く。これが道場の中だとその逆だ。地下の道場も決して狭いわけではないのだが、家の中であるということを気にしているのか、リアもディアナも自分からはあまり地下に降りてこない。


「クロちゃん、怒ってる?」


 驚きで声を荒らげてしまったせいか、トリアナが俺の顔色をうかがうように尋ねてくる。あまりにも予想外の出来事に面食らっていたので、少し余裕がなくなっていたみたいだ。


「いや、別に怒ってない。ただ、何の説明もなしにいきなりこんな場所に連れてこられたから、少しビックリしただけだ」


「そうだよね。ボクも説明はしておいたほうがいいと進言したんだけど、時間がないって言われて聞いてもらえなかったんだよ。ごめんね?」


 トリアナの返事を聞いて、クローディアが女神たちを連れて何かを企んでいたことを思い出す。


「主動はエリカか……ひょっとして、ここ最近ルナが俺の魔力を欲しがっていたのはこのためか?」


「そのとおりよ」


 声がした背後に振り返ると、クローディアが自分の髪をサッとかき分けながら歩いてくる。彼女も水着姿だった。ソフィア程スタイルがいいわけではないが、俺はそのスレンダーな身体にも魅力を感じた。


「あなたに渡した神玉は、この世界を維持するためのコアよ。天空神の魔力に時空神の力、それから元聖王に転生神と管理神が力を合わせれば、異世界を一つ創るくらい造作もないわ」


 クローディアはしれっとした顔でとんでもないことを言ってのける。転移で別の世界に連れてこられたのかと思っていたら、どうやらこの世界は彼女たちが創ったものだったらしい。


「こんな短時間で世界を創造できるものなのか?」


 こうして実際に言葉で並べられてみると、確かにこの場にはありえないくらいの神々の力が揃っている。しかし、彼女たちが道場の中に引きこもっていたのはたったの数日間だけだ。いくらなんでもこの短期間で、異世界を一つ創るのは無茶苦茶だろう。


「元々存在した世界にルナの協力があったから、かなり時間を短縮することができたのよ」


 ルナは唯一俺と同じ時空神の力が使えるので、この世界の時間軸を好きに操作できるらしい。この世界に来て何十日と留まっていても、元の世界に戻ったら数時間くらいしか経過していないそうだ。


「元々存在していた世界?」


「かなり昔に、クロエが創ろうとした世界だよ。創世している途中で大神王様に見つかって怒られてから、ずっと放置していたみたいだけど」


「この世界を維持する力のほとんどがこの場所に集結されていますので、わたくしたちが整えるのは容易でした」


 トリアナとソフィアの言葉を聞いて、俺の中にあるクロエの記憶を探り出す。それは女の子たちが常に水着姿で過ごす、常夏の至上の楽園という巫山戯た世界だった。


「これか……」


 クロエの記憶を掘り起こすと、俺は頭を抱えたくなった。最近はフィルターのようなもので遮断されているのに、こんなどうでもいい記憶はなぜかすんなりと見えた。


「この世界に女神や戦乙女たちを招いてハーレムを作るんだとか言って、アストレア様に止められた野望か……」


「止められて当然だよ、そんなバカな野望」


「人が住んでいない分マナも豊富にある世界だから、あなたを鍛えるにはピッタリな場所ね」


 トリアナの言葉に同意していると、クローディアが俺を鍛えるためのメニューを考え出す。彼女の口から漏れる言葉から察するに、かなりのハードスケジュールで俺を鍛えるつもりらしい。


「大神王様の許可も無く世界を創造するのは、正しい異世界の作り方ではないですので、クロード様は決して真似しないでくださいね」


「そんな事はしないよ」


 ソフィアに言われなくても、世界を創造しようなどと思ったことはない。俺は自分の装備や魔法を創るだけで精一杯なんだ、異世界を創るなんて怖いことはとても考えられない。



「お主たちの話しを聞いてこの場所のことは理解したが、ワシの道場はどこに行ったんじゃ? 地下室には大切な物も保管しとったから、取りに行けないとなると困るんじゃが」


 太陽を見ながらしばらく放心していたジイさんが、何食わぬ顔で俺たちの会話に交ざってくる。現実離れした出来事に茫然自失となっていたようだが、もう回復したのだろうか。


「勝手に道場を弄られたことはいいのか? じっちゃん」


「ま、仕方あるまいの。文句を言ったところでどうにもならんじゃろうし」


「ごめんね、おじいちゃん」


「申し訳ございません」


「いいんじゃよ、いいんじゃよ。ワシも丁度こんな所に、別荘が欲しいと思っていたところじゃ」


 別荘が欲しかったと言いいながら、その瞳は女神たちの水着姿に釘付けになっている。ニヤニヤと笑うジイさんの表情に危機感を覚えたのか、トリアナが大人の姿から少女の姿に戻る。それを見たジイさんは、とてもわかりやすいくらいガッカリしていた。


「道場の中はあそこに移動させたわよ」


 クローディアが指差した方角は、海の上だった。先ほどよりも注意深く海に視線を向けると、海の上に建物らしきものがある。


「なんだ? うわ……海の上にコテージか?」


「クロさまぁ~」


 海の上には大きな水上コテージが建っていて、突き出したバルコニーからはリアがこちらに向かって手を振っている。その周りを見ると、他の女の子たちもあそこに集まっているみたいだ。


「これはまた、すごい所に別荘があるのぅ」


「ルナちゃんがあの場所がいいって言って、魔法で家を建てたんだよ」


「あそこからの眺めはとてもよかったので、わたくしたちも反対しませんでした。さぁ、行きましょう、クロード様」


「あぁ」


 ソフィアの言葉に返事をしながら、俺はふと、ある事に気づく。あのコテージに行くまでの橋がない。まさかとは思うが、泳いであそこまで行くのだろうか。


「なぁ、どうやってあそこまで行くんだ?」


「どうやってって、転移魔法があるでしょ」


 クローディアはそう言いながら、ソフィアとトリアナの肩に手をおいて転移魔法を使う。俺とジイさんは置いてけぼりだ、これは自分の力で来いということだろうか。


「じっちゃんは転移魔法が使えるのか?」


「モチロンじゃ、ワシも勇者じゃからな」


 ジイさんはそう頷いて「水着姿の女の子たちが待っておる」と言い放って一人だけ転移する。


「俺も連れていけよお前ら……」


 一人だけ取り残された俺は、仕方なくせっせと転移するための魔法陣を組み始めた。



「ん?」


 砂浜の上に魔法陣を描いていると、何かが走るようなエンジン音が聞こえてくる。


「なんだ?」


 音が聞こえてきた方向を見ると、ルナがランナバウトタイプの水上バイクに乗ってこちらに向かってきていた。


「クロ~」


「ルナ、迎えに来てくれたのか?」


「ん……後ろに乗るんだ」


「あー、ちょっと待っててくれ」


 ルナが迎えに来てくれたのは嬉しいのだが、俺は水着を着ていないのでこのままだと服が濡れてしまう。


「おーそーいー」


 コートを脱いでアイテムカバンの中に詰め込んでいたら、ルナがその場でグルグル回りながら文句を垂れてる。彼女がいる場所は砂浜から少し離れているので、この際ズボンが濡れてしまうのは仕方ない。


「ていっ!」


「おわっ!?」


 準備が整ってアイテムカバンを消していると、ルナが水上で風の魔法を唱えて俺のことを吹き飛ばす。


「っと、とと……無茶するなよ、おい」


「クロが遅いのが悪い……いくよ」


 自分の後ろに乗ったのを確認したルナがバイクを発進させたので、俺は慌てて彼女の身体にしがみつく。


「ルナー」


「なぁにぃ」


「いろいろ聞きたいことがあるんだが、その格好は何だ」


 バイクの音が大きくて、ルナの耳元でできるだけ声を出して質問する。まず、一番気になったのが彼女の格好だ。ルナは紺色のスクール水着を着て、なぜかその上に白のセーラー服を羽織っている。


「似合うでしょ? 可愛い?」


「そりゃ、似合っていてとても可愛いけど……」


 その組み合わせは一体何なんだ?


 ルナが言うには、女の子たちの水着は全て彼女が魔法で出したものだそうだ。他にスクール水着を着ているのはレティと白亜とリアの三人で、それぞれのゼッケンに平仮名で名前が書かれている。白亜は狐耳がアクセントになっているのだそうだ。


 チョイスがマニアックすぎる……


 ルナの言葉にため息を吐きながら、彼女の案内で俺たちはコテージに到着した。




「クロ坊」


「こちらです、お兄様」


 ルナが言ったとおり、白亜もレティもスクール水着を着ていたが、レティの水着だけはなぜか白色だ。


 水に濡れると透けるんじゃないか、あれ。


 二人に案内されたコテージのバルコニーでは、女の子たちが水着姿でバーベキューの準備をしていた。その光景を見たジイさんが「うひょー」と奇声を上げて喜んでいたけれど、俺も男なので自然と笑みがこぼれる。


「クロード、私たちが準備してるから、アナタはこっちに来てどんどん焼いていって」


「わかった」


 赤いビキニ姿のアリスから串に刺さった肉を受け取り、それを次々と焼いていく。人数が多いので肉を焼くだけでも大変だ。気づいたら調理する係と肉を焼く係に別れていて、俺は全然口にできていない。


「こりゃ、おぬしら、野菜もちゃんと食べるのじゃ」


「えぇー……お野菜あんまり好きくないですぅ」


「同じく」


 アリスとエレンさんとマリアが肉の準備をし、俺と白亜が次々と焼いていく。俺はただひたすら焼いているだけだが、肉と野菜を挟んでいるのに肉だけを食べる竜人の姉妹を相手に、白亜は肉を焼きながら奮闘している。


「ルナ、それはまだ焼けていませんよ」


「問題ない……肉は血が滴るようなレアが美味しい」


「あなた、シアのことも気にかけてくれてる?」


「は、はい。彼女の祈りにはどんなときでも、耳を傾けるようにしております」


「貴女も大変ですわね、トリアナ。わたくしが相談に乗ってあげましょうか?」


「イヤだ。キミが関わるとろくな事がないから、余計なことはしなくていい」


「あらら……つれないですわね」


 チラリとルナや女神たちが居る所に視線を向けると、彼女たちも楽しんでいるようだ。


「こんな食べ方をするのは野蛮だと思っていたけれど、結構美味しいわね」


「わたくしはお城に住んでいたときはいつも一人で食べていたので、こんな風に賑やかなお食事は本当に楽しいです」


「ヤマト様、どうぞ」


「おっとっと……すまんのぅ」


 エリスリーゼさんやレティも楽しそうだ。クレアに麦酒を勧められているジイさんも、すっかりと出来上がっていた。


「なぁ、クロ坊」


「どうした? 白亜。お前も食べていいんだぞ」


「そんな事より、さっきから気になっておたんじゃが……」


 串焼きをひっくり返した白亜が、キョロキョロと周囲を見渡しながら小声で話しかけてくる。彼女のその行動が気になった俺は、体を傾けるようにして白亜に顔を近づけた。


「なんだ?」


「人が増えているようなきがするのは、わらわの気のせいかや?」


「えっ?」


「クロードさん、一通り準備が終わったので、どうぞ貴方も食べてください」


 白亜の言葉を聞いた俺は、背後から声をかけてくるエレンさんを片手で制する。


 確かに多い気がする……どういう事だ、これは。


 周囲を見渡せば何か違和感を感じるのに、俺はなぜかその正体に気づかない。視線だけでこの場に居る人数を数えれば、人が一人増えていることが分かる。けれど、どうしてだかそれを自然と受け入れようとしている自分がいた。


 魔法か何かなのか? なら……


 俺はスッと目を閉じてから、この場に居る全員の魔力を感知する。少しだけ集中するとその違和感の正体にすぐに気づいた。この場には、俺と全く同じ魔力を持った存在が居ることに。


 あいつか!


 目を開けて女神たちがいる場所に視線を向けると、今度はハッキリとそいつの正体が見えた。トリアナの隣りにいる女、サンバイザーとサングラスで顔を隠し、黒い水着を着て、長い髪も黒色の女だ。


 エリカもじっちゃんも、気づかなかったのか?


 二人が気づかないほど危険な人物と判断した俺は、女に攻撃できる位置に移動してサッと身を翻す。


「ん? あれ……?」


「クロード、どうしたの?」


「ご主人様? なんですか、その妙な踊りは」


 俺の行動にアリスとマリアが呆れたような声をかけてくるが、別に俺は踊っていたわけではない。前傾姿勢になって腰に差してある短剣を引き抜こうとしたのに、後ろに回した両手が空を切るのだ。


 俺の短剣、どこいった!?


 両手でペタペタと腰の鞘に触れてみても、収めていたはずの短剣が二本とも無くなっている。


「こんな物騒な物を振り回すんじゃありませんよ、クロード」


「なっ! いつの間に!?」


 慌てて探していた短剣を、俺が斬りかかろうとしていた黒い髪の女が二本とも持っていた。その女はその場から一歩も動いていないのに、まるで手品のごとく俺は武器を奪われた。


「くそっ」


「さっきからあなたは何をしているの?」


 俺が魔法で別の武器を出そうとしていると、クローディアが変なものを見るかのように声をかけてくる。あの女の存在を、俺だけが認識しているかのような口ぶりだ。


 まさか、幻覚?


「困りましたわ、このままだと、クロードだけが変な目で見られてしまいますわね」


 黒い髪の女がそう言って、両手に持っていた短剣を前方に放り投げるような動作をする。その瞬間、俺の背後からキン、と金属音が鳴り響き、腰の鞘に二本の短剣が収まっていた。


「なんだこれは……」


「少し待ちなさい」


 女は俺の言葉を遮るように、パン、と両手で音を鳴らす。


「へっ? うわぁぁぁ!」


 その直後、女の隣りにいたトリアナが、悪い夢でも見たかのように叫び声を上げて駆け出した。


「あらあら……先ほどまでわたくしと仲良くしてくださいましたのに、悲しいですわ」


 黒い髪の女の正体はクロエだった。クロエは自分の頬にそっと手を当てて、バルコニーの隅に逃げたトリアナを見ながら、ハァッと深いため息を吐く。


「あなた、なぜ外に出ているの?」


 ガタガタと震えているトリアナも気になるが、クローディアの言うとおり、俺の外に出ているクロエの存在も気になる。それと、どうして今までクロエがこの場に居ることを誰も気にかけなかったのか。


「わたくしが創った世界なのですから、このように姿を見せることは容易ですわね。まぁ、未だにわたくしはクロードの中にいますから、一種の思念体のようなものですけれど」


 誰一人として気づかなかったのはクロエの魔法で、誰にも咎められることなく女の子たちを眺めていたかったという、もの凄くどうでもいい理由だった。


「ふむ、これはたしかに、非常識な存在じゃのぅ」


「この女性(ひと)が、クロードのお姉さん」


 ジイさんとアリスの呟きを聞き流して、クロエは自分の存在によく気づきましたと言って俺のことを褒める。


「いや、姉さんの存在に気づいたのは白亜だよ。俺は言われるまで全然分からなかった」


「あら、そうなんですの?」


「……わらわが変化の術を使う時と同じような感じがしたのじゃ。最初から気づいていたわけではないのじゃ」


「なるほど、幻術の魔法ね。この私に気づかせないなんて、なかなかやるじゃない」


 白亜がクロエを警戒するように返事をして、クローディアは自分に幻術をかけたことに感心する。俺はここに存在しているクロエが本人ではないとはいえ、頭が痛くなるような心境になった。


「クロ……肉がなくなった」


「…………」


 マイペースなルナの言葉を聞いて、バーベキューコンロに視線を向けると、確かに肉が全てなくなっている。十人以上が一斉に食べられるほどの肉を焼いていたのに、ルナ以上のマイペースさで竜人の姉妹がその全てを平らげていた。


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