第243話 ようこそ、異世界へ
「それじゃ、留守は任せたぞサテラ。いつも通り店の売上は気にしなくてもいい」
「はいはい、あんたは向こうでしっかり稼いできな」
「おう」
馬車に荷物を積み終えたカザンさんが、アンジェラを連れてラシュベルトへと出発する。
この店の売上のほとんどはこの街ではなく、向こうの街にまで出荷して稼いでいるそうだ。
「わんちゃん~! またねぇ!」
「はいっス! またお会いしましょうっス~!」
あだ名はそれでいいのかお前ら。
去っていく馬車に向かってリアが大きく手を振ると、荷馬車の後ろからアンジェラが顔を出してそれに答える。
せっかく仲良くなったお友達どうしのしばしのお別れだ、余計なことは言わないようにしよう。
「白亜は手を振らないのか?」
「流石にこの歳になると、あれのマネをするのは恥ずかしいのじゃ」
「見た目はそんなに変わらないだろ」
「そ、そうじゃけど……」
白亜は100歳を超えているらしいけれど、見た目的にはリアたちとあまり変わらない。
獣人からしたら成人扱いを受ける年齢だそうだが、人間の俺から見たらまだまだ子供にしか見えない。
「クロ坊はその……やはり小さい女よりも、大きい方が好みなのかや?」
「別にそういうわけでもないけど……」
確かに俺の好みは年上のお姉さんだ。
しかしだからといって、決して年下が守備範囲外というわけでもない。
自分が惚れた相手ならば、見た目や年齢の差など関係ない。
ただ、そう……主観的に考えて不器用というか、恋愛に対して少し臆病になってしまうだけだ。
異世界の常識に当てはめると、見た目だけとはいえ小さい娘に手を出すのはアウトだしな。
この世界では12歳から結婚可能なので問題はないが、異世界の知識がある分どうしても価値観がズレてしまう。
「クロ坊?」
「いや、俺は好きになったら相手の見た目なんか気にしないぞ。ルナだって小さい方だし」
「それもそうじゃな」
消沈気味だった白亜の表情が、俺の返事を聞いて少し明るくなる。
彼女の期待に答えるのはなかなか難しいかもしれないけれど、とりあえず気を持ち直してくれたのなら良かった。
「そもそも白亜は、自分の好きな姿に変身できるんじゃなかったっけ?」
俺と行動を共にするようになってからは使っている姿は見たことがないけれど、初めて出逢ったときの彼女は違う容姿をしていた。
背丈こそ今の彼女と同じくらいだったが、赤い髪に真っ赤なドレス着て、獣耳や尻尾も隠していた。
「あれはその……あやつらに合わせていただけじゃ」
「合わせていただけ?」
「うむ。だって、この容姿で赤竜と名乗るのはおかしいじゃろ?」
「まぁ、そうだな」
白亜は赤竜と呼ばれた竜の生まれ変わりだそうだが、その姿はもう完全に狐娘だ。
もふもふの尻尾に可愛い耳をピコピコとさせながら赤竜を名乗っても、威厳も何もあったもんじゃない。
「わらわはもう、自分の姿を偽るつもりはない。クロ坊には、本当のわらわをずっと見ていてほしいのじゃ」
「白亜……」
潤んだ瞳でそのようなことを言われると、こちらまで照れくさくなってくる。
白亜も自分の言葉に恥ずかしくなったのか、頬を真っ赤に染めながら顔を伏せてしまった。
「二人で盛り上がっているところ悪いんだけど、中でお茶でも飲んでいかないかい?」
「あっ……」
「はぅ……」
今の今まで白亜のことしか見えていなかったが、サテラさんに声をかけられて周りの景色が鮮明に甦る。
ニヤニヤとしたサテラさんやジイさんだけではなく、リアも何を考えているのかわからないほけーっとした表情で俺たちのことを見ていた。
「青春じゃのぅ」
「そういうのはこんな場所なんかじゃなくて、誰もいない所で二人っきりでやりな」
「こんなところにらいばるが……」
はからずも二人だけの世界を作ってしまっていた俺と白亜は、しばらくの間お互いの顔を見るのが恥ずかしくなっていた。
◆◇◆◇
「それで、ワシらをわざわざ引き止めたのは何か話があってのことじゃな」
武具屋の二階に案内された俺たちは、サテラおばさんに進められるまま席に着く。
「ああ、そうだよ。あんた達に……と言うか、ヤマトのジイさんにあたしの息子の話しを聞いてもらいたくてね」
「その事か、なるほどの」
サテラさんが持ちかけてきた話は、前に一度しようとした自分の息子の話だった。
あの時は旦那のカザンさんが怒鳴って有耶無耶になってしまっていたので、俺も少し気になっていたところだ。
「あたしの息子がラシュベルトで鍛冶屋を開いていることは、ヤマトのジイさんも知っているだろ」
「うむ。フランが城の騎士たちの装備を任せるほど、人気の店になっているそうじゃな」
王城の騎士たちが御用達にしている店か、それはすごいな。
「あたしも息子からその話を聞かされたときは、鼻が高くなったよ。さすがあたしたちの息子だ……ってね」
明るく笑い声を上げていたサテラさんの表情が、数分と経たない内にすぐに暗くなる。
「そんな誇らしい自慢の息子の立場が、ここ数年で正反対になっちまってね。あたしゃもう、ホントに分からないんだよ……大公様のことが」
「……一体なにがあったんじゃ?」
サテラさんの息子が関わっていた話というのは、国が所有している飛空船に関する事だった。
飛空船はその性能や便利性から、個人で所有することは認められていない。
兵士が持てば戦争の引き金となるし、一商人が保有すれば国の行う貿易が成り立たなくなるからだ。
そのような性質から密航や密輸の警備は特に厳しく、二カ国以上に交友のある国しか所有することはできない。
「あたしの旦那もラシュベルトの飛空船の設計には関わっているし、二度目の話が来たときはあんまり疑いを持っていなかったんだよ」
「二度目の話?」
「そうさ。国からあたしたちの息子に依頼が来たんだよ、飛空船についての仕事の依頼がね」
ある時ラシュベルトで働いていた息子の元に、国から飛空船の依頼が来たそうだ。
その時は飛空船の改修依頼だと思っていたので、サテラさんもカザンさんも何の疑問も持っていなかった。
しかしその息子さんと手紙でやり取りをしている内に、二人はその依頼の内容がおかしいことに気づいた。
「息子のところに来た仕事の内容は、全く新しい飛空船の製作依頼だったんだ。ヤマトさんなら、それがおかしいってことは分かるだろ?」
「確かにそれは、おかしな話じゃな」
「じっちゃん。国が所有する飛空船の数は、予め決まっていたりするのか?」
「そうさのぅ……各国への交通のための便が二隻、王侯貴族の緊急避難用の船が一隻、じゃったかの」
「緊急避難用って、王が逃げるのかよ……」
国にとって王族の存在がどれだけ大切なのかは俺にだって理解できる。
しかし民を捨ててまで逃げる国王の存在というのは、例えどんな理由があろうと納得できない。
「いや、王がそれに乗ることはない」
「えっ……?」
「逃げるのは王の血を引く一族や貴族だけじゃ。戦時中ならともかく、例えば魔物に襲われたあと国が残ったとしても、それを治めるべき者が居なくなったら意味が無いからのぅ」
「そっか」
戦争で負けたのなら勝利した国の領地となるが、災害ならば命の優先順位があったとしてもそれは仕方がない事なのだろう。
「国王は逃げることを許さない。例え何があっても、最後まで民を見捨てない者でなければ王ではない」
許されないではなく、許さない?
俺はジイさんの説明の仕方に、少しだけ違和感を覚える。
それはまるで国の決まり事ではなく、どこかの王の個人的な感情のようだった。
「それってまさか……」
「そうじゃ……それが王たる者の生き様じゃ」
やっぱりフランチェスカ様のことか。
ジイさんはこの話を通しながら、フランチェスカ様の覚悟を俺に教えている。
あの女性の名前こそ口にしなかったが、その目を見れば誰のことを言っているのかが理解できた。
フランチェスカ様の身に何か起これば、次はあのダニ王子が国王か。
それは嫌だなぁ……なんとなくだけど。
正直に言えば、あの王子がなぜこんなあだ名で蔑まれているのか知らない。
確かに俺も、あいつの身代わりにされて酷い目に合わされたことがある。
だけど最近では、あまりにも接点が少ないのでその怒りも次第に小さくなってきていた。
「あたしの息子は国の命令だからと言って張り切っていたけど、今ではすっかり第一級犯罪者さ」
「なぜそうなった?」
「誰かに騙されて飛空船を作らされたんだよ。最初から国の命令なんかじゃなかったのさ」
「バカな、国を通さずに気軽に飛空船なんぞ作れるわけがない。それこそ昔の空賊でもなければ不可能なはずじゃ」
「だから犯罪者になっちまったんだろ」
「あのお船をつくるのは、そんなにむずかしいんですか?」
今までずっと黙って話を聞いていたリアが、首を傾げながらそんな質問をしてくる。
彼女はこっちの大陸に来るために飛空船の乗った経験があるので、少しだけ興味が湧いたのだろう。
「わらわも近くで見たことあるが、あれだけの大きさの船を隠れて作るのは難しいじゃろ。莫大なお金もかかりそうじゃし」
「それだけではない。専用の魔導石を作るのには、亜竜よりも大きいドラゴンの魔核が必要なんじゃ。船殻にも竜皮などが使われておるしのぅ」
俺はドラゴン討伐なんかしたことはないけど、カズマが過去に苦い思いを経験したことは聞いている。
討伐には何十人もの戦力が必要かもしれないので、おいそれと全てを隠し通すことは不可能だろう。
「飛空船の制作に関わった者は、城に捕らえられておるのか?」
「面会なんか許されていないからわからないけど、たぶんね。あたしゃ大公様に会える身分じゃないから、ヤマトさんに話を通してほしいんだよ」
「それが目的か」
「あんたでも難しいのかい?」
ジイさんが視線を落としたのを見て、サテラさんが不安に満ちた表情をする。
今のままでは、ジイさんにこの願いを叶えてもらうことは難しい。
なぜかというと、俺の魔法のせいでジイさんはこの街から出ることができないからだ。
「俺がフランチェスカ様に話をしましょうか?」
「あんたが? こう言っちゃ失礼だけど、坊やはあの御方に会える立場なのかい? 貴族っていうわけでもないんだろ」
あの人はラシュベルトの街を徘徊、いや、巡回しているから向こうに住んでいたら意外と簡単に会えそうだけど。まぁ、気軽に話しかけられる勇気のある人なんかいないか。
「俺はほら、一応あの人の弟弟子ってことになってますから……その、結構目をかけてもらっているんですよ」
「ああ、そういう縁かい」
本当はレティ絡みの違う理由なのだが、これで納得してくれているようなのでそこまで教える必要もない。
「それじゃすまないけど、あんたにお願いしようかね」
「いいですよ」
「どうかあたしの息子のことを、よろしくお願いします」
サテラおばさんのお願い事を聞いて、俺たちは屋敷へと帰ることにした。
「すっかり遅くなってしまったのぅ」
「おなかすきましたぁ……」
屋敷の門の前まで帰ってくると、ジイさんが言うように辺りは暗くなっていた。
リアはサテラおばさんが出してくれたクッキーをばりばりと食べていたのだが、彼女の腹の足しにはならなかったみたいだ。
「クロ坊、あんなに安請け合いして大丈夫なのかや?」
「大丈夫だ、何もいきなりその人を釈放してくれなんて言うつもりはないからな」
フランチェスカ様に今日の出来事を話して、事件の詳しい内容を聞くだけだ。
それだけならば別になにも問題ないだろう。
「クロ坊が大丈夫ならいいのじゃが……」
「心配してくれてありがとうな」
「こ、子供扱いするでない!」
「あ……ごめん」
白亜の頭を軽くポンと叩いたら怒られてしまった。
彼女の頭がちょうどいい位置にあったので、リアたちと同じようについ接してしまったのだ。
今まではこんなことをしても怒られなかったけど、多感な年頃なのかな。
いや……違うか。
「あの、その……嫌だったわけではなくてじゃな……」
「おかえりなさいませ! お兄様」
「れ、レティ……た、ただいま。何だその格好?」
白亜と話しながら玄関のドアを開けると、なぜかメイド服姿のお姫様が出迎えてくれた。
「一度着てみたかったのです。似合っていますか?」
「う、うん。凄く可愛いよ」
「お兄様に褒めていただけるのは嬉しいです」
俺の返事を聞いたレティが、喜びを表現するようにその場でくるりと回る。
一国の王女に侍女の格好をさせて喜ぶのは不謹慎だけど、その姿があまりにも可憐すぎてどうしても顔がニヤけてしまう。
「ほら、あたしが言ったとおり喜んでくれたでしょ?」
「はい!」
「私は止めたのですけどね」
一緒に出迎えてくれたクレアとマリアが、レティを見てそれぞれ違う表情をする。
どうやら発起人はクレアのようだ。
彼女の従者のマリアは、主人の発案を止めることができなかったのだろう。
「さぁ、行きましょうお兄様」
「あ、あぁ」
メイド服を着ていても、レティは俺と腕を組んで歩き出す。
俺のことを喜ばせようとしただけで、従者の真似事をするつもりはないらしい。
「おぉアリスちゃん、ただいま」
「おかえりなさいませ、おじい様、クロード」
リビングルームまで移動すると、アリスがゆったりとソファーに座っていた。
反対側にある大きなソファーには、なぜかうつ伏せになってルナが寝ている。
「ただいまアリス。ルナはどうしたんだ?」
「完成したと言って戻ってきたけど……だいぶ疲れているみたいね」
「完成? 何が?」
「クロ……おかえりぃ」
「ただいま。疲れているって聞いたけど、大丈夫なのか?」
「ん……問題ない」
「ルナさまぁ、今日はわんちゃんとおともだちになりましたぁ」
「わんこと……?」
「武具屋の娘のアンジェラじゃ、犬の獣人みたいじゃな」
「ほう……」
ルナたちのやり取りをよそに、俺は気になったことをアリスに尋ねる。
「アリス、今日の晩飯は?」
いつもなら美味しいご飯の匂いが立ち込めているのに、今はそんな匂いがしない。
そもそも誰よりも先んじてキッチンにいるはずのアリスがここに居るし、姿の見えないエレンさんがひとりで料理をしているわけでもなさそうだ。
「それがね……ルナが外でバーベキューをしようって言うから、今日は材料しか用意していないのよ」
「はぁ? 真っ暗だぞ、外は」
魔法で明るくすれば見えないこともないが、近所迷惑にならないように光源を調整しなければならない。
そこまでして外での食事を楽しむなら、わざわざ夜にしなくても明るい昼にすればいいのに。
「それは……ぜひともコレで遊ばないと」
「おい、ルナ」
魔法で出したフライングディスクをパタパタとしているルナに向かって、俺はバーベキューの事について尋ねる。
「ん……? バーベキューするのは庭じゃないよ?」
「じゃぁどこでするんだ?」
「道場で」
「やめい! 火事になるわいっ!」
黙って話を聞いていたジイさんが、ルナの返事を聞いて大声を出す。
俺もその意見には賛成だ。いくら換気されている道場だとしても、バーベキューは地下室でするものではない。
「大丈夫だ……問題ない。みんなは準備してきて」
「はぁい!」
元気よく返事をしたリアを筆頭に、女の子たちはゾロゾロと道場へと向かう。
この場に残ったのは俺とルナとジイさんの三人だけだ。
女の子たちはみんな何かを知っているみたいだったけれど、何も知らない俺とジイさんは話についていけない。
「い、いったいどういう事なんじゃ……」
「さぁ? わからん」
「二人はワタシが案内する……その前に、クロは血を飲ませて」
「あ、あぁ」
◆◇◆◇
「そろそろいいか……」
ルナがそう言葉にしたのは、ジイさんと俺がお茶を二杯ほど飲み終えた頃だった。
「一体何が始まるんじゃ?」
「第三次……異世界創世だ!」
意味がわからん。
意味不明な返事をするルナの案内の下、俺たちは道場の方へと移動する。
地下へと続く階段の前に来ても誰とも会わなかった。女の子たちはやはり全員道場の中にいるみたいだ。
「クロ……開けていいよ」
「なんだってんだ」
ルナに言われたまま先頭に立ち、ジイさんの道場の扉を開ける。
「うわっ!? えっ、なにこれ?」
道場の中は何も見えない。
もっと正確に言えば、入り口に真っ白な光の壁らしきものがあって中の様子がわからなかった。
「なんじゃこれは……」
俺の後ろにいたジイさんも疑問の声を出しながら、光の中に右手をゆっくりと入れ始める。
「む! こ、この感覚は……」
「どうした? じっちゃん」
「ワシがこの世界に召喚された時の感覚に、とてもよく似ておる」
「なんだって?」
俺もジイさんの真似をして、自分の右手を慎重に光の中に入れる。
えぇっと……
そういや俺、自分がこの世界に送還された時の感覚を覚えていないや。
「さっさと……入れ!」
「うぉ!?」
「ぬぉ!!」
俺とジイさんが入り口でもたもたとしていると、ルナに思いっきり突き飛ばされて光の中に吸い込まれた。
「う……なんだ……まぶし……」
光の中に吸い込まれた感覚から、どこか暑い場所に立っているような感じが足に伝わってくる。
「あれ……? 外……?」
眩しさの中で天井見ると、なぜかそこには青空がある。
暑い地面を見ると足元は砂場だ、これはどこかに転移されたのだろうか。
「な……なんじゃと……」
「うん?」
一緒に飛ばされたらしきジイさんの顔を見ると、俺の背後を見ながら驚きの声を上げる。
「なにが……って、海ぃ!?」
近くにあった岩場とは反対方向に振り返ったら、そこには青い空と白い雲。
そして、すごく綺麗な砂浜と透き通るような青い海が広がっていた。
「おいおいおい、なんだこりゃ」
俺は自然と引き込まれるように、海をバックに砂浜に立っている二人の女性の元へとフラフラと歩いていく。
「クロード様」
「クロちゃん」
「ソフィア……トリアナ……なんだここ……」
「「ようこそ、異世界へ!!」」
水着を着て声を合わせて喋る二人の女神たちの姿に、俺は色んな意味で呆然となっていた。




