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第241話 鳥籠


 俺はエレンさんから、自然界に存在するマナを効率的に集めるための方法を教わっていた。


「どうですか? クロードさん」


「魔力が集まってくるのが、凄くわかりやすいですね」


 エレンさんから借りたブレスレット型の魔導具を身に着け、魔力の操作をする。

 自分で創った装備だと魔力を吸われ続けるだけだが、このブレスレットは周囲から魔力を集めている感じだ。


「自然界に存在するマナを効率的に集めるには、やはり魔導具を利用するのが一番の近道だと思います。魔導具はそのために生み出された物ですから」


「なるほど」


 この世界にいる魔法使いの大半は、こんな風に魔導具を使って魔法を行使している。

 自分の中で一から魔力を練り上げるよりも簡単だし、魔力の消耗量も少なくて済むからだ。


 しかし魔導具という便利な物が流行るにつれて、世の中に様々な諍いが起こり始める。

 それが中央大陸を境にして分断した、魔術師と魔導師の軋轢だ。


 魔導師が魔導具という便利な物を次々と発明していく傍ら、古くから存在している魔術師は、自ら生み出した魔法を書物という形で残してきた。


 俺は前にトリアナから魔導師と魔術師違いについて聞いたことがあるが、彼女は本と魔導具の違いだと言っていた。

 あのときは全然意味が分からなかったが、エレンさんに説明してもらった今はその違いがよく分かる。


 トリアナの説明って、少々言葉足らずなところがあるんだよな。


「クロードさん。その水晶……かなりの魔力を消費しているみたいですけれど、大丈夫なのですか?」


「ええ、問題ないですよ」


「問題ないのなら良いのですが……」


 エレンさんの言うとおり、魔導具で集めたマナと俺自身の魔力が、右手に持っている水晶に片っ端から吸われ続けている。

 少しでも気を抜くと一瞬で全魔力を吸われそうなほど、この水晶は日々変化し続けてきていた。


 一体いつまで持っていればいいんだろうな、これ。


 ソフィアから大切にしてくれと言われたのでずっと持っているけれど、触れていると気が休まる暇がない。

 最初はここまで魔力を吸われることはなかったのに、この変化はどういうことなのだろうか。


「エレン様、少しよろしいでしょうか」


「はい、すぐに行きますね」


 俺の前に座っていたエレンさんが、マリアに呼ばれて彼女の方へと向かう。

 向こうの席にはレティとクレアが、治癒魔法についてマリアのレクチャーを受けていた。


「この、水と風の治癒魔法の違いについてなのですが」


「それはですね……」


 それにしても、あの二人の格好は……


 俺は少し離れた場所から、マリアとエレンさんの服装をよく観察する。

 彼女たちは胸元が強調されたビジネススーツとスカートに、タイツやハイヒールといったもの凄く魅力的な格好をしていた。


 あの二人がいま着ている服は、この世界で作られた既製品ではない。

 ルナがこの格好じゃないと本物の女教師ではないと言って、魔法で創り出した衣装を二人に着させたのだ。


 いいな……凄く。


「よく働く……きれいなお姉さんは好きですか?」

 

「大好きです」


 いつの間にか側にいたルナの質問に、つい条件反射で力強く頷く。


「グッジョブだ! ルナ」


「んっ……!」


 俺が素敵な笑顔でサムズアップをすると、ルナも親指を立てるジェジチャーで返してきた。


「クロ……それに魔力はたまった?」


「いやこれ、溜まるものなのか? 毎日際限なく吸われ続けてるんだが……」


「かして」


「ああ」


 ルナが俺の持っていた水晶を受け取り、両手でかざすようにして覗き込む。

 

「んー……ここまでたまれば十分か」


「どうするんだ? それ」


「後のお楽しみ」


「なんだそりゃ」



「わたくしにも妖精を見ることはできるのでしょうか?」


「うん?」


 手の平サイズの宝箱の中に水晶を入れているルナの様子を見ていると、向こう側にいるレティから気になる単語が聞こえてきた。


「妖精は警戒心が強いので、めったに人の前にその姿を見せることはありません」


「あたしは魔大陸で見たことがあるわよ」


「どんな姿をしていたのですか?」


「子供の頃に想像していたものよりも、大きかったわね」


「お嬢様、アレは妖精ではなくて妖魔です」


「そうなの?」


「精霊は書物などが好きなので、魔法の本を大切にしている魔術師は好かれています。逆に色々な魔導具を持っている魔導師は、好奇心旺盛な妖精に好かれると言われておりますね」


 精霊は本が好きなのか。


 確かに俺の精霊であるスノウは、度々俺の中から勝手に出てエレンさんの部屋に行く時がある。

 読書が趣味なエレンさんの部屋には大量の書物があるので、彼女はそれに惹かれているのだろう。


「クロ……楽しみに待ってて」


「えっ? なにを?」


 意味深な笑みを浮かべたルナは、俺の返事を聞かずにそそくさと部屋から出ていく。


 今日も道場へと向かうのだろうか。

 ここのところ彼女は、毎日女神たちと道場の中で何かをしている。

 クローディアが主体となって彼女たちに指示を出しているみたいだけれど、一体何をしているのかは皆目見当がつかない。


 一度気になって道場の中を覗こうとしたら、ルナにダメだと言われて渋々引き下がった。

 おかげで俺はソフィアとは寝るときにしか逢うことができないし、ずっと道場の中にいるトリアナに至っては、彼女が帰ってきたときの一度きりしか顔を見ていない。


 クローディアに向かって、ソフィアとトリアナに会わせろなんて言えないしな……


「クロード」


「どうした? アリス」


「さっき、武具屋の使いを名乗る人が訪ねてきていたわよ」


「武具屋の使い?」


「ええ。頼まれた武器ができたから、今すぐ受け取りに来てほしいって」


「ああ、カザンさんからか」


「急いでいるらしいから、夕方までには来てほしいそうよ」


「そうか」


 俺はジイさんの馴染みの店に短剣の製作依頼を出していたので、今日それが完成したのだろう。

 最初に向こうが提示した期日を過ぎていたからゆっくりと待っていたが、どうやら急いで向かったほうがよさそうだ。


「わかった。じっちゃんは今どこに居るんだ?」


「庭で稽古をしているわ」


「今日もか」


 道場の中に入れなくなった日から、ジイさんは庭で稽古をするようになった。

 雨季はもう去ったので雨に濡れることはなくなったが、追い出されたジイさんには申し訳ないと思っている。


「ねぇ、道場のこと、何とかならない? おじい様も元気がなくなった気がするの」


「一応ソフィアやルナには言っているんだがな。別に壊したりするつもりはないみたいだが、もう少し待ってほしいって言われた」


「そう……」


「リアたちも楽しそうにしているから、俺としては、じっちゃんにはもう少しだけ構ってもらいたいんだけど」


 ジイさんが庭で稽古をするようになってから、リアやディアナの二人がいつも一緒にいる。

 彼女たち竜人にとっては、窮屈な道場よりも庭で稽古をしてもらうほうが楽しいみたいだ。


「おじい様も孫が増えたみたいで嬉しそうだから、それはいいのだけどね」




◆◇◆◇




 アリスと別れたあと庭まで出てくると、ジイさんがリアとディアナを相手に実戦稽古をしていた。

 今日は白亜も見学をしているようだ、俺は彼女が立っている場所まで近づいていく。


「クロ坊」


「白亜は一緒にやらないのか?」


「わらわもさっきまで交ざっておった、今は休憩中なのじゃ」


「そうか」


「わらわも持久力には自信があったのじゃが、あの二人の体力はとんでもないのじゃ。休み無しではついていけそうもない」


「確かに……凄く激しく動いているな」


 彼女たちは大きな戦斧や大剣を振り回しているのに、その動きは素早く手数も多い。

 その二人の相手を、たった二本の刀で善戦しているジイさんも大概だ。

 もしも俺が相手をすれば、あのどちらについても一分と持たないだろう。


「クロ坊、ちゃんと姫の相手をしてくれておるのかの?」


「ああ、エレンさんとマリアが、ちゃんとレティに治癒魔法を教えてくれているぞ」


「そういうことではないのじゃ」


 真っ黒な鉤爪に手で触れながら、白亜がはぁっとため息をつく。

 これはカザンさんの店で売られていた黒鉄の爪だ、彼女はあのときに買っていたのか。


「クロ坊よ。大切にして可愛がっているだけでは、籠の中の鳥と一緒なのじゃ」


「……」


「姫は心の中では自由に羽ばたきたいと思っておる。しかし姫の立場がそれを許さぬ……自ら籠を壊すことができないのならば、誰かがそれを壊さないと出られないのじゃ」


「わかってるよ」


 今の白亜が言っている意味を理解しているし、レティの気持ちも俺には分かっている。


 しかし今はまだその時ではない。

 レティの結婚を引き伸ばしたフランチェスカ様の真意は不明だし、彼女の事を二度も追い出したバルトディアの考えも俺には理解できていない。


「わかっているのなら、いいのじゃ」


「お前はどうなんだ? 白亜」


「わらわは……わらわの方は、鳥籠が先に壊れてしまったのじゃ」


 白亜……


 震えた声で返事をするもう一人の小さな姫を、俺は背後から優しく抱きしめた。


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