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第238話 レイモンド家からの招待


「アナタ、いつまでむくれてるのよ」


 レイモンド男爵家から来た迎えの馬車の中で、俺はひとり不貞腐れていた。


 俺がなぜ機嫌が悪くなっているのか、それは二回目に来た招待状の内容が関わっている。


 先日送られてきた俺たちの都合を聞く手紙には、勇者御一行様へと書かれていた。

 しかし今日の夕方にきた招待状には、勇者の勇の字どころか俺の名前すら書かれていなかったのだ。


 招待状の中身は晩餐への案内というありふれたものだったが、俺と一緒に招待に応じたアリスとエレンさんの名前しか載っていなかった。


 別に俺は本物の勇者ではないので丁重な扱いをしろとまでは言わないが、こうも露骨な文面だと俺の気も変わってくる。

 

「向こうはアナタを招待するのが当たり前だと思っているから、きっと名前を書くのを失念していたのよ」


「どうだかな」


 男爵家の兄弟は、それぞれアリスとエレンさんに惚れていた過去があるらしい。

 ならばこの二人を誘うために自分をダシに使ったのではと、俺が勘ぐるのも当然だろう。


「クロードさん。お気持ちはわかりますが、相手は曲がりなりにも貴族なので、向こうに着いたら失礼のないようにお願いします」


「それはわかってますけど……」


「いいえ、アナタがわかっていないからエレンは注意しているのよ」


 エレンさんの言葉に渋々返事をしていると、アリスが力を込めた瞳で俺の方を見てくる。


「アナタ、目上の者には丁寧な言葉遣いをするのに、ジルベール様と話すときは随分と横柄な態度だったじゃない」


「う……」


 それはアリスに言われなくても分かっている。

 というよりも、俺は自覚してジルベールさんにそんな態度を取っていた。


 別にあの人のことが嫌いというわけではない。

 むしろジルベールさんは、人として好感が持てるタイプだ。


 そんな彼に横柄な態度で接してしまっていたのは、アリスを奪われるんじゃないかという俺の醜い嫉妬心からだった。


「クロードさん。心配なさらなくても、アリスさんは貴方の元から離れていったりはしませんよ」


「そうよ。私はアナタ以外の男を好きになったりしないわ」


「そうか」


 俺の隣りに座っているアリスが、俺の手を掴みながら力強く頷く。


「エレンさんもですか?」


「はい。私もアリスさんの傍から離れたりしません」


「わかりました」


 アリスもエレンさんもとても真剣な表情をしていたので、俺はひとまず安堵する。

 エレンさんの言葉に少しだけ引っかかるものがあったけれど、彼女はアリスのことが最優先なのでそれも仕方ないだろう。



「到着したみたいですね」


 馬車が停止してしばらく中で待っていると、御者が降りてきて馬車のドアを開ける。


「お待たせいたしました、どうぞこちらへ」


「あぁ、ありがとう」


 俺はアリスたちよりも先に馬車から降りて、軽く周囲の状況を確認した。

 どうやらここはすでに屋敷の庭みたいだ、相変わらず広い。


「さ、アリス」


「ええ、ありがとう」


 何も問題がないことを確認し終えると、アリスが馬車から降りやすいように彼女の手に自分の手を添えた。


「ふふっ、まるで私の従者みたいね」


 それはもういい。


 彼女はやたらとこの話題を引っ張るが、そんなに俺に自分の執事をやってほしいのだろうか。


「エレンさんも」


「ありがとうございます、クロードさん」


 エレンさんにも手を添えて誘導をしたら、彼女は先ほどのアリスよりも優雅な動きで馬車から降りてきた。


「では、屋敷までご案内いたします」


 御者の先導に従い、俺たちは屋敷の玄関がある方まで歩いて行く。


 しかし……もっとマシな場所で停めてほしかったな。


 俺はアリスと腕を組みながら、心のなかで御者に向かって愚痴をこぼす。


 俺たちが乗ってきた馬車が停められた場所は、屋敷から少し離れた庭の中央だ。

 いくら屋敷までの道が整理されているとはいえ、客人にこの距離を歩かせるのは如何なものか。


「申し訳ありません。本来ならお屋敷の玄関まで馬車を運転したいのですが、急な来客によりそれが不可能となってしまいまして」


 まるで俺の心の声が届いたかのように、俺たちの前を歩いていた御者が説明をし始めた。


「急な来客?」


「はい、あちらです」


「何だあれ」


 御者の男が手をかざした方向に視線を向けると、俺たちの行く手を遮るかのように三台の大きな馬車が停まっていた。


「辺境伯の関係者が乗ってきた馬車です。相手は上位貴族なので我が主人も訪問を断ることができず、誠に申し訳ありません」


 御者の男は説明を終えると、俺たちに向かって何度も頭を下げる。

 そんなに面倒くさいことになっているのなら日時を変更してくれてもよかったのだが、貴族の体面としてはそうもいかなかったのだろう。


「辺境伯の関係者……ですか。なぜそのように身分の高い御方が、この街の男爵家を訪ねてきているのでしょうか」


「さぁ……わたくしごときの者には、身分が高い御方の考えは分かりかねます」


 真面目な表情をしたエレンさんの質問に、御者の男はハンカチで汗を拭きながらそう返答をする。

 いくら貴族の屋敷で働いているといっても、ただの使用人である彼には答えようがないのかもしれない。


「エレンさん、辺境伯っていうのはそんなに身分が高いのですか?」


 辺境というくらいだからそこまで偉い立場ではないと俺は思っていたのだが、どうも二人の話を聞く限りそれは違う気がした。


「辺境伯は昔から国の国境を守り抜いてきた家なので、それなりに上位の地位があります。ラシュベルトの貴族たちの中では、公爵家に次ぐ発言力を持っていると言われていますね」


「公爵家の次……そんなにですか」


「ロートレス辺境伯家は、次男を次期国王候補として立候補させている。つまり、レティシア姫の婚約者よ」


「レティの……婚約者……?」


 ってことは、辺境伯っていうのは……


「あのダニ王子の家か!?」


「クロードさん!」


「むぐっ」


 アリスの言葉を聞いて声を荒げていたら、エレンさんが慌てながら手を伸ばしてきて俺の口をふさぐ。


「どこで話を聞かれているのかわかりませんから、そのような発言をしてはいけません」


 あ、いい匂いがする……じゃない、わかりました。


 口をふさがれながらコクコクと頷いていると、エレンさんはホッとした表情で俺から手を離す。


「それでは、案内をお願いしますね」


「あ、は、はい」


 エレンさんに話しかけられた御者の男はもの凄い汗をかいていた、彼には悪いことをしてしまったかもしれない。



 あの真ん中に停まっている品のない派手な馬車、この前見かけたやつじゃねぇか。


 品性に欠けるほど派手な宝石で飾られた見覚えのある馬車は、あの雨の日にレティに向かって水溜りの水を跳ねてきた馬車だった。


 あれがロートレス辺境伯家のマークか。


 そんなに注視したいものでもなかったが、レティのこともあるので覚えておいて損はないだろう。


「勇者様、ようこそ我が屋敷へおいでくださいました」


「あ、どうも……」


 よそ見をしながら屋敷に向かって歩いていると、声をかけられるまで玄関の所に立っていたジルベールさんに気づくのが遅れた。


 俺は取りあえず彼に挨拶を返すために、アリスたちより前に出て頭を下げる。


「えー……この度はわざわざご指名で(・・・・・・・・)招待していただき、誠にありがとうございます」


「…………?」


「こらっ!」


「あづ!」


 俺の挨拶に呆けているジルベールさんの姿を眺めていたら、背後にいたアリスにゲンコツを食らわされた。


「ちょっと! なによ今のは……」


「なにって……ただ挨拶を返しただけだろ」


 アリスが俺を引き込んで小声で話しかけてきたので、俺もジルベールさんに聞こえないように小声で対応する。


「ただの挨拶返しを、あそこまで皮肉たっぷりですることじゃないでしょう?」


「うぐ……」


 誰にも分からないくらい小さめの嫌味で挨拶をしてみたのだが、どうやらアリスにはバレバレだったみたいだ。


「あの……私は勇者様に、何か失礼を働いてしまったのでしょうか?」


「とんでもございません、彼はただ緊張しているだけなのです」


「は、はぁ……」


 少しだけ慌てた顔をしているジルベールさんに、エレンさんが落ち着いた表情で対応をする。


「ほら見なさい! ジルベール様も気にしていらっしゃるでしょう? わかったらこれ以上失礼な態度はしないで、もう一度同じようなことをしたらまた殴るわよ」


「ご、ごめんなさい」


 これ以上アリスには怒られたくはないので、この場では素直に謝る。

 何か久しぶりにクロエ()に怒られたような感じがする、とても情けない気分だった。


「とても仲がよろしいようですね」


「ええ、あの子たちは仲がいい恋人同士ですから」


「そ、そうですか……」


 俺が横柄な態度を取らなくても、エレンさんが笑顔で精神攻撃をかける。

 ジルベールさんはつられて相好を崩していたが、その笑みは少しだけ引きつっていた。


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