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第235話 合言葉


「ソフィア!」


「クロード様!」


 部屋の扉を開けた女神の顔を見て、俺はすぐさま彼女の体を抱きしめる。

 つい先日に黒い森で会ったばかりなのに、随分と久しぶりに再会したような気分になった。


「クロード様、お変わりありませんか?」


「ずっと逢いたかったよ、ソフィア」


「わたくしもです」


「んっ! んん……!」


「……っと」


 しばらくの間体中でソフィアの温もりを確かめていたが、自分の背後にいたルナのわざとらしい咳払いで我に返る。


「これは……思っていたより深いわね……」


 ソフィアから体を離して装いを正していると、クローディアが何かをつぶやくような声が聞こえた気がした。


「せせせ、聖王様!? ど、どうしてここに!?」


「あら、そっちの女神は割りとまともな反応をするじゃない」


 クローディアはソフィアのことを一瞥した後、部屋の奥に座っていたトリアナの方に視線を向ける。

 ソフィアはクローディアを見てもあまり驚かずに一礼をしただけだったが、トリアナはわかりやすいくらい動揺していた。


「堂々とこの人に会うならまだしも、私に隠れてコソコソとしている女神たちが気に入らなくてね。こっちから姿を見せに来てあげたわよ」


「おいおい、言い過ぎじゃないか」


「別にこの()たちのことは否定していないでしょ」


「それはそうだけど……」


 クローディアは逢瀬なんかせずに堂々と会えと言っているだけで、俺と女神たちが行動を共にすることは否定していない。

 そもそも数日前にソフィアとの馴れ初めを話したときも、俺たちが愛し合うことについて肯定してくれたばかりだ。


「それじゃ、私はこの女神たちに大事な話があるから……そこのあなた」


「は、はい、何でございましょうか」


 部屋の扉付近で一人立っていたラナさんが、急にクローディアに話しかけられて背筋をピンと伸ばす。


「この部屋以外にも、他に部屋を取っていたりする?」


「はい。ここのすぐ隣の部屋で、私を含めた数人の者が休ませていただいております」


「そう、ではあなたにお願いするわ。今すぐこの人を連れてその部屋に向かい、そこでこれまでの経緯を説明してちょうだい」


「か、畏まりました!」


「クローディア?」


「そういう訳だから、私にしばらく時間をくれないかしら?」


「……わかったよ」


 彼女がソフィアたちと何の話をするつもりなのか分からないが、その瞳は真剣そのものだった。

 ここで俺がごねても何の意味もないので、今はクローディアの言葉に引き下がることにしよう。


「あ、ルナはここに残りなさい。あなたには頼みたいことがあるから」


「ん……? わかった」


 クローディアとルナの二人を女神たちの部屋に残し、俺たちはラナさんが泊まっている部屋へと移動する。

 部屋を出る時に見たトリアナの顔が、捨てられた子犬のような表情をしていたけれど、俺にはどうすることもできなかった。



「今ほかの者は外出しております、どうぞおくつろぎ下さい」


「あぁ、ありがとう」


 ラナさんが泊まっている部屋へと案内された俺は、彼女に進められるまま椅子に座る。

 隣の部屋ではゆっくりと確認できなかったが、この部屋も豪華な作りになっている。

 調度品は廊下にある物よりも煌びやかだし、複数の大きなベッドも並んでいた。


「何かお飲み物を買って来ましょうか」


「いや、いいです。それよりも話を聞かせてください」


「畏まりました。あの、クロード様」


「何ですか?」


「お話をさせていただくのは構わないのですけれど。もう少しその、平語で話しかけていただけないでしょうか?」


「平語?」


「はい。ソフィーティア様やトリアーナ様にはくだけた話し方をなさっておいでですのに、私だけそのような話し方をされますのは……恐れ多いと申しますか……」


「ああ、そういうことか」


 俺は相手の身分が上か歳上の場合、敬語で話しかける癖がある。

 これといって意識しなくてもこの喋り方になってしまうのは、アストレア様やクロエの教育の影響なのかもしれない。


「わかった。これからは普通に話すよ」


「助かります」


 俺の言葉を聞いたラナさんは、心からホッとするような表情を見せる。

 俺からしたらソフィアやトリアナは自分の恋人のつもりなので、相手がどんな立場でも関係がなかった。

 しかしラナさんの場合は違う。自分の上司がタメ口で話しかけられているのに、自分だけが敬語で話しかけられるのは居た堪れなかったのだろう。


「それと、これは個人的なことなのですが……クロード様のことを、大聖王様とお呼びしてもよろしいでしょうか?」


「なんで?」


「あなた様のことを大聖王様とお呼びさせていただくことで、心から安心できるのです」


 安心?


「そう呼びたければ別にそれでもいいけど」


「ありがとうございます、大聖王様」


 俺を大聖王と呼んでなぜ安心できるのか分からないが、別にその呼ばれ方は嫌ではないので否定するつもりもない。


「トリアーナ様に接触してきた、あの商人の話をすればよいのですね」


「あぁ、頼む」


「心得ました」


 ラナさんは、俺たちが黒い森から立ち去った後の話をしてくれた。

 端的に言えば、勇者たちが追っている行方不明事件に関わりのある話だった。


「大聖王様は、この石についての知識はお有りでしょうか?」


 ラナさんが俺たちの目の前にある机の上に、見覚えのある透明のクリスタルを置く。


「命石か、この中に人間の命が入っていると聞いた」


「その通りです。そしてこの石には、強力な呪いを抑える力を持っているとも言われています」


「呪い?」


「はい。全身が黒く変色し、やがて死に至る呪いです」


 ハルツ病か。


 不治の病に効く石ということで、この命石は裏のルートで高値で取引されていたらしい。

 エルネストという商人もその噂を聞きつけ、財を成すために石を大量に購入していた。


 しかしこれから売りさばこうとしていた矢先、その男はこの石に人間の命が使われていることを知った。

 悩みに悩んだ男は石を手放すこともできず、トリアナという名の女神に出逢うまで途方に暮れていたそうだ。


「あの男はトリアーナ様に、この石に使われた人間の命を元に戻してほしいと相談を持ちかけてきました」


「不可能だろそれは」


 死んだ者は大神王ですら生き返らせることはできない。

 ましてやトリアナは転生神ではなく管理神だ、元々人間の魂を自由に操作する権限を持ってはいない。


「転生神のソフィアの力を当てにしているのか? いや、それでも不可能だろ」


「あの……大聖王様」


「うん?」


 ひとり思索に耽けていると、目の前に座っていたラナさんがおずおずといった感じに声をかけてくる。


「なんだ?」


「大聖王様は生前の記憶を無くしていらっしゃると聞かされておりましたが、思い出されたのですか?」


 そのことか。


「全部じゃないけど、大雑把には思い出しかけてる」


「そうなのですか」


 一度全てを思い出しかけていたが、時間が経つ毎に思い出せないことも増えてきている。

 これもおそらくクロエが何かをしたのだろう。


「人間からしたら、女神は何でもできる存在だと思われているのかもしれないな」


「そうだと思います」


 俺も事情を知らなければ、神様というものは全能の存在だと思っていたかもしれない。

 女神は信仰の対象として身近に感じられても、実際に出逢うということはないわけだし。


「あれ? そういえば、その商人はどうやってトリアナの居場所を突き止めたんだ?」


「トリアーナ様の居場所は、教会にいる修道女から聞いたと言っていましたね」


 修道女? 何者だその女。


「信仰心が高ければ、女神がどこに居るのかわかったりするのか?」


「いえ、流石にそれはありえません。ただ、トリアーナ様はその修道女の名前を聞いて、聖女の身内だと呟いておられましたが」


 聖女アナスタシアの身内ということは、その女もレティの姉の可能性があるな。


 クロエの話だとレティシアは女神の生まれ変わりで、その姉であるアナスタシアも特別な力を持っている。

 聖女は離れた場所でトリアナと会話をすることができるらしいし、他の姉妹も何らかの力を持っていても不思議ではない。


「クロさまぁ」


「どうした?」


 今までずっと黙って座っていたリアが、スッと片手を上げながら俺の名前を呼ぶ。


「クロさまやルナさまは、おじいちゃんの病気を治すことができましたよねぇ」


「あぁ、じっちゃんのハルツ病は治したな」


 俺は自分の魔力を貸しただけで、実際に病気の治療をしたのはルナだけだったが。


「それをほかの人たちにしてあげることはできないんですか?」


「というと?」


「その病気にくるしんでいる人たちを治してあげたら、その石を必要とする人もいなくなりますよね?」


「いや、それは……」


「無理、世界中にどれだけいると思ってるの」


「あぅ」


 リアの妹のディアナが、姉が提案してきた一言を一蹴する。

 そこまで広まっていない病らしいのでその言葉は大袈裟だったけれど、彼女の言い分も一理ある。

 俺たちは病気に掛かっている人々を一々尋ね回っていられないし、ルナにかかる負担もジイさんを治療したときの比ではない。


「それに、自分のご主人様に負担をかけるなんて奴隷失格だ」


「はぅ……申し訳ありません……ルナさまぁ……」


 リアは両手を合わせて天を仰ぐようにルナに謝罪しているが、彼女の主人は俺じゃなかったっけ。


「クロ坊、薬を作ることは不可能なのかや?」


「薬?」


「んむ。病気を治す薬を作ることができれば、世界中を回らなくてもすむじゃろ」


「なるほど……」


 もし白亜が言うような薬を生み出すことができれば、それは世界に急速に広まるだろう。

 しかし魔法で治療をするのならともかく、ねがいの魔法で薬なんて創り出せるものなのだろうか。


「取り敢えず、保留だな。トリアナとルナの意見も聞きたいし、向こうもそろそろ話し合いが終わってる頃だろ」


 この宿には昼過ぎに到着していたが、いつの間にか窓から西日が差していた。

 俺たちは一旦話し合いを止めて、クローディアたちがいる隣の部屋へと向かう。



「ルナさまぁ」


 トリアナたちが泊まっている部屋の前につくと、俺の代わりにリアがルナの名前を呼びながら部屋の扉をノックする。


「合言葉は?」


 合言葉? なんだよそれ。


 部屋の中からルナの声が聞こえてきたが、そんなものを決めた覚えはないし全く聞いてもいない。


「ここがあの女のハウスね」


「よし……入ってもいいよ」


 なにそれ!?


「はぁい」


 リアが意味不明な返事をすると、ルナから入室の許可が降りる。

 今のが合言葉だったのだろうか。


 あの女って、もしかしてソフィアのことなのか?


 もの凄く気になる二人のやり取りだったけれど、リアが元気よく部屋の中に入ってしまったので、俺は彼女から話を聞くことができなかった。


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