第233話 神子
「これがあの場所で起きたことの全てだ」
「まさかあの廃墟の地下に、そんな場所があったなんて」
壁に映された映像の向こう側で、東の勇者であるヒカルが俺の言葉に相槌を打つ。
ここはルシオールの冒険者ギルドの、通信魔導具が置いてある一室だ。
俺はこちらで起きた出来事を、カズマやヒカルに報告するためにこの場所まで来ていた。
「正直、君がここまで協力してくれるなんて思わなかった」
「偶々事件に関わりがありそうな人物と接触したから、報告くらいはしておこうと思ったんだ」
俺はマリアに頼まれてあの廃墟まで向かっただけで、勇者に協力しようという気持ちはそんなになかった。
「それでも情報提供には感謝している、あとは僕たちに任せてくれ」
「そのつもりだ」
この行方不明事件はかなり複雑なことになっているみたいだが、勇者ではない俺に協力できるのはここまでだ。
北と南の大陸の勇者たちがこの事件にどう関わりがあるのかわからないし、それこそヒカルやカズマの領分だろう。
「その封印されていた吸血鬼とやらは、本当に放置していても問題ないのか?」
ヒカルの隣りにいるカズマが、懐疑的な目をして疑問を投げかけてくる。
こいつは、いったいいつまでこっちの大陸にいるつもりなのだろうか。
「何百年も前からあの場所に住んでいたらしいから、問題があったらとっくに事をおこしているんじゃないか?」
昔から噂になるくらいあの屋敷のことは街の住民の間に知れ渡っていたのに、最近になるまで吸血鬼の被害はなかったのだ。つまりそれくらいの間、ヴラドたちは街の人々との関わりを持っていなかった。
もっとも、弱っていた彼が街の住民から密かに血を吸っていたのもまた事実なので、被害者がそのことを訴えてきたら、さすがに俺もそこまで庇護できないかもしれないが。
「一番の問題は、その吸血鬼よりも魔族の方だろう。君のところにいる女魔王は、本当にその死霊魔術師とやらとは無関係なのか?」
「クレアちゃんは関係ないぞ! 彼女は被害者だ!」
いやまぁそのとおりだけど、なぜお前が反論する?
あの場所に行くことになった理由を説明するために、俺はこの二人にだいたいのことを話していた。
勇者なら魔族の情報を持っているかもしれないし、マリアにも許可をもらっていたからだ。
しかしこの二人は勇者なのに魔族の情報には疎く、カズマに至っては、逐一俺にクレアについていろいろと尋ねてくるだけだった。
「仮にも彼女は魔族の王だったのだろう? 疑ってかかるには十分な存在だと思うが」
「クレアちゃんはそんな娘じゃないぞ! 俺は信じている!」
一度しかまともに会話をしたことがないのに、ものすごい信頼だな。
「……話が進まない、君は少し黙れ」
依然として変わらないカズマの態度に、隣りにいるヒカルがものすごくイライラしているのが伝わってくる。
「さっきも言ったが、俺と一緒にクレアも死霊魔術師に襲われたんだ。もし疑うとすればそれはあいつではなく、現魔王だという弟のほうじゃないか」
「そうそう。その魔王を倒せば、きっとクレアちゃんは俺の虜になるはずだ!」
どこから湧いてくるんだその自信は。
「もういい……僕一人疑っているのが馬鹿らしくなってきた」
俺だけではなく、同じ勇者であるはずのカズマにも話が通じないので、ヒカルは諦めたように大きなため息をつく。
「とにかく、君が提供をしてくれた情報を元に僕たちは動く。獣王と呼ばれていた男のことも、女王様に報告しておこう」
「頼む。そういえば、ある人がフランチェスカ様のことを大公って呼んでいたんだが、別の呼び方があるのか?」
「あぁ、それはフランチェスカ様の爵位だ。正確には大公爵と言うんだ」
「なるほど」
「なんでも大公って呼ばれ方が年寄り臭く感じるから、本人が女王呼びされることを望んだとか」
「偏見だな」
「僕もそう思う」
「俺は王様よりも、大公爵のほうが格好いいと思うんだけどなぁ」
カズマの個人的な感想を最後に、俺と勇者たちの通信は終了した。
◆◇◆◇
「エリカはまだ話しているのか」
通信室から外に出てくると、ルナが廊下にある椅子に座って一人退屈そうに足をブラブラとさせていた。
クローディアも自分の執事と連絡を取るためにディアナを連れて一緒に来ていたのだが、隣の部屋に入ったまま出てきていないみたいだ。
「ん……たいくつだった」
「ごめん、ルナ」
彼女が魔王であることはヒカルやカズマにはバレているので、俺はルナと一緒に部屋に入る事はしなかった。
なにより彼女はヴラドと同じ吸血鬼だ、あまり他人から偏見の目で見られたくはない。
「あれ? そういえばリアと白亜はどこだ?」
三人で部屋の外で待っていたはずなのに、ここにはルナ一人しかいない。彼女たちがルナを差し置いて、自分勝手に行動するはずはないのだが。
「下に飲み物を買いに行かせた」
パシリかい! まぁ大丈夫か。
奴隷の首輪をつけている彼女たちを外に出すのは心配になるけれど、ギルドの一階に行くだけならば問題はないだろう。
「あの……大、いえ、クロード様」
「うん?」
背後から名前を呼ばれたので振り返ると、そこには綺麗な女性が立っていた。どこか人間離れした美しさを感じさせる女性だ。
「あれ、貴女は確か……ラナさん、でしたっけ」
俺に声をかけてきたのは、トリアナと一緒に行動していた、彼女の部下と思わしき神族の女性だった。
「はっ! 私如きの名前を覚えていただき、誠に光栄であります」
「いやそんな大袈裟な、というかそんな事をしないでくださいよ!」
目の前で跪いて頭を垂れる彼女の行動を、俺は慌てながらやめさせる。
この場所は人が少なめの廊下だったけれど、こんな事をされると嫌でも目立ってしまうからだ。
「も、申し訳ございません。な、何か至らぬことがございましたでしょうか?」
どうやら彼女の中では、俺に跪くことが常識らしい。
初めて出逢ったときは知らなかったみたいだが、俺が大聖王の生まれ変わりであることはトリアナから説明されたのだろうか。
「今の俺は人間ですから、そういうことをされるのはちょっと……ね」
「は、はぁ。我々からすれば貴方様が何に転生なされようとも、主神であることに変わりはないのですが」
うわぁ、めんどくさ。
これは引き継ぎをしなかったクロフォードのせいなのか? まぁあいつも突然死みたいなものだったから仕方がないけど。
「それで、俺に用があったみたいですけど、トリアナの遣いなんですか?」
「あ、そうでした。トリアーナ様とソフィーティア様がこの人間の街にいらっしゃるので、クロード様にご足労いただけないかと、私が遣わされた次第でございます」
「トリアナとソフィアがこの街に戻ってきている?」
「はい」
「どうして家に帰ってこないんだ?」
この街に戻ってきているのならば、俺を呼び出さずとも家に帰ってくればいいだけなのに。わざわざこんなに緊張しているラナさんを遣いに出すということは、彼女たちの身になにかあったのだろうか。
「それはその……なんと申しましょうか……」
「たぶん……クローディアが家にいるからだ」
「はい、いえ、あの、その……聖王様がいたことに気づいて門を引き返したとか、そんなことはなくてですね。人が住んでいる場所に神族が大勢で押しかけるのも憚れるといいますか……」
ルナの一言でテンパってしまったのか、目の前の女性は語るに落ちる。
今までしばらく一緒に暮らしていたのに、神族だからという理由で戻ってこないのはおかしいことがわかった。
まぁ、そうだな。あいつが俺と一緒にいたら、帰りづらくなる気持ちもわからなくはない。
「わかった。俺もトリアナとソフィアには逢いたいから、二人がいる場所に案内してくれ」
「え? あ、はいっ、ご案内いたします」
テンパっていたラナさんが我に返り、俺たちは彼女の案内のもとさっそく移動を開始する。
すぐ近くの部屋にはクローディアがいたことだし、このままここでグズグズとしているわけにもいかなかった。
「ルナさまぁ」
「クロ坊、終わったのかや? 誰じゃ、その女は?」
一階へと降りていく途中で、階段を登ってきたリアと白亜の二人と合流する。
彼女たちはそれぞれ二つずつ飲み物を手にしていて、俺の分も買ってきてくれたみたいだ。
「ソフィアたちが戻ってきているみたいで、彼女が今から案内してくれるんだ」
「そうなのかや」
「ルナさま、この人も神さまですか?」
「ほう……わかるのか?」
「はい。ソフィアさまやトリアナさまと、同じようなにおいがします」
「えっ? 匂い……」
リアの返事を聞いたラナさんが、不思議な顔をしながら自分の匂いを嗅いでいる。
俺もリアが匂いで神族と判別できることに驚いたが、自分で嗅いでもわからないと思う。
「私、変な匂いがしますかね?」
「いえ、いい香りがしていますよ」
「あっ、そ、そうですか。あ、ありがとうございます」
正直な感想を口にしただけなのに、そこまで顔を真赤にされるとこちらまで照れくさくなってくる。
「この娘、竜の神子ですね。とても珍しい存在です」
「わかるのですか?」
「はい、彼女の存在そのものに神竜の力が宿っていますから」
「へっ? 神竜? 竜人の巫女ではなくて?」
「こちらの世界にはあまり詳しくないので、竜人という種族のことはよくわかりませんが。彼女は神竜の子供として神の力を宿しております」
「神竜の……子供?」
「はい。神の子と書いて、竜の神子です」
「ほへ?」
竜人の巫女という言葉は何度か見た覚えがあったけれど、神竜の神子という言葉は初めて聞いた。
リア本人はこのとおり何も理解していないみたいなので、彼女に質問しても意味が無いだろうけれど、リアの存在には何か重要な秘密があるのかもしれない。
うだるような暑さに自分もパソコンも熱でやられております。




