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第231話 フリスビードラゴン


「今日はずっと晴れているな」


 昼食を終えて自室で作業をしていると、クローディアに屋敷の庭へ来るように言われた。


 庭では女の子たちが仲のいいグループに分かれて、それぞれが心地のいい昼下がりを満喫している。


「こっちよ、クロード」


 クローディアは木陰にあるガーデンテーブルに座っていて、アリスやエレンさんと雑談をしていたようだ。


「遅かったじゃない」


「ちょっと、いろいろと難航してたんだ」


 アリスに椅子を勧められて、俺は彼女の隣に腰を下ろす。正面に座っていたエレンさんが、俺のためにハーブティーを入れてくれた。


「どうぞ、クロードさん」


「ありがとうございます、エレンさん」


 ハーブティーの入ったカップを手に取り、香りを楽しんだあと口に含む。少しだけ苦味がしたあと、爽やかな香りが鼻から抜ける。


 あぁ……こんな穏やかな午後もいいな。


「朝からずっと部屋に閉じこもっていたみたいだけど、なにをしていたの?」


「ちょっとした魔法の練習と、銃の手入れをしていたんだ」


 俺はクローディアにねがいの魔法が自在に扱えないことを説明し、そして彼女に言われた方法で魔法の使い方を変えた。


 それは夜神蔵人の名ではなく、クロフォードの名を借りてねがいの魔法を使うことだ。


 しかしこれが実際に試してみると、魔力が湧いてくるどころか魔法が発動する気配もなかった。


 この方法を提案された時、クローディアはもしかしたら俺の魔法には制限がかかっているかもしれないと言っていたが、どうやらその通りらしい。


 俺の身体の中で魔法を制限していたのはクロエだ。彼女がどうしてそんな事をしているのかわからなかったが、俺がまだこの力の半分も出せていないことは理解できた。


「それで、あなたが魔法を上手く扱えない理由に納得できた?」


「あぁ。今の俺が前世の力を引き出すことができるのは、蔵人の名前でだけだ。たぶんだけど、俺の名前の前に魔皇が付いているのもそれが原因だと思う」


 もしも俺が黒斗の名前でねがいの魔法が使えていたら、自分のステータスには魔皇ではなく、勇者と表示されていたかもしれない。


「自在に力が使えるように、お願いはしなかったの?」


「力の制限をしているのにはそれなりの理由があるんだろうし、今はこのままでもいい」

 

「そう。あなたが今の力で十分だと思うのなら、もうなにも言わないわ」


「少しずつ強くなっていくさ」


 無理をすればクロエの力も引き出せるようにはなったけれど、今のままでは俺の身体が持たない。


「話がよくわからないけど……アナタが魔族になるわけじゃないのよね?」


「生まれ変わった身体が人間だからな。魔皇だからといって、魔族になるってわけでもない」


 もっとも、人間から神になる方法があるみたいだから、ひょっとすれば魔族になる方法もあるかもしれないが……いや、考えるのはよそう。


「それなら問題ないわね」


「だな」


 俺の中には魔族なんかよりももっと質が悪いモノが潜んでいるので、そっちのほうがよほど問題だ。いまさら魔皇呼ばわりされることにもさほど抵抗はない。



「そうだ、エレンさん」


「なんでしょう?」


「俺に魔法のことを教えてもらえませんか?」


「クロードさんに、魔法をですか?」


「はい」


「私が教えられるようなことは何もないと思うのですが……」


「たしかに俺はいろいろな魔法が使えますけど、えっと……」


「この人、マナの扱い方が下手なのよ」


 どう説明すればいいのか悩んでいると、クローディアが俺の言葉を補足してくれる。


「普通の人間よりも魔力が高いのに、マナの扱いがなっていないから、すぐに息切れを起こすのよね」


「そういえば、出逢った頃のアナタはよく倒れてたわね」


 そうだ。あの頃の俺はよく魔力の枯渇現象を起こし、その度に意識を失いながら倒れていた。今はルナとの修練のおかげで魔力の最大値が増えたのでそんなに倒れることはなくなったが、それでも魔法の扱い方が上手いとはいえない。


「自然のマナの扱い方がわからないから、魔法を使う度に魔力を多く消費するし、消費した分だけ回復量も遅い……とまぁ、こんな感じかしらね」


「最初はエリカに教わるつもりだったのですが、エルフであるエレンさんのほうがマナの扱いに長けていると聞いたので、ご教授いただければと」


「そういうことですか」


 魔導師が使っている魔導具を利用すれば楽に魔法が使えるらしいけれど、できれば俺は今のまま強くなりたい。


「いいんじゃない? エレン。昔は教師をしていたんだから、教えるのは得意でしょ」


「教師?」


「言ったことがなかったっけ? エレンは私が子供の頃、私の学校で授業をしてくれてたのよ」


 エルフの女教師……なんだろこの、とても心惹かれる単語は。


「あれはギルバートさんにアリスさんの護衛を頼まれたので、学校に潜り込むために仕方なく教師を選んだのですけど」


「子供に教えるのは好きじゃなかった?」


「そんな事はありませんが……」


「楽しそうに授業をしてたものね、エレンは」


「そうですね。子供たちに魔法を教えるのは私も楽しかったです」


 思い出話に花を咲かせながら、アリスとエレンさんが嬉しそうに笑い合う。俺は学校に通ったことがないので、二人の思い出話を羨ましく思いながら聞いていた。



「そうですね。私の知識でお役に立てるのなら、喜んでご協力します」


「お願いします」


「あ、あたしにも一緒に教えて!」


 もう一つのガーデンテーブルにいたクレアが席を立ち、ピンと背筋を伸ばして挙手をする。


「あなた魔王を自称しているのに、魔法が得意ではないの?」


「ち、治癒魔法を習いたいのよ」


「あ、それならわたくしも習いたいです」


 クローディアとクレアのやり取りを聞いて、同じ席に座っていたレティも手を挙げる。彼女たちと同じ席に座っているエリスリーゼさんは、我関せずという感じで二人を見守っていた。


「わかりました。こちらでも色々と準備があるので今すぐにという訳にはいきませんが、精一杯お力添えをさせていただきます」


「よろしくお願いいたします、エレン様」


「よ、よろしくお願いします」


 俺のときよりも丁寧な返事をするエレンさんに向かって、レティとクレアは恭しく頭を下げる。


 レティは治癒魔法に興味があるのか。


 彼女は前に出て一緒に戦いたいというタイプではないだろうから、後衛にいて少しでも俺たちの役に立ちたいと思っているのかもしれない。



「お待たせいたしました……お嬢様方」


「うん? ぶっ――」


 ティーカップに口をつけながら声がした方に視線を向けると、危うく口に含んでいたハーブティーを吹き出しそうになる。


 俺の視線の先には、白い手袋を付けて執事のような格好をしたジイさんが立っていた。


「遅いわよ」


「も、申し訳ありません」


 ジイさんはお菓子が載ったトレイを手に持ったまま、実孫であるエリスリーゼさんに平謝りしている。


 「な、なにをやってるんだじっちゃんは」


「あれがお嬢様にしたことに対する罰なんだそうです」


 こちら側のテーブルにお菓子を持ってきたマリアが、今起きている状況について説明してくれた。


「あー……昨夜話し合ってたあれか」


 俺はエリスリーゼさんに頼まれて、ジイさんが彼女のことを避けている理由を本人に問い詰めた。

 

 それはクレアにセクハラをしていたからという心底くだらない理由だったが、ジイさんは昨夜の話し合いで正直にすべてを話したらしい。


「私もずっと気になっていたのだけど、おじい様はクレアに一体なにをしたの?」


「それはクレアお嬢様のプライバシーに関することなので、アリスお嬢様にお教えすることはできません」


「気になるわねぇ……」


「その罰があの二人の執事になるってことなのか? いつまで続くんだろうな」


「期間は存じませんが、あまり長く続けてほしくはないですね……私の仕事が減ってしまいますし」



「どうぞ、クレアお嬢様」


「あ、は、はい……ありがとうございます」


 ハーブティーのおかわりを入れるジイさんに対して、クレアから緊張が感じられるほどの戸惑いが見て取れる。


「面白いわね」


「クレアは楽しんでないみたいだけどな」


 クローディアはとても可笑しそうに笑っているが、ジイさんの相手をさせられているクレアは可哀想なくらい動揺している。それも当然だろう、自分よりも強い勇者のバトラーなんて本人は絶対欲しくないはずだ。

 

「あの格好、あなたにも似合いそうじゃない?」


「燕尾服か? たしかに少しカッコイイけど、俺にも執事をやれと?」


「アナタが執事をやるのなら、是非私にやって欲しいわ」


「き、気が向いたらな……」


 目を輝かせて期待を寄せてくるアリスに向かって、俺は曖昧な返事でお茶を濁す。別に執事をやるのが嫌なわけではないけれど、この屋敷にはそれを望んできそうな女の子が多い気がするのだ。


 そういえば、ルナたちはなにをしているんだ。


 俺は一番期待してきそうな彼女のことが気になり、離れた場所で遊んでいるルナたちの方へと視線を向けた。



「次は向こうに投げる」


「ふぁい!」


「次こそ負けないのじゃ」


「グルルァ!」


「またわたしが勝つ」


 ティーカップをテーブルに置きながらルナたちがいる場所に視線を向けると、ルナがフライングディスクを空に向かって投げる。


 その直後に、三匹の竜と一匹の小狐が、フリスビードックのように駆け出した。


「はぁぁぁ」


「グルルァァ」


 トップ争いをしているのは、初めて見る小さなぬいぐるみサイズの黒いドラゴンと、グランドラグーンのグラさんだ。


 身体の大きさがぜんぜん違うのに、小さな黒竜は走りの専門であるグラさんに少しも劣らないスピードで走っている。


「うぬぅぅぅ」


 小狐姿の白亜も負けじと三番手を走っているが、前を走る二匹にジリジリと離されていく。


「はぅ……はふぅ……はぅぅ……」


 すでに息切れ寸前で最後尾を走っているのは、白いドラゴンの姿に変身しているリアだ。


 先頭を走る黒竜とは色違いなだけで似たような姿をしているのに、その走るスピードは完全に負けている。


 あれなら飛んだほうが……いや、そういえば飛んでても遅かったな。


 リアが飛んでいる姿は何度か目撃してきたけれど、その姿は墜落しそうなくらい不安定な飛び方だった。本人よりも見ているこっちが不安になるので、あまり彼女には飛んでほしくない。


「もらった! はぁぁぁ……はぁ!」


 空高く飛んでいたフライングディスクが落ちてくる寸前に、黒いドラゴンはその場でターンを決めて飛び上がる。


「グルァ!?」「俺を踏み台にしたぁ!?」


 その場でジャンプをした黒いドラゴンは、二番手を走っていたグラさんの頭を踏んでさらに空高く舞い上がった。


 どうでもいいことだが、グラさんの鳴き声とともにルナがやたら芝居がかかった台詞を口にしたのは、グラさんへのアフレコなのだろうか。


「いっひばーん」


 フライングディスクを空中でキャッチした黒いドラゴンが、地上に着地してディスクを口に咥えたままバッと翼を広げる。


「また……負けたのじゃ……」


「グルルァ……」


 白亜がその場でガックリと首を垂れて、二番手で負けたグラさんもどこか悔しそうだ。


「はぁ……はぁ……はぅぅぅ……」


 足の遅いリアは問題外だった。彼女は竜に変身しているときは丸っこくて可愛いけど、もしかして彼女が食べた大量の食事のカロリーは、全部あの姿にいっているんじゃないだろうか。


「楽しそうね、あの子たち」


「そうだな」


「本当に、ここに来てよかったわ。ディアナのあんなに楽しそうな姿、私は初めて見たもの」


 あぁ、あの黒いドラゴンはディアなのか。


「いつまでもここに居てもいいわよ」


「すごく嬉しい提案だけど、そんなに長居するつもりはないわ。他にも心配な()がいるからね」


「そう……」


 クローディアの返事を聞いたアリスが、とても寂しそうに目を伏せる。この街からはクローディアが本拠地にしている聖王都は遠すぎるので、気軽に遊びに誘うこともできないのだ。


「そんな顔をしないで、きっとクロードがなんとかしてくれるから」


 転移魔法陣か。


 俺が時間ごと飛ばすことができる転移の魔法を習得できれば、距離も時間も関係なくなる。


 時空神の力に頼らずに習得することは決して容易では無いけれど、アリスにこんな寂しそうな思いをさせないためにも、もっと努力をしようと俺は心に誓った。


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