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第230話 ドワーフ


 ジイさんが生き返ったことを説明するのは少し面倒なことになると思っていたが、それはすんなりと受け入れられた。


 ここの店主の名前はカザンさんといい、ジイさんとは古い付き合いなんだそうだ。


 カザンさんはジイさんが召喚された異世界人であることも知っていたし、勇者としていろんな体験をした話を何度も聞いていたみたいなので、生き返った理由を深く追求することもなく納得してくれた。


「ま、お前なら生き返っても不思議じゃないな」


「はじめはビックリしたもんだけど、こうして生きているのなら喜ばしいことさね」


 話を聞き終えた二人の感想はこうだった。これまでにジイさんは、この二人にいったいどんな体験談を聞かせていたのだろうか。


「それじゃ、アタシは店の方で女の子たちの相手をしているよ」


「おう、高いもん勧めてやれサテラ」


「はっは、ひっさびさの上客だから、しっかり稼がせてもらうよ」


「まったく……お主らはあいかわらず商売上手じゃのぅ」


 カザンさんの奥さんのサテラおばさんが、上機嫌な顔をして女の子たちを店の方へと連れて行く。


 口ではこんなことを言っているジイさんだったが、その表情には笑顔が含まれていた。



「それで、売りたい刀ってのはこれで全部か?」


「うむ。最近ちと金が入用になってのぅ」


「どうせお前のことだから、また可愛い孫娘にでも使いまくっているんじゃないのか」


「そ、そんなことはないぞ」


 大体合ってる。じっちゃんの性格をよくわかっているな、この人。


 ジイさんはアリスのために昔から金遣いが荒いみたいだったが、今は他の女の子たちにもプレゼントするために、金を湯水のごとく使っている。


「なんじゃこりゃ、ちっとも手入れしていなかったのか。お前にしては珍しいな」


「そりゃその……いろいろあったわけじゃし」


 それはじっちゃんが、ついこの間まで死んでいたから。


 鞘から刀を抜いたカザンさんが顔をしかめているが、死んでいた人間に刀の手入れなど出来るわけがない。


「まぁ、少し手を入れりゃ売れるだろ。売るのはオークションでいいのか?」


「なるべく早めに金が欲しいところじゃが、仕方がないのぅ」


「それなら安心しろ。なんでも最近、珍しい魔物の素材が流れてきたらしいからな。近々でかいものが開催されるらしい」


「ほう」


「前払いの金はわしが出してやる……銀貨で」


「金貨でよこさんかい! 両替が面倒じゃ」


 カザンさんは刀を置いて、工房の隅にある宝箱からお金を取り出す。見た目的に、すごく中を覗きたくなるような箱だ。


「じっちゃん、この世界には銀貨なんてあるのか?」


 俺はいろいろな街で買い物をした経験があるけれど、銀貨なんて一度も見る機会がなかった。その辺にある露店の串焼きでさえ、金貨で支払いをするくらいだ。

 

「シルバーは旧硬貨になっているからのぅ。辺境なんかでは使われていたりするんじゃが、ここみたいな大きめの街ではあまり使われておらん」


「へぇ……」


「もしも手にするようなことがあったら、商人ギルドに持っていって両替してもらうといい。支払いに銀貨なんか出したら、店の店員に嫌な顔をされるぞ」


「覚えとく」


「ふんっ……人間は強欲だ。戦争が終わってからというもの、次々と新しい貨幣を発行した。我々の国に来る冒険者の中にも、わしらを時代遅れの遺物のように見下すやつもいる」


 まるで憎い相手に叩きつけるかのように、カザンさんは机の上に一万ゴールドと掘られた金貨を置く。


「それが全てではないじゃろ。ワシは今の迷宮のことはわからんが、ドワーフの協力なくして攻略するのは骨が折れるはずじゃ」


 ドワーフ? もしかして、カザンさんはドワーフなのか? それでこんなに小さいのかな。


 俺も背が高いほうではないが、カザンさんの身長はそんな俺の半分くらいしかない。


「どうだか。そんなことよりもお前、今わしのことを小さいって思っただろ?」


「えっ? や、あの……ごめんなさい」


「くっ、はっはっは、正直なやつだ」

 

 ジッと見つめていて考えを読まれたみたいだけど、カザンさんは怒ることなく高笑いをする。ドワーフなんて初めて見たので、物珍しいという態度が出てしまっていたのかもしれない。


「ところで、このボウズは誰だ?」


 この人も俺のことをボウズ呼ばわりか……


「ワシの弟子じゃ、こう見えてもなかなか筋がある」


「こんなひょろっとしたやつがか? お前が男の弟子を取るなんて珍しいな」


 ひょろって……確かに俺はムキムキじゃないけど。


 カザンさんは身長が低いけれど、筋肉のつき方が並ではない。腕の太さが恰幅のよい奥さんの太ももくらいあるし、この人から見たら、俺はさぞ貧弱に映っているだろう。


「はて、ワシに男の弟子なんぞいたかのぅ……」


「言われてみれば、若い女ばかりだったか……」


 えっ!? ギルさんとか弟子じゃなかったの?


 ジイさんはギルバートさんの他にも、孫たちには一通り剣術を教えていたと言っていた。だがそれはあくまで教えるというだけで、本人は弟子だと認識していなかったのだろうか。


「そうだな……金貨五千枚くらいでいいか?」


「大雑把すぎる、ちゃんと計算せい」


 金貨にはそれぞれ数字がかかれていて価値が違うので、枚数だけではいくらになるのかわからない。五千ゴールドと一万ゴールドでは、同じ枚数でも値段は倍違う。


「じゃぁ手付金で五千万だ、これ以上払うとわしの店が潰れる」


「数日分の金が数百万もあればいいんじゃが」


「こんな名刀を数百万程度の金で済ませられるかアホウ、黙って受け取れ」


「う、うむ」


 数日で数百万て、じっちゃん金を使いすぎじゃないか。


 確かにここ最近の食費は日々増え続けているが、それでも百万単位で消えたりはしない。そろそろこの老人の女の子へのプレゼント(個人的な趣味)を止めさせないと、歯止めがきかなくなるかもしれない。


「用はこれで終わりか?」


「いや、このボウズの剣も作ってもらおうかと思っとってな」


「こいつの?」


 俺は簡単な自己紹介を済ませ、黒い森で出会った幻獣とその特性についてカザンさんに説明する。


「魔力の宿った武器が効かない魔物か……付与術師の天敵だな」


 付与術師? 武器に魔法を付与する人のことか?


「迷宮でもたまに出て来る敵だが……どれ、お前の使っている武器を見せてみろ」


「はい」


 俺は腰に差してあった二振りの短剣を抜き、それをカザンさんに手渡す。


「な……なんじゃこりゃぁ!? どこの名工が作った剣だこれは?」


「えっと、俺が魔法で創った剣なんですけど……」


 目を見開いて驚くカザンさんに向かって、この短剣は自分が創った物だと伝える。ねがいの魔法のことはあまり広めたくはないけれど、この程度のことなら教えてもいいだろう。


「お前が魔法で? まさかお前、錬金術師なのか?」


 あれ? この世界では錬成術師って呼ばれているんじゃなかったっけ?


 トリアナやカズマから、俺と似たような魔法を使う術師の存在を聞いたことがあるが、その人達は錬成術師の名で呼ばれていたはずだ。


「それとは違いますけど、似たようなものですかね」


 よく考えたら、俺はこの世界の職業のことを全く知らない。魔導師や魔術師の成り立ちについてはある程度聞いていたけれど、それすらも聞きかじった程度だった。


「ふむぅ……いやしかし、すげぇなこれ。これ、この店の武器は必要ないんじゃないか? わしでもこれほどの物は作れないぞ」


「ボウズは魔力が宿っていない武器を欲しがっておるんじゃ、最初に説明したじゃろ」


「そうだったな」


 カザンさんはジイさんと会話をしながらも、決して短剣から目を離そうとはしない。俺は今まで全然気にしていなかったが、創造神の魔法で創った物はやはりとんでもない物なのだろうか。

 

「よしっ、手を見せてみろ」


 カザンさんに促された俺は、溶鉱炉の近くにある椅子の上に座って手のひらを見せる。それにしても暑い。元々工房自体の温度は高かったけど、この位置は炉の熱気が強すぎる。


「ほっそいなぁ……ちゃんと飯食ってんのかお前。ちょいと力を込めれば握りつぶせそうだぞ」


 やめて!!


 時間にしてほんの数十分くらいの出来事だったが、ずっと手をいじられていた俺は気が気ではなかった。



「欲しいのは短剣だったな。材料は黒鉄でいいだろ、金はあるのか?」


「支払いはワシがするが」


「えっと、いくらくらいになりますか?」


「正直、お前の短剣にどれほど近づけるかわからないが、そうだな……ヤマトの弟子だから大負けに負けて、短剣二本分でしめて二千万だ」


 二千万!?


「そ、それはちょっと高すぎじゃないですか? 店でもそんなに高いものはありませんでしたよ……」


 先ほどポンッと五千万を手に入れたジイさんなら安いかもしれないけど、俺にとっては大金だ。とてもじゃないが、気軽に買ってくれなんて言える金額ではない。


「店に置いてある物はわしにとっては量産品と同じだ、そんなに高い値段は付けない」


「マジですか……」


「ボウズ、支払いはワシに任せておけ。お主は気にせずともよい」


「じっちゃん、でも……」


「この短剣をわしにくれるのなら、別にタダでもいいぞ」


「えっ?」


 どうするべきかと悩んでいると、カザンさんがやたらとキラキラとした目で俺にそう提案してくる。


「欲しいんですか? これ」


「あぁ、欲しい。これほど見事な物はめったに手に入らないからな、むしろ不足分を払ってもいいくらいだ」


「交換してくれるのなら俺としては助かりますから、それでもいいですけど」


「おぉ、そうか! ではそれでいこう」


 カザンさんはぐっと拳を握りながら喜びを露わにする。俺が創る武器は魔力さえあればいくらでも具現化できるので、少しだけ悪い気がしていた。




◆◇◆◇




「話は終わったのかい」


 工房から店の方に出てくると、サテラおばさんが俺たちに向かって声をかけてくる。


「うむ。ずいぶんと待たせたようじゃな、いくらになった?」


「安くしとくよ」


 店のカウンターに置かれている品を見ながら、ジイさんが支払いのためにサテラおばさんのところに行く。


「クロ坊、魔法のカバンを貸してくれんかの」


「あぁ、ほら。で、結局なにを買ったんだ?」


「いろいろじゃ」


 ジイさんに無駄遣いをさせないように注意をしようとしていたけれど、嬉しそうな表情をしている白亜を見ていると、あまりうるさくは言えそうになかった。


「そうそう、ヤマトさん。ラシュベルトの大公は、アンタの弟子だったよね?」


「フランか? そうじゃが」


「アタシの息子のことで、アンタに頼みたいことがあるんだけど……」


「そういえば、あやつといつも一緒にいた倅はどうしたんじゃ?」


「それなんだけどね……」


「サテラ! 余計なことはするな!」


 黙って二人のやり取りを聞いていたら、工房から出てきたカザンさんが俺の後ろで声を張り上げる。怒っているわけではないみたいだったが、その態度は有無を言わさぬ迫力があった。


「でもアンタ……」


「あいつのことは自業自得だ、ヤマトを巻き込むな」


「……わかったよ」


「なんじゃ、気になるのぅ」


「なに、お前の手を煩わせることもない。そんなことよりも斎憲(さいけん)。さっきは聞きそびれていたが、お前が生き返ったということは、もしかして王憲(おうけん)も……」


「今はなにも言えん」


「そうか」


 オウケン? サイケンってのはじっちゃんの下の名前だったっけ。ということは、こっちも人の名前か?


「いや、すまんな。とりあえず剣の方は最低でも五日はかかるから、仕上がったら使いを出す」


「うむ。そうしてくれ」


 少しだけ重い空気が流れていたが、俺たちはまた後日改めることにして店を出る。空は相変わらず薄暗かったけれど、いつの間にか雨はやんでいた。


「なぁ、じっちゃん。さっきの話のことなんだけど」


「カザンの倅のことか、確かに気になるのぅ」


「や、そっちじゃなくてさ……」


「少し疲れたのぅ、そこらで茶でも飲んでいかんか?」


 俺はもう一つの話ほうが気になっていたのだが、ジイさんはわざとらしく話題を変える。


「わかった」


 これはきっと、今は尋ねられたくないのだろう。他の女の子たちも空気を読んで、ジイさんの後を黙ってついて行く。



「あら? 用事は終わったの?」


 食事ができる店の中に入って行くと、入口の近くの席でクローディアと竜人の姉妹が座っていた。


「あぁ、そっちも買い物は終わったのか? って、すごい荷物だな……」


 クローディアの隣には五つのでかい買い物袋が置かれている、一体何をこれだけ買ったのだろうか。


「全部シアへのお土産よ」


「そ、そうか。それで、こんな所でなにをしているんだ? まだ飯には早いだろ」


 まだ晩御飯には早い時間だし、テーブルの上を見ても軽くお茶お飲んでいるという雰囲気でもない。


「手伝ってもらったお礼に、この二人におやつでもご馳走しようかと思ってね」


「なるほど」


「おなかすきましたぁ……」


「まだかなぁ……」


 テーブルの上に顎を乗せてへたっている姉妹を微笑ましく思いながら、俺たちもすぐ側の席に腰を下ろす。そうしてしばらくすると、クローディアたちの席に大盛りの肉を持った店員が歩いてきた。


「お待たせしました。こちら、ブルのステーキ特盛りです」


「わぁい!」


「おいしそう!」


「ちゃんと野菜も食べるのよ」


 リアとディアナの前に、ありえないくらいの分厚い牛のステーキが二つ置かれる。添えられた一口サイズの人参ぽい野菜が、霞むほどの大きさだ。


「おや……つ……?」


 俺の隣りに座っていた白亜が、呆然とした表情で姉妹を見つめている。彼女の気持ちはすごくわかる、あれはどうみてもおやつというレベルではない。


「わたくしたちもご注文しましょう」


「そ、そうですわね」


 レティとエリスリーゼさんの言葉で我に返った俺たちは、肉ではない軽食とお茶を注文し、それからまったりとした時間を過ごした。


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