第222話 ミイラ
【カカッ――カッ……】
下顎骨を鳴らし、まるで笑い声を上げているようなスケルトンを次々と粉砕していく。
ここまで来るのに、一体どれだけの敵を倒したのかわからない。動く死体やスケルトンの他に、浮遊霊のような亡霊も出てきたが、20体ほど仕留めてから後は数えるのが面倒になっていた。
「あはっ、これたのし~」
地面に漆黒の長剣を突き刺したクレアが、右手に白金銃を構えて連射する。実弾モードになっていて魔力は消費しないので、彼女はまるで、シューティングゲームの如く敵に銃をぶっ放していた。
「やれやれ……まったく、誰がこれを片付けると思っておるのだ」
コウモリ姿のヴラドが、俺が倒したスケルトンの上に乗って愚痴をこぼす。
「なんていうか、荒らしてすまない」
「致し方なし」
元々この地下はヴラドが作った場所らしく、彼が眠っていた間に、死霊魔術師が我が物顔で使用していた。俺たちとナナシが戦っていた部屋は霊廟だったのだが、あそこにあった石棺の中身は空っぽになっていた。おそらくそれも何かに利用されたのだろう。
「それにしても……俺たちが飛ばされた魔法陣が、ヴラドが作ったものだったなんてな」
「正確には、吾輩の祖先が作り上げたものだ。あの魔法陣の下には、転移するための力を出す魔石が埋まっている。吾輩は先人が作ったそれをただ利用していただけにすぎない」
「その祖先は勇者だったのか?」
「さて、吾輩が生を受けたときには既に亡くなっていたのでな。たとえ我々の祖先が異世界人だったとしても、あまり興味はない」
あの魔法陣が一方通行になっていたのは、長らく放置されていてほとんどの機能を失っていたからだ。あの時に一度だけ起動したのは、ルナの血に反応して、一時的に魔石が動き出したためらしい。
「ご主人様、これ、動かなくなったのだけど」
周囲の敵をすべて殲滅したクレアが、俺の所に戻ってきてルナティアを見せてくる。
「弾切れだ、撃ちすぎだろ」
「ごめん、つい楽しくなっちゃって」
「はぁ……まぁいいけど」
俺はねがいの魔法を使って、ルナティア用の予備の弾倉と弾を創造する。そうして出来上がった物をクレアに渡すと、彼女は嬉しそうに弾を込め始めた。
「あ、ついでに鞘の方も作ってくれない?」
「鞘?」
「うん。ルナ様の剣を背中に背負いたいから」
つまり、ここから先はルナの長剣よりも俺の銃を使いたいわけか。
「わかった」
これは新しい銃を創る必要が出てくるかもしれない。
「何度見ても便利な魔法であるな」
長剣をぶら下げるための革のベルトを作成していると、俺の肩の上に止まったヴラドがポツリとつぶやく。
「爪が痛いんだが……コウモリって天井に止まるものじゃないのか」
「あのように高い場所から会話をするのは不便であろう? それに吾輩を、そこらに居る蝙蝠と一緒にしてもらっては困る」
「人語を解する以外の違いがわからないけどな……できたぞ」
「ありがと」
クレアの準備が終わり、俺たちは再び移動を開始する。
しかし、それにしても広い。
別の場所から降りてきているルナたちと合流するために、ここに来るまでの間に三つほどの広い部屋を後にしてきた。通路の途中は複数の道に分岐していたし、俺たちの知らない部屋がまだまだあるのだろう。
「ずいぶんと遠いな」
「ここは吾輩の居城であるからな、それなりの広さを誇っておる」
「ここ、城なのか」
「うむ」
「地上にあった廃墟の屋敷は何なんだ?」
「あれは吾輩の別荘である」
あれが別荘? 城の上に別荘を建てたのか……この吸血鬼の感性がよくわからん。
「吾輩の体は、あの別荘にある銅像の下に封印されていたのだ。ルナ嬢がその封印を破壊してくれるまではね」
あぁ、そうか。俺が数日前にあの屋敷に潜入した時に、後から来たカズマがそんな事を言っていたな。ルナが銅像に手で触れたら、何か大きな音が鳴っていたって。
あの時はそれ以上何も起こらなかったので、俺は音の原因を調べることはしなかった。まさか噂の吸血鬼がいまだに住んでいるとは思わなかったし、後になってカズマたちから話を聞いたが、その彼らからも何の報告もなかった。
「そういえば、ヴラドは誰に封印されたんだ?」
「我が愚息である。奴は吾輩の力に嫉妬していた、己の無力さを直視できないほどに」
俺の肩の上に止まっていたコウモリが飛び立ち、その翼を激しく羽ばたかせる。実の息子に裏切られて何十年もの間封印されていたのだ、その心情はさぞ無念だったのだろう。
「クロウめ……今思い出しても腹ただしい」
「クロウ? それがあんたの息子の名前なのか」
「うむ」
それでか。
初めての自己紹介の時、ヴラドは俺の名前を聞いてもの凄く睨んできた。あれは俺の名前を聞き間違えて、その怒りを露わにしていたのか。
「そろそろルナ嬢との合流地点である」
「そうか。あんたの本体の方は大丈夫なのか?」
「ふふ。獣の王と道化の勇者の力、なかなかに楽しませてもらっている」
おいおい、本当に二対一で戦っているのかよ。
「次の部屋が見えてきたわ」
クレアの言葉を聞いて、俺は女神の剣を構え直す。先ほど遭遇した浮遊霊やスケルトンがいれば、この剣ならば楽に倒せる。
「ここは……図書館か?」
「敵はいないみたい」
扉を少しだけ開けて部屋の中を覗くと、山積みになった本とたくさんの本棚が並んでいた。クレアの言う通り近くには敵の姿は見えないが、本棚があるせいで奥の方はわからない。
「まだ油断はするなよ」
「わかってるわ」
「キィ……キィ……」
「うん?」
「キ…………キエェェェェェェ!!」
「な、なんだ!?」
俺たちの背後で鳴いていたコウモリが、唐突に奇声をあげて地面に墜落した。
「お、おい、どうした?」
「キ……ィ……ぼ……ぼうしが……」
「帽子?」
地面に倒れているコウモリに近づいていくと、自身の翼をピクピクとさせながら、わけのわからないことをつぶやいている。
「む……すまぬ、油断したッキ」
「まさか、負けたのか?」
「いや、そうではないが……ルナ嬢に頂いた帽子が粉々に……」
「おい! あんた消えかけているぞ!」
いまだにピクピクとしているコウモリの姿が、言葉を話しながら次第に薄くなっていく。
「不覚だ、どうやら気を抜きすぎたようである。吾輩の案内はここまでだ」
「マジかよ」
「案ずるでない。ルナ嬢はそこの部屋へと向かってきている、しばしここで待っていれば会えるであろう」
「そ、そうか」
「うむ。では吾輩はこれで失礼するよ」
「わかった」
ヴラドのコウモリはそう言い残し、地面に吸い込まれるように消えていった。
「ご主人様、どうするの?」
「そう……だな」
ルナたちと合流するにしても、部屋の外でずっと待つわけにもいかない。今まではヴラドが敵の居場所を教えてくれたので、薄暗い通路でもなんとか先制攻撃が出来た。しかしここから先は不意を突かれる可能性もあるし、今の俺たちは本調子ではない。
「あ、そうだ」
ここまで目まぐるしくいろいろと起きていたので、便利な魔法の存在を忘れていた。俺には自分が居る場所のマップを表示させる魔法があった、この魔法なら大体の敵の位置も把握できる。
「ワールドマップ・クリエイト」
目線の右上に半透明の地図を表示させると、ここまで自分たちが歩いてきた道が明るくなって表示された。すぐ側の部屋は半分ほど明るくなっていて、見える範囲での敵の表示はない。
「中に入ろう、俺が先に行く」
「わかった」
クレアを連れて部屋の中へと入り、敵が現れてもいきなり銃を撃たないように彼女に注意をする。このような場所では跳弾の恐れがあるし、もしも潜んでいる敵が複数いたら、銃声を聞いて一気に襲い掛かってくる可能性があるからだ。
敵はいないようだな……
「どう?」
「何もいないと思う、しばらくは安全だろう」
「そう」
俺は図書館らしき部屋の中央まで来て、マップを見て敵の赤い表示がないことを確認する。俺の言葉を聞いたクレアは安堵した表情を見せ、背中の長剣を下ろして近くにあった古びた椅子の上に座った。
「ルナ様の方は無事なのかな」
「向こうは人数が多いし、大丈夫だろ」
メイドのマリアの強さはいまいち分からないが、向こうには傭兵業を経験していたカインさんとアシュクロフトさんがいる。ヴラドも俺に何も言ってこなかったので、ルナたちが窮地に陥っている可能性は低いだろう。
「ところで話は変わるけど、お前たちに協力していた勇者ってのは誰だ?」
「うん? あぁ、それはま……」
「クレア!」
「きゃぁ!!」
突然クレアの背後の本棚から黒い影が飛び出し、それが倒れた彼女の上に覆いかぶさる。俺は急いで彼女の傍へと駆けつけて、思いっきりその黒い影を蹴り上げた。
「な、なんなの!?」
「なんだこいつは……」
「グゥゥゥ……アァァァ……」
本棚から飛び出してきたのは、黒いボロボロのコートを着た、ミイラのような顔をした男だった。男は低い唸り声を上げながら、俺たちのことを両手を伸ばして威嚇してくる。
「クアァァァァァ!」
「くそっ、つぁぁ!」
威嚇しながら飛びかかってくる男の攻撃を避け、俺は全力で相手の男を斬り払う。
「このぉ!」
俺がミイラの男を壁際まで吹き飛ばすと、俺の横に来たクレアがその男に向かって銃を連射した。
「死んだか?」
「た、たぶん」
「あまり近づくなよ」
「う、うん」
クレアの銃で体中を穴だらけにされたミイラの男は、うつ伏せに倒れたままピクリとも動かない。俺がクレアに話しかけるために目を離した一瞬の隙きを突かれたとはいえ、それまではマップに敵の表示はされていなかった。それともこのミイラの男は、敵として表示されないタイプなのだろうか。
考えてもわからないな。
「ご主人様、血が出てる」
「こいつに引っ掻かれたんだ」
クレアに言われて自分の左手を見ると、手の甲に血と引っ掻き傷がある。この男の襲撃があまりにも突然だったので、時空魔法が使えずに相手の攻撃を完璧にかわすことができなかった。
「大丈夫なの?」
「かすり傷だ」
俺はクレアに手を触れられながら、左手の甲に治癒魔法をかける。
「ん? なんだ……?」
「え?」
右手の魔法に集中していてると、クレアに触れられていた左腕がビクリと震えた。
「っ……なんだこれ……」
自らの腕を動かした覚えはないのに、左腕が勝手にクレアの方へと伸びる。
「ご主人様? うっ!」
「なっ!?」
俺の意思とは関係なく動いた左手は、目の前にあったクレアの細い首を掴む。
「ごしゅ……なん……で……」
「クレア! くそっ、なんだよこれ!?」
クレアの首を掴んでいる左手に、青黒い血管のようなものが浮かび上がる。右手を使って彼女から左腕を離そうとしたが、まるで動かすことが出来ない。
「か……はっ……ぁ……」
マズい! これ以上は……
もたもたとしている間に、クレアの細い首を掴んでいる左手がギリギリと絞まる。顔を真っ青にして苦しんでいる彼女のことを見ていられなくなり、俺は覚悟を決める。
「リアトーナ・クリエイト!」
俺は唯一動かせる右手で竜人の剣を具現化させ、そのまま勢いよく自分の左腕を斬り落とした。




