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第216話 ナナシ

 

 俺は竜人の剣(リアトーナ)を手に持ち、偽魔王鎧(レプリカ野郎)に肉薄する。こいつは髑髏の騎士とは違って動きは早いが、そんなに強敵でもなかった。


 決め手に欠けるな。


 戦いは俺の方が優勢だったけれど、レプリカ野郎の鎧はいくら斬ってもすぐに修復する。このままではキリがない。


 銃を使えれば、中の奴にも攻撃が届くんだが……


 長い刀の攻撃を躱しながら、俺はクレアの方を確認する。


「私は昔から、貴女様の事が好きではありませんでした」


「それは奇遇ね、私もアンタの事は嫌いよ」


 いつまで口喧嘩をしているんだよ。


 そう。俺と鎧が戦い始めてから、彼女はずっと死霊魔術士が操っている男と言い争いをしていた。


 別にそれ自体は悪くない。お互いに認めたくない奴が相手なんだ、手が出るよりも先に、口喧嘩でヒートアップしてしまうこともあるだろう。


 しかしその場所が悪い。クレアは部屋のど真ん中に立っているのだ。彼女がその位置から動かないので、俺も迂闊に銃をぶっ放すわけにはいかなかった。


「我ら魔族の敵である人間に共感し、あまつさえ他人を信じて騙される。とてもではないが、魔王の器に相応しくない」


「いまさらそんなこと言われなくても、わかってるわよ……悪かったわね、お人好しのバカで」


 男はクレアの言葉を聞き流しながら、彼女のことを嘲笑う。俺は奴とは正反対の考え方だ、お人好しでバカな魔王がいたとしても、俺はそれでもいいと思っている。


 こいつを見ていると、マリアが傍を離れたがらない気持ちがわかる。


「っと!」


 戦いの最中に気が逸れてしまい、危うくレプリカ野郎に斬られそうになった。


 くそっ……気が散るな。


「そのような事だから部下に裏切られ、義弟に王の座を奪われるのです」


「うっさいわね……」


「さぁ、魔王の座を奪われた貴女様は最早用無しです。ここであの男とともに、葬ってさしあげましょう」


「っ!」


「クレア!」


「シャドウファング」


 男が前方に手を出すと、黒い影のようなものがクレアに襲いかかる。


 敵との距離が離れていたので油断した。俺は影とクレアの間に割り込み、男に背を向けたまま彼女をかばう。


「ぐっ……あ……」


「ご主人様!」


 影はそのまま俺に命中し、焼け付くような痛みが背中に走った。


「なっ……んだこの魔法……俺の体だけ、攻撃されたのか?」


「ご主人様、血が……」


 俺が着ているコートの裾から血が流れているのに、服自体は破られた様子はない。


「この影魔法よりも素早く動けるとは、少しばかり過小評価をしていたみたいですな」


「影魔法だと?」


「この身体が生前得意としていた魔術だ。私が死体を操れば、こういう事もできるのだよ」


 まさか、あの男の体は……


 影を操る魔法は、マリンさんのオリジナル技だ。彼女の他にもただ一人だけこの魔法を使える男が居たが、その男は既に亡くなっている。


「アイツの死体……なのか?」


「あの死体のこと、知っているの?」


 クレアが俺の体を支えて、死霊魔術士が操っている死体について尋ねてくる。俺は自身に治癒魔法をかけながら、西の大陸で遭遇した魔導士のことを思い出していた。


「知っているが、名前は知らない」


「どういう事よ」


「俺たちが西の大陸で旅をしている時に、ルナを攫った奴がいてな。彼女を助けるためにその男と戦ったんだが、そいつが同じような魔法を使っていたんだ」


 俺たちが西の大陸の商業都市に立ち寄った時に、ルナが行方不明になる事件が起きた。ルナはある魔導士の男に誘拐されていて、協力してくれたトリアナのおかげで、なんとか彼女を救うことができた。


「その男を俺が殺してルナを助けた。それがたぶん、あの死体なんだと思う」


「ルナ様を……誘拐」


 俺の話を聞いていたクレアが、怒りをあらわにするかのように男を睨む。同じ魔王だからなのか、彼女はルナのことをとても信頼している。怒るのも無理はないだろう。


「ほう。そのような因縁の相手が魔王様の傍にいるとは……面白いですねぇ」


 死霊魔術士は含み笑いをしながら、死体が付けていた仮面を外す。黒い髪に、不快に感じられるような目つき。あの時のように眼鏡こそ掛けてなかったが、その顔は俺が知っている男のものだった。


「その男もお前の協力者だったのか」


「えぇ、そうですよ。私のことを理解してくれていた、友とも呼べる彼が亡くなった時はさすがの私も悲しみに暮れましたが。わざわざ彼の亡骸を冷凍保存してまで、還してくれた奇特な輩がおりましてね。それを利用させていただきました」


 くそっ、そんな事をしたのはお前のためじゃねぇよ。


 ルナが男の死体を凍らせたのは、せめて亡骸だけでも故郷に還してやりたいと、アリスが言ったからだ。俺は悔しさから、拳を握ることしかできなかった。


「ひとつ聞きたい、その男の名前はなんていうんだ?」


「これは異な事を、戦って殺した男の名も知らぬというのか?」


「名前も名乗らずに襲い掛かってきたからな」


「ふはははははは……実に、男に興味がなかった彼らしい。まぁ、知る必要もないだろう、すでに死人(しびと)化した人形なのだから」


「友達じゃなかったのかよ」


「ふむ、そうですね。では、私がナナシという名を付けてあげましょう」


 友と呼べる者がいたのなら、少しはマシな奴だと思っていたが、どうやらまともな感性の持ち主ではないみたいだ。


 これが死霊魔術士か。


「さて……もういいでしょう。そろそろ終わりにして差し上げましょう」


「そんな事、私が許すとでも思っているの?」


 ナナシと名乗った男が自分の周りに複数の影を出すと、俺の後ろにいたクレアも自らの魔力を開放する。


 なんだこれ……羽根?


 死霊魔術士が操っている男の方を警戒していると、俺の頭上から黒い羽根のような物が舞い落ちてきた。


「お、おぉ……素晴らしい魔力だ。そして、相も変わらず美しい……」


 な、なんか、俺の背後からとんでもない魔力が、ひしひしと流れてくるんだが……


 俺の前方にいるナナシが、大げさに手を広げながら歓喜している。対する俺はそれどころではない。自分の背後から放出されている魔力は、今の俺の魔力量を軽く凌駕していた。


「く、クレア……?」


 恐る恐るという感じで、俺は自分の背後にいる女性を見るために振り返る。


「そんなにジロジロ見ないで。この姿、とても醜いでしょ……」


 薄紫だった髪の色が漆黒に染まり、体中に模様のようなものを浮かび上がらせ、背中からは黒い天使の翼みたいなものが生えている。その姿は普段の彼女からあまりにもかけ離れていた、おそらく魔人の力を開放したのだろう。


「いや、すごく綺麗だぞ」


「そ、そう? お世辞でも嬉しいわ」


 お世辞ではなく本音だ。この世界に来る前に見たソフィアの姿も美しかったが、それと対象的な今のクレアの姿も、あの時の彼女に決して劣ってはいない。


「まさかその男のために、魔王様が本気になられるとは……これは少々分が悪いですね」


「いまさら後悔しても遅いわよ」


「後悔などしておりませんよ、すでに次の手は打ってあります」


 薄い笑みを浮かべたナナシが右手の指をパチンと鳴らすと、彼の目の前の空間に歪みのようなものが発生する。


「まさか……転移魔法か!」


「転移魔法って、勇者の専用の術じゃなかったの?」


 驚く俺たちを嘲笑うかのように、ナナシは物体の移動を成功させる。俺も専用の魔法陣で同じことが出来るが、本人を含まない転移魔法を使うのは、難しい技だとヒカルが言っていた。


 ナナシは生前に勇者の子孫だと名乗っていた、転移魔法が使えるのはその血を引いているからなのだろう。


「俺を地下(した)に呼び戻すとは、どういう了見だ? 俺に地上(うえ)を任せたのはお前だろう」


「少し厄介そうな人間がいましてね。地上(うえ)の者たちは後回しにして、まずはこちらから先に片付けましょう」


 転移魔法で俺たちの前に顕れたのは、ライオンのような髪型をした獣人の男だった。


「厄介な人間?」


 まだ仲間がいたのか。こいつ……強いな。


 獣人の男が真っ赤な双眸で俺のことを睨む。殺気は押さえているが、ビリビリと男の強さが伝わってくる。おそらく、俺よりもレベルが高い。


「確かに、厄介なことになっているな」


「それでもただの人間です、獣王と呼ばれていた貴方であれば問題ないでしょう」


 じゅ、獣王だと!?


「俺をその名で呼ぶなと言ったはずだ」


「これは失礼、レオン殿」


「フンッ。貴様には、あの御方(・・・・)がただの人間に見えるのか」


「あの御方……?」


「なんでもない。あの男の方は引き受けた、それが今の俺には相応しい(・・・・・・・・・)


「よくわかりませんが、お任せしますよ」


 とんでもない人物が出てきたことに驚きを隠せないでいると、レオンと呼ばれた獣人の男は、鋭い目つきのまま俺の方へと歩いてきていた。


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