第214話 動く鎧
「な、なんだこいつは……」
俺たちが通ってきた通路から現れたのは、髑髏を模した兜を被った、漆黒の騎士のようなやつだった。
髑髏の目の部分は赤く鈍い光を放ち、真っ黒な全身鎧は所々が角のように尖っている。手にしている武器は細長いツーハンドソードのような物で、その全てが異様な姿だ。
「そんな……まさか……」
俺が髑髏の騎士と対峙していると、クレアが何か覚えがあるような言葉を口にする。
クレアはこいつに心当たりがあるのか? なら、あの髑髏は魔族なのか。
「き、吸血鬼……ではなイ」
「なんだ?」
隙きを見せないように長剣を構えていると、髑髏の騎士は何かを喋る。それは性別がわからないようなくぐもった声だった。
「し、侵入者……排除スる」
「なっ! くそっ」
髑髏の騎士が、ツーハンドソードを振り上げながら近づいてくる。その動作は決して速くはなかったが、俺はクレアを守るために素早く前へと出た。
「ぐっ……あ……」
俺はナイトメアを使い、振り下ろされた剣の軌道を変える。たった一合切り結んだだけで腕が痺れた、途轍もない力だ。
「この……馬鹿力が!」
髑髏の騎士は、己の武器に篭手を添えながら振り下ろしてきた。奴の得物はもの凄く長いので、自由自在に振り回せるわけではないのだろう。
しかしその威力は凄まじい。俺も防御力がある鎧で身を固めているが、抉られた地面を見て戦慄が走る。
近接戦闘はこっちが不利か、なら……
「ソフィーティア・クリエイト!」
距離を開けて黄金銃を具現化し、髑髏の騎士に向かって魔法弾を発砲する。しかし奴が着ている鎧には効かないのか、少し怯んだだけで構わず突っ込んできた。
あれは、俺の魔王鎧と同じ?
魔法弾を弾かれた俺は、クレアが居る場所から正反対の方向に敵を引きつける。クレアは髑髏の騎士を見たままその場所から動こうとはしないので、このまま戦っていると彼女を巻き込んでしまうからだ。
「ルナティア・クリエイト!」
敵を十分に引きつけてからナイトメアを鞘に収め、そしてすぐに白金銃を取り出す。
「これならどうだ!」
俺は髑髏の騎士に照準を合わせると、躊躇いなく銃の引き金を引いた。銃口から火花が飛び散り、周囲に銃声が鳴り響く。
威力を上昇させて連射をしたが、反動は全く無い。髑髏の騎士の頭に二発、鎧の胸の部分に三発、合計五発の銃弾が命中した。
「やったか……って生きてるのかよ!?」
動かなくなった鎧を見て喜んだのも束の間。消えていた髑髏の目の部分に、再び赤い光が灯る。
こいつまさか、魔族じゃなくて亡霊とかなのか。
「おじい様……」
「なんだと?」
「排除」
「くそっ、タイムアクセラレイト!」
クレアのつぶやきを聞いた髑髏の騎士が彼女に向かって行き、俺はそれよりも速く彼女を連れ去る。
「おい、戻れ……クレア、あれはお前のジイさんなのか?」
俺は魔王鎧を腕輪に戻し、髑髏の騎士についてクレアに尋ねる。鎧を解除したのは動きやすくなるためだ、わざわざ鈍足の奴に合わせてやるつもりもない。
「いいえ、中身は全然違うわ。ただあれが、おじい様が使っていた鎧にそっくりなの……本物じゃないとは思うけど」
クレアが魔力を高めながら、確信めいたことを言う。恐らく何らかの力を使い、あの鎧の中身を確認したのだろう。
「そうか。この際本物かどうかはどうでもいい、あの鎧に何か弱点はないのか?」
「お父様やおじい様の鎧は、斬撃や衝撃の耐性が高いし、勿論魔法も弾くように作られているわ」
腐っても魔王の鎧だ、王の装備品として、それ相応の技術と魔法で製作されているらしい。自分で使用している時は頼もしいが、敵に回すとこれほど厄介な鎧はない。
「聖属性魔法なら通じるかも、アンタ使える?」
「聖属性の魔法か……」
クレアと二人で石棺の陰に隠れながら、俺は手にしている二丁の銃を見比べる。この二つの銃は、借名した俺の恋人たちの性質を引いているのか、それぞれ魔の属性と聖の属性を持っている。
ソフィーティアの出力を上げれば通じるかもしれないけど、実弾の方を試してみるか。
「クレア、俺が合図をしたらもっと奥の方へ行って隠れてろ」
「どうするの?」
「あの鎧、銃撃には慣れていないみたいだから、もっといいモノをお見舞いしてやる」
この世界にある銃は実用性がほとんど無いみたいなので、使っている奴は全然いない。魔王鎧を製作した者もその事を理解していたのか、あの鎧の銃撃耐性は無きに等しい。
「レプリケータ・クリエイト」
ルナティアの方に入っているマガジンを複製して、ソフィーティアの弾倉に交換する。一度製作していれば後はコピーするだけでいい、相変わらず便利な魔法だ。
さて……いくか。
「フレイムバーン・クリエイト!」
髑髏の騎士は己の目だけで俺たちを探しているのか、全然見つかることはなかった。俺はその事を利用して、目の前で爆炎魔法を使い、奴の視界を遮る。
「よし、行け! タイムアクセラレイト!」
クレアを遠くに行かせた後、俺は時空魔法を使って髑髏の騎士の背後に回り込む。
「背中がガラ空きだぜ」
二丁の銃を構えてから、髑髏の騎士の背中を蜂の巣にする。属性を高めたソフィーティアの方だけでよかったが、ルナティアの銃撃もオマケだ。
「ガ……ガガガガ……ガ……」
「まだ動けるのか」
全弾撃ち尽くしてしまった俺は、予め創っておいた予備のマガジンに交換する。そして、銃のセレクタを三点バーストからフルオートに切り替え、遠慮することなく奴を撃ち抜いた。
◆◇◆◇
「終わったの?」
「俺が確かめる、お前は近づくなよ」
自分の両耳を押さえたままのクレアが、部屋の隅にある石棺の陰からひょっこりと顔だけを出す。
さすがに銃声が五月蝿すぎたのだろう。俺の声が届いているのかわからなかったので、手で彼女を制ししながら鎧に近づいていく。
反応はないみたいだが……
髑髏の騎士は仰向けに倒れたまま動かない。体中が穴だらけになっているが、血等は全く流れてはいなかった。
「やはり亡霊の類いか」
倒れていた鎧を軽く蹴ってみたが、先程のように目に赤い光が灯ることはなかった。どうやら終わったようだ。
「もう出てきてもいいぞ」
「え? な、なに?」
クレアに聞こえていなかったみたいなので、俺は仕方なく手招きをする。というか耳から手を離せ、そのままだと普通に会話もできない。
「穴だらけになってる……すごいわね、その武器」
俺の傍に寄ってきたクレアが、倒れている髑髏の騎士を見てそんな感想を口にする。
「できるだけ、人間相手には使いたくないがな」
こいつがもし人間だったら凄惨なことになっていただろう、俺もそんな光景は見たくない。
「でだ、何なんだろうなこいつは」
「おじい様の鎧姿だったから最初は戸惑ったけど……正体はこの鎧に憑いていた亡霊みたいね」
「わかるのか?」
「えぇ。冷静に考えたら、ネクロが得意としていた術の一つなの。これを倒す時に、黒い影みたいなものが出ていかなかった?」
「いや……撃つのに夢中で全く気づかなかったな」
死霊術師は彷徨っている亡霊を利用して、こんな感じで操る力を持っているそうだ。それを倒せば成仏しているのかどうかは知らないらいが、黒い影のようなものが出て消えていくらしい。
「でも……ネクロにおじい様の鎧を作るような技術はなかったと思うけど」
「まぁ、もう動かないならこのまま放っておいてもいいだろう。後は出口を探すだけだが……って、おいおい、マジかよ」
話しを切り上げて出口を探していると、再び鎧が歩くような音が響いてくる。俺たちが通ってきた通路とは別の方向からだ。
「……二番煎じは通じないぞ」
ルナティアとソフィーティアのマガジンを新しく変えて、音がしてくる通路の方に二丁の銃を構える。しばらくその体勢を維持していたら、やがて音を出していた本人の姿が現れた。
「うそ……」
「あれ、俺の鎧じゃねぇか」
奥の通路から出現したのは、俺の魔王鎧と全く同じの恰好をした奴だった。いや、一つだけ違う。背中に背負っているのが漆黒の長剣ではなく、ばか長い日本刀のような刀だ。
「お父様の鎧まで……」
「おや? これはこれは……まさかとは思いましたが、我らが魔王様ではございませんか」
動く鎧の背後から、いかにもな格好をした男が現れる。そいつは黒いフード付きのマントを羽織っていて、手にしている杖の先端には二つの小さな髑髏が付けられていた。




