第213話 地下
「どう?」
「駄目だな、何の反応もない」
転移魔法によって飛ばされた俺は、まず初めに、部屋の中央にあった魔法陣を調べる。しかしそれは魔力の気配が全く無く、一方通行のようなものだった。
「助けを待つよりも、脱出した方がいいのかしら」
「そうだな、あの場所からそんなに離れてはいないと思うし」
「わかるの?」
「あぁ」
ポケットに入れていた懐中時計を確認すると、転移させられてから数十分くらいしか経っていない。あの魔法陣は時間を操作していた気配はなかったので、その時間で移動できる距離を飛ばされたという証拠だ。
俺は試しに、転移魔法を使って戻ろうとしてみる。
「む……う……」
「何をしているの?」
「転移魔法で戻れるか試してみたんだが、どうも上手くいかないんだ」
「こんな罠があるくらいだし、妨害魔法でもかかっているんじゃない?」
「かもしれないな」
廃墟の外を想像しながら魔法を使ってみたけれど、ぼやけた映像が出てくるだけで、頭の中ではっきりとイメージできない。
となると、あそこから出るしかないのか。嫌な予感がするんだよなぁ……
俺たちが飛ばされた場所は、扉以外は何もない部屋だった。その扉はとても重厚そうな見た目で、今にも幽霊が出てきそうな雰囲気を醸し出している。
「絶対何か出るよな、あれ」
「ちょっと! 一人でブツブツと言ってないで手伝ってよ。重いのよ、これ」
俺が独り言をつぶやいていたら、クレアが体全体を使って扉を開けようとしていた。こいつは怖くなったりしないのだろうか? 仕方がないので俺も覚悟を決める。
「ぐっ……たしかに重いな」
力を込めると動くので鍵はかかっていなかったが、二人がかりで片方の扉を開けるのが精一杯だった。
「ふぅ……暗くて何も見えないわね」
「あぁもう、ホント怖えよ」
扉を開けると通路があったけれど、灯りのない暗闇なので先が見えない。おまけに空気も淀んでいる、ここが地下なのかもしれない。
「本当に怖がりね。手でも繋いであげましょうか?」
「お願いします」
「あ、そ、そう……こ、怖いのなら仕方ないわねっ」
俺は差し出された手を躊躇なく握る。クレアはなぜか顔を赤く染めていたが、俺には全く余裕がなかった。
◆◇◆◇
「ねぇ」
「なんだ?」
「話しながら歩きましょう」
「そうだな……」
魔法で灯りを出しながら進んでいると、クレアがそんな提案してくる。ここまでずっと黙って歩いていたが、沈黙に耐えられなかったのだろう。
「お前たち魔族は、人間の血を引いていると聞いたけど、本当のことなのか?」
少し前にマリアが言っていた話を、俺はクレアに尋ねる。落ち着いた頃にマリアに続きを話してもらうつもりだったけど、今彼女に聞いてみるのもいいだろう。
「マリアから聞いたの? 確かに半分は、人間の血を引いているわ」
「半分?」
「そ、純魔族と魔人の末裔。それが私たち、今の魔族よ」
「純魔族というのは初めて聞いたが、魔人の話は聞いたことがあるな」
トリアナの話では、黄竜たちは魔人族だと言っていた。魔人は魔族の祖先だという白亜の話も、どうやら本当のことのようだ。
「そうね……遥か昔の話だから、私も聞きかじった程度にしか知らないのだけど。人間の中には、異能と呼ばれる能力を持っていた者たちがいたの」
「異能?」
「そ、魔法とはまた別の力。それは飛行能力だったり、変身する能力だったりね」
「変身って……獣人や竜人も変身するだろう?」
獣人である白亜は子狐姿になったりするし、リアもちっちゃなドラゴンになって、少しの距離だがパタパタと飛べる。
「そんなに可愛いものじゃないわ。それこそ魔物と変わらない姿になったり、悪魔的な見た目に変身したりするのよ」
異能の者がどんな姿になるのかを説明しながら、クレアは自分も変身できると言う。俺はそれを見てみたいと思ったけれど、少しだけ怖い気もしていた。
「そこまで数が多くなかった異能の者たちは、当然のように普通の人々から迫害され続けて、北へ北へと逃げていった。それが私たち魔族の祖先、魔人と呼ばれる者たちよ」
普通の人間から追いやられるように逃げ続けていた魔人たちは、やがて極寒の地よりもさらに北にある暗い大陸に辿り着く。そこは魔の大陸と呼ばれていて、純魔族たちの住処だった。
「異能の者と純魔族の間にどんなやり取りがあったのか知らないけれど、二つの種族は共存の道を歩み始めたそうよ」
やがて時が経ち、魔人たちは人間と争うことを決意した。それは弾圧された者たちの復讐だったのか、ただ帰るべき場所を取り戻したかったのか、俺にはわからない。
「ある時、魔人たちの中に途轍もない力を持った存在が現れた。それが魔神と呼ばれていた者よ」
神が如き魔力を持っていたそいつは、魔人たちに己の力を分け与えた。魔神に扇動された魔人たちは、その力を持って人間の大陸に攻め込む。
後はトリアナから聞かされた話通りに、魔神は人間の味方をしていた竜神に敗れて、魔人と人間たちの戦争は終結した。
「その魔人と純魔族の間に生まれたのが、お前たち今の魔族というわけか」
「そうよ」
妙だな……
俺はクレアから聞かされた話に、どうしても引っかかる部分があった。
竜の神が人間の味方をしていた理由も気になるけれど、魔人はなぜ、人間を殺すことができない神殺しの武器を作ったのだろうか。
黄竜たちと戦っていた時のトリアナの話が本当ならば、神殺しの武器は神を傷つけることはできても、人間には全く効果がない。
神の名を冠する竜を倒すためだとしても、人間と争っていた魔人たちが、そんな物を持っているのはおかしい気がする。
「五竜の事は、何か知っているか?」
俺は何より気になっていたこと、つまり黄竜たちの事をクレアに尋ねる。カズマにも調べてもらったけど判らなかったらしいので、魔大陸にならば何か伝わっているのかもしれない。
「五竜……五竜ね。そういえば……竜神の傍には、常に五匹の竜が付いていたと伝わっているわ」
「魔神ではなく、竜神の方なのか?」
「えぇ」
どういう事だ、これは。
黄竜は魔人に生まれ変わる前は、真竜だったという話だった。もう一度同じ竜族に生まれ変わるのならば何もおかしくはないのだが、敵対者である魔神の末裔に生まれ変わるのは不自然だ。
魔神も竜神と同じ竜族だと思っていたけど、この話を聞く限り、どうも違う気がするんだよな。
「ねぇ……ちょっと……聞こえてる?」
「うん? あぁ、すまない」
深く思考に没頭していたら、話しかけられていることに気づかなかった。
「お父様の鎧のことなんだけど、大事にしてくれてる?」
「今も肌身離さずに持っているぞ」
俺は鎧が変形した腕輪を見せながら、それをトントンと指で叩く。
「いつの間にか脱いでいたから、ちょっと気になっていたのよ」
「ジイさんに斬られてから、自由に操れるようになったからな」
初めは呪いのせいで脱ぐことすらできなかった鎧だけど、ジイさんに斬られてからは俺の言うことを聞くようになった。この鎧に取り憑いていたという騎士のことはいまだに気になるけれど、意思疎通っぽいことはできても、会話はできないのでどうしようもない。
「少しだけ、着てみてくれる?」
「いいけど」
俺がもう一度腕輪を叩くと、腕輪はすぐに漆黒の鎧へと姿を変える。
「ちょっとだけじっとしてて」
俺が鎧姿に変わったら、クレアがそう言いながら俺の体に抱きついてくる。
「お父様……」
自分の先祖の話をしていたので、クレアは父親のことを思い出してしまったのかもしれない。彼女の小さなつぶやきは聞こえていたが、俺は何も言わず動かなかった。
「ありがと……それじゃ、行きましょうか」
「えっ、このままか?」
「別にいいじゃない。それにその格好なら、少しは恐怖心も弱まるでしょ」
あんまり変わらないんだけどな。
全身鎧で身を固めたとしても、防御力が上がるだけで恐怖心が和らいだりはしない。それにそんな事よりも、歩く度にガシャガシャと音が鳴るのが気になってしまう。
「その剣はアンタが自作したの?」
「これか?」
俺が背中に背負っている漆黒の長剣を見て、クレアがそれについて質問してくる。
「これは俺じゃなくて、ルナが創ってくれたんだ。ナイトメアっていう名前の剣らしい」
「へぇ、さすがルナ様ね。すごくカッコイイし、とても素敵な名前だわ」
そうか?
俺は正直微妙な名前だと思っていたが、自分もセンスが無いので大きい声では言えない。なにせ自分で武器を創っても名前が思い浮かばずに、恋人の名前を付けたくらいだ。
「ん……?」
「どうしたの?」
俺がふと立ち止まったので、クレアも歩むのをやめて振り返る。
気のせいか?
「いや、なんでもない」
少しだけ妙な違和感を感じた気がしたが、何も変化がなかったので再び歩き始める。そしてしばらく暗い通路を進んでいると、やがて大きな部屋へと辿り着いた。
「なんだこの部屋」
「箱みたいなのが、いっぱいあるわね」
クレアが言った通り、部屋の中には、石でできた長方形の箱のようなものがたくさんあった。
「なんか……棺みたい」
「怖いこと言うなよ!」
彼女が言うように、見た目はまるで石棺だ。だんだんとこの部屋が死体置き場のように見えてきた俺は、思わず歩いていた足が止まる。
「っ! やっぱり気のせいじゃない」
「な、なによ急に」
思わず大声を出してしまった俺は、慌てて人差し指を立てながら口元に手を添える。クレアはそれを見て押し黙り、俺は通ってきた通路に耳を傾けた。
「誰か……来てる……?」
クレアが小さな声でつぶやきながら、俺の体に引っ付いてくる。先程俺が感じた違和感というのは、自分の他にも鎧が歩くような音が聞こえた気がしたのだ。
「やっぱり、俺の足音だけじゃなかったのか」
これは幻聴ではない。ガシャンガシャンと、鎧が歩くような音がはっきりと聞こえてくる。俺はクレアを守るように彼女の前に出て、そして背中の長剣を手に取り構えた。




