第211話 成長の兆し
マリアが出かける準備をするために自室に戻ったあと、俺はルナティアとソフィーティアを具現化させる。今度の敵は死体を操るようなやつと吸血鬼だ、剣を持って相手をしたくはない。
「あれ?」
「クロ……どうしたの?」
「なんか、形が違う」
具現化させた二丁の銃を見ると、今まで使っていた物とは微妙に形状が変わっていた。
消費した魔力は同じくらいだし、創造した時に違和感などは無かった。けれど形だけが今までとは違う、これはどういう事なのだろうか。
「クロ、なにを考えながら創造した?」
「うん? そうだな。死霊魔術師や吸血鬼が相手だから、できるだけ遠距離で戦いたいなと」
「ふむ……」
俺が手にしている銃に触れて、ルナが何かを考え込む。その後彼女は魔法を使って、銀燭に彩られた小さな筒状のものを創造した。
「これ……使ってみて」
「弾丸か?」
「ん……」
ルナが魔法で創り出したのは銀の弾丸だ、俺はそれを受け取ってじっくりと眺める。
「よく出来ているけど、俺の銃には使えないと思うぞ」
「試してみて」
「あぁ」
言われるままルナティアの方のマガジンを取り出し、中に銀の弾丸を詰め込む。この弾倉は非致死性兵器のゴム弾を入れる場所で、普段はあまり使っていない。俺の銃は魔法の弾を飛ばすので、用途が限られているのだ。
この弾丸、火薬っぽいよな。発砲できないと思うんだが。
俺がこの銃を創る時、何度やっても本物のようなものは出来なかった。銃の知識がないせいなのか、俺の魔法が未熟だったのか、それはわからない。
あの時は結局、魔法を飛ばす紛い物のようなもので妥協したんだ。非致死性のゴム弾でさえ、俺の魔力を使って飛ばしている。
「それで、どうすればいいんだ?」
「これに撃って」
ルナは再び魔法を使い、銃の的のようなものを壁に貼り付ける。
「わかった」
「あ、まった!」
「ん?」
「サイレントフィールド・クリエイション」
俺が的に向かって銃の引き金を引こうとしたら、ルナが慌てて魔法を使う。どうやらこの魔法は、周囲に音が漏れないようにするためのものらしい。
ずいぶん慎重だな。
もう撃ってもいいと言うルナの言葉に、俺は軽い気持ちで引き金を引く。すると、ガァァンという大きな音が鳴り響き、手にした銃から銀の弾丸が発射された。
「う……ぉ……ビックリした……」
あまりにも予想外の大きな音に、ものすごく耳鳴りがする。俺の背後にいたルナは、ちゃっかりと自分の両耳を塞いでいた。
「どういう事だこれは。なんで急に、本物の銃みたいになっているんだ」
「たぶん……クロが成長したからだ」
俺の独り言に、ルナがそんな説明をしてくる。彼女によると、蔵人の記憶を思い出せるようになったのもその要因らしい。
「そうなのか」
たしかに俺の前世の蔵人は、二丁の銃を使う戦い方をしていた。記憶がなくてもあいつが俺の一番近い場所にいたので、無意識下で俺も銃を使おうとしたのかもしれない。
「何にせよ、成長しているのならいいことだな……っと、壁を直さないと」
アリスに怒られたくはないので、慌てて壁の修復に取り掛かる。弾がめり込んでいた壁は、ねがいの魔法で簡単に元通りになった。
こんなところか。さて……
「こいつはどうすればいいんだ」
俺は銃を腰のホルスターに仕舞いながら、いまだに部屋の入口で呆けているクレアに視線を向ける。彼女はこの部屋に来てからずっとこの状態だ、よく見ると目の焦点も定まっていない。
「あんなに馬鹿でかい発砲音がしていたのに、まったく気づかなかったのか?」
「魔法の範囲を絞ってたから、そこまで音が届いてない」
「なるほど」
ルナの言葉を聞きながら、俺はクレアの目の前まで歩いて行く。
「反応がないな」
「目覚めのキスでも……してみれば?」
「いや、起きてるし、そんな事はできないだろ」
クレアの顔の前で手をひらひらとしていると、後ろにいたルナがとんでもないことを言ってくる。ある意味魅力的な提案ではあったけれど、恋人ではない彼女にそこまではできない。
「ルナ、なんとかできないか?」
「しょうがないにゃぁ……」
ニャー?
猫のような語尾を付けたルナが、クレアの目の前に来て彼女の胸を両手で鷲掴みにする。
「お、おい、なにを……」
「きゃぁぁぁ!」
「へぶっ!?」
三秒くらいルナがクレアの胸を揉んでいると、彼女はいきなり俺の顔に平手打ちをした。
「なにをするのよヘンタイ!!」
「お、俺じゃねぇよ……」
ほぼ条件反射で手が出たみたいだけど、キツく睨まれた上にとても理不尽だ。
「くっ、同じ魔王なのに……ここまでの差が……」
「る、ルナ様ですか……」
ルナが自分の両手を見ながらプルプルと震えている。それを見たクレアも、自分の胸を揉んだのが誰なのか理解したようだ。
「ちょっと、どれだけ大きいのか……確かめたかったダケだ」
「いえいえ、ルナ様ならいいのですよ」
落ち込んだように見えるルナを、クレアが慌てて慰める。起こられてシュンとしているように見えるけど、これは胸の差にショックを受けているだけだろう。
俺は張られ損か……まぁいいけど。
◆◇◆◇
「遅いな」
出かける準備が整った俺たち三人は、屋敷の玄関でマリアが来るのを待っていた。
「しかし……今すぐに行かなくてもいいんじゃないか」
時間を確認すると、今は夜中の0時を過ぎている。亡霊の目撃情報は昼にもあったのだから、夜が明けてから確認しに行ってもいいだろう。ていうか俺は是非そうしたい。
「なぁ、どう思う?」
俺は目の前にいるクレアに話しかける。しかし彼女は、ぼーっとした瞳で俺のことを見つめていた。
「おい、クレア?」
「えっ、な、なに?」
もう一度クレアに呼びかけると、なぜか彼女は慌てふためきながら反応する。
「いや……わざわざこんな夜中に行かなくても、明日の昼にでも行けばいいんじゃないか」
「そ、そうね。ネクロのやつが、夜に行動をするからじゃない?」
「ネクロ? それが死霊魔術師の名前なのか?」
「そうよ」
「どんなやつなんだ?」
「死体ばかり集めている変人よ。特に女性の亡骸に執着していて、魔大陸でも嫌われ者扱いされていたわね」
クレアの話を聞くだけでゲンナリする、完璧に俺の苦手なタイプだ。
「吸血鬼の方は心当たりがあるのか?」
「魔大陸にも吸血鬼はいるけど、住処から外に出ないようなやつだったから、たぶん違うやつね」
「そうか」
マリアの目的は死霊魔術師の方だが、吸血鬼も一緒にいるとしたら面倒くさいことになるかもしれない。俺は銀の弾丸を創造しながら、そんな事を思っていた。
「吸血鬼に、何か弱点でもあればいいんだがな……」
弾倉に弾を込めながらつぶやいていると、横にいたルナが何かを思いついたようにポンと手を打つ。
「お待たせしました」
「やっと来たか。あれ? カインさんに、アッシュさん?」
「やぁ」
マリアの後ろには、なぜかアリスの兄たちが付いて来ていた。アシュクロフトさんはいつも通り生真面目な顔をしているけれど、カインさんはやけに楽しそうにニコニコと笑っている。
「お二人とも、どうしたんですか?」
「可愛いメイドさんたちに晩酌をしてもらおうかと部屋に尋ねていったらさ、楽しそうな話を聞いたのでね。私もついて行くよ」
「俺も行く。こんな夜更けに、女子供だけじゃ心配だからな」
マリアの準備に時間がかかっていたのは、どうやらこの二人に捕まっていたからみたいだ。
「あまり大事にはしたくなかったのですが、断るわけにもいかず……」
マリアが小声で俺に耳打ちをしてくる。彼女の立場からすれば、拒否することができなかったのだろう。
「それじゃ、行こうか。いやぁ、童心に返ったみたいでワクワクするなぁ」
「安全第一だ、油断はするなよ」
「わかっているよ」
二人の兄弟を先頭に、俺たちは屋敷の玄関から外へと出る。図らずも結構な人数になったので、俺の恐怖心も少しは和らいでいた。
◆◇◆◇
「みんな……丸太は持ったな」
「もったよー」
「はい」
「持ちました」
「お、おう」
「持ったけど……」
街の門の付近で、俺たちはルナが創った丸太を持たされる。なぜ丸太なのかと彼女に尋ねたら、これが吸血鬼の弱点になると言われたのだ。
吸血鬼の心臓にでも打つのか? でも、尖ってないよな……これ。
「では、行くぞ」
「あぁ、ちょっと待って」
ルナの号令で歩き始めていると、彼女の後ろにいたカインさんがみなを呼び止める。
「クロード君、ちょっと一人で先に行ってみてくれる?」
「はぁ、いいですけど」
意味がわからなかったが、俺は言われた通りに一人で街の門を通る。夜中とはいえこの辺りは明るいので、俺一人でもそんなに怖くはなかった。
「で、こんな夜更けにそんな物を持ってうろついていたわけか」
「は、はい……」
「それはわかったけど、俺たちも仕事なんでな。こんなにあからさまに怪しいやつを、呼び止めないわけにはいかないんだよ」
一人で街の門を通ろうとしていたら、俺は二人の衛兵に呼び止められていた。理由は至極単純だ。こんなにも目立つ丸太なんか手にしていたら、声をかけられるのは当然である。
「それじゃ、ちょっとそこの営舎まで来てくれるか? ま、茶くらいは出すぞ」
「い、いえ、あの……ですね……」
「あはははは、ごめんごめん。少し悪ふざけが過ぎちゃったね」
俺が門の横にある建物に連れ込まれそうになっていると、背後からカインさんが笑いながら近づいてきた。
「その子は怪しい者じゃないから、勘弁してあげてくれるかな」
カインさんが、街の衛兵に俺のことを説明してくれた。彼はルナに渡された丸太を見て、悪ノリをしていたみたいだ。
「クロ」
「ルナ……え、丸太は?」
俺のことを呼びながら近づいてきた彼女は、なぜか手ぶらだった。それどころか、その後ろにいる他の仲間も丸太を持っていない。
「フッ……邪魔だから捨てた」
えぇー……
俺の疑問に、彼女は笑顔でそう答える。俺は一体何のために衛兵に捕まりそうになっていたのだろうか。
普通ならここでカインさんに怒りでも湧いてきそうなものだったけれど、ルナの楽しそうな顔を見ていると、まったく怒る気にはなれそうになかった。




