第201話 お仕置き
アリスとしばらく触れ合ったあと、彼女が俺の服を渡してくれたのでそれを着る。
服を着替えている最中に、俺は自分が居る場所の違和感に気づいた。ここは全く見覚えがない部屋だった。
「アリス、ここは……おわっ!?」
「うわっ! びっくりした……なによ? 急に大声を出して」
「何って……アリスこそ、その目はどうしたんだ?」
俺が服を着替えてアリスの方へと視線を向けると、彼女の右目が真っ赤に燃えていた。
これは驚かないほうがおかしい。彼女の右目から、ゆらゆらと赤い炎のようなものが出ているのだ。
「また赤くなっているのね……ちょっと、アナタの状態を覗いていたのよ」
「俺の状態? もしかして、アリスもステータス鑑定ができるのか?」
「えぇ、おじい様にやり方を教えてもらったのよ」
アリスはジイさんから、相手のステータスを覗く術を教えてもらったけれど。まだそれが上手く制御できなくて、こんな風になってしまうとのことだ。
いいな……
俺も他人のステータスを覗きたい。
この世界にいる勇者は、皆相手のステータスを鑑定するスキルを持っている。
俺も前々から欲しいと思っていろいろ試していたけれど、いまだに覚えることが出来ない。
前にカズマが、勇者専用のスキルだと言っていたことがあるので、勇者ではない俺には覚えることが出来ないのだろうか。
「どこにも異常はないようね」
アリスの言葉を聞いて、俺は自分のステータスを確認する。
名前:魔皇クロード・ディスケイト
年齢:17歳
種族:人間
JOB:クリエイトマスター
LV:98
HP:9400
MP:35000
物理攻撃力:8800
魔法攻撃力:24800
物理防御力:12000
魔法防御力:16500
魔法:クリエイト 氷属性魔法 雪の精霊召喚 時空魔法 次元魔法
固有スキル:創造 絶対王政 共鳴
擬装していたのが元に戻っているな。
アストレア様の指輪による擬装が解けていたので、もう一度やり直さないといけない。
レベルが結構上っている、キマイラを倒したからか。
あと、おかしな所は……あるな。
魔法の欄に、見覚えのないものが増えていた。それは、雪の精霊召喚と次元魔法の二つだ。
絶対王政は俺が森の中で発動させたので、後から追加されたのだろう。
しかし上の二つの魔法は、森へと出発する前に確認した時は持っていなかった。
次元魔法は、時空神と共鳴した時に覚えたのか?
だけどもう一つのは……俺は精霊と会った覚えなんかないぞ。
「どうかした?」
「いや、この雪の精霊召喚ってなんだろうと……」
俺がそこまで口にすると、俺たちの前に冷気を纏った白い少女が姿を現す。
「君は……」
「あの時、私を助けてくれた子ね」
俺が危ない時に、いつも唐突に表れて助けてくれた少女だ。
それだけではない。おかしくなった俺の命令を無視して、アリスに助力してくれようとしていた。
「もしかして、君が雪の精霊なのか?」
「そう」
雪の精霊は、ニコリと微笑みながら答える。
「でも、俺の魔法で出てきたよな?」
そうだ。あの廃墟で巨大なヘビのロボットと戦っていた時に、彼女は俺が魔法を使って創り上げた。それは決して、彼女のことを精霊だと思って呼び出したわけではない。
「マスターは……この世界から消滅しそうなわたしを生まれ変わらせてくれた」
マスターって俺のことか?
「生まれ変わらせた?」
「あの変な場所で、わたしは人間に力を奪われ続けてたの」
彼女の話を要約すると。俺が吸血鬼の屋敷で拾ったあの空っぽの精霊石が、この少女だったらしい。
元々少女の精霊石はガラテアにあったのだが、誰かに盗まれてあの屋敷に持ち込まれた。
そこでわけのわからない研究に使われて、消滅してしまうほど力を消費していた。
少女がこの世から消えていく覚悟を決めた時、あの場所に俺という存在が現れた。あの時の俺には全く自覚がなかったが、ねがいの魔法を使って彼女に力を与えていたみたいだ。
「だから、俺を助けてくれていたのか」
「うん」
少女は俺のことを命の恩人と思っているようだけど、それはお互い様だ。彼女の存在には俺も助けられたのだから。
「それじゃ、君はこれからどうするんだ?」
「ずっと、マスターの傍にいる」
「か、帰ったりしないのか? その、故郷とかに」
「追い出すの……?」
「いや……そんなことはしないけど」
帰るべき場所があるのならば、そうした方がいいかと思ったが、少女は悲しげな表情で俺のことを見る。
「わたしが帰る場所は、マスターの中……」
「あっ」
少女はそう言いながら俺に抱きつくと、スーッと俺の身体の中に入ってしまった。
「アナタ……人間以外にもモテるのね」
そんな事をいうアリスの言葉に、俺は曖昧な返事しかできなかった。
◆◇◆◇
「そうだアリス、ここはどこなんだ?」
「え? いまさら?」
俺の言葉を聞いて、アリスは呆れたような顔をする。
俺も今更尋ねるのはどうかと思ったけど、今まで気付かなかったのだから仕方がない。
「ここはアルムトの村にある空き家よ」
「アルムト?」
「そう」
彼女が言うには、俺とクローディアは森の中で戦いながら東に移動していたらしい。
そうして決着が付いたのがこの村から近い場所だったし、俺たちがベースにしていた拠点がクローディアに破壊されていたので、アルムトで休むことになった。
「そうか」
そういえば、クローディアが森の中で執事とそんな話をしていたな。
「みんなは無事なのか?」
俺の質問に、アリスの表情が少しだけ陰る。
「まさか……」
「あなたがおかしくなっていた時に、ルナとレティシア様が倒れちゃってね……」
ルナ! レティ!
「あっ、クロード!」
アリスの話の途中で居ても立ってもいられなくなった俺は、二人を探すために自分がいた部屋を飛び出す。
「う……」
部屋から外に走っただけなのに、もの凄く目眩がした。まだ完全に回復していないのだろうか。
「くっ……」
俺は両手で自分の頬を強く叩く。そして片膝を付いていた体勢から無理矢理体を起こして、近くにあった階段を降りていった。
「あ、お兄様。お目覚めですか?」
あれ……?
一階に降りた俺の目に飛び込んできたのは、咲いた花のような華やかな笑顔を見せてくるレティと、両手に木の器を持って立っているルナ。
それから、なぜか彼女の前で正座をさせられている、二人の竜人の女の子たちの姿だった。
……元気そうじゃないか。
「クロ……おはよう」
「お、おはよう」
ルナはそれだけを言って、正座している女の子たちの方へと視線を向ける。
あの娘はたしか、ディアナだったっけ。
リアとディアナは俺の方を見ていたけれど、ルナの視線に気づくとビクリとその体を震わせた。
「クロ坊、起きたのかや」
「白亜」
俺がこの不思議な光景に戸惑っていたら、奥の方から木の器を持った白亜が現れる。
「お腹すいたじゃろ、ルナが作ってくれたのじゃ」
「あぁ、ありがとう」
「お兄様、こちらにいらしてください」
白亜からシチューが入った器を受け取り、俺はレティの横の席に座る。
「またケンカしたら……もうご飯をあげないって言ったよね?」
「それは、ディアーナが……」
「だって、リアトーナは……」
「口答えしない」
「は、はい」
「……はい」
えっと……なんだこれ?
「お仕置き中、だそうです」
俺が一人で混乱していると、隣りに座っていたレティが説明してくれる。
「顔を合わせるとすぐ姉妹喧嘩をしてしまうので、ルナ様がお怒りになっていらっしゃいます」
二人は姉妹だったのか。
「レティシア様はすぐ目を覚まして、ルナはアナタの血を吸って元気になったわよ」
二階から降りてきたアリスが俺の隣に座りながら、あのあと起こったことを説明してくれた。
「ごめんなさい、お兄様」
「いや、無事だったのならいい」
ひょっとしてさっきの目眩は、ルナに血を吸われた影響だったのだろうか。
俺はシチューを食べながら、ルナたちのやり取りを遠目で見つめる。
ルナがシチューを持った手を左右に動かすと、竜人の少女たちはつられて視線を動かす。
「はんせいは……?」
「ルナさま……ごめんなさいです」
「……ごめんなさい」
「よし……」
餌付けか?
まぁ、ルナの作る飯は美味いもんな。
「どこに行ったのかと思ってたら、真っ先にご飯のところに行っていたのね」
「おかえり」
ルナに許されてシチューをがっつく少女たちを見つめていると、屋敷の中にクローディアが帰ってきた。
「ただいま。外に東西の勇者が来ているわよ、あなたに話があるんだって」
あいつらもこの村にいるのか。
「それはいいけど、あの二人にはもう謝ったのか?」
マリンさんから聞かされた話だと、あの二人をこてんぱんに痛めつけたのはクローディアだ。
どうしてそのようなことになったのか知らないが、ギスギスした空気の中で話し合いなどしたくはない。
「先に手を出そうとしたのはあっちなんだけどね……一応謝っておいたわ」
「わかった」
それを聞いて一先ず安心する。
「それから、アリスとあそこにいる魔王とやらをちょっと借りるわよ」
「えっ」
俺がシチューを食べ終えて席を立つと、クローディアがそんなことを言ってくる。
そういえばルナは魔王だった。アリスのことはともかく、勇者の前に魔王を晒しているのは迂闊すぎた。
「クローディア……ルナは魔王だけど、俺の大切な人でもあるから……」
「心配しないで。ステータスを隠す方法を教えるのよ、見られたらまずいでしょ」
「そ、そうか。そうだな、頼む」
俺は自分のステータスを隠すことばかり気にしていて、二人のことは考えていなかった。
これは悪い提案ではなかったので、俺はクローディアの言葉に賛同する。
そして少しだけ彼女と会話をしたあと、俺は勇者たちが待つ屋敷の外へと出ていった。




