第2話 女神様と魔王様をお持ち帰り
目覚めると、そこには白い世界が広がっていた。
真っ白で、他には何もない世界。
「なんだここ……う……」
辺り一面が真っ白なので、目がクラクラとしてしまいとても痛い。
「目が覚めたみたいですね」
自分の目をゴシゴシと擦っていると、不意に背後から優しく語りかけるような声が聞こえた。
「へ……?」
俺はその声がした方向に振り返る。
そこには、金色の髪を腰まで伸ばして背中から白い翼を生やした、見目麗しい女性の姿があった。
「えっと……天使さま?」
「いいえ、違います。わたくしは転生を司りし神王が内の一神、ソフィアと申します」
「神王? 貴女は女神さまですか?」
「その認識で構いません」
真っ白な世界に、目の前には美しい女神さま。
ということはここは、死後の世界というやつだろうか。
「俺は……死んだのか」
「この場所に来たということは、貴方は前世においてその生命を全うされました」
俺の独り言を聞いた女神さまが、そう教えてくれる。
そうか、死んだのか。
それなら仕方がないな、若かったから悔いは残るけど。
あれ……? 俺って何歳だったっけ?
生前の自分のことを思い出そうとしたが、記憶に霞がかかったような感じであまり思い出せない。
黒? 蔵人?
ふと思い浮かんだのは、俺の名前だろうか。
「うーん……思い出せないな」
「貴方にはこれから新しい人生を歩んでもらうため、前世の記憶は封じさせていただきます」
「なるほど」
生前のことをよく思い出せないのは、記憶を封印されているからなのか。
確かに前世の記憶を持ったまま生まれ変わると、後々厄介なことが起きそうな気がする。
新しい人生か……
俺は少しだけワクワクとしながら、女神さまに質問をすることにした。
「新しい人生ってのは、転生ってやつですよね?」
「はい、そうです」
「なら、剣と魔法の世界とか……ありますか?」
「そのような世界も存在しております」
おぉ! やっぱりそんな世界もあるのか。
「転生先は、剣と魔法の世界をご希望ですか?」
「はい! それを希望します」
テンションが上っていた俺は、女神さまの質問に即答した。
そんな俺を見た女神さまがクスクスと笑う、何だか恥ずかしい。
「それでは、暫くお待ち下さい」
「はい」
女神さまがそう言って、空中に半透明なタブレットのようなものを出す。
そしておもむろに、指先でそれをポチポチと押しはじめた。
なんだあれ? まさか、パソコンか?
「転生体の資料を検索」
【error】
「え……?」
【この転生体の過去は、第一種特例禁止項目により閲覧することは不可能です】
「そんな……」
タブレットから無機質な音声が聞こえてきて、女神さまが驚いたような表情をする。
「ただの人間の過去に、第一種特例? どういうことなのですか?」
つまり……なんだ?
どういうことなの?
女神さまがわからないのだから、俺にはもっと理解できない。
「この人の生前の資料を見ることが出来なければ、転生先が選べないのですが」
な、なんだってー!?
俺ってば、このまま死んじゃうの? あ、もう死んでるんだっけ。
【転生先は、大神王様により既に決定されております】
「大神王様が!? ただの人間に、なぜそのようなことを……」
先程から女神さまが、俺のことをただのただのと連呼しているけれど、さり気に結構ヒドイ。
「あのー……女神さま?」
「あ……失礼しました」
自分のことをずっと放置されていたので、俺は女神さまに話しかける。
女神さまは一言謝ってから、俺に向かってタブレットの画面を見せてくれた。
「では、転生体の設定をしていたたけますか?」
「設定?」
女神さまが見せてくれたタブレットには、キャラクターの設定画面らしきものが映っている。
なにこれ、ゲーム?
今まで神秘的な体験をしていたのに、ゲーム画面みたいなものを見せられて一気に俗っぽくなる。
「さぁ、どうぞ」
女神さまはニコニコと素敵な笑顔で、両手を俺の方に差し出していた。
まぁいいや、女神さまも楽しそうだし。
たとえこれが夢なのだとしても、もう少し付き合ってみるのも悪くはない。
「えーとなになに……」
名前:未設定
年齢:未設定
職業:未設定
出身地:未設定
レベル:1
うん、ゲームだな。
タブレットに映っていたのは、完全にゲームのキャラクターメイキング画面だ。
HPにMPに、スキルに称号か。
まずは名前ね。黒……蔵人……クロード……ありきたりだけどこれでいいかな。
年齢は無難に十五歳くらいにしてと……
職業は……お! なにかいっぱい出てきた。
村人
商人
戦士
剣士
騎士
魔法使い
いや村人て……それは職業じゃないだろう?
む……?
村人を選ぶと、農家とかいろいろ出てくる。
それから騎士を選んでみたら、出身地が王都に変わった。
なるほど、これはある程度連動しているのか。
戦士や剣士も面白そうではあったが、俺は魔法使いを選ぶ。
やはり魔法使いというのは、どこか憧れのようなものがある。
出身地は辺境の村だな。いずれ成り上がって、人々に讃えられるような賢者になりたい。
こういうのは、男の願望のようなものだろう。
外見設定?
まぁ身長は170cmくらいで、髪の色は茶色でいいだろ。
瞳の色は髪の色に合わせて薄茶色……と。
しかしこれ、ふと思ったのだが。転生って、赤ん坊からスタートとかじゃないのか?
「……た」
「うん?」
今何か聞こえたような……気のせいか?
「終わりましたか?」
「あ、はい。これでお願いします」
「わかりました」
女神さまにタブレットを返すと、彼女はそれを光の玉に変える。
そして光の玉を持ったまま両手を胸の前に組んで、祈るように両目を閉じた。
ビシッ――
「ん……?」
俺の全身が青白く光り輝いたその時、何かが割れるような音が聞こえた。
「なんだ?」
「みつけたぁぁぁ……」
「えっ……?」
女の子の叫び声のようなものが聞こえたので、俺はその方向に視線を向ける。
すると、何もないはずの空間に、ビシッビシッと嫌な音を鳴らして亀裂が走った。
「そんな!? 聖域が……」
女神さまが驚きの声を上げる中、ガシャンガシャンとガラスが砕けるような音を出して空間が割れる。
誰だあれ?
空間を割っていたのは、黒いゴシックドレスを着た小さな女の子だ。
彼女は右手を光らせながら、壁を殴るように拳を振るっている。
いったい何者?
女の子は目の前の見えない壁を殴り終えて、こちらの中に入ってきた。
「そんな……まさか、魔王!?」
「へ?」
今女神さまが、サラッととんでもないことを言わなかったか?
「その転生体は返して……渡してもらう」
事態についていけない中で、長い銀色の髪を黒いリボンでツインテールにした少女がそう喋る。
「な、なにを……」
女神さまが喋っている途中で、見た目が十二歳くらいの少女が俺に胸に飛び込んでくる。
「え? んむ」
少女は俺の首に手を回し、勢い良くキスをしてきた。
間近で見た少女の顔は可憐で、その瞳は蒼と朱の美しいオッドアイだった。
「ななななな……こ、この! 離れなさい!」
俺から少女を引き離そうと、女神さまが俺に抱きついてきた瞬間。
バリンっとなにかが割れるような音がして、白の世界が黒の世界に変わり……俺は意識を失った。