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第199話 クロフォード

 

 気がつくと、俺は独り白い空間に座っていた。

 しばらくこの場所で座っていると、俺の身に起こった記憶がかじわじわと蘇ってくる。


 ここは現実の世界ではないのに、何となくケツが痛い気がする……この痛みは気のせいなのだろうか。


「こんのぉ……おバカっ!」


「あ痛っ」


 お尻の痛みが気になるので立ち上がったら、背後からスパーンと誰かに頭をしばかれる。


 何事かと後ろに振り返ると、そこには紙のハリセンのようなもの手にしたクロエが立っていた。


「ね、姉さん……」


「自分の中の時空神を解放するなどと、あなたは何をしているんですの!?」


「ご、ごめんなさい……」


 自分でも愚かな選択をしたと思っていたので、俺は素直に謝る。

 結局はクローディアの勘違いだったので大事には至らなかったが、あの時は本当に殺されると思ったんだ。


「ちゃんと反省しているんですの?」


「はい……」


 ハリセンでぽすぽすと俺の頭を軽く叩きながら、クロエが説教を始める。

 彼女は左手で自分のお尻をさすっていたが、それについては華麗にスルーすることにした。


「その辺りで許してやってはくれぬか、(あるじ)殿に説明をしなかった我らにも非があるのだ」


 しばらくクロエの説教を聞いていると、俺たちの近くにクロフォードが現れた。

 何もなかった場所に突然出現した彼も、やっぱり自分のお尻を押さえている。


 こいつにも、アリスの神剣でのカンチョー(アレ)は効いたのか。


「先ずは無事で何よりだ、我が主……いや、クロードと呼んだほうがいいか」


「こうして話し合うのは初めてだな、クロフォード」


「うむ」


 思えば、こいつと落ち着いて話し合うことがなかった。

 俺を助けるために出てきてくれた時は、力を消費しすぎてすぐに居なくなったし。この間この場所で会った時も、俺が目覚めてしまったのであまり話せていない。


「我が妻が迷惑をかけてしまったな」


「いや、俺の方こそ軽率だった。お前の方はその……大丈夫なのか?」


 俺が時空神と共鳴したとき、クロフォードのことを抑え付けるような力を感じた。それはこいつだけではなく、クロエのことも抑制しているみたいだった。


「クロノスの力は完全ではなかったので大事ないが、御主の恋人の勇者の力は侮れぬな……危うく尻から昇天しかけたぞ……」


 それは色んな意味で洒落にならない。


 俺的にはクローディアのほうが怖かったけれど、こいつや姉さんからすれば、アリスの方が恐怖対象なのかもしれない。



「一度じっくりと聞きたかったんだが、冥王は一体何がしたいんだ?」


「クロノスの目的か」


 奴の狙いが、すべてのねがいの魔法を集めるとことだということは知っていた。

 今の時代、いや、この世界には俺とクローディが同時に存在している。このことから考えても、冥王の狙いの半分は既に達しているのだろう。


 しかし、奴の最終的な目標がわからない。

 黒斗は、冥王にはどうしても叶えたい願いがあると言っていた。それは今の奴の力を持ってしても、叶わないほどの願いなのだろうか。


「これは我の推測になるが……あやつが狙っておるのは、我らの持つ創世の力なのやもしれぬ」


「創世ってなんだ?」


「文字通り、世界を創り上げる力だ」


 強くなれば、世界を創ることもできる。いつかルナが俺にいった言葉だ。

 その言葉を初めて聞いたとき、その強大すぎる力に恐怖を覚えた。だってそれは、人間には分不相応なものだからだ。


 今更だよな。


 もう自分が神の生まれ変わりであることは知ったし、この力の怖さも理解しているつもりだ。


 そして今の俺には、守るべき大切な女性たちがいる。もはやこの力を手放そうとは思わない。


「冥王はその力を持っていないのか?」


「クロノスが持つのは、時を操る能力だ。我と彼の者は同じ存在ではあるが、似て非なる者とも言えよう」


 冥王は一度クロフォードを倒したが、その力のすべてを奪えたわけではなかったらしい。


 これは、過去の夢でルナに教えてもらったことなので知っている。クロフォードがもしもの時のために、クローディアに力の半分を渡していたんだ。


「我が、いや……御主が何度も生まれ変わるのは、あやつの計算の内だったやもしれぬ」


「それは……」


「御主もいい加減理解しておろう、己が内の存在を」


 あぁ、痛いほどわかっている。

 俺たち五人の中で、俺と黒乃は願ったんだ……時空神のその能力を、過去を変えることができるかもしれない力を。


 人の手により愛する妻を失った黒乃。サティナの生まれ変わりであるソフィアが傍に居るとはいえ、あいつの怨嗟は今も消えていない。


 それに、俺も……


「御主が無自覚であの翁を現世に蘇らせたとき、到頭アレが発露してしまった」


 そうだ、俺は既に人の領域を踏み越えてしまっている。死んだ者を生き返らせるというのは、あの黒乃が願っても成し遂げられなかったことだ。


「もはや御主は普通の人間ではない、それは自覚しておくべきだろう」


 クロフォードのことを俺は非難できない、アレを自身の中で目覚めさせたのは、俺の自業自得なんだ。


「俺はもう……戻れないんだな」


「そんな事はありませんわ」


 今まで黙って話を聞いていたクロエが、俺たちの間に割って入ってくる。


「あなたが時空神の力に頼ったのはわたくしの予想外でしたが、アリスのおかげで事態が進展しましたわ」


「進展?」


「えぇ。アリスのあの技が、思ったよりもあなたの中の時空神に効いたのです」


 クロエが言うには、アリスの神剣の力によって、俺の中で広がり続けていた時空神の存在がかなり小さくなったらしい。


 そのおかげでクロエにも余裕が出てきたらしく、こうしてゆっくり話すことができるようになったそうだ。


 すげぇな……アリスのカンチョー。


「本当に助かりましたわ。新たな快感にも目覚めそうにもなりましたが……」


 今のは聞かなかったことにしよう。


「それじゃ、俺はこれからどうすれば?」


「もっと強くなりなさい、クロード」


「強く?」


「あなた自身が強くなれば強くなるほど、あなたの中の時空神の存在は弱くなります。そうしてゆけば……あなたはきっと、自分の運命に抗うことができますわ」


 運命に抗う……か。


「時空神の能力は我も持っていなかった力だ。御主ならば、この我をも超える存在にも成ることができるかもしれぬ」


「冗談だろ?」


「さて……可能性の話ではあるが、あながち過言でもなかろう」


「そうですわね。もっと強くなってもらわなければ、いずれわたくしが外に出たとき、ガッカリしてしまいますわよ」


 出てくるつもりなんですか、姉さん……


 それは俺が気を失ったときみたいに、俺の体で好き勝手やりたいのだろうか。それとも、本当に俺とは別人として外に出てくるのか。いったいどちらなのだろう。


「そうだね、冥王のこともあるし」


「それはどうでもいいですわ」


「どうでも……」


「あなたがアレを消滅させることは決定事項です。そんな事よりも、あなたはもっと幸せになりなさいな」


「幸せ? 俺はもう十分幸せだけど」


 こんな俺にも、現実の世界では俺を好きになってくれた女性(ひと)たちがいるんだ。彼女たちが傍に居るだけで、俺は十分幸せだ。


「あなただけが幸せになっても意味がないでしょう? あなたを愛してくれる()たちの想いに、ちゃんと答えなさい」


「う……」


 確かに俺は、ルナやソフィアのことはともかく、他の女の子たちの想いに気づきながら弱腰になっていた。


 それは自分の中の時空神に怯えていたからだ。だけどクロエは、強くなって女の子たちを優先しろと言っている。


「あなたは人を捨てて神皇にならなくとも、わたくしたちを超える力を十分持っていますわ。それには、彼女たちの存在も含まれているのですよ」


 そう……だな。

 なにも俺一人だけ強くなることはない、アリスたちをもっと頼ってもいいんだ。


「わかったよ、姉さん。俺を好きでいてくれる女の子たちと一緒に強くなるよ」


「それでいいですわ。あとは、もっとハーレムを増やしてもいいのですのよ」


「へ……?」


「英雄色を好むといいますし。綺麗な娘や可愛い娘にいっぱい囲まれると、わたくしも気持ちが昂ぶってきますわぁ」


 それ……完全に姉さんの趣味嗜好ですよね。


「我から言いたいことはひとつだけ、クローディアのことも大切にして欲しい」


「別に嫌いになったりはしないけど……あっちはどう思ってるかは知らないぜ?」


 噂を聞いた限りじゃあの女もクロエと同じで、同性愛っぽい嗜好がありそうだし。

 そもそも俺たちは新しく生まれ変わっているんだ、もう一度夫婦みたいにはなれないかもしれない。


「我らは同じ存在とはいえ、今の人生は御主のものだ。嫌いになりさえしなければそれでよい」


「同じ存在だからこそ、嫌いになったりはしないだろ?」


「ふっ……確かに」




「そろそろ時間ですわね」


 クロフォードと顔を合わせて笑いあっていると、現実の俺が目を覚ましそうだとクロエが言ってくる。


 まだまだ聞きたいことが沢山あったし、少し名残惜しいが仕方がない。


「黒乃は……どうなっているんだ?」


 俺は最後に、ずっと気になっていたことを二人に尋ねる。


「相変わらず、深層で引きこもっていますわよ」


「二人目の我が説き伏せているが、余り芳しくはないようだな」


「そうか」


 黒斗が出てこないのは、黒乃のことをずっと説得しているからなのか。

 本当にあいつにだけは、頭が上がらないな。


 できることならクロフォードやクロエみたいに、俺の体を使ってルナに逢いたいだろうに。そんなことを言おうともせずに、俺たちのために頑張ってくれている。


「あなたの中のことは、わたくしたちに任せなさいな」


「うん。お願い、姉さん」


「五人目のことは御主の一番近い場所に存在している上に、あやつは魔寄りなので我にはよくわからん」


 蔵人は俺と近い所にいるために、彼の性格や影響を一番受けてしまうそうだ。

 俺が初めて暴走した時は、黒乃の影響を受けたからだったのだが。黒乃と蔵人の性格が混ざってしまい、あんな変な人格になってしまったらしい。


 二回目の暴走も、十分変だった気がするけどな……


「わたくしたちの中で、アリスのアレの影響を一番受けたのは、彼かもしれませんわね」


「うわぁ……なんていうかすまん……蔵人」


 俺の中の何処かで、尻を押さえている蔵人を想像してしまい、すぐにそれを頭から振り払う。


「それと、我を疑っていた魔王のことだが」


「どっちの魔王だ?」


 俺の傍にはルナとクレアがいる。二人とも魔王なので、それだけではどちらなのかわからない。


「小さい方ではなく大きい方だ。我の存在を認めろといった言葉を、あの女は疑っていたであろう?」


 あぁ、そういえば俺の前世の話をしたとき、クレアだけ疑っていたな。


「あれは御主が、我よりも時空神の方に気持ちが傾きかけていたので、そう言っただけだ。それ以上の他意はない」


「そういう事か」


 俺は最初から疑ってはいなかったけど、クロフォードの気持ちは理解できた。

 確かにそのようなことが起きるのならば、こいつも自分の存在を主張するだろう。


「お……?」


 三人で話をしていたら、俺の体が薄くなってきた。現実の俺が目覚める寸前らしい。


「そうそう。レティシアは、大地神レアーの生まれ変わりですわよ。彼女は姉妹で力を共有していますが、それは……」


「我が創り上げた大迷宮には気をつけろ。もはや我の手から離れておる、恐らくクロノスの奴が……」


「いや、ちょ、そんな大事そうな話を消える直前で……」


 視界が白く染まり、俺の言葉が途中で途切れる。当然のことながら、クロエとクロフォードの声は最後まで聞こえなかった。


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