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第198話 クローディア

北の女勇者視点です。

次で主人公視点に戻ります。

 

 あぁ、またあの時の夢だ。

 あの男と戦い、崩れ落ちてゆく夫の最後。

 この時の私は、どうして無理矢理にでも彼と共に行かなかったのだろうか。



 夢の中の私が茫然自失するなかで、映像を通して彼等の声が聞こえてくる。



「我を……取り込むつもりか……クロノス」


「キサマに奪われたオレの力を取り戻すだけだ……ウラノス」


 血だらけで倒れている私の夫に向かって、白髪の男が闇の魔法を使う。

 あれは冥王ハデスの力だ。冥王は己が内包する闇を使い、相手の能力を奪う術を持っている。


 ダメ……!


 それを見て、夢の中の私は我を取り戻して駆け出す。

 彼等がいるのは人間の世界だ、聖界(ここ)からでは遠すぎる。どう考えても間に合わない。



 私が供をすると言ったとき、あの(ひと)はそれを許してはくれなかった。

 私たちが同時に聖界(ここ)を離れてしまうと、不穏な動きを見せている聖王たちを止められないと言われたのだ。


 近ごろ聖界と神界の間で、小さな諍いが起こっている。

 それは私たちからすればほんの些細なものだったが、神王と違って、聖王たちは力と暇を持て余している。


 神王たちが聖王に楯突くとは思えないけれど、もしもそんな事になってしまえば、神族を二分する争いが起きるかもしれない。


 だけど、それが何だというのだ。

 自分にはそんなことはどうでもいい。私にとって、彼の存在だけが全てだ。


 今愛する夫の存在が消えてしまうかもしれない、それだけは我慢できない。


 どうしてなの……

 必ず戻ってくると言ったじゃない……



「クハッ、クハハハハハハ……」


 繋げ続けている映像を通して、男の耳障りな笑い声が聞こえてくる。



「すまぬ……クローディア……」


 これは、何度も繰り返し見た光景だ、夢の中で夫の姿が消失していく。


 いやだ――

 消えないで――

 お願いだから……私を独りにしないでよ――




 クロフォード――



 ◆◇◆◇



「クロ様!」


「っ……はぁ……はぁ……」


 雲の隙間から日差しが照りはじめた頃、私は名前を呼ばれて目を覚ます。

 ひどく不快な気分だ。最近は何度も同じ夢を見るので、いつも朝の目覚めが悪い。


「クロ様……」


「大丈夫よ、ディアナ」


 一緒に寝ていた竜人の娘が心配してくる。私は安心させるように、彼女の頭を優しく撫でた。


「そろそろ、セバスチャンが戻ってくる時間かしら」


「はい」


 私たちは今、ルシオールにある宿屋に泊まっている。

 北の大陸からここに来た理由は、従者のディアナと執事のセバスチャンが、この街の近くで私の宿敵を目撃したと言ったからだ。


 前世で私と夫を殺し、生まれ変わった私をこの世界に呼び寄せた冥王。

 この世界に来てからずっと探し続けていた。けれど、世界中にアイツが残したと思われる痕跡はあるものの、その本人は見つかることがなかった。


 今度こそ、本物だといいのだけど。


 西の大陸で冥王の噂が広まっていると聞いたとき、その真相を確かめるために一人で山奥へと登った。


 しかしいざ遭遇してみるとそれは冥王ではなく、冥竜王とかいうまがい物だった。

 その山の近くでは竜人たちが隠れるように住んでいて、冥竜王はある一人の少女を狙っていた。


 ジリジリと痛めつけるように里を襲い、逃げ道を塞ぐように毎日監視する。

 冥竜王に敵わなかった竜人たちは、為す術もなく追い詰められていた。


 私も最初は興味がなかった。相手が冥王ではないのならば、すぐにでも王都に帰るつもりだったのだ。


 だけど、たまたま目撃した竜人たちの話し合いを聞いたとき、すぐに私の気が変わった。


 冥竜王が求めていた少女がなにかの手違いで行方不明になり、その代わりに生贄を差し出そうとしていたのだ。


 それを聞いてしまった私は竜人の里に乗り込み、ある条件を付けて竜を倒すことを主張した。


 条件というのは、生贄にされそうになった少女の身柄だ。私は彼らに代わって冥竜王を倒し、その少女ことを引き取った。それがこの()、ディアナだ。



「お腹すいたでしょ。食事に行きましょうか」


「はい」


 下着姿で寝ていたので、創造魔法を使って服を創り出す。


「ただいま戻りましたぞ!」


 ベッドから出て着替えようとしたら、鍵をかけていたはずの扉が勢い良く開け放たれた。


「……セバスチャン。鍵はかけていたはずだけど?」


「あのような鍵は、私からすればあってないようなものですぞ」


「そう。今度から魔法で鍵をかけるわね」


「それは、解錠魔法を覚えないといけませんな……」


 人の体をジロジロと眺めている執事を無視して、魔法で服を創り上げる。

 彼の行動には、もういい加減馴れた。どうせさっきも扉の前で待機していたのだろう、裸を見られなかっただけマシだ。


「それで、なにか判った?」


「お嬢様の体は日々立派に育っております……おっと、失礼」


 私が着替え終えるまで、ブツブツ言いながら眺めていたセバスチャンが咳払いをする。


「一通り聞き込み調査をしてきましたが、まず間違いないでしょう」


「その根拠は?」


「この街の治癒院にて、気になる話を聞きましてな」


 彼の話では、数日前に大怪我を負ったこの街の領主の弟が、勇者の力で奇跡的回復をしたとのことだ。


「それがどうやら、とんでもない治癒魔法だったそうで」


「どんなふうに?」


「魔物に半身を食い千切られた男の体を、何事もなかったかのように治療したと……」


 この世界には治癒魔法はあるけれど、それは細胞を無理矢理活性化させて回復させる魔法だ。


 当然大怪我を負った者には相当の負担を強いるので、怪我の程度によっては助からない可能性もある。


「その領主の弟は、助かったのね?」


「えぇ。誰が見ても死ぬ寸前だったはずが、今は元気に生きているそうですぞ」


 私は、セバスチャンの話を聞いて考える。そこまで凄い治癒魔法の使い手が、この大陸には存在するのだろうか。


 勇者の能力はそれぞれ異なるので、中には回復に特化した能力者もいる。

 私が召喚されたガラテアにも治癒魔法が専門の勇者もいたし、ありえないとは言い切れない。


 だけど……


「その勇者にやたら憧れていた少女にも話を聞きましたが、まるで時間を巻き戻したかのようだったと言っておりました」


 そうだ。半身を無くした者を元通りにするなんて、幾ら何でも強力すぎる。

 それは治癒なんてレベルではなく、どう考えても時間回帰の魔法だ。

 時間を操作するのはあの男の能力だ。あの男が人間を助けるとは思えないけれど、これはもしかしたら当たりかもしれない。


「その勇者とやらの行方は?」


「この街の領主に頼まれて、ここから東にある森に行っております」


「森?」


「えぇ。私の分身を飛ばして確認しましたが……どうやら、その場所にはゲートがあるようですな」


 ゲート……

 間違いない。その勇者が冥王だ。


 なぜ冥王が勇者を名乗っているのかわからないけど。時間操作と次元操作を両方使えるのは、あの男以外いない。


「すぐにその森に行くわよ」


 ゲートを使って今度は何を呼び寄せるのか知らないが、そこにあの男がいるのなら千載一遇の好機だ。


「ごはん……」


 急いで支度して部屋から出ようとしたら、ディアナのか細い声が聞こえてきた。

 彼女のその声に引き止められた私は、移動しながら食べられるものを買ってこいと、執事のセバスチャンに命令を出した。



 ◆◇◆◇



 黒い森と呼ばれる場所に到着すると、なぜか揃っていた東西の勇者が因縁をつけてきた。


 派手な鎧を着た西の勇者は大声で私を糾弾し、地味な格好をした東の勇者は不可侵条約はどうしたと聞いてくる。


「勇者たちは各大陸に無断で侵入するべきではないと提案したのは、君たち北の勇者連中だろう?」


「そんなこと、知らないわ」


 そのような話は聞かされていないし、そもそも私は、勇者会議には参加してはいないのだ。


 他の勇者たちが教皇の命令で何かしているみたいだったけど、私には全く興味がなかった。


「この場所に何をしに来た? 返答次第では実力行使も辞さないぞ!」


 急いでいるのに、面倒くさいわね……


 どうでもいいけれど、西の勇者はなぜこんなにピリピリしているのだろうか。


「お嬢様。まずは彼らを黙らせて、後で説明をしたほうがよろしいのではないですかな」


 私の背後にいたセバスチャンが、小声でそう提案してくる。

 彼の言う通り、こんな所でもたもたしていると冥王を逃してしまうかもしれない。


「私がやるから、後はお願いするわ」


「心得ましたぞ」



 決着はすぐについた。というか、手加減を間違えてしまった。

 仮にも名の知れた二人なので、そこそこの実力はあると踏んでいたら、私の魔法であっさりと気絶する。


「お嬢様……」


「勇者と戦ったことなんて無いから……手加減を間違えたのよ」


「お嬢様は強すぎるので、本当に気をつけないとあっさりと()ってしまいますぞ」


「そ、そうね」


 私に注意する彼の足元には、ルシオールの領主の弟が無力化されている。

 ディアナには、まだ手加減して戦えないだろうから見学をしていなさいと言ったのに、これでは示しがつかない。


「さすがです……クロ様」


 そんな彼女は少し離れた場所で、私のことを褒め称えていた。



「それで、アイツはどうなっているの?」


 魔力を抑えるためのマスクを創造した後、セバスチャンに向かってあの男のことを尋ねる。


「一応森の奥に行くまでは見張っておりましたが、なかなか鋭い少女が供をしているようでして、その後は断念しました」


 冥王は森の奥に向かっていたらしく、その場所にゲートがあるとのことだ。

 私はこの場を二人に任せて上空から森の様子を探り、あの男を見つけたので行動を開始した。



 ◆◇◆◇



 探し当てた存在があの男でなかったのには落胆したけれど、今の私の心は歓喜に満ちあふれている。


 もう二度と逢えないと思っていた愛する夫が、転生をして私の前に現れてくれたのだ。これは喜ばずにはいられない。


「ふはははは……どんどん力があふれてくるぞ! 俺はもう自由だ!」


 少しおかしくなってしまっているが……まぁそれもじきに収まるだろう。


 今は共にいる神剣の勇者と協力して、彼を元に戻すだけだ。


「スティングシェイド・クリエイト!」


「サンダーストーム・クリエート!」


 自分の前方で、彼の闇魔法と私の雷魔法がぶつかり合う。

 戦い始めてから付けていた仮面はすぐに外した、今の彼の状態で手加減をしている余裕はない。


 セバスチャンとディアナには、森の奥でゲートを調べくるように頼んだ。

 彼は冥王ではなかったけど、近くにあるゲートのことも気になっていたからだ。




「神技・天照!」


 私が引きつけていた彼の隙きを突いて、アリスが神剣を燃やして斬りかかる。

 あれでは駄目だ。クロードには多くの神の加護が掛けられている、神聖な技では通じないだろう。


「ダメっ、効かない」


「神聖な力が邪魔をしているのよ」


「前の時は通じたのに……」


 その時の状況を知らないのでなんとも言えないけど、今はあの加護のせいで、アリスの神剣も威力が弱まっているのだろう。


 現にクロードは、アリスのことを全く攻撃しないで、私とばかり張り合っていた。


 それにしても。どれだけ好かれてるのよ……


 私はもう一度クロードの状態を覗いて、その加護の多さに呆れ返る。



 大神王アストレアの冥護。

 神皇クロエの加護。

 女神ソフィーティアの祝福。

 女神トリアーナの祝福。

 大地神レアーの冥助。

 地母神ガイアの冥応。



 見事に女神の加護ばかり……


 その中には、夫の義母の名前も表示されていたけど。見ているとイライラしてしまうのはなぜだろうか。


「まずは大人しくさせると言っていたけど、どうするのよ!?」


 クロードに半ば無視されているアリスが、彼の背後から叫び声を上げる。


「ソリッドストライク・クリエート!」


「エアシールド・クリエイト!」


 確かにこのままではジリ貧だ、彼の魔力は私と戦いながら尚も高まっている。


「無駄無駄ぁ! ふっははははは……げっほげほげほ……」


 彼は私の魔法を完璧に防いだ後、高笑いしながら自分の魔法を吸い込んで勝手に咽ていた。


「アリス! あなた、神に通じるような技は持っていないの?」


「そんな罰当たりな技……あるにはあるけど……」


 あるんだ。


 神剣を使っているからその系統の技には期待していなかったが、それならなんとかなるかもしれない。


「私が隙きを作るから、それで彼を攻撃しなさい」


「わかったわ」


 クロードを挟んで大声でやり取りをしているけど、アリスのことを舐めているのか、彼は気にしていない。


「無駄なことはやめて、俺に力を寄越せ! 聖王」


「ふざけたことを言ってないで、さっさと元に戻りなさい!」


 彼と私は同時に剣を創造し、再び斬り合う。

 鍔迫り合いの形から力任せに押し返した頃に、アリスの技が完成したのが見えた。


「ヤマト流剣術絶技・神滅剣!」


「な、何だその技は!?」


 先程まで神聖な力を纏っていたアリスの剣が、一転して闇の波動を放出する。

 あの技ならば通じるだろうけれど、あれはやり過ぎではないだろうか。


「ぬぅ、これはまずい……来い、我が下僕よ!」


 アリスの姿を見て怯えていたクロードが、自分の背後に何かを召喚する。

 そこに顕れたのは真っ白な少女だ。勇者が契約できる精霊を召喚したのだろう。


「お前はアリスを止めろ!」


 白い少女の精霊が、クロードの命令に無言でコクリと頷く。


「面倒ね」


 私は一気にケリをつけるために、蒼い炎を纏った聖王剣を具現化させる。


「アリスよ、どうしても邪魔をするというのなら力づくで……」


 クロードの言葉が、最後まで喋ることなく途切れた。彼の後ろにいた白い少女が、彼の後頭部に氷の魔法をぶつけたからだ。


「ぐ……ぐおぉぉ……」


「アリス、今よ!」


「わかった!」


 地面に倒れたクロードを私が魔法で押さえつけると、アリスが剣で彼のお尻を突き刺す。


「痛だだだだだっ」


 なぜそこなの?


「大人しくしなさい!」


「や、やめ……あぁぁぁ――」


 魔法で地面に押さえつけられているクロードを足で踏んで、お尻を剣でぐりぐりしながらアリスは神の目を発動させた。


 傍らにいた白い少女は、親指を突き立ててこちらを見ている。私たちに敵対する意思はないようだ。


「ねぇ、なんでお尻なの?」


「これは相手の体の中に居る存在を滅する技なんだけど……私の技じゃ、この子ちっとも傷つかないじゃない。だからといって、口からは入れたくないし、この方法しか思いつかなかったのよ」


「そう……でも、いいの?」


「あとでしっかり洗うからいいわよ」


 アリスはやけくそ気味そう言っているけれど、神聖な力は失ったりしないのだろうか。


 頭の隅でそんな事を考えながら、私はクロードをずっと地面に押さえつけていた。


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