第197話 神の目
アリス視点です。
この話ではすごく久々にステータスがでてきますが、やっぱり数値はテキトーなので、その辺はあまり気にしないでください。
称号などは話に関係ないので除外しております。
これは……いったいなにが起こっているの?
レティシア様を連れて森から出てくると、私たちの幕営がボロボロになっている。
それはまるで、巨大な魔物が暴れたかのような惨状。
設営したテントは見るも無残な姿になっていて、私たちの帰りを待っていた人たちが皆地に倒れていた。
「カズマ様!」
「カズマ!」
メルティ様とシェリル様が、突然声を荒げて駆け出す。
彼女たちが走り出した方向を見ると、そこには西の勇者と東の勇者が倒れていた。
「おや? 森から帰ってきたのですかな」
状況が切迫する中で、場の空気にそぐわない声が聞こえてきた。
話しかけてきたのは、執事のような格好をした老人だ。その人の近くにはジルベール様が倒れている。
「どういうことなの……」
「あ、アリスさん……逃げてください」
目が合ったジルベール様が、私に向かって逃げろと言ってくる。
執事の人は彼の言葉など気にせずに、見えない誰かに向かって入れ違いだと言っていた。
「リアトーナ!」
叫ぶように声を上げたのは、大きな大剣を手にした女の子だ。
女の子は切っ先をリアの方へと向けて、親の仇でも見るような目つきで彼女のことを睨む。
「ディアーナ……」
始まりは、リアの小さなつぶやきだった。
リアがなにかを喋ると同時に、大剣を持った女の子が彼女の方へと走り出す。
そして、リアがどこからともなく巨大な斧を出して、その子の大剣とリアの両手斧がぶつかり合う。
「リア!」
「さがっててください……ルナさま」
主人を守るかのようにリアは立ち向かい、近くにいたルナを下がらせる。
傍から見ればそれは立派な姿だったけど、彼女の腕はもの凄くプルプルと震えていた。
竜人が、力負けをしているの?
力任せにリアを圧倒している女の子のことをよく観察すると、女の子の腰の辺りに太い尻尾が生えていた。彼女も竜人だ。
「アリス様」
私が支えていたレティシア様が、緊張した様子で話しかけてくる。
彼女の体は震えてはいなかったけど、きっと気丈に振る舞っているのでしょう。
「大丈夫です。レティシア様は私がお守りします」
私は彼女を安心させるように、優しく語りかける。
レティシア様のことを、あの子にお願いされたのだ。なにがあっても彼女のお側を離れるわけにはいかない。
「あなた達は、何者ですか?」
エレンが私の前に立って、執事に向かって質問をする。
クロードとマリンさんが、まだ森から出てこない。メルティ様とシェリル様は気が動転しているようだし、この場でまともに戦闘ができるのは私とエレンだけだ。
レティシア様を庇いながら戦えるのかわからないけれど、小さや白亜や、ましてや弱りきっているルナを戦わせるわけにはいかない。
リアもあまり戦って欲しくはなかったけど……近づけないのよね。
リアと相手の女の子は、それぞれ手にした巨大な武器を振り回している。
見た目が幼い女の子二人が、凶器を振り回しているのだ、危なすぎて近づけない。
「さて、どう説明をしたものでしょうかな」
エレンと対峙している執事からは、まるで殺気は感じられない。
こうして見ていると、それはただの好々爺のようにも思える。
彼らの目的は、一体何なのだろうか? そんなことを考えていると、森の方から大きな爆発音がした。
「こ、今度はなによ!?」
レティシア様のことを支えたまま、私は森の方へと振り返る。
森を眺めていると次々と大きな音が鳴り、その音が次第に遠ざかってゆく。
まさか、クロードが戦っているの?
相手がこの二人だけとは限らない、あの子も襲われている可能性はある。
でも……
私は少しだけ逡巡して歯噛みする。今すぐあの子の傍に行きたい。だけど、レティシア様を危険にさらすわけにはいかない。
「そうですな、私から言えることはひとつだけ」
森の方向をちらりと見た執事が、再び私たちにその視線を向ける。
「お嬢様の邪魔をしなければ、あなた方には手を出しませんよ」
この人……強い。
殺意なんか感じないのに、まるで刀を構えたおじい様が目の前にいるみたいだ。
エレンもそれを肌で感じとったのか、相手に向けようとしていた弓から手の力を抜く。
◆◇◆◇
どれくらいの時間立ち尽くしていたのだろう、それは唐突に終わりを告げる。
「クロ……だめ……」
「ど、どうしたのじゃ?」
最初に異変が起きたのは、白亜と一緒に安全な場所に離れていたルナだ。
彼女はあの子の名前を呼びながら、その場に突然倒れる。
「お、お兄様……その力はだめです……」
倒れたルナに駆け寄ろうとしたら、私が支えていたレティシア様も崩れ落ちる。
「ルナ! レティシア様?」
二人は崩れ落ちたまま目を瞑り、次第に息も荒くなってきた。
「クロさま?」
「クロ様?」
今の今まで激しく戦っていた竜人の少女たちも動きを止め、二人同時に森の方へと視線を向ける。
リアはわかるけれど、どうしてあの女の子もあの子の名前をつぶやくのだろうか。
「これはまさか……お嬢様!」
「クロ様!」
この場を支配していた執事が慌てふためき、唐突にその場から姿を消す。
リアが相手をしていた女の子も、あの子の名前を叫びながら森の中へと入って行った。
「クロードさんに、なにかあったのでしょうか」
エレンの言う通り、あの子の身になにかあったのかもしれない。
私はすぐに目の力を使い、ルナとレティシア様の状態を確認する。
レティシア様には問題はなかったけれど、ルナの衰弱状態がひどい。
「エレン、みんなのことをお願い」
「アリスさん?」
私の言葉にエレンが不安がるけど、説明をしている暇はない。
私は彼女に再度強く言い放ち、クロードのところに向かうために森の中へと駆け出した。
◆◇◆◇
私は森の中を移動しながら、数日前におじい様に教えられたことを思い出していた。
「神眼……ですか?」
「うむ。勇者は相手の能力を覗き見する術を持っておる、それよりももっと強力な力じゃ。ワシはそれを神眼と呼んでおった」
「どうしておじい様は、私にその力があると?」
クロードの朝の修行が終わったあと、私はおじい様に呼び止められた。
ルナとソフィアに一歩負けている悔しさから、あの娘とクロードが仲良くしている間に割って入りたかったけど、私を呼び止めるおじい様の目が真剣だったので、それは諦めて大人しく話を聞くことにした。
「アリスちゃんは、ルナちゃんのことをずっと心配している目で見ていたじゃろ? それはなぜじゃ?」
「それは……」
確かにここ最近の私は、気がつくとルナのことを目で追っていた。
それは変な意味でも恋の嫉妬心からでもなく、彼女が弱りきっていると、なぜかハッキリと理解できたからだ。
「なんとなく、ルナちゃんの体に起きている異常に気がついた……違うかの?」
「その通りです、おじい様」
私の答を聞いたおじい様は、それが神眼の力だと言って頷く。
「でも……私は異世界人ではないですよ?」
この世界に召喚された勇者が、不思議な能力を持っていることは知っている。けれど私は異世界人じゃないし、自分には彼らと同じような力があるとはどうしても思えなかった。
「勇者の能力は遺伝する可能性もある、ワシが陛下から聞かされた話じゃ」
私はクロードから、自分がこの世界の勇者であることを教えられた。
その時の彼は嬉しそうな声で、なぜか悔しそうな表情をしたいてけれど。私はたとえ、自分が勇者だったとしてもどうでもよかった。
そんな事よりも、もっと彼の力になりたい。
あの子はいつも強がっているけど、彼の心がとても繊細なことが、一緒に暮らしていてよくわかった。
そう。彼と出逢ったばかりの頃、あの子は古びた神殿の中で子供のように震えていた。
それを見たルナは、少しだけ呆れたような表情をしていたけど。私にはその時、彼が泣いているように見えたのだ。
私が……この子を守らないといけない。
気がつくと私は、クロードの存在に惹かれていた。彼のことを知る度に好きになっていった。
兄さんは私が一目惚れをしたと思っているみたいだけど、そうじゃない。彼と一緒に穏やかな時間を過ごしていると、私はとても幸せを感じるのだ。だから、あの子への想いだけは誰にも負けない。
「アリスちゃん?」
「は、はい」
思考に没頭していたら、目の前のおじい様に名前を呼ばれる。
「その神眼はの、相手のことを覗き見するだけではないのじゃ。ワシが倒した魔王のことは、覚えておるかの?」
魔王ヤマタノオロチ――
それはおじい様から、何度も聞いた寝物語だ。
かつておじい様は、邪神の力により暴走した強大な大蛇を倒した。二振りの刀で三日三晩挑み続け、たった一人でそれを討伐した。
子供の頃に塞ぎがちだった私は、おじい様に何度もそのお話を聞かされた。今でも鮮明に覚えている。
「ワシがあの魔王を倒せたのは、その神剣と神眼があったおかげじゃ」
おじい様の神眼の力は、暴走した大蛇の力を抑えることができた。
もちろんこの刀が無ければ倒せなかったし、おじい様は強くなるために幾度も鍛錬を積んだ。
「おじい様はどうして、私に今この話を?」
「そうさのう……」
おじい様は思いを馳せるように、どこか遠い目をする。
「ボウズは彼奴に……とてもよく似ておる」
「おじい様?」
独り言をつぶやくおじい様に、私はもう一度尋ねる。
「う、うむ。とにかく、最近のボウズはどこかおかしい。毎日相手をしていると、それがよくわかるんじゃ」
「クロードが?」
それは、私もなんとなく感じていたことだ。あの子は日を追うごとに、まるで別人のようになっている。
それは決してダメなことではないと思うけれど。そんな彼のことを見ていると、私はだんだんと不安に苛まされるのだ。
「もしもじゃ……ボウズがおかしなことになっておったら、アリスちゃんが止めてやっておくれ。その目の力を使えば、きっとボウズのことを止められる」
「なぜそのようなことが、おじい様にわかるのですか?」
「なに、ワシのただの勘じゃよ」
その言葉を聞いた私は、おじい様の顔を見て笑ってしまう。
そんな私を見て、おじい様も可笑しそうに大声で笑った。
「でもおじい様。その神眼というのは、一朝一夕で身につけられるものなのですか?」
「ルナちゃんの体調を見抜いたアリスちゃんなら、もうほとんどその力が発現しているといっても過言ではない。あとは使いたい時に発動できるように、ワシが教えよう」
「わかりました。お願いします、おじい様」
「うむ。任せるのじゃ」
私に神眼の使い方を教えている途中でおじい様が「そういえばアリスちゃんは、ワシが隠していた病気には気づかなかったのう……」と言ってきたけど、私はクロードよりもルナのことばかり見ていたし、おじい様の体調にまで気が回らなかったのも仕方がない。
もちろんそんなことを言えるわけもなく、曖昧な返事をしながら、私はおじい様に力の使い方を教授してもらっていた。
◆◇◆◇
「はぁ……はぁ……はぁ……」
雨が降り出してきた森の中を、私はずぶ濡れになりながら走り抜ける。
着ている服が泥だらけになってもかまわない、早くあの子の元に駆けつけなければ。
「も、もう少し……」
戦いをしていると思われる大きな音が、次第に近づいてくる。
こっちはアルムトの村がある方角だ。もしも村人が近くにいたら、大変なことになってしまう。
邪魔な木々をかき分けて進んでいくと、少し開けた広場にたどり着く。
その場所には先程まで対峙していた執事の人と、その横には竜人の少女が一緒にいた。
誰よ……あの女……
二人が見ている方へと視線を向けると、そこには青い髪をした女性が立っていた。
また……女なの……
クロードにまったくそんな気がないのは解っているけれど、あの子の周りにはいつも綺麗な女の子が集まってくる。
私だって普通の女だ。それを見て嫉妬もするし、イライラする事だってある。
でもあの子は、可愛い女の子たちに囲まれていても、不意に寂しげな瞳で、その女の子たちを見つめている時がある。
そんなクロードの悲しそうな表情を見てしまうと、私はなにも言えなくなってしまうのだ。
「誰だ?」
青い髪をした女性が振り返り、私のことを見つめてきた。
彼女は妬ましくなるほど綺麗な女性で、ソフィアに匹敵するほどの美女だった。
「神剣の勇者?」
私はクロードを探したが、あの子の姿がどこにも見えない。
辺りを見回していたら、青い髪の女性が私のことを見てそんなことを言ってきた。
神剣の勇者……それは前に聞いたことがある。
クロードが倒れたと聞いてラシュベルトに行った時に、そこで出会った東の勇者が私のことをそう呼んでいた。
恐らく彼女は、私のことを覗き見たのだろう。
私もそれに張り合って、神眼を使ってあの女のことを覗く。
「うそ……」
ありえない――
ひと目見た彼女の能力への印象は、ただそれだけだった。
あの子が殺されてしまう――
次に出てきた考えは、クロードの安否だった。
もしこの女とあの子が戦っているのだとしたら、絶対に勝てない。
私もこの力を使い始めたばかりなので、比較対象がまだおじい様しかいない。
老いたとはいえ、おじい様もかなりの使い手だ。教えてもらったステータスとやらを覗き見た時、その数値は正直すごいと思った。
けれど……目の前にいる女のステータスは、そのおじい様を遥かに上回っていた。
名前:勇者エリカ・ランバート
神名:聖王クローディア・ディスケイト
年齢:18歳
種族:人間
JOB:クリエートマスター
LV:1565
HP:245000(+100000)
MP:3638000(+2000000)
物理攻撃力:278000(+150000)
魔法攻撃力:458000(+350000)
物理防御力:192000(+100000)
魔法防御力:589700(+500000)
魔法:クリエート 全属性魔法 重力魔法
固有スキル:創造 絶対王政 全属性耐性 覚醒 聖王化
状態:覚醒
なんなのよこれ……冗談でしょ……
表示されている数値があまりにも現実離れしすぎていて、一瞬目の前が暗くなる。
流石にあのフラン姉さんでも、ここまで人間離れしていないだろう。
「あれは……神の目?」
バレた!?
私がステータスを覗き見していたら、青い髪の女性になぜか勘付かれる。
どうしてだろう? この力を使うと、勇者にはバレしまうのだろうか。
「目……光ってる」
「これはまた……右目が燃えるように紅く光っておりますが、痛くはないのですかな?」
えぇぇ……
どうやら私の右目が、紅く光っていたらしい。竜人の女の子と執事に言われるまで、全然気づかなかった。だって、この場所に鏡のようなものはないんだもの。
「あなた、普通の人間ではないみたいね。いいわ、その力、私のために使いなさい」
この女は、一体何を言っているのだろうか?
クロードを助けるためにここまで来たのに、なぜあの子の敵かもしれない女と私が組まなければならないのだ。
「私はクロードの恋人よ! 貴女の味方ではないわ!」
「クロード? あぁ、今世の名前か。恋人についても問い詰めたいところだけれど……アレ、あのまま放っておくの?」
「え……?」
女が指を差した方向見ると、草薮がモゾモゾと動いてあの子が飛び出してくる。
「はーっはっはっはっはっは。さすがは聖王だ、俺をここまで追い詰めるとは……む?」
私がプレゼントしたコートを泥だらけにしたクロードが、笑いながらこちらを見る。
「アリスじゃないか、俺を助けに来たのか? いーい心掛けだ」
うん、ひと目見てわかった。あの子がまたおかしくなっている。
ルナが誘拐された時もおかしくなっていたけど、あの時の状態に似ている。
「少しばかり倒すのに苦労していたのだけど、あなたの力があれば、アレを元に戻せるかもしれないわ」
「それは……この目のことを言っているの?」
「えぇ。どの神からその力を奪ったのか知らないけど、協力すれば女神には黙っていてあげるわ」
女神に知られたら怒られるような力なのだろうか。でも、この世界の女神はあの子に懸想しているようだし、あまり問題ない気もする。
だけど……
この女はクロードのことを元に戻したいと思っているみたいだ、それなら協力するのも悪くない。
「わかったわ。でも、一つだけ言っておきたいことがある」
「なに?」
「もしクロードを殺すつもりなら、私は迷わず貴女の敵になるから」
「そう……覚えておくわ」
私の言葉に、女は真剣な目をして頷く。
「私の名前は、エリカ・ランバート」
「アリス・グレイヴよ」
エリカと私は、お互いに名乗り合ったあと隣に並ぶ。
未熟な私はこの戦いにはついていけそうにないけれど、エリカが私を守ってくれる。なぜかそんな気がした。
「ありすぅぅぅぅ……なぜ俺の邪魔をする!」
私たちのやり取りを遠巻きに見ていたクロードが、その怒りを露わにする。
「アナタがまた、おかしくなっているからよ」
「ああなるのは、初めてではないの?」
「えぇ」
「冥王に乗っ取られているわけではなく……現人格が不安定になっているのか」
私の返事を聞いたエリカが、ブツブツとなにかを言っている。
彼女のその声を聞き流しながら、私はクロードの状態を覗き見ることにした。
名前:魔皇クロード・ディスケイト
神名:大聖王クロフォード・ディスケイト
真名:天空神ウラノス
諱:朝宮黒斗 昼間黒愛 夕城黒乃 夜神蔵人
年齢:17歳
種族:人間
JOB:クリエイトマスター
LV:98
HP:209400(+200000)
MP:4535000(+4500000)
物理攻撃力:108800(+100000)
魔法攻撃力:524800(+500000)
物理防御力:212000(+200000)
魔法防御力:516500(+500000)
魔法:クリエイト 神皇解放 雪の精霊召喚 時空魔法 次元魔法
固有スキル:創造 創世 絶対王政 共鳴 覚醒 大聖王化
加護:大神王の冥護 神皇の加護 女神の祝福 大地神の冥助 地母神の冥応
状態:時空神共鳴 天空神拘束 神皇抑制 精神汚染 高揚 暴走
バカじゃないの?
この間こっそりと覗いたステータスとは、あまりにもかけ離れている。
なにやらごちゃごちゃとしている上に、状態の部分には目も当てられない。
早く元に戻りなさいよ……ばか。
私はいま出せる全力を刀に込めて、エリカと共闘してあの子と戦うことになった。




