第196話 北の勇者
どうしてこのような事になったのか、俺には全然理解できない。
俺は今、森の中を逃げ回っている。北の女勇者が突然襲ってきたからだ。
いきなりなぜ攻撃してきたのだろうか、俺も説明を求めたい。しかし、あの女はなにも言わずに斬りかかってきた。
「くそっ……この化け物め!」
俺はルナティアとソフィーティアを両手に構え、魔法弾を連射する。
森の中では木が邪魔になって、命中率が下がると思ったがもはや関係ない。
なぜならあの女は、俺の砲撃をことごとく躱して、まったく当たる気がしないからだ。
なんだよあの動きは、ありえねぇ……
「タイムアクセラレイト!」
俺は時空魔法を重ねがけして、女勇者から距離を取る。
体中の筋肉が悲鳴を上げているけど、止まったら殺されてしまう。
「ドンナー・シュラーク」
「うおっ!?」
女勇者が何かをつぶやいたと思ったら、雷を纏って俺に追いついてくる。
そしてそのまま斬り下ろしてきた斬撃を、俺はギリギリの所で回避した。
「フレイムバースト・クリエイト!」
回避したまま距離を取り、すぐに爆炎の魔法を唱える。
俺の魔法の中では、炎系の魔法が一番威力がある。木が燃えるとか森林火災になるとか、そんなことは一々気にしてられない。
「ヴァッサー・ファル」
爆炎魔法が当たる瞬間、女勇者の手のひらから滝のような水が飛び出す。
彼女の水魔法なのだろう、俺の爆炎魔法はかき消された。
「フレイムランス・クリエイト!」
「フリーレン・シュヴェーアト」
炎の槍を投擲すると、女勇者は左手で氷の剣を出して切り払う。
それでも俺は、負けじと次々と魔法を創造する。
「フレイムブラスト・クリエイト!」
「ニーゼル・レーゲン」
「フレイムバーン・クリエイト!」
「ツー・フリーレン」
「フレイムドライヴ・クリエイト!」
「アイス・ベルク」
爆風を起こせば雨のような魔法で鎮火され、地を走る火炎を出せば凍らされ、複数の火球を飛ばすと氷の壁で防がれる。
まるで勝てる気がしない。ここは、赦してくださいと土下座でもするべきなのだろうか。
「ちょっとまてぇぇぇ!」
女勇者が氷の壁を出した隙きに、俺は全力ダッシュで離れて十分に距離を取る。
なんとしても話を聞いてもらいたかったし、近すぎると瞬殺されそうだったからだ。
「なぜ俺を攻撃する!」
「……お前が私の敵だからだ」
えぇぇ……
初めて会った女勇者に、いきなり敵対宣言をされる。
俺は彼女の敵になるどころか、女勇者がいるはずの北の大陸にすら行ったことがない。
「俺はお前に、なにかした覚えはないぞ!」
「あんなことをしておいて……よくもぬけぬけと……」
女勇者の握っている剣が、彼女の腕とともにプルプルと震える。
ここからではよく見えないけれど、勇者本人も悔しそうに歯ぎしりをしている気がした。
俺は彼女に、いったいなにをしたのですか? 身に覚えがまったくないのですけど、教えてくださいアストレア様。
「私の夫を殺したことも……覚えていないのか貴様は!」
まさかこの女……いやいやいや、そんなはずはない。
一瞬だけ、俺が黒だった時に殺したターゲットの夫人か? と思ったけど、どう見ても若すぎる。
でも……なんか……
しかし彼女とこうして対峙していると、なぜか懐かしい感じがする。
マスクをしていて顔がよく見えないが、どこかで見たような覚えもあった。
だけど、今はとにかく……
「グランドバスター・クリエイト!」
三十六計逃げるに如かず!
俺は魔法を唱えて、目の前の地面を隆起させる。
そのあとすぐに自身に透明化の魔法をかけて、森の木々に紛れて隠れた。
「くっ、どこへ……」
俺を見失った女勇者が、少し離れた場所で俺を探している。
情けない気もするけど、この距離を保ったまま俺は気配を押し殺す。
「クロードくん」
「っ!?」
唐突に自分の服から女の声が聞こえてきて、俺の心臓がドキリとする。
マリンさんの声だ、彼女から貰った御札から声が出ているのだろう。
マリンさん、今話しかけないで! 見つかっちゃうから!
自分の体を抱きしめながら、俺は祈るように願う。
「大丈夫です、クロードくん。この御札に触れている人にしか、僕の声は聞こえません」
返事がないので俺の状況を察してくれたのか、マリンさんのその言葉を聞いてホッとする。
せっかく上手く隠れられたのに、これで位置がバレたりなんかしたらすべて台無しだ。
「クロードくんは今、ご無事なのでしょうか」
それは質問というよりも、俺の安否を気遣うようなつぶやきだった。
森を出た女の子たちのことも気になるし、御札に向かって話しかけたい。
でも声を出すと……バレるんだよな。
「お嬢様」
マリンさんとどうにか疎通できないかと考えていると、燕尾服を着た男が女勇者の後ろから現れる。
あいつは……
そこに現れた男は、この間吸血鬼の館で見かけた執事勇者だった。
「首尾は?」
「はい、ディアナ殿と私の本体が抑えています。勇者たちはお嬢様が制圧されましたので、しばらくは動けないかと」
「そう」
くそっ、まだ仲間が居たのか。
二人のやり取りを聞き、俺の腕がブルブルと震える。
奴らは勇者たちを制圧したと言っていた、だとすればアリスたちに危険が及んでいるかもしれない。
「クロードくんに、あちらの状況を伝えます」
マリンさんが俺の知りたかった情報を、御札を通して教えてくれる。
それによると誰一人殺されていないが、勇者たちは起き上がれないほどこてんぱんにやられていたらしい。
驚いたのはヒカルとカズマ、東西の勇者が俺たちのベースに来ていたことだ。
これは朗報だと喜んだのも束の間、完膚なきまでに叩きのめされていた勇者というのが、この二人のことだった。
マジかよ……
あの二人がここに居るのは、おそらくフランチェスカ様から話を聞いたからなのだろう。
だけど、あの女勇者に既に倒されていたのは予想外だ。
北の勇者と同じく、各大陸を代表される勇者なのにそこまで実力に開きがある。
まぁ……そうだろうな。
俺も実際に戦ってみるまではわからなかったけど、あの女は別次元だ。
今まで強い人たちは何人か見かけたが、あの女勇者は本当に人間なのかと疑いたくなる。
俺の創造魔法は、あの時の冥王にすら通じたんだぞ……
「みなさんは変なお爺さんに邪魔をされて来れないようですが、手加減をされているみたいだったので、命の危険はないかと思います」
俺がうなだれていると、マリンさんが次々と報告してくれる。
お爺さんというのは、目の前にいる執事勇者のことだろう。
先程あの爺さんは、自分の本体が相手をしていると言っていた。
分身なのか幻像なのか知らないが、あそこにいるのは本人ではない。
「ただひとつだけ……」
なんだ?
一方的に喋っていたマリンさんの声が、急に言い淀む。
「リアさんが竜人らしき少女の相手をしていましたが、その女の子だけは本気で戦っているようでした」
竜人の少女。
それを聞かされた俺は、あの廃墟で出会った女の子のことを思い出す。
身の丈を超える大剣を手にして俺に迫ってきた少女……リアでは勝てないかもしれない。
なんとかしなければ……だが、どうする?
あの女勇者は桁外れに強い。今の俺では、全力を出してもかなわないだろう。
たったひとつだけ、抗う方法があるのだとすれば……
共鳴――
俺は左手で、自分の胸を押さえる。俺があの女勇者と対峙した時から、自身の心臓の音がずっと高鳴りっぱなしだった。
だけど、戻れるのか? 俺は。
俺は自問自答をする。答えは出ない。こんな時に限って、クロエがなにも反応しない。
やるしか……ないのか……
もしかしたら、姉さんはアレを全力で抑えていて、それどころではないのかもしれない。
ごめんね……姉さん……
俺はクロエの想いを無にしてしまうため、心の中で彼女に謝った。
◆◇◆◇
「お嬢様、冥王の方はどうなりましたか?」
「逃げられたわ……」
「逃げた? それはおかしいですな。お嬢様をこの世界に呼び寄せた本人が逃げ出すとは……いったいどういうことなのでしょうか」
「わからないわ。少し戦ってみたのだけど、ずっと消極的だったし。髪の色もあの時と違ったわね」
「髪の色が?」
「それに……なにか懐かしいというか……違う気がするというか。ありえないとは思うのだけど……もしかしたら私の……」
「があぁぁぁあああぁぁぁぁぁあぁぁ!」
「な、なに!?」
◆◇◆◇
頭が割れそうなくらい痛い。体中から魔力とともに暗い衝動が溢れ出ててきて、すべてを壊してしまいたい。
これが……時空神の……
「ふふふ……ふははは……ふはははははははは」
「クロードくん? クロードくん!?」
「あんなところに……」
「はて? 髪の色が黒くなっていますが、それよりも……なにか雲行きが怪しいですな」
まさか、この女がこの世界に来ているとは思わなかったが……なんという僥倖だろうか。
「あぁ……とてもいい気分だ」
今ならあの女の力を奪って、完全になれる。
「誰に誘われたのか知らないが……その力を寄越せ、聖王よ」
「あなた……やっぱりクロフォードなの?」
「な、なんですと!?」
「なんだ、知らなかったのか?」
知らずに自分の夫を追い詰めるとは、こいつはとんだ滑稽だ。
「どうして……あなたがあの男と同じ波動を……」
「愚問だな。元々同じ存在なのだ、共鳴し合うのは当然だろう」
「そう……だったら、私があなたを殺してあげる。それが……夫の妻である私の務め」
「いいだろう……やってみろ」
聖王と俺は再び対峙しあう。神皇のせいでまだ完全とはいえないが、それも時間の問題だろう。
「夫婦らしく……愛し合おう」




