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第195話 襲来

 

 女神たちの話を聞き終えた俺たちは、黒い森を出ることにした。

 ソフィアとトリアナは、異次元トンネルがもう少し小さくなったら俺の所に帰ってくるそうだ。


 暗いな。


 俺たちは森の出口を目指しているが、誰も一言もしゃべらないので雰囲気が暗い。


「しかし、とんでもない話しを聞かされたのう」


 重い空気に耐えられなかったのか、俺の横を歩いていた白亜が口を開く。

 

「聞かないほうがよかったか?」


「なんでじゃ?」


「だって、この世界の住人にとっては、重すぎる話だっただろ」


 あの後もしばらくの時間、俺たちは女神たちの話を聞いた。

 異次元トンネルの危険性、溢れ出すのはなにも人や魔物だけではない。

 広がりすぎると異世界の街はおろか、国ごとだって転移してくる可能性がある。

 どこの街だとは言わなかったけど、実際にトリアナは過去にそんな国があったと言っていた。


「そうかのう。国の偉い奴がこのまま勇者召喚を行なっておったら、なんとかなるんじゃろ?」


 それはただ、目の前の現実から逃避しているだけではないだろうか。

 今この世界に、どれだけの数の異世界人が居るのかはわからない。

 しかしあの穴が消えずに、このまま異世界人が増え続けていると、いつかとんでもないことが起きそうな気がする。


「それにあの女神たちはクロ坊の味方なのじゃ、じゃからわらわは何の心配もしていないのじゃ」


 そう、事がうまくいくといいんだが。


 確かに白亜の言うように、トリアナたちに穴を小さくしてもらうことはできる。

 しかしトリアナは、力を使うのに苦労しているみたいだし。ソフィアに至っては、俺のせいで弱ってしまっているんだ。


「クロードさん、お尋ねしたいことがあります」


「なんですか?」


 俺の背後からメルティさんが話しかけてきたので、彼女と歩調を合わせるために一旦立ち止まる。


「クロードさんと女神さまは、いったいどういう関係なのですか?」


「えっ」


「それは、私も気になるわね」


 どうやらメルティさんとシェリルさんは、俺とトリアナの仲がやたらよかったのが気になったらしい。

 これはどう言えばいいのだろうか。一瞬だけそんなことを考えたが、俺は思ったことを正直に答えることにした。


「トリアナは、俺の恋人ですよ」


「えっ、そうなの?」


 声を出して驚いたのは、なぜかアリスだった。


「どうしてアリスが驚くんだ?」


「だってアナタ、ソフィアのことは態度で丸分かりだけど……あの女神さまのことは、なにも言わなかったじゃない」


 そうだったっけ?


 そうかもしれない。

 トリアナのことは今まで我慢できていたが、ソフィアを目の前にすると俺はやたら理性が吹き飛ぶ。


 引っ張られすぎているなぁ……


 これは俺の前世(かこ)が影響している。今世(いま)の俺も前世に負けないくらい彼女たちのことを愛しているけど、黒乃のソフィアに対する執着心は途轍もない。


「異世界の魔族というのは、神々と仲がいいのですね……」


「異世界の魔皇なんて、冗談だと思っていたのだけど」


 あぁ、本気にしていなかったのか。


 メルティさんはともかく、シェリルさんはルナの言ったことを冗談だと思っていたみたいだ。


 それはそれで別にいいのだが、俺はとりあえずひとつだけ訂正しておく。


「異世界の魔皇と呼ばれていますが、俺の種族は人間ですよ」


 もう魔皇を否定するのは面倒くさかったけど、人間であることは強調する。

 二人の話を真に受けて、これ以上カズマみたいな人間を増やしたくはなかったからだ。


「そうですね……魔族だという話が広まれば、クロードさんを討とうとする人が現れるかもしれません」


「勇者は相手が隠しているものが見えるらしいけど、貴方は大丈夫なの?」


「それは大丈夫だと思います。クロードくんは異世界の勇者になっていますし、おかしなところは……ありません」


 シェリルさんの質問を、俺の偽装したステータスを見たらしいマリンさんが答える。


 少しだけ引っかかるような言い方だったけれど、マリンさんが持っている鑑定にも擬装はうまく出来たみたいだ。


「それならいいのだけどね」


 俺たちは会話を続けながら歩く。森の奥を目指していたときとは違い、帰りは魔物に遭遇しない。もうほとんど倒してしまったのだろう。


「メルティさんたちは、トリアナが本物の女神だというのは信じられるのですか?」


 俺はふと、気になっていたことを尋ねる。

 トリアナが女神なのは間違いないのだが、それを信じる信じないは別の問題だ。

 確かに彼女たちはいろいろなことを教えてくれたけれど、それだけでこの世界の住人が彼女のことを信じるとは俺には思えなかった。


「普通は信じないと思うわよ。でも、あの女神さまが嘘をついたって、なんの特にもならないでしょ?」


 そりゃそうだ。本物ならば信じてもらって信仰心を集められるが、偽物だったら別に信用は必要ない。


「それに、私たちはシュバルテンの人間ですから、女神さまを疑うことは致しません」


「それは……シュバルテンの人間は信心深いということですか?」


 俺の質問に、シェリルさんが「異世界の人間なら知らないのは当然ね」と言ってくる。

 シュバルテンという国は女神信仰というよりも、トリアナという女神だけを深く信望しているらしい。


「何代か前の国王様が、トリアーナ様に助けてもらったらしくてね」


「それを心より感謝して、我が王国はトリアーナ様の名前を拝借させていただき、シュバルテンと名を改めました」


 それを聞いた俺は、蔵人とリアナのやり取りを思い出していた。

 トリアーナ・ヴェルシュバルテ……それが彼女の名前だ。


 なるほどな。


「そんなことがあったのですね」


 そんな話をしていると、前方からクゥゥゥ……と可愛い音が鳴る。


「お腹すきましたぁ……」


 どうやらリアの腹の音だったらしい。


「もう出口ですよ」


 エレンさんがそう言って指をさすと、確かに出口が見えてきた。

 それを見たリアが駆け出して、ルナと白亜がそのあと追う。


「走ると危ないわよ」


 アリスはレティの手を取りながら、リアたちを注意していた。


「結構、時間がかかったな」


 俺は一人立ち止まって、空を見上げる。

 そろそろ雨が降り始めてもおかしくはないと、天気が気になったからだ。


「ん? なんだあれ……?」


 空を見上げていると、なにか不自然なものが目に映る。


「クロードくん? どうかしましたか?」


 マリンさんが一人だけ戻ってきて、俺に話しかけてくる。


「いえ、いま空になにかが……」


 彼女から空へと再び視線を戻すと、最初に目に映ったものの正体が判明する。

 それは女性だった、空から女が降ってきている。しかも剣のようなものを手にしてだ。


「んな!?」


「えっ?」


「危ない!」


「きゃぁ」


 俺の声聞いたマリンさんが空を見上げていたが、俺は慌てて彼女の体を抱きしめたままその場から離れる。


 直後――

 俺たちがさっきまで居た場所に、青い髪の女が着地してクレーターが出来上がる。


「な……な……な……」


 いったいなにが起きているのか、まるで理解できない。

 青い髪の女は左手で自分のスカートを抑え、右手の剣で地面を突き刺している。

 しかもなにやら全身にバチバチと雷を纏っていて、顔は黒いベネチアンマスクのようなもので隠していた。


「外した……」


 俺と目が合った青い髪の女は、おもむろに舌打ちをする。

 なんかもう敵意がもの凄い。右上に表示されているマップを確認しなくとも、彼女が真っ赤なのがわかる。


「あれは……北の勇者……」


「えっ?」


 俺が抱きしめているマリンさんの言葉で、あの青い女の正体が判明する。

 北の女勇者。いわく、勇者と呼ばれる者たちの中で最強。俺に話を聞かせてくれた全員が、口をそろえて同じことを言う。


 アレは化け物だと――


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