第192話 絶対王政
「ん?」
「今のは……?」
オークの男と別れて森を北上していると、スッと何かが体に触れた感じがした。
それは隣を歩いていたエレンさんも感じたようで、俺と同じく周りを見回す。
「はれ?」
「なんじゃ?」
リアと白亜もやはり何かを感じたようだ、二人は何もない場所を見て不思議がっている。
「何か、薄い膜のようなものがありました」
「ん……結界を通り抜けた」
レティとルナの言葉で、俺は何が起こったのかを理解する。
今触れたものが、オークの男が言っていた見えない壁なのだろう。
通れなかったらルナに破壊してもらうつもりだったけど、その必要はなかったのか。
「プルンとした感触がありましたね」
「私はヌルッとしたわ」
メルティさんとシェリルさんの言葉を聞いていると、感じ方は皆違ったのだろうか。
結界を通り抜けた俺たちは、さらに北に向かって進む。
そうしてしばらく歩き続けていると、大きく開けた広場のような場所に出た。
「なんだここ……」
どこか異様な広場を見渡して、俺は息を呑む。
何というか、あまりにも不自然な場所だ。その場所は丸い空間のように広がっていて、一定の間隔を保って森の木々が生えている。
木が生えていない場所は、人の手によって伐採されたというよりも、不思議な力で根こそぎ消滅したような感じだ。
「クロードさん、何かあります」
エレンさんの言葉聞いて、俺は広場の中央に視線を向ける。
そこには確かに何か存在している。遠目なのでハッキリとは分からないが、黒い球体のようなものが浮いていた。
「いったい何かしら?」
「俺が確かめてくる、みんなはここに居てくれ」
近づいていこうとしたアリスの手を取り、エレンさんに警戒を頼み込む。
場所からして既に異常なのに、危険かもしれない物に彼女たちを近づかせるわけにはいかない。
「気をつけてください、クロードさん」
エレンさんの言葉に頷いた後、俺は腰の短剣を引き抜く。
球体のように見える物は、まったく動く気配がない。それでも油断はするまいと、俺は用心しながらゆっくりと近づいていった。
あれは……浮いているわけじゃないのか。
球体まで僅か残り数十メートルの所で、俺はそれが何なのかを理解した。
穴だ。何もないはずの空中に、直径一メートルくらいの黒い穴が開いているのだ。
これが迷宮の入り口? んなわけないよな。
俺は実物を見たことがないけれど、流石にこれが迷宮ではないことは分かる。
オークの男が言っていた通り、とてもダンジョンの入口には見えない。
さて……近づいたみたのはいいものの、これからどうするか。
「クロード!」
「え?」
黒い穴をまじまじと見ていると、突然アリスに名前を呼ばれる。
俺が振り返るとそこには、背中から白く大きな翼を生やした女が五人ほど、パタパタと飛びながらこちらを見下ろしていた。
「なっ、何だこいつら!?」
二本の短剣を構え直して、空に浮いている女たちを警戒する。
しかし不思議な女たちは、武器を手にしているけれど、こちらを攻撃するような意思は感じられなかった。
何だ……? 何を話し合っているんだ?
空の上に浮いたまま、お互いの顔見て話し合う女たち。
ここからは少し距離があるせいで、俺には会話の内容が聞き取れない。
魔法の力を使って声を拾おうとしたら、女たちはくるりと俺に背を向けた。
「ルナ……?」
待機していてもらっていた女の子たちの方を見ると、ルナが何かを言ってみんなの側を離れる。
そして、空中に浮いている女の一人がスッと手を前に出し、他の四人の女が一斉にルナの方に向かって飛びかかった。
「ルナ!」
それを見た瞬間、俺は慌てて飛び出す。
しかしその場に残ったリーダー格らしき女が、目の前に降り立って俺の行く手を阻む。
「くそっ、なんだお前ら、そこを退け!」
「貴方が何者なのか存じませんが、我々の邪魔をしないでいただきたい」
俺の前を防いだ女が、凛とした声で訳の分からないことをほざく。
その間にルナは走り続けて、女たちの攻撃をずっと躱し続けていた。
「ルナさん!」
エレンさんが弓を射って、逃げているルナの援護をする。
他の女の子たちもそれぞれの武器を構えて、ルナを助けようと行動していた。
「ルナティア・クリエイト!」
俺は目の前の女からバックステップで離れて、銃を具現化させた後それを撃ち放つ。
「っ……! なんて魔力!!」
女には避けられたが距離は開いた。その隙きを突いて俺は再びルナの方へと走る。
「ま、待ちなさい!」
女はすぐに追いかけてくるが、構っている暇はない。
視線をルナの方へと向けると、今まさに一人の女が、武器を構えてルナに攻撃をしようとしていた。
「やめろぉぉぉ!!」
腹の底から絞り出すように叫ぶと、ルナを攻撃しようとした女の動きが止まる。
いや、あの女だけではない。エレンさんの魔法の矢を防いでいた女も、アリスと切り結んでいた女の動きもピタリと停止した。
「な、なんだ……?」
『絶対王政が発動しました』
「は? 絶対?」
突然起こった出来事に呆けていると、俺の頭の中に声が聞こえてきた。
前に黒斗が言っていた、システムメッセージっぽいソフィアの声だ。
その声がした後に、絶対王政の効果の説明が頭の中に流れ込んでくる。
絶対王政:神王以下全ての神族に強制的に命令を出せて、抗うことは出来ない。
大聖王が発動すれば、大神王すらもその命令に逆らうことは不可能。
「ま、まじかよ……」
という事は、あの女たちは神族で、ルナに攻撃をしようとしていたのは敵対者だからなのだろうか。
翼を生やした女たちは俺の方を見て、もの凄く驚愕している。
ルナはそれを一瞥した後、服の汚れをパッパッと払い、俺の傍まで近づいてきた。
「クロ」
「ルナ、怪我はしていないか?」
「ん……もんだいない」
ルナが怪我などをしていないことが分かって、俺は心底ホッとする。
神族の女たちは思うように体を動かせないようで、その全員が狼狽えていた。
「こ、これはいったい……」
「とりあえず、俺たちに手を出すな」
「は、はっ!」
俺の声を聞いた女たちはその場で跪き、頭を垂れる。
そこまでしろと言った覚えはないのだが、仲間の女性陣の視線が痛い。
解除できるのか? これ。
魔法だかスキルだかわからないけれど、ずっとこのままなのは困ると思っていると、可能だというソフィアの返事が返ってきた。
ご親切な説明ありがとう。
『いいえ』
この声は久々に聞いたけど……また随分と人間臭くなったような。
というか、今まではどうして全然聞こえなかったんだ?
『それは、あなたが必要としなかったからですわ』
ですわ?
『あ……』
おい、お前まさか……
「クロちゃん?」
「えっ?」
頭の中に響いていた声の正体を追及しようとしたら、聞き覚えがある声で名前を呼ばれる。
「その声は……トリアナか?」
声がした方向には誰も居なかったけど、俺が彼女の名前を呼ぶと空間が歪み始める。
しばらく見届けていると、何もなかった空間に入り口のようなものができ、その中から大人姿のトリアナが出てきた。




