第186話 くっころつー
くっころⅡです。
最近サブタイトルを考えるのが面倒くさく……
「トンちゃんは、いつからここに住んでるの?」
「オラは元々、ごの世界の住人じゃないだよ」
オークのことを警戒しながら後ろを歩いていると、その本人から気になる言葉が飛び出た。
この世界の住人じゃない?
そもそも人じゃないだろというツッコミを抑えて、俺はリアとオークの会話に聞き入る。
「あれはいづだったか、あんまり覚えでないけんども……妙な魔法陣に足を取られで、気がづいだら傷だらけでこの森の中にいただ」
まてまてまて! それってまさか……
「えっ……お主勇者なのかや?」
「オークの……勇者……」
俺が恐れて聞けなかっとことを、白亜がストレートに尋ねる。
リアの後ろにいたルナが絶句していた、彼女の気持ちはよくわかる。
「トンちゃんは、ゆうしゃさま?」
「オラは勇者じゃないだよ。勇者っでのは勇気ある者のことだべ? オラは元来臆病者だ」
これは……どう考えればいいのだろうか。
俺は勇者ではないので、彼らがどのように召喚されたのかはわからない。
しかしこいつの話を聞いていると、召喚された時の負荷のせいで怪我をしたというのが、前にギルさんから聞かされた勇者召喚の話と被る。
「他に……何か覚えていることはないのか?」
俺は恐る恐る、オークの男から詳しく話を聞く。
彼はう゛ーんと唸りながら、自分が召喚された時の事を思い出しているようだった。
「んぁーそういえば、オラはよぐ不思議な夢を見るだ」
「夢?」
「んだ。オラがこの身体じゃなく人間に憑依していで、見たごどもない世界で、まるで人間みだいに暮らしでいただよ」
おい、こいつ……まるで自覚がないが……転生者じゃないのか?
「それはなんとも、不思議な夢じゃなぁ」
「ふしぎですぅ」
白亜とリアが不思議がり、俺はルナと視線を交わす。
ルナは俺の方を見てコクコクと頷く。彼女も俺と同じことを思っているみたいだ。
深く考えるのはよそう……
こいつがもし勇者や転生者だったとしても、俺には関係のないことだ。
そりゃぁ、生まれ変わったら醜悪なオークに転生してしまったことには同情するけど、俺にはどうしようもない。
「トンちゃんは、もとの世界にかえりたくないの?」
「う゛ーん。オラがもど居だ世界は、獣人たちが人間に迫害されでいだがらなぁ……あんまり未練はないだよ」
それはこの世界でも、オークの立場だと同じだと思う。
というか、こいつがいた世界ではオークは獣人扱いなのだろうか。
実際には知らないので比べようがないけれど。獣人の国があるだけ、この世界の方がマシかもしれない。
オークの話を聞いて、憂鬱にしかめた顔をするリアと白亜を見ながら、俺は独りそんな事を考えていた。
◆◇◆◇
「着いただ」
オークに案内された場所には、みすぼらしい掘っ立て小屋のようなものが建っていた。
「トンちゃんの、おうち?」
所々に隙間が空いていてボロボロだが、ちゃんと屋根や扉もついている。
こいつが一人で作ったのなら大したものだが……
ボロいとはいっても、優に五、六人は住めそうな広さがある。
こう見えても意外と手先が器用だと言うオークに案内され、俺たちは掘っ立て小屋の中へと入っていった。
「今帰っただよ」
小屋の中に入ると、オークがすぐに奥の方にある部屋の扉を開ける。
「くっ……お前か……」
部屋の中から、気の強そうな女性の声が聴こえてくる。
あそこが寝室なのだろうか。オークに匿われているっていうのも、なんとも皮肉な話だ。
「助けてもらった身でこんな事を言うのも気がとがめるが……身体くらい洗え、また臭いがキツくなっているぞ」
「す、すまねぇだ」
あれ? なんか元気そうじゃね?
「ピンピンしておらぬかや?」
白亜の言葉に、俺は心の中で同意する。
オークの話では、怪我が酷くて衰弱していると言っていたのに。
聴こえてくる声からは、とても弱っているとは微塵も感じられない。
「誰かいるのか?」
「おめぇのために、オラが助けを呼んできただよ」
「そうか、すまない」
「あ゛ぁ゛無理はするなよ! 謝らなくてもいいだ!」
扉から見えているオークの男が、バタバタと慌て始める。
女が怪我をしているのに無理をしようとしているので、焦っているのだろう。
「ルナ」
「ん……わかってる」
俺はルナを連れて、寝室の方まで歩いて行く。
手っ取り早く魔法を使って回復させるためだ。白亜とリアも俺たちの後ろをついてきた。
「怪我を見せてくれ、手当する」
「おめぇ治せるだか?」
「あぁ、治癒魔法が使えるからな」
「そ、そうが、よろしく頼むだ」
オークが頭を下げながら入り口を譲ったので、俺たちは部屋の中に入る。
部屋の中にいたのは、確かに人間の若い女だった。
長くて赤い髪に、貴族を思わせるような端正な顔つき。
傷を負ったのか、目には白い包帯のようなものが巻かれている。
彼女はベッドに座ったまま、豪華な装飾が施された剣を手に持っていて。
ベッド近くには、ラシュベルトの刻印が刻まれた真っ白な鎧が置かれていた。
「ラシュベルトの……兵士?」
「如何にも。ラシュベルト公国、フランチェスカ・エバンズ・ヴィクトリア女王様直属の親衛隊隊長、リーザ・ヴァレンタインだ」
えぇぇぇ……フランチェスカ様の騎士かよ!?
「くっころだ……」
「くっころじゃな」
「くっころです」
ルナたちの言うことはスルーして、またとんでもない女性が出てきたものだ。
というか予想外すぎる。なぜラシュベルトの騎士がこんなところにいるんだ?
「あなた達は、アルムト村の者ではないのか? くっころというのは何だ?」
「それはじゃな……」
「説明せんでいい」
変なところに食いついてきた女性騎士に、説明しようとした白亜を押し留める。
俺とルナが魔法で治癒をするからと、オークの男には部屋から出てもらい、女性騎士にはベッドの上で横になるようにと告げた。
「ちょっどまっでぐで!」
「なんだ?」
独りだけ追い出されるのに不満を持ったのか、オークが慌てて話しかけてくる。
残念だが、俺はまだこいつのことを心から信用してはいない。なので、女の子たちを俺の傍から離したくはなかったのだ。
「アイツの目も治せるだか?」
「あんまり自信はないけど、大丈夫だと思うぞ」
何度やってもレティの目を治せなかったので、ぶっちゃけ俺には自信がない。
しかしここにはルナもいることだし、リーザさんの目もレティよりは酷くなさそうだ。
「そ、そうが」
俺の話を聞いたオークは、大人しく引き下がった。
立ち去るときの彼の背中が、やたら悲しそうに見えたのは、俺の気の所為なのだろうか。
「それじゃ、治療しますね」
「その前に、あなた達の名前を教えていただけないか?」
リーザさんがベッドに横になりながら、俺たちに名前を聞いてくる。
横になっても剣を手放さないのは騎士の矜持なのか、それとも、俺たちのことをまだ信用していないのだろうか。
「クロードです」
「ルナだ……」
「クロード殿、ルナ嬢、よろしくお願いします」
俺たちはリーザさんの言葉に頷き、彼女の体調について尋ねる。
目立つのは腕の傷と目の方だ。全身に治癒魔法を施すのでこれは大丈夫だが、流石に身体の中までは聞いてみないとわからない。
「毒蛇に咬まれたので毒が残っているのかもしれない。あの男にもらった薬草で何とか熱は下がったのだが、未だに視力が回復しないのだ」
目の方は怪我での失明ではなく毒の影響か。
なら、外傷は俺が治してルナには回復魔法で毒を消してもらおう。
俺はルナに話をした後、リーザさんの腕に巻かれている包帯を解く。
包帯の下には薬草が引っ付いていて、怪我の方も結構な深手だった。
うわ……痛そう。よく我慢できるな、この女性。
オークが言っていたことは大げさではなかった、きつく縛られていた包帯を解くと、ドロリと血が流れてくる。
「あの男には、変なことを要求されたりしませんでしたか?」
俺は急いで魔法を掛けながら、気分を紛らわすためにリーザさんに話しかける。
「熱が下がって意識が回復した時に、何度も礼を言って私にできることを聞いてみたが、何も要求してこなかったな」
あいつホントにオークなのか?
「い、意外じゃな」
「くっころしっかくです」
「そんなので……薄い本が出せるか!」
お前ら……
「本当に生真面目な男だ。この目が治ったら、しっかりと顔を見てもう一度礼を言いたい」
あ……もしかして、リーザさんはあいつがオークだと知らない?
自分が魔物に助けられたと知ったら、この女性どう思うのだろう?
しかも相手は、人間の女性が嫌っていると言われている醜悪なオークだ。
この後二人が顔を合わせて、円満に解決するところが想像できない。
俺は複雑な思いを持ちながら、リーザさんに治癒魔法を掛け続けていた。
実は、このオークを主人公にした物語のプロットを組んでいた時期があります。
この物語の話を練りすぎて、お蔵入りになってしまいました。
物語のストックは五本ほどあったのですけど、全部の物語で世界が繋がっているので、これ一本に絞ることにしました。
複数を同時連載で書いている作者さんを見ると、心から凄いなぁと思っています。




