表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
182/259

第182話 幻獣


「ギャァァ!」


「な、なんだよあれ……」


「ば、化け物……」


森の奥から出てきたのは、熊のような大きな体躯に、鳥の頭が二つ付いた怪物だった。

ソレはそれぞれの頭から、ぎゃぁぎゃぁと悲鳴のような声を出し、三人の勇者の元へと向かっていく。


「勇者様!」


流石に異変に気づいたのか、見張りに出ていたらしき兵士たちが野営地に戻ってきた。

今まで黙ってそれを見届けていた俺は、勇者たちから視線を逸して、別の方向に注意を向ける。


「クロードさん」


「援護しないのですか?」


エレンさんとマリンさんの二人が俺に話しかけてくるが、正直それどころじゃない。


なんだ……この気配……


自分が見ている方向から、もの凄く嫌な感じがする。

実際には森の木々が見えるだけで、他には何もない。けれど、今すぐこの場所から離れたいような、何とも言えない居心地の悪さを俺は感じていた。


「逃げましょう、今すぐここを離れたほうがいい」


「どうしたのですか?」


「あの向こうに、なにか居るのですか?」


腰の短剣から手を離した俺は、二人に森から出ることを提案する。

右上に表示されたマップを見ると、黒い点が少しずつこちらへと向かってきていた。


「マリンさん。さっきは遠く離れた場所の詳細がよくわかっていたみたいですが、あっちになにか居るのかはわかりますか?」


「オオカミの時は迷わないように印を残していたので、その気配がわかりました。そのあと実際に影を飛ばして、追ってきている者の正体を掴んだのです」


「なるほど」


どうやら彼女が使う影魔法というのは、影が見た映像を術者が共有できるようだ。便利な魔法だけど、今は使う意味がない。


「影魔法を使って、見てきましょうか?」


「いえ、もう必要ないです」


俺はマップを見ながらそう返事をする。

ずっと凝視していた黒いマークは、もう目の前まで迫ってきていた。



◆◇◆◇



「忠之、トドメを!」


「OK! これでも喰らえ!!」


俺たちが隠れて会話をしていると、勇者たちが鳥の化け物を倒していた。

女の勇者と男の勇者の一人が後衛から援護をして、タダユキと呼ばれた勇者が化け物の頭に剣を突き立てる。


「ギャァァァァ……」


鳥の化け物は、奇声のような悲鳴を上げてのたうち回る。

そこへ兵士たちも各々武器を突き刺して、勇者がもう一つの頭を切り落としてとどめを刺した。


「お、終わったのか?」


「はい。終わりましたよ、グリム様」


テントの中から四十代くらいの割腹のいい男が出てきて、怯えながら勇者たちに近づいていく。

あの男はラシュベルトから来た貴族だ。武器すら持っていないのは、戦うことが出来ないのだろうか。


「貴様らいったい何をしていた!? 昨日からずっと眠れないじゃないか!」


「も、申し訳ありません」


「グリム様、落ち着いてください。モンスターの数が多いので、私たちだけじゃ無理です」


「人手も足りないしな」


「そうそう。俺たち勇者と少ない兵士だけじゃ、殲滅するのは無理だぜ」


「ぬぅ……」


兵士を叱咤する貴族の男を、女勇者がなだめる。

まさかこの男は、自分だけテントで休んで、勇者や兵士たちに見張りをさせていたのか。

愚痴を言い合っている二人の男勇者の言葉を聞いて、この貴族は完全に足手まといだと認識する。


「やはりもう一度女王に進言して、ギルドの冒険者を……」


【ンメェェェ……】


「なんだ……?」


貴族の男が喋っている途中で、俺が見ていた方角から、羊の鳴き声のようなものが聴こえてくる。


来たか……


俺の耳に届いたのは、やはりカッセルさんが言っていたような鳴き声だ。

ポツポツと雨が降り始めた中、ソレは森の奥から顔を出す。

そいつはライオンのような頭を持ち、巨大な体躯からは山羊の頭らしきものが飛び出ていて、尻尾は蛇みたいになっていた。


「あれが、獅子の化け物か……」


「幻獣……キマイラ……」


俺の言葉に続けて、マリンさんが独り言のようにつぶやく。


幻獣? うっ!?


その言葉を聞いた途端、俺の中で黒斗の記憶が引き出される。

あいつが戦ったことがある敵だ。とてもじゃないが、楽に倒せるような魔物ではない。


「やっぱりこの森に、入口があるんだ」


【グルルアァァァ!】


誰に話しかけるでもないマリンさんの言葉と同時に、キマイラは声を上げて兵士たちの所へと突っ込む。


「うわぁぁぁ!」


「ひぃっ!」


その動きは尋常ならざる疾さで、振り上げた前足は鎧ごと兵士を粉砕し、大きく開け放たれた獅子の口は、二、三人の兵士を丸呑みした。


「なにをしてる! 儂を守らんか!」


「ぎゃぁぁぁ……」


兵士たちが次々と魔物に屠られる中、貴族の男は数人の護衛を引き連れ遁走する。

その判断は間違ってはいない、普通の人間があれを相手にするのは無理だろう。

だけど、その場に残った勇者たちの判断は誤りだ。彼らでは手に負えない。貴族の男と一緒に、転移魔法で逃げるのが正解だ。


くそっ……仕方ない。


「エレンさんマリンさん。あの勇者たちと行動して、勇者の転移魔法で逃げてください。あれは俺が引き受けます」


「そんな……」


「一人では危険です、クロードくん」


「俺一人なら魔法で時間が稼げます。だけど、あの勇者たちまでは守れません」


勇者たちの方に視線を戻すと、彼らは果敢にも獅子の化け物と対峙している。

しかし、幾ら勇者の力があったとしてもそれは無謀だった。

キマイラの疾さにまったく対応できずに、女の勇者が前爪の攻撃を受けていた。


「わかりました。でも、クロードさん……無茶はしないでください」


「えぇ」


エレンさんが回り込むと同時に、俺は懐中時計を取り出して魔法を行使する。

マリンさんも一緒に行ってほしかったけど、彼女はなぜか動こうとはしない。


「影魔法を使ったら、すぐにここから離れます」


俺は彼女の言葉に相槌を打ちながら、両腰のホルスターからルナティアとソフィーティアを引き抜いた。



◆◇◆◇



「未央! 未央!」


「くそっ、回復が追いつかねぇ」


「ぅ……ごほっ……」


腹を割かれた女勇者はまだ生きているようだが、このままだと時間の問題だ。

治癒魔法が使えるエレンさんが向かったので、俺が合流するまで持ちこたえて欲しい。


「クロードくん、これを」


マリンさんから御札を一枚受け取る。

先ほどエレンさんにも渡していた、距離が離れていても会話ができる便利な物だそうだ。


「ありがとうございます」


御札を受け取り、俺は回復魔法と時空魔法を同時に行使する。

時空魔法はまだ使い慣れていないので、身体を酷使する痛みを少しでも和らげるためだ。


「ガーくん、お願い!」


マリンさんが影魔法を使ったのを見て、俺は茂みの中から飛び出す。


えっ!?


素早く自分と並走するマリンさんの影魔法を見て、俺はぎょっとした。

なぜならば、それは今まで目撃した影ではなかったからだ。

騎士のような甲冑を着てマントを翻し、両手には二本の剣。雨に濡れた艷やか金髪は輝いていて、その姿は美しい女性騎士だった。


ガーくんって女なのかよ!?

ていうか、影が実体化してんだけど何だこの魔法?


ちらりと女性騎士に見とれていると、ガーくんと目が合う。

俺を見て微笑んだ女性騎士に少しだけ照れくさくなったけど、すぐに魔物に集中した。



「喰らえ!」


両手に構えた魔法銃が火を噴く。

魔物の背後から奇襲に成功したので、避けられるはずはない。

しかし、魔法の弾丸はキマイラに当たる寸前に、かき消されるように消滅した。


「なん……」


魔物が俺に気づいて振り向くと、黒斗の記憶からキマイラの情報が流れてくる。


幻獣キマイラ――

獅子の頭は火炎を吐き、尻尾の蛇は毒を撒き散らす。

胴体から飛び出ている山羊の頭は古代の魔法を使い、自身の身を守る障壁を張る。

その動きは人間に捉えきれないくらい素早く、魔法を使う山羊の特性から、攻撃魔法が効かない。


マジか……

く、黒斗くんヘルプー!


心の中で黒斗に助言を求めながら、投げナイフを次々と投擲する。

俺の側にいたガーくんもその攻撃を見て、キマイラに飛びかかった。


「ふっ! これは……?」


なんかガーくんが普通に喋っているけど、それどころじゃない。

俺が投げたナイフは、獅子の両目に触れる寸前に消滅し。女性騎士の剣は、山羊の胴体にガキンと弾かれた。


魔法どころか、剣も効かないじゃん!?



「貴公! 補助魔法が掛かっていない剣は所持していないか?」


「補助魔法?」


俺と女性騎士は、キマイラに追い回されながら会話をする。

魔物は俺たちが惹き付けているので、とりあえず勇者連中は無事なようだ。


「武器に魔法を掛けていると、あの障壁のようなもので弾かれるのだ」


ガーくんの説明を受けた俺は、全てを納得してしまう。

俺の武器は魔法で創り上げたものだ。つまり、俺の武器は尽くあのキマイラには通じない。


絶望しかないじゃねぇか……

いやまて、あれならひょっとして。


「普通の武器は持ってませんけど、通じそうな剣はあります」


「真か? それを借り受けたい」


少し離れた場所にいた女性騎士が、魔物の攻撃を交わしながら俺の側まで寄ってくる。

俺は時空魔法を使って身体能力を上げている。その状態で敵の攻撃を躱すのが精一杯なのに、この人は普通に動いて避けているのが凄い。


「いえ、俺が攻撃します」


「そうか、ならば私は引きつけよう」


その武器は実体化させていないので、すぐに渡すのは無理だった。

女性騎士が剣を構えて立ち止まったのを見て、俺は魔物の横へと回り込む。

そして、時空魔法を一旦止めた俺は、すぐに女神の剣を具現化させた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ