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第174話 クロードの過去

朝食を食べ終えてから、起きてきた女の子達全員に挨拶をした。

ここ数日の俺は正常ではなかったことを話し、自分の中に居るクロエのこともできる範囲で説明した。


リアと白亜は反応に困っていて、アリスとエレンさんはあまり気にしていなかった。

ルナは何となくわかっていたらしい。彼女は俺の前世たちのことを知っているので、気づくのも当然か。


レティはもの凄く俺に懐いてきた。ちょくちょくクロエと二人っきりで、仲良くしていたらしい。

クレアはどう思っているのかわからなかったが、マリアは自分の中で、俺への高感度が上がりまくりですと言ってきた。ちょっと怖い気がする。


そしてソフィアとトリアナは、この屋敷には居なかった。

クロエが怖くなって逃げたのかと思ったけど、ソフィアも一緒に居なくなるのはおかしい。

神界に帰ってしまったのかと危惧したが。数日間留守にするけれど、俺の所には必ず戻ってくるとアリスに言付けたそうだ。


それから数日の遅れを取り戻す為に、今は地下の道場でジイさんの稽古受けていた。

いつもは木刀や木剣で鍛えてもらっているが。今日の修行は、ジイさんも俺も真剣を使っている。

ジイさんは刀を持っていて、俺は小太刀を二本手にしている。所謂、小太刀二刀流というやつだ。


「はっ!」


「むんっ!」


右手に持った小太刀でジイさんに斬りかかる。

俺が右薙ぎで斬りつけようとした小太刀を、ジイさんは受け流すように刀で払う。

受け流しで体勢を崩された力を利用して、左手の逆手に持ったもう一つの小太刀で、右切り上げを放つ。


「ふっ!」


ジイさんはその攻撃を刀で受け止めた。

その目がこの程度か? と語っているが、俺もここまでは予想通りだ。

片手で鍔迫り合いの形のまま、右手の小太刀を逆手に持ち替える。

そしてそれを、ジイさんの左足の甲に向かって突き刺す。


「ぬっ!?」


俺の攻撃を一瞬で悟ったジイさんが、刀を持ったまま後ろに下がった。

左足だけを引いたりずらしたりしなかったのは、バランスが崩れるのを恐れてのことだろう。


()ッ!」


俺は畳み掛けるように、左手の小太刀をジイさんに向かって投擲する。

投げた刀が切り払いで落とされる寸前に、床に刺さった小太刀を引き抜き、ジイさんに飛びかかった。


「喝っ!!」


「うっ」


半分ほど距離が縮まったところで、ジイさんの気合のような雄叫びですくみ上がってしまう。


「せいっ!」


「ぐあっ……」


勢いを殺された俺は立ち止まってしまい、そのまま右手の小太刀を斬り落とされた。

武器が無くなったまま素手で掴みかかることも考えたが、右手が痺れて感覚が鈍かったので、それは断念した。



「ふいぃ……」


俺がもう向かってこないことを悟ったジイさんが、刀を鞘に収めて大きく息を吐く。


「お主、変わったのう」


「変わった?」


「うむ。いきなり真剣で戦いたいなどと言ってきたのにも驚いたが、攻撃することに全く迷いがない。何より、今までの戦い方と全然違う上に、殺気も抑えて向かってきた。別人かと思ったぞ」


「そう……か」


忘れてしまった感を取り戻すのに必死だったが、少し焦りすぎたか。

それに、熱くなりすぎていたようにも思う。武器を落とした後の行動が、魔法行使ではなく、素手で殴ろうかと思っていた。


ジイさんを相手にそれは無謀すぎる。



「久々に身の入った稽古ができたが、いったいお主に何があったんじゃ?」


「うん? まぁ……色々と吹っ切れたというか、覚悟が決まっただけだよ」


「覚悟……それだけかの?」


「うん」


本当の理由は他にあるけど、この話は出来るだけしたくない。

俺は誤魔化すために、無理やり話題を変えることにする。


「そんな事よりジイさん。こんな刀じゃなく、短剣のようなものはないのか?」


小太刀は刀より短くて小回りが利くが、刀は何か細くて心許ない。


「短剣か……いくらワシが刃物フェチでも、全ての武器を集めているわけではないんじゃぞ」


刃物フェチって……どうでもいい新情報だな。

てか、すげぇ危ない嗜好だ。女に買う服のセンスも偏っているが。


「持ってないのか」


「無いことはないが……」


「あるのか? だったら欲しいんだけど」


「少々装飾がド派手でのう。実戦には不向きかもしれん」


「ド派手?」


「うむ。黄金の鞘と柄に、数十個ほどの宝石が散りばめられていてとても重い。一度も使用したことがないから、斬れ味も知らん」


なんだそれ……

どこの宝物庫から掻っ払ってきたんだよ。


「何でそんな物持ってんの?」


「ワシが若りし頃、シュバルテンの前陛下から爵位と共に下賜された宝剣じゃ。家宝にしておったが、肌身離さずこの家に持ってきた。使うか?」


「いやいやいや。そんな大切な物を使わせるなよ! ていうか、家宝をぞんざいに扱うなよ!」


「何十年も埃を被っておるからのう、お主が必要ならと思ったんじゃが……」


本家はシュバルテンにあるのに、家宝ごと父親を追い出すとか、ジイさんの息子は一体何を考えてんだ。

ジイさんもジイさんで、家宝に全然執着していないし。大丈夫なのか、この一族は。


「あんなことを言っているけど、どう思う?」


「私はもう、バーンシュタイン家を出たから、なんとも言えないわ……はい、これ」


「ありがとう」


アリスから受け取ったタオルで汗を拭う。冷たいお茶も持ってきてくれた。

今日の彼女は珍しく見学していた。俺のことを心配してくれていたのかもしれない。


「アリスちゃん、ワシの分は?」


「ご、ごめんなさいおじい様。クロードの分しか持ってきていませんでした……汗を拭く物はありますけど」


「しょんな……」


冷たいお茶を飲み干して二人の会話を聞いていたら、いたたまれない気持ちになってきた。

ジイさんはアリスからタオルだけ受け取って、すごくしょんぼりとしている。


「ん! お茶……」


「おおぅ。ありがとうの!」


近くにいたルナが、どこからともなくお茶を出してジイさんに手渡す。

ここに来る前の彼女は手ぶらだったので、おそらく魔法で出したのだろう。

ジイさんに渡している物が、思いっきり湯呑みの形をしているし。


「ズッ……あちゃぁぁ!?」


ジイさんはそのお茶を飲んで、飛び上がる勢いでビックリしていた。


「ルナ、熱いお茶を出したのか?」


「ん……老人は熱いお茶が好き?」


「俺に疑問形で聞かれても困るが……」


首を傾げながらそう語る彼女は、あんまり自信がない様子だ。

ジイさんは出されたお茶を息で冷まし、それを律儀に飲んでいる。


「うまっ!? これは玉露!」


魔法で出したお茶に、種類なんてあるのか?



◆◇◆◇



アリスを道場の方に残して、俺とルナは一階へと戻る階段を上る。

ジイさんがアリスに、大事な話があると言ったので、俺達は聞かないほうがいいと判断した。


「クロ……短剣が欲しいの?」


「あぁ、少し感を取り戻したくて」


「クロの魔法で……創れば?」


「……その発想はなかったわ」


いつもならすぐに思いつくはずなのに、言われるまで全然気づかなかった。

少し過去の記憶に、引きづられすぎていたのかもしれない。

あの時はねがいの魔法なんて便利なもの、持っていなかったし。


新しく生まれ変わったけど、俺の過去が消えたわけではない。

アストレア様は俺のために記憶を封印してくれたが、あの小さい神様のことは想定外だったはずだ。


あの神様は、封印の解除ではなく封印開放だと言っていた。

今の俺は、すべての記憶を思い出してはいない。

あのときクロエが抑えてくれたし、開放された記憶がバラバラなので、少しずつ記憶を整理するのに精一杯だ。


いい機会だから、ルナに話しておくか。


「ルナ、大事な話がある」


「話し……?」


「付いてきてくれ」


ルナを連れて、ソフィアとトリアナの部屋に向かう。

二人っきりで話をしたかったし、俺の部屋だと誰かが来そうな気がしたからだ。

部屋の中に誰も居ないのを確認して、ルナと一緒にベッドの上に座る。

俺がラシュベルトに行っていた時に部屋割りが変わって、二人の女神は一緒の部屋になっていた。



「俺の……過去の話なんだけど……」


慎重に言葉を選びながら、過去の思い出をゆっくりと引き出すように話をする。

ルナが知らない、俺がアストレア様に拾われる前の話だ。

胸糞の悪い生き方をしていたので、所々で感傷的になってしまったが、ルナは黙って俺の話を聞いてくれた。


「俺は孤児だった。どこで生まれたのか、両親がどんな奴だったのかもわからない」


物心ついた時には、ゴミを漁るような生活をしていた。

俺を助けてくれる人なんていなかったし、泥水をすすってでも独りで生き抜こうとしていた。

少しでも食べ物を手にしていたら、まるで得物を見つけたように襲われることもあったし。

目の前で人が殺される光景も、当たり前のような日常だった。


そんな最底辺な暮らしていたある時、俺の目の前にあの男が現れた。

【奪われるより、奪う側にならないか? 俺の下にくれば、その力を授けてやろう】

それを聞いた俺は、その男の所で生きることを選んだ。


男は暗殺教団の幹部で、自分の都合のいい駒を育てていた。

六歳の時にその男に拾われて、テストとしてその時初めて人を殺した。

ターゲットは、大人しい少年を偏愛する脂ぎった中年貴族だ。

俺の身体は幼かったので、その対象にはならなかったが。その中年貴族の身の回りの世話をするという名目で、組織に潜入させられた。


今なら白亜の気持ちがとても良くわかる。

目を塞ぎたくなるような光景を見せられて、俺は自分の身体が成長することを恐れた。

実際に俺の身体は全然成長しなかった。神界で暮らしていたとき、十歳以下の身長に見えたが、本当はもう少し歳を重ねていたんだ。


「ターゲットはあっさりと殺せたよ。果物を運んでいた時に持っていた果物ナイフで、首をかき斬った」


その後のことはあまり覚えていないが、貴族が囲っていた少年たちの叛乱。

そういうことで決着が付いた気がする。


「それからは、教団を抜けることすら考えなかった。上からの命令で人を殺す……ただそれだけしか知らなかったんだ」


あの頃の俺は、まるで人形のようだった。

無理やり感情をなくすことを強要され、効率よく人を殺す術を学んだ。

任務の失敗はすぐに自分の死へと直結して、組織への裏切りも制裁の対象だった。


「誰も信用できない世界で、与えられた役割を忠実にこなす。ある時、教団の中で独りの少女に出逢った。それが……白だ」


真っ白な髪に、透き通るような白い肌。

その瞳は綺麗な赤い色をしていて、太陽が登っている時は、皮膚が赤く腫れるほど弱かった。


「俺が着ていた黒いローブを、よく奪われたりしてた」


組織に所属していた子供達は、皆似たようなローブを支給されていたのに。白は頑なに何度も俺のローブを奪った。


「奪うというか、交換だな。その時に自分か着ていた白いローブを、俺に押し付けていたし」


フッと笑いがこみ上げてくる。

あの頃は何のためにそんなことをするのか、理解できなかったけど。彼女は俺のことを、とても気にかけていてくれたのだと思う。


「俺はその女の子と……ルナを重ねていたかもしれない……」


「…………」


「軽蔑したよな? でも、俺はルナにちゃんと話をしたかったんだ」


ルナは何も言わずに、ずっと俺の顔を見ている。

その表情が無表情だったので、怒っているのかいないのか、まったく読み取れない。



「知っていたよ」


「え……?」


ベッドから移動したルナが、スッと俺の前に立つ。

先程までの表情とは違い、今は俺の顔を見ながら優しく微笑んでいた。


「クロは覚えていないみたいだったけど……ワタシは知ってた」


「あの時の俺のことを、観ていたのか?」


「違う。クロと魂が繋がったとき……クロの記憶が流れ込んできた」


ルナが教えてくれたことは、俺が思ってもいないことだった。

俺の身体の中に入れられて、俺の魂に触れた時に、俺の過去の記憶を垣間見たらしい。

すべての記憶を覗いたわけではないみたいだが、俺が強く想っていたことは、知ることが出来たのだそうだ。


「クロが、忘れたくないと強く願っていたから……クロが思い出すまで……ワタシはなにも言わなかった」


「そうだったのか」


無自覚だったけど、過去のことは忘れたいという気持ちと同時に、白のことは忘れたくはないと俺は想っていたらしい。


「たぶん……ソフィも知ってるはず」


「そうなのか?」


「うん。ソフィもワタシと一緒に……クロの魂と繋がっているから」


なるほど。その可能性はあるな。

俺がルナとソフィアの二人だけに、心の中で会話できるのは、魂がつながってしまったからなのだろう。


「じゃないと……説明がつかない」


「何の説明?」


「誇りが高く、気高い神族が……人間であるクロに身を任せるとか……本来ならあり得ない」


「え? あれはルナが差し向けたんじゃなかったのか?」


俺は、ソフィアを初めて抱いた夜のことを思い出す。

ほとんどなし崩し的に夜を過ごすことになったが、彼女はルナに言われて、俺の元へ来たと言っていた。


「アドバイスはした。でも……クロの所に行ったのはソフィの意思」


「あー……そういえば、官能的な格好をしていたな。ルナに鍵をかけられて、部屋に戻れないとか言ってたけど」


「そんなこと、していない。ソフィが自分から……クロを挑発しに行った」


「そ、そうか」


確かにあの格好は、すごく魅力的だった。

っと……ダメだ。


目の前に可愛い女の子が居るのに、また別の女性のことを考えてしまっていた。

俺は気持ちを切り替えて、目の前にいるルナにしっかりと視線を合わせる。



「クロ。ワタシのこと……好き?」


「愛しているぞ」


ルナが驚いた顔をする。内心、自分でも驚いていた。

間を置かない条件反射のように、自然とその言葉が出たからだ。


「フッ……ならいい」


「ルナ……んむ!?」




妖艶な顔をして笑ったルナが、俺に抱きつき情熱的なキスをしてくる。

俺の気持ちを知ったことへの歓びか、或いは、俺に嫌われたくないと思っていたのかわからないけれど。彼女の小さな身体は、少しだけ震えていた。俺はそんなルナのことを、優しく抱きしめた。

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