第166話 リア充
俺はカズマに、クレアが魔王だという事と、彼女がここに住むことになった経緯を説明した。
最初は彼も信じてくれなかった。それは当然だろう。
クレアはどこからどう見ても人間にしか見えない上に、自分が惚れた相手なのだから、信じたくない気持ちはわかる。
「そういうわけだ。理解したか?」
「…………」
俺が話し終えると、カズマの瞳が揺れ動く。
彼が動揺しているのが、ありありと感じ取れる。
だけど勇者として魔族と敵対するのならば、彼女の複雑な事情も知っておいてほしかった。
「理解した」
「そうか……」
その一言を聞いて、俺は自分の表情が固くなるのを感じた。
勇者のカズマが、再び俺と敵対してしまうかもしれないという危機感からだ。
「つまりその、義弟魔王とやらを倒せば、クレアちゃんと結婚できるんだな!」
「…………は?」
「魔大陸への対応は北の聖王都が一任しているが、いい機会だ。クレアちゃんのために主導権を握って、俺が魔王を倒そう!」
「おい……」
カズマが力強く拳を握りしめて、己の決意を表明する。
クレアの事を諦めてもらいたかったから詳しく話したのに、どうしてこうなるのだろうか。
「あのな……カズマ……」
「待っていろよ、名も知らぬ魔王よ! 俺とクレアちゃんの幸せのために、必ず貴様を倒してやる!」
「聞けよ……」
「なんだ?」
「何だじゃねぇよ。クレアは魔王なんだから、勇者と結婚できるわけが無いだろ?」
「蔵人だって魔皇なのに、勇者の恋人がいるじゃないか!」
「それは……」
自分とアリスの先例を出されて、俺は言葉に詰まってしまう。
何か微妙に間違っている気がしなくもないが、今の俺には言い訳が思いつきそうもない。
けれどここで、二人の交際を認めてしまうわけにはいかない。
「とにかく、クレアをお前に渡すわけにはいかないぞ」
「どうしてだ?」
どうしてだろうな。よく考えてもさっぱり理由が思い浮かばないが、なぜだかコイツには無性に渡したくはない。
「俺が嫌だからだ」
「なんだと……」
俺の言葉を聞いたカズマが、睨みながら噛みつくような声を出してきたので、俺も負けじと睨み返す。
彼と喧嘩をしたかったわけではないのに、どうしてこのような事になってしまったのだろうか。
「まさか蔵人。四人も恋人がいるのに、クレアちゃんにまで毒牙にかけているのか!?」
「毒牙て……あれ? アリスの他にも恋人がいるって、お前に教えたっけ?」
わざわざ他人に説明する必要もないので、伝えなければいけない相手以外には、あまり言いふらしたりはしていない。
そもそもカズマとは、西の大陸で別れて以来会っていなかったし。フランチェスカ様が喋ったとも思えなかった。
「バーンシュタイン家に何度か通っていた時に、ルナちゃんが教えてくれた」
何をやっているんだルナは……
「片っ端から出会ったステキな女性たちを、独り占めする気なんだろ!?」
「そ……そんな事は……ないぞ」
決して独り占めしていたわけではないが、あの頃とは倍以上に俺の周りには女の子が増えているので、強く否定することが出来ない。
いったいどうしたもんかと悩んでいたら、アリスと他の女の子達がリビングの中へと入ってきた。
「クロード。お風呂沸いたから、先に入るわよね?」
「クロさま……おかえりなさいです」
「クロ坊、おかえりなのじゃ」
「おかえりなさいませお兄様、お客様ですか?」
アリスの後ろから、リアと白亜に身体を支えられて、レティが歩いてくる。
俺はただいまと返事をして。三人共見かけなかったので、どこに居たのか聞いてみた。
「道場の方にいたのじゃ」
「おじいちゃんに、とっくんをしてもらっていました」
「特訓?」
「はい。私たちも強くなりたいのです」
詳しく話を聞くと。俺達が出かけた後に三人で話し合いをして、アリスのジイさんに頼み込んで、いままで特訓をしてもらっていたらしい。
レティはお姫様だから、強くなんてならなくても良いのだが。
しかも彼女の目は治っていないので、あまり無茶をさせたくはない。
ここに帰ってきてからずっと治療はしているけれど、いまだにレティに回復の兆しは見えなかった。
「わらわ達は強くならないと、クロ坊の足手まといなのじゃ」
白亜の言葉に、リアとレティの二人が顔を曇らせる。
俺は危険だからと思い、彼女達を連れ回したくなかったのだが。
もしかしたら三人は、足手まといなので留守番をさせられたのだと、気にしていたのかもしれない。
「すまなかった。足手まといだから連れて行かなかったんじゃない。お前達の事を大切にしているから……ここで待っていてほしかったんだ。これは俺の我儘だ」
レティだけは少し違うが、これが俺の本心だ。
彼女達の全てを護れるほど強ければ、俺について来いなんて言葉も言えたかもしれないが、今の俺はそこまで自惚れてはいない。
だけど、理由も告げずにずっとここに居ろというのは、完全に俺の我儘だった。
「クロさま……」
「クロ坊……」
「お兄様!」
俺が本音を告げると、リアと白亜の二人が擦り寄ってきて、レティが俺に抱きついてきた。
「どうでもいいですけど、お風呂に入ってからの方がいいんじゃないですか?」
「それもそうね」
「あ……」
キッチンからお茶のおかわりを運んできたらしいマリアの言葉に、今まで黙って成り行きを見守っていたアリスが肯定する。
それを聞いて俺はハッと我に返り、俺に擦り寄ってきていた三人の女の子達は硬直した。
「お兄様……私……汗臭いですか?」
「いや、そんな事はないぞ」
むしろ俺は、自分の匂いのほうが気になる。
廃墟で汚してしまったコートは脱いでいるけれど、戦ってきたので結構汗をかいてしまっていた。
「くんくん……迂闊だったのじゃ……」
「すんすん……わたしもにおいます……」
白亜とリアがそれぞれ自分の体臭を嗅いで、額に八の字を寄せる。
俺は二人ほど鼻がいいわけではなかったので、彼女達の匂いは気にならなかった。
「お兄様、一緒にお風呂に入りましょう」
「え!?」
「背中を流してください」
俺が流す方なの!?
「ずるいです……わたしもいっしょに入ります!」
「わ、わらわも一緒に入るのじゃ!」
レティの思わぬ言葉に、なぜかリアと白亜の二人も賛同する。
俺が助けを求めてアリスの方へと視線を向けたら、彼女はなぜか諦めているような表情をしていた。
「お風呂は広いし、一緒に入ってもいいんじゃない?」
いや、止めてほしかったんだが……
「あの……大丈夫ですか?」
「ん?」
マリアと共にお茶を運んできたらしいクレアが、紅茶を差し出しながらカズマに声をかけている。
あまりにも静かだったので、すっかり彼の存在を忘れてしまっていた。
しまった。
カズマはここに、バルトディアの王女が居るのを知らないのか……
これは迂闊だった。レティの事は、フランチェスカ様から内密に頼まれていたけれど。
他の大陸の勇者であるカズマに、わざわざ説明していたりはしないだろう。
「り……りあ……」
「はい……?」
「カズマ……?」
カズマはプルプルと震えながら、なぜかリアの名前を口にする。
俺の呼びかけにも返事がない。心なしか、彼は涙目になっている気がする。
名前を呼ばれたリアは、こてんと首を傾げながら、カズマに向かって返事をしていた。
「リア充爆発しろおぉぉぉ!! 美味しい紅茶ごちそうさまでしたぁぁぁ……」
「あ……」
まるで魂の底から捻り出すような叫び声を上げて、カズマは椅子から立ち上がる。
帰る前にクレアの紅茶を律儀に飲み終えた彼は、走り去りながらお礼を言っていた。
レティの事じゃなかったのか……
「ばくはつしろなんて……ひどいです……」
「竜人って、獣なのかや?」
「いや、アレはリアの事を言っていたわけじゃないぞ……」
リア充なんて言葉を知らない二人は、たぶん、リア獣だと勘違いしたのだろう。
その後も、みんなに言葉の意味を尋ねられたけど。俺は苦笑いをして誤魔化すことしかできなかった。
◆◇◆◇
「あ゛ぁ゛ぁ゛……」
俺はひとり湯船に浸かりながら、気の抜けた声を出す。
少しおっさんぽかったかもしれないけど、誰も聞いていないのでいいだろう。
ひとりでお風呂に入っているのは、レティ達が一緒に入るというのを、俺がやんわりと断ったからだ。
自分の恋人だと宣言したことがない彼女達の肌を見るのは、俺も流石に躊躇してしまう。
俺って、リア充だったんだなぁ……
確かにそのとおりだと思う。
実際に充実していると自分では認識しづらいけど、周りから見れば一目瞭然だった。
あいつらには悪い気がするけど、幸せにするって決めたしな。
報われなかった自分の前世達のことを思うと、そんな気持ちになってしまうけれど。これは仕方がない。
あいつらも俺も同一人物だし、これでいいんだよな?
「お兄様」
「うぉ!? レティか、どうした?」
ひとり考え事をしていると、突然義妹の声が聞こえてきた。
別に風呂場の中に入ってきたわけじゃない。彼女の声は扉の向こう側からしてきたのだ。
「お湯加減はいかがですか?」
「あ、あぁ。ちょうどいいぞ」
少し焦ってしまったが、自分の心を落ち着けながら返事をする。
なにやらゴソゴソとしている音が聞こえてくるけれど、それだけを聞きに来たのだろうか?
「失礼致します」
「へ……?」
レティの言葉に間の抜けた声を出していたら、風呂場の扉がガラッと開かれる。
そして、レティとリアと白亜の三人が、全裸になって風呂場の中に入ってきた。
「ちょっ!」
その光景を見て驚愕した俺は、ザブンと勢い良く音を立てて、湯船の中に顎まで浸かる。
ひとりで入ったので隠す物がなく、こちらも当然全裸だからだ。
「お、お前達……いったいなにを……」
「お兄様、お背中を流させてください」
「いや、もう洗っ……」
「いやですか……?」
もう洗ったと否定しようとしたら、リアが悲しそうな表情でこっちを見てくる。
そんな顔をされると、とてもつらい。白亜は照れているのか、顔を背けたまま視線だけをチラチラとこちらに向けていた。
「くっ わかった……」
俺は観念して、背中を向けながら湯船の外に出る。
自分のお尻が丸見えになってしまうけれど、前を見られるよりは遥かにマシだろう。
ゆっくりと湯船から出ていると、白亜が「こっちが恥ずかしいからさっさと出るのじゃ」と言ってきたので、そそくさと湯船から飛び出た。
「お兄様。気持ちいいですか?」
「あぁ。気持ちいいよ」
「もっと強めがいいのじゃ」
「こうか?」
「うむ」
レティが俺の背中を洗って、俺は白亜の背中を洗う。
彼女も俺も、最初はお互い恥ずかしがっていたけれど、次第に慣れてきた。
「申し訳ありません。私、生まれてからずっと、他人に体を洗われていましたので……」
「だいじょうぶですよー」
まぁ、そうだろうな。
レティは王女様で、しかも目が見えないのでそれが当然の事だろう。
彼女の背中はリアが洗っている。その姿は見えないけれど、声から想像するにすごく楽しそうだ。
あ……
ヤバいこれ……
尻尾がすごく気持ちいい。
モフッとした白亜の尻尾を揉み揉みしてみると、思いの外気持ちいい感触がする。
いままで触ったことがなかったけど、乾いてたらもっと気持ちいいんじゃないだろうか。
「な……なんで揉むのじゃ?」
「わ、わるい。あまりにも触り心地が良くて……」
「そ、そうなのかや?」
くるりと顔を振り向けてこっちを見る白亜に、俺は素直に謝罪する。
その言葉で機嫌が良くなったのか、白亜も怒ったりはしなかった。
「クロさま、わたしも洗ってください」
「わかった。それじゃこっちに……」
リアの言葉に、洗ってあげるからこっちにおいでと言おうとしたら、唐突に風呂の扉が開く音がする。
その音にギョッとして扉の方へと視線を向けると、仁王立ちしたルナがそこに居た。
「ルナさま……」
「こ……これはじゃな……」
リアと白亜が言い淀み、俺は驚きで言葉が出てこない。
少しだけ罪悪感を感じていたのもあるけれど、彼女の格好が気になったからだ。
その姿はフルオープンだった。つまり全裸である。
「クロ……」
「な、なんでしょうか……?」
「ワタシも洗って……」
「はい……わかりました……」
声色はいつも通りで、怒っているようには見えなかったけれど、尋常じゃない重圧を感じた俺は素直に頷く。
他の三人もそれを感じ取ったのか、俺に言い寄ってこなくなり。
この後俺は、ひたすらルナの背中だけを一生懸命洗わされたのだった。




