第163話 敵意
「それじゃ君たちは、彼の事を知らないんだね」
「あぁ。そんな奴は見たことがない」
現在俺は、この廃墟の屋敷に居る連中が捕まえられている部屋に通されていた。
勇者のタカヤマが、その連中に俺の事を尋ねている。俺が彼らの仲間ではないのか、調べるためだろう。
すぐにこの廃墟から追い出されるかと思っていたが、甘かったか。
あの厳つい鎧姿ではないので、俺の正体がバレることはない。
といっても、元々俺はこの姿で彼らと会ったことがないし。正真正銘、この場で初めて顔を見られたことになる。
「正直に答えたんだから、解放してくれるんだよな?」
「この場所で行われていたことを、君達が全部話せばね」
「し、知っていることは全部話す。だから……」
「この場で言わなくてもいいよ。君達の身柄は、ある場所に引き渡すことになっているから」
「そ、そんな……」
「大丈夫です。然るべき場所で真偽の程を調査してもらうだけですので、身の安全は保証されますよ」
タカヤマの言葉に、キョウコという名の女勇者が、優しく微笑みながら説明を付け足す。
その笑顔を見た男達は毒気を抜かれたのか、安堵したような雰囲気を醸し出していた。
チョロい男ならコロッと騙せそうなステキな笑顔だな。
相手が勇者ってだけで、俺にとっては警戒対象だけど。
「ここまで付き合わせてしまって、悪かったね」
「初めて会った俺の言うことを、すぐに信じられないのはわかる。だから気にするな」
むしろ何も疑わずに俺を追い出すのは、勇者の立場としては駄目だろう。
魔皇の事もあるし、俺としてはこの場でハッキリと敵ではないと認識してもらえる方がいい。
「キョウコちゃん。この後のことなんだけど……」
『クロ……クロ……』
『お? ルナか?』
勇者達のやり取りを遠目で見ていると、心の中からルナの声が聞こえてくる。
『ルナ。さっきからずっと返事がなかったけど、何かあったのか?』
『勇者がいっぱい来たから……隠れてた……』
『そうか』
しばらく音信不通になっていた彼女の事は、ずっと心配だった。
外に出て確認することも出来なかったし、アリスとエレンさんが一緒にいるので、危ない目にはあってはいないとは思っていたけれど。
ルナが隠れなければいけない理由は、すぐに理解した。
なにせ、彼女の名前の前には大魔王なんて称号が付いているらしいし。
勇者にステータス鑑定なんかされたら、完全に敵だと思われるだろう。
『隠れてたから、返事ができなかったのか?』
『ちがう……すこしの間……ここから離れてた……いま戻ってきたところ……』
『離れてた? どこに行っていたんだ?』
『それは……』
「それじゃ、よろしく。俺はシンジ君と一緒に、後で合流するから」
「えぇ」
「はい、わかりました」
俺がルナと会話をしていると、勇者達のこの後の方針が決まったらしい。
女の勇者達は、捕らえていた者達を連れてどこかに転移した。
タカヤマは、オカダと呼ばれていた勇者の下へと向かうようだ。
俺を攻撃してきたオカダという勇者は、今この場にはいないけれど。
どこにいるのかは、マップを見ればひと目で分かる。
なにせ、あの男だけはずっと敵意を示す赤い色で表示されているからだ。
「それじゃぁクロード君。もう少しだけ、俺に付き合ってもらえるかな?」
「あ、あぁ。別に構わないが……」
どういうことだこれは?
いきなり変わったぞ……
移動し始めた勇者に向かって、俺は警戒心を強めながらその後をついて行く。
その一方で、外で起きている状況について、心の中でルナと会話をする。
『なぜその二人がこの場所に?』
『ルシオールの街にきて……いろいろ調べてたみたい……』
『この屋敷に怪しい連中が居たことは、知っていたのか』
『ん……北との関連を確認するために……勇者が接触をするのをまってたって……』
『しかし、随分とまたタイミングが良すぎるな』
『勇者を見たら教えてほしいって……アリスに言ってたみたいだから……一度街に戻って……連れてきた』
なるほど。
あの時仲が良さそうに会話をしていたのは、その事を話していたのか。
長い廊下を歩いて行き、見覚えのある道筋を確認する。
どうやら、吸血鬼の銅像が飾ってあるエントランスに向っているようだ。
右上のマップで確認すると、ひとつだけの赤い点が表示されている。
おそらくだが、オカダが俺達の事を待っているのだろう。
「やっと来たか」
俺の予想通り、辿り着いた場所には、オカダが腕を組みながら俺達の事を待っていた。
わかりやすい程の敵意を俺に向けてきている。やはりコイツとは相容れない。
「遅くなってごめん。キョウコちゃん達を、ここに残すことは出来なかったからね」
タカヤマが返事をしながら、俺の背後へとわざわざ回り込む。
俺は自分の左手首にはまっている腕輪を、人差し指で軽くトントンと叩いた後、それに向かって小声で声をかけた。
「回りくどい事をしないで、さっさと殺っちまえばいいだろ」
「そういうわけにはいかないんだよ。エリカさんの目もあったしね」
「ふんっ」
俺を間に挟みながら、二人は会話を続けている。
タカヤマが部屋の入口付近に陣取っているので、簡単に逃げることは出来そうにない。
「さっきこの場所に来た時も気になってたんだけど、あのダンボールは何なのかな?」
「さぁな。その男が何かに使ったんじゃないか? 中を調べたけど何も入っていなかったが」
「へぇ……」
あのダンボールの認識阻害って、中に誰かが入っていないと発動しないのか?
銅像の横に置かれているダンボールに目を向けると、中の空洞が見られるように横に倒されていた。
あの箱に再び入って隠れることは簡単だけど、魔法の効果が切れているのなら意味が無いので、それはしない方がいいだろう。
箱に入ったまま攻撃なんかされたら、思いっきりマヌケだしな。
「じゃ、そういう事で。君には悪いんだけど……」
今まで俺を無視して話をしていたタカヤマが、会話を切り上げて俺に話しかけてくる。
「話しは終わったのか?」
「無警戒でついて来てくれたのは良かったけど。今の俺達の会話を聞いて動揺しないとは、随分と冷静だね?」
「警戒はしていたさ。お前ら真っ赤だしな」
「真っ赤? それはどういうことかな?」
俺に敵意を向けてくる奴等が、右上のマップで赤く表示されることだ。
タカヤマの方は今まで黄色で表示されていたけれど、女の勇者達がいなくなった途端、急に赤色に変わった。
「俺に敵意を向けてくる相手に、わざわざ教えると思うか?」
「はは、それもそうだね」
「勇者二人を相手にして、随分と余裕な態度をしているな」
後ろに振り向いてタカヤマと会話をしていると、背後からオカダに話しかけられる。
俺を逃さないための位置取りなんだろうが、正直会話がしづらい。
予防策の鎧は準備万端なので、襲われても負けそうにはなかったが。
あの二人がここに到着するまで、少しでも時間を稼いだほうがいいだろう。
「俺も少しは力を持っているからな。それにお前たち二人も、有名な四人の勇者よりは弱いだろ?」
俺は二人を挑発して、会話を引き延ばす手段に出る。
しかしその考えは迂闊だった。俺の背後に居た男が殺気を滾らせたと思ったら、いきなり攻撃魔法を唱えてきた。
うおっ!?
やべぇなコイツ。
短気すぎだろ。
オカダの攻撃魔法を避けながら、部屋の壁際に移動して奴等から距離を取る。
殺す殺すと呟きながら俺を睨んでくるオカダは、完全にヤバい人種だ。
「あまりシンジ君を怒らせない方がいいよ。彼ってば、ここに居た連中に精霊を奪われてから、ずっと虫の居所が悪いからね」
「高山! 喋りすぎだ」
「ごめんごめん」
精霊って奪えるものなのか?
てかそれ、俺は全然関係ないよな。
俺がどうでもいい事を考えていると、タカヤマがオカダに向かって謝りながら、俺を始末すれば問題ないと物騒なことを言っている。
もうそろそろか……
右上のマップに目を向けて、青い点が近くにいることを確認する。
どうやら、魔王鎧に頼らなくても良さそうだ。
「本当なら教会へ連れて行きたいところだったけど。それは無理そうだし、悪いけど、ここで始末させてもらうことにするよ。最後に、何か残す言葉はあるかい?」
「無いな、別に俺は負けないし」
「さっきシンジ君が言ってたけど……勇者二人を相手にして、すごい余裕な態度だね。君はそんなに強いのかな?」
「強い強いと誇示するわけじゃないが、勝算はあるからな」
「勝算? それはどういう……」
「そこまでだ!」
タカヤマの言葉を遮って、入口の方から男の制止する声が響いてくる。
声につられてそっちの方へと視線を向けたら、見慣れた三人の勇者が俺の目に映った。
「これは……」
「こっちは勇者が三人、形勢逆転だ」
入口の方を見ているタカヤマに向かって、余裕綽々としながら話しかける。
タカヤマとオカダの二人の勇者は、予想外の出来事に、とても悔しそうに顔をしかめていた。
「西の勇者に……東の勇者……」
「あの女は誰だ。神剣の勇者なんて名前は、初めて見たぞ……」
俺の事を助けに来てくれたのは、西の勇者であるカズマと、東の勇者のヒカルだ。
そしてその二人の後ろには、俺の恋人のアリスが、腰の刀に手を置きながら立っていた。
オカダが呟いた神剣の勇者というのは、ステータス鑑定で見たアリスのことだろう。
「よお! 久しぶりだな、蔵人」
「あぁ」
なぜカズマがこの大陸に居るのかは知らないけど、確かに彼と会うのは久しぶりだ。
言葉を交わすことなく彼とは別れたので、俺のことなんて忘れてしまっているんじゃないかと思っていたけど、どうやら相変わらずのようだった。
「どうしてこの場所に、東西の勇者が揃っているのかな?」
「それはこちらのセリフだ。君達の方こそなぜこの大陸に居る? あの条約を提案したのは、君達の方だろう?」
タカヤマとヒカルの会話から察するに、勇者達の間で、不可侵条約みたいなものが決められているのかもしれない。
「ちなみにそこにいる男は俺の親友だ。その親友に向かって、なぜお前らは剣を向けている?」
武器を手にしているタカヤマとオカダの二人に、カズマが睨みをきかせながらそんな事を言う。
久々に会っても熱い奴だ。あと、いつから俺はカズマの親友になったのだろうか。
「それと、その人はラシュベルトの女王様から寵愛を受けている。女帝を敵に回せば、勇者だからといっても唯では済まないぞ?」
え……?
ナニソレコワイ
ヒカルの言葉を聞いたアリスが、それはいったいどういう事よ? なんて顔をしながら俺の方を見ている。
その視線を受けた俺は、自分の首を左右にブンブンと振る。そんな話はしたことがないし初耳だ、全然わけがわからない。
「分が悪いね……」
「くそが……」
形勢逆転された二人は悪態をついた後、同時に魔法の詠唱を始める。
その瞬間、カズマとヒカルの二人が飛び出し、俺はアリスを庇うために彼女の下へと駈け出した。
「シャイン・レーザー!」
「ダーク・ブラスト!」
東西の勇者が唱えた魔法が、分厚い氷の壁によって防がれる。
直後――
氷の後ろから眩しい光が輝いて、タカヤマとオカダの二人の姿が消失した。
「転移魔法か……逃げられたな」
「詠唱が早過ぎる。おそらく、前もって準備していたのだろう」
二人の勇者の声を聞いて、俺はようやく一息つくことが出来た。
いろいろなことが起こりすぎてものすごく疲れた。早く家に帰って休みたい。
俺は三人と会話をした後、さっさと霊草を取りに行くことにした。




