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第162話 執事勇者

「いったいなんだってんだ!」


小さな獣人の女の子が、巨大な大剣を振り回しながら俺に肉薄してくる。

俺は、ルナが創った漆黒の両手剣で相手をしているけれど。

得物の差が違いすぎて、まともに相手をすると力で押し切られてしまう。


女の子が使っている大剣は、刀身が分厚くて巨大で、とても少女が扱いきれるような大きさではない。

それに対して、俺が使っている両手剣の刀身は細身で、大剣というよりも長剣といったところだろうか。

故に、鍔迫り合いなんかに持ち込まれると、剣自体の重量の差で力負けすることになる。


「くそっ 話しを聞いてくれよ!」


どうしてこの少女と戦うことになったのか、俺には全然わからない。

廃墟の屋敷から出ようと思い、入り口まで引き返していると。

銅像が飾ってあった広い部屋で、この女の子と遭遇した。

そして、俺が声をかける前に女の子の方から襲ってきたわけだ。


それにしても、あの尻尾……


女の子が行動するたびに、ブンブンと揺れ動く尻尾に目が惹かれてしまう。

尻尾が生えているので、普通の人間でないことはわかる。

けれど、何の獣人なのかがわからない。

目につくのは少し太めの尻尾だけで、頭の上にケモノ耳が生えていたりはしていないからだ。


尻尾に毛が生えていないけど、まさかな……

兎も角、今はこの状況をどうにかしないと。


足を止めて、俺はもう一度女の子に声をかける。

しかし女の子は、振りまいている殺気を消そうともせずに、俺に斬りかかってきた。


「ぐ……うぅ……」


両手剣を横にしながら、巨大な大剣の斬り下ろしを防ぐ。

リアと同じくらいの小さな体なのに、信じられないくらいの力だ。


「は、話しを聞いてくれ……」


情けなくもプルプルと腕を震わせながら、少女に必死で語りかける。

今の俺が身に纏っている漆黒の鎧を脱げば、問答無用で襲われなかったかもしれないが、そうはできない。

これは何度か斬られたので、そう思ってしまうわけなのだけど。

もしも、鎧を着ていない時に斬られていたらと思うと、正直ゾッとする。


「なに……?」


「なんで襲ってくるんだ?」


「わたしの……敵だから」


「敵って……」


初めて喋った女の子は、口調がどことなくルナに似ている気がする。

俺の質問への返答は、至ってシンプルだ。シンプル過ぎて意味がわからない。


「ここにいるのはクロ……ご主人サマの敵だから」


黒?

この屋敷にいる奴等は、真っ黒な犯罪者ってわけか。


ルシオールの行方不明者事件に関わっているみたいだし、何となくそんな気はしていた。

つまりこの女の子は勇者の仲間で、北の勇者とやらも事件の調査をしている……そんなところなのだろう。

ご主人様と口にした少女の事をよく見てみると、その首には隷属の首輪が着けられている。


こんな小さな女の子に無理やり……

いや、そう考えるのは早計か。

それにどんな事情があるにせよ、今はそれどころじゃないし。


「俺はここにいる奴等とは、何の関係もないぞ」


「…………ウソ。そのよろい、まおーの部下が着てた」


「なんだって……」


あの変な科学者がやたら馴れ馴れしかったのは、そのせいか。


この鎧は元々、クレアの父親が着ていた鎧らしいので。

今の魔王の部下が、似ている物を装備していてもおかしくはない。

この屋敷に居た連中には、この鎧のおかげで勘違いされて助かったけれど。

今これを着ているのは完全に悪手だ。ずっとこのままの格好でいると、北の勇者に敵だと勘違いされてしまう。


「……似ている鎧を着ていたのは悪かった。なら、これを脱いで俺が人間だと分かれば、攻撃をやめてくれるか?」


「…………」


女の子は暫く逡巡した仕草を見せた後、ゆっくりと頷いて剣を引いてくれた。

俺は小声で、鎧に向かって声をかける。鎧は光り輝いてから、腕輪へとその姿を変えた。


よく考えたら、人間の証明ってどうすればいいのだろうか。

クレアやマリアは魔族だけど、見た目は完全に人間と変わらない。


「…………え?」


俺の素顔を見た女の子が、驚きの表情で目を見開く。

なんだろう。俺の顔がそんなに意外だったのだろうか?


「めい…………」


「アイス・ベルク!」


「なっ!? 危ない!」


女の子が何かを言おうとした瞬間、俺と彼女の足元が光って、氷のような物が飛び出てくる。

俺は咄嗟に彼女に飛びついて、無理やり女の子ごとその場から離れた。


「ぐぅ……が……」


誰かが女の子ごと俺に攻撃してきたんだ。魔力の流れからして、そんな感じがした。

女の子の事は庇いきれたけれど、魔法を完全に避けることができなかった俺は、左腕を氷の刃で負傷してしまう。

腕を回復させながら、声が聞こえてきた方向に視線を向けると。部屋の入口に、見たことない男が突っ立っていた。


「ちっ 外したか」


「誰だ……」


「オカダ……」


「オカダ? 異世界の勇者か?」


俺の言葉に、女の子が頷いて肯定する。


「自分の奴隷ごと攻撃するなんて、ひでぇ主人だな」


「ちがう。あんなのが……ご主人サマじゃない」


「違うのか……」


そういえば、有名な北の勇者とやらは女性だった。

だけどあの勇者は男だ。だとしたら他の大陸の勇者みたいに、北の大陸にも複数の勇者が居るのだろう。

男が嫌味な表情を浮かべながら、俺達の方へと歩いてくる。


「どうしてこの子ごと俺を攻撃してきた?」


「敵の隙を突くのは、戦いの基本だろう。その奴隷は……存在が気に食わないからだ」


カチンときた。

この男は、第一印象も言動も最悪だ。


「俺は勇者の敵じゃないぞ」


「魔皇の称号を持っていて、そんな嘘が通じると思うのか?」


あぁ、くそっ。

勇者はどいつもこいつも、ステータス鑑定持ちか。


魔王鎧を着ていると鑑定は防げるみたいだが、今は脱いでいるのでそれが出来ない。

カズマやヒカルの事は嫌いではないけれど、俺にとって勇者というのは、本当に厄介な存在だ。


「まおー?」


「魔族じゃないよ、人間だよ」


首を傾げる女の子に、俺はできるだけ優しく返事をする。

可愛い顔をしてやたらと強かったので、再び敵にはしたくないからだ。

嘘は言っていないし、名前の前に魔皇なんて付いてはいるけれど、人間の敵になった覚えもない。


「シンジ君。一人で先走っては駄目じゃないか」


「ちっ……るせーな。俺を名前で呼ぶな」


「そんな事言うなよ。数年間の苦楽を共にした、勇者仲間じゃないか」


次から次へと、いったい何人の勇者が来ているんだ?


シンジと呼ばれた男の背後から、黒い髪をした男女が次々と湧いてくる。

まさか、こんなに沢山の勇者が来ているとは思わなかった。鎧を脱いだのは早まったかもしれない。


「それで、彼は誰だい?」


「魔皇だ」


「魔王? 横にいるのはディアナちゃんか。一緒に戦っていたのかい?」


「ふざけんな。あんな竜人奴隷と、仲良くなんて出来るか」


「おいおい。エリカさんに知られたら、君は殺されるよ?」


「ふんっ」


竜人奴隷……

やはりそうだったのか。


俺は横にいる、ディアナと呼ばれた少女に視線を向ける。

何となく、彼女の太い尻尾には見覚えがあった。

それは、初めてリアに会った時に見た尻尾と全く同じだ。


「お初にお目にかかります、魔王さん……でいいのかな? なぜ人間の大陸に居るのか、伺ってもよろしいですか?」


彼らのリーダーらしき勇者が、警戒しながら俺に話しかけてきた。

どことなく彼の雰囲気は、西の勇者のカズマに似ている気がする。


「俺は人間だ、魔族なんかじゃないぞ」


「へ……?」


俺の声を聞いて、少しマヌケな表情になった男は、すぐに真面目な顔をして何かを呟く。

おそらくステータス鑑定の魔法を唱えているのだろう。

あまり見られて気分のいいものではないけれど。

抵抗する手段はないし、人間だということを知ってほしいので止めることはしない。



「確かに、人間……となっているね。魔王の文字も違うし……どうしてそのような称号が?」


「知らん」


俺の前世が関係しているのだろうけど、わざわざそれを正直に教えるつもりはない。

それから、なぜこんな場所にいるのかと尋ねられたので。

仲間のためにここらに生えている薬草を取りに来たら、騒動に巻き込まれたのだと半分ウソをついた。


「なるほど。どう? キョウコちゃん。君は何か気づいた?」


男が後ろに振り返り、一人の黒髪の少女に話しかける。

俺もつられてそちらの方を見ると、キョウコと呼ばれた女の子が俺のことをじっと観察していた。


「魔力がものすごく高いのが気になりますけど、人間なのは間違いないと思います」


「嘘を付いているようにも見えないわね」


キョウコとその隣りに居た女の子の言葉を聞いた男は、少しだけ考えるような仕草をする。

それからひとりで納得したのか、俺に向かって自己紹介をしてきた。


「ガラテアで勇者をしている、高山直樹(たかやまなおき)だ。この場所には、あるクエストを受けて来ているんだ」


「冒険者をしている、クロード・ディスケイトだ。さっきも言った通り、俺は薬草を取りに来ただけだから、邪魔ならばすぐに出て行く」


「そうだね。俺達はここで争いをしているから、その方が賢明だ」


話が通じる勇者が居てくれて助かった。

霊草はこいつらがいなくなってから、取りに来てもいいだろう。

何より今は、これ以上巻き込まれないようにさっさと出て行きたい。



「おや? 皆様、このような場所で何をしているのですかな?」


俺達が話し合いをしていると、部屋の入り口に白髪の執事が入ってきた。

年齢は五十か六十歳くらいだろうか。どこかの令嬢の背後に立っている姿が、とてもよく似合いそうだ。


「セバスチャンさん、状況はどうなっているの?」


「えぇ、だいたい方は付きましたぞ。それよりも、カナエ殿達の方こそ、何があったのですかな?」


キョウコと一緒にいた、カナエと呼ばれた女の子が、その執事に状況を説明し始める。

なぜここに執事が居るのだろう。まさかとは思うが、あの爺さんも勇者だったりするのだろうか。


執事勇者。

なんかすげぇ字面だな……


「冒険者、ですか……」


説明を聞き終えた執事が、俺の方へと視線を向けてくる。

そして一瞬だけ、そう……ほんの一瞬だけ目を見開いたと思ったら、すぐに険しい表情になった。


「まさか……」


なんだ?


「いやしかし、魔皇……?」


あぁ、称号に驚いているのか。

確かに勇者なら、びっくりするだろうしな。


「セバスチャン? どうした?」


「…………タカヤマ殿に報告します。ある程度は捕まえましたが、目的の人物と南の勇者には逃げられました。ほかの者は私の術で縛ってあるので、教会の方に送って頂けますか」


「あ、あぁ……わかった。セバスチャンはどうするんだ?」


「私はとても大事な用ができました。そう、今すぐにお嬢様に報告をしなければ」


「そ、そうか。エリカさんによろしく」


「伝えておきます。お嬢様の下へと行きましょう、ディアナ殿」


「はい!」




執事の男は竜人の少女を連れて、一瞬でこの場からいなくなる。おそらく彼も勇者で、転移魔法を使ったのだろう。

それよりも気になるのは、彼が言った南の勇者という名称だ。

たぶんアカネと呼ばれていた名前の主なのだろうけど。南の勇者は、ルシオールの事件にも関わっているのだろうか。

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