第160話 雪の王女
巨大ヘビが、自らの尻尾を俺の体に叩きつける。
「ぐぅ……」
かなりの衝撃を受けたが、魔王鎧のおかげで怪我をすることはない。
呪われた鎧が、腕輪から変形したのはつい先程のことだ。
巨大ヘビとの戦いから数十分。俺の不利を悟ったのか、腕輪は勝手に鎧へとその姿を変えた。
普段ならば、この鎧に対して煩わしい気分になっていたけれど。
今は正直に助かっている。まさか、俺の攻撃がここまで通じないとは思わなかったんだ。
「トリアーナ・クリエイト!」
ルナ特製の漆黒の両手剣を背中にしまい、女神の剣を具現化する。
そして、巨大ヘビの隙を突いて斬りかかったが。
ガキン――という大きな音が鳴っただけで、やはり傷ひとつ付けることは出来なかった。
「くそっ 硬すぎるっ」
「シャァァァ――」
すぐに距離を取った俺に対し、巨大ヘビは大声で威嚇してくる。
戦い始めて感じたことだが、どうにも違和感がつきまとう。
敵の硬さも然ることながら、まるで無機物を相手にしているようで、生きている生物と戦っている気がしないんだ。
雷……雷……雷……
「ライトニングボルト・クリエイト!」
落雷をイメージしながら、新しい魔法を創造する。
新魔法はうまくいったようで、ヘビの頭上に青黒い球体が出現し、バリバリと音を立てて落雷が発生した。
「シャ、シャァァァ……」
これも効かないのか。
巨大ヘビは少しの間動きを止めたが、再びズルズルとこちらに向かって這って来た。
近くにあった太い木に隠れて、奴の視界から姿を消す。
馬鹿正直に、真正面から立ち向かっていっても勝ち目はないし、背後から奇襲をしても、奴の皮膚には攻撃が通じない。
魔法や銃を使えば、なんとかなると軽く考えていたけど、それは甘かった。
このままでは、完全にジリ貧だ。
バキ――バキ――
「うぉっ マジか……」
ヘビがその巨大な体躯を使い、俺が隠れていた大木を薙ぎ倒す。
俺の事を中々倒せないので、あのヘビも苛立っているのかもしれない。
倒せる手段がまったく思い浮かばないな。
どうする――
「っ!? なんだ……?」
大木から離れて距離を取ると、巨大ヘビが威嚇しながら大きく口を開けた。
その姿を見て猛烈に嫌な予感がし、俺は魔法で盾を創りあげる。
「ヘヴィシールド・クリエイト!」
持って歩けないような重い盾を出した直後――
強烈な衝撃が、次々と襲い掛かってくる。
「うっ おぉぉぉぉ!」
ドカンドカンと、まるで大砲を連射されているような衝撃だ。
具現化させた巨大盾に身を隠しながら、視線を自分の後ろの方に向けると。
そこには大きな火の玉のような物が、次々と降り注いでいた。
ファイアーボールでも、連射しているのかよ!?
地面に突き刺さるほどの、重い盾を出していて助かった。
こんな物をまともに受けたら洒落にならない。
「シャァァァ!」
「っ――」
火の玉の連射が無くなった後、すぐ近くからヘビの声がしたので、咄嗟に後ろに飛び退く。
その瞬間、今まで俺が立っていた位置に、巨大ヘビの尻尾がドスンと直撃した。
こ、このぉぉぉ――
「リアトーナ・クリエイト!」
竜人の剣を具現化させて、怒り任せにヘビに向かって斬りかかる。
先程と同じように、金属を斬るような音が鳴り響いたけれど、今度は微妙に感触が違った。
「きれ……た……?」
自分が斬った部分を確認する。
巨大ヘビの皮膚が半分ほど斬り裂かれていて、バチバチと火花が出ていた。
「おい……まさか……」
「シャァァァァァ!」
「しまっ―― がっ――」
ヘビの姿を見ながら呆けていると、巨大な尻尾が俺の左肩に当たり、そのまま草むらまで吹き飛ばされる。
「ぐぅぅ……」
壁まで吹き飛ばされることはなかったけど、地面に二 三度バウンドしたせいで、頭の中を揺らされまくった。
意識が飛ぶ程ではなかったので、フラフラとしながら無理やり体を起こす。
リアの剣なら……斬れるのか。
自分の体に回復の魔法を唱えて、アイツを倒すための策を練る。
ズルズルと地面を這いずる様な音がしてくる。
恐らく、俺のことを探しながらヘビが向かってきているのだろう。
もし俺の思った通りならば、チャンスは一度きりだ。
怯ませて固定する!
「インビジブル・クリエイト」
小声で透明化の魔法を使い、自分の姿を隠す。
そして草むらに居ることを利用して、巨大ヘビの横に出るように回り込む。
「シャァァァ―― シャァァァ――」
俺のことを探しているヘビが、動きを止めて頭をキョロキョロとさせる。
これはチャンスだ、今なら魔法を当てやすい。
「ライトニングボルト・クリエイト!」
「シャ! シャァァァ……」
俺が思った通り、雷魔法を当てると、巨大ヘビはその身体を硬直させた。
いまだ!
「魔皇クロード・ディスケイトの名の下に」
くそっ 詠唱が長い。
「俺が創造するべき力よ……」
走りながら詠唱をして、巨大ヘビの頭に近づいていく。
「吠え狂う吹雪を顕現させ、我が敵となりし者の稼働を封じる力を」
「シャァァァ――」
ヘビが俺の姿を見つけて、その大きな口を開ける。
今頃知りたくはなかったが、どうやら攻撃魔法を使うと、透明化の魔法の効果が切れてしまうみたいだ。
「俺の皇名と魔力を対価とし……」
あと少し……
巨大ヘビの口の中から、大筒のような物がゆっくりと出てくる。
先ほど撃ってきた、擬似ファイアーボールの大砲なのだろう。
少し驚いてしまったが、ヘビは動きを止めているので、好機であることには変わりはない。
「雪の王女よ、俺の道を阻む者の、そのすべてを抱擁せよ!」
「スノープリンセス・クリエイト!」
「シャッ――!?」
「んなっ!?」
長い詠唱を終えて、魔法を唱えると同時に。
俺とヘビとの中間には、真っ白なドレスを着た少女が出現した。
巨大ヘビはその口を大きく開けて、ポカンと呆けているけれど。
予想外だった俺も、驚愕して動くのをやめてしまう。
俺達の間に現れた少女は、着ている服だけではなく、長い髪も白く、美しい肌も真っ白だった。
まるで雪女だ。その姿を見て、俺は不覚にも見惚れてしまっていた。
俺の方をちらりと見た雪女が、再びヘビの方へと視線を向けて、自分の両手を前に出す。
その直後、何もない空間から猛吹雪が出現して、巨大ヘビは瞬く間に凍りついた。
雪女は俺の方に振り向き、右手をヘビの方へと向ける。
「あ、ありがとう」
俺の言葉を聞いた雪女は、コクリと頷いて、ニコニコと素敵な笑顔をしてきた。
ピキ―― パキッ――
「っと、ヤバい! はぁぁぁ――」
あまりにもカワイイ笑顔を見ていたら、巨大ヘビの方から嫌な音がしてくる。
自身の身体に絡みついている、氷を壊そうとしているのだろう。
俺は慌ててヘビの首筋の辺りに、竜人の剣を振り下ろした。
頭を斬り落とされたヘビは、少しの間もがいた後。
キュイーン――と、機械が停止するような音を鳴らして、その機能を停止させた。
俺が思った通り、頭を切り落せば動かなくなるようだ。
巨大ヘビを倒し終えると、魔王鎧は再び腕輪へとその姿を変える。
俺に協力してくれたのだろうか? 強制的に、ずっと鎧姿にさせられていた時よりも、だいぶマシになっている。
「やっぱり、ロボットだったのか」
この世界に、ロボットが存在しているとは思わなかったけど。
空飛ぶ飛空船があるくらいだもんな、ロボットがいても不思議じゃないか。
しかし、どうしてリアの剣だけ通じたんだ?
正直な話、俺は竜人の剣のことを低く見ていた。
黄竜と戦った時も、トリアナの剣は奴のバリアを破ることは出来たけど。
リアの剣はまったく通じなかったし、活躍する機会が殆ど無かったからだ。
相性でもあるのかな。
動かなくなった巨大ヘビを、まじまじと観察していると。不意に、自分のコートが引っ張られる。
後ろを振り向いたら、ルナよりも小さい雪女の少女が、俺の事をじっと見ていた。
「えっと……」
これ、どうしたらいいんだ……
俺の魔法で、顕現したんだよな?
『ルナ! ルナ!』
「…………」
雪女に見られながら、心の中でルナのことを呼んでみたけれど、全然返事が返ってこない。
思い返せば、このヘビと戦う前から反応がなかった気がする。外で何かあったのだろうか。
どうすることもできなかった俺は、とりあえず雪女の頭をナデナデしてみた。
うん、すんごい冷たい。体温どころか、髪の毛まで凍えるような冷たさだ。
「あ……」
しばらく雪女の頭を撫でていると、俺に向かってニコっと可愛く笑った少女は、やがてその姿を消してしまった。
「消えたな……」
なぜだかすごく寂しくなった。
「そうだ、霊草を取らないと」
心の中で気持ちを切り替えて、俺は霊草が生えていた場所まで戻る。
巨大ヘビとの戦闘で、燃えてしまっていないか心配だったけど、どうやら無事のようだ。
外で待っているルナ達の事も気になるし、さっさと草を刈って脱出しよう――
戦闘が思ったより長くなってしまいました。
三人称にしようかと悩んだのですが、今まで通りに一人称っぽく書きました。
戦っているシーンが、うまく読者様に伝わると良いのですが……




