第159話 メタルでソリッドなアイツ
コソコソとしゃがみ歩きをしながら、スニーキングをする。
正直な話、ダンボールをかぶっているのでものすごく歩きづらい。
近くに見張りがいないので、箱を置いて行こうとしても――
『クロ……だんぼーる……ちゃんともっていく……』
『はい……』
これだ。
まるで俺のことが見えてるような感じで、ルナの指示が飛んで来る。
まぁ、見つからないようにして、草を刈ってくるだけだからいいんだけど。
えっと……
あの通路を左か。
エレンさんに教えられた場所に向かって進んでいく。
俺が目指す場所は、銅像が飾ってある部屋だ。
『クロ……』
突き当りの廊下を左に曲がったところで、ルナから声がかかった。
『どうした?』
『そこの……右の部屋……はいって……』
『右の部屋?』
『ん……』
ルナに言われた部屋は、扉が壊れて無かったので、そのまましゃがみ歩きで入っていく。
しゃがみ歩きのせいで、俺の着ているコートが地面に接触してしまい、かなり汚れてしまっている。
戻ったら、アリスに怒られそうだな、これ。
アリスにプレゼントしてもらったコートを見ながら、俺はため息が出た。
『それで、この部屋で何をするんだ?』
『奥のタンス……しらべて……』
『タンス?』
部屋の中を探すと、隅の方に古ぼけたタンスが見つかった。
とりあえずダンボールから抜けだして、言われたとおりにタンスの中を漁る。
んー……
ゴミばっかりでなにもないぞ。
このボロ布は……服か?
うぇ!? 虫が居た! 気持ち悪っ。
虫を払いのけながらタンスの中をひっくり返していると、硬い鉄のようなもを見つけた。
手に取ってそれをよく見てみると、ズシリと重みがあるハンドガンだった。
銃? なんでこんな物がここに?
『ルナ。銃を見つけたんだが、これはどういう事だ?』
『それは麻酔銃……ワタシが……そこに送った……』
『麻酔銃!? 何でわざわざタンスの中に?』
『家に侵入したら……タンスやツボをあさるのは……常識だ……』
何言ってるのこの子!?
お兄さん、そんな娘に育てた覚えはありませんよ。
俺はルナの将来が心配になりながら、麻酔銃を見つけた部屋を後にした。
「状況はどうなっている?」
む?
目的の場所に向かいながら廊下を歩いていると、ある部屋の前で声が漏れ聞こえてくる。
「粗方片付いた。後はアカネ様を待つだけだ」
「そうか。アレはどうする?」
「置いていくそうだ。結局、制御できないからな」
アカネ様?
日本人みたいな名前だな。
アレってなんだろうか。
「移動の準備をする。外の連中に伝えてきてくれ」
「わかった」
おっと――
いそいそと早歩きをして、声が聞こえてきた部屋から離れる。
距離を取ろうとしていたら、目の前から耳が尖った男がこちらに向かってきていた。
げっ! やべぇ……
慌てすぎたせいで、右上のマップを確認し忘れた。
ルナ特製のダンボールをかぶっているので、見つかることはないとは思ったけど。
もしもの事を考えて、俺は端の壁に寄りながら身を潜める。
「ん? なんだ?」
うげ……
こっちに来やがった。
「どうした?」
エルフの男が目の前に来てキョロキョロしていると、立ち聞きした部屋に居た男達も俺の側まで寄ってくる。
これはマズい。ねがいの魔法なら見つからないと思ったが、エレンさんが言っていた通り、エルフはかなり鋭い。
どうする……
麻酔銃を使ったほうがいいのか?
「何かいたのか?」
「この辺りで、何かが動いた気配がしたんだが……」
「ネズミじゃないのか?」
「そうかもしれん」
「見張りが居るから、侵入者がいたら誰かが気づくだろ。それよりも、移動の準備をするぞ」
「そうか。わかった」
身を潜めながら迷っていると、男達はそう結論づけて俺の側から去っていった。
ふぅぅ……
びびった。完全にバレたのかと思った。
エルフには気をつけたほうがいいな。
それにしても、彼奴等はこの廃墟で何をしているのだろうか。
随分と物々しい警備だし、こんな場所で、何か良からぬことをしているのだろうというのは分かるけど。
その目的が、皆目見当がつかない。
またか……
考え事をしながら移動をしていると、マップの赤い点がこちらに近づいてくる。
それを確認して動くのをやめ、じっと息を潜めた。
「んん? 気のせいか……?」
エルフの男が俺の近くで一旦立ち止まり、その後何事も無く通り過ぎていく。
やはりこのダンボールは凄い。俺の魔法だけでは、エルフに見つかっていたかもしれない。
なんか、エルフが多いな……
廃墟の外と中で、十一人程の男達を確認したが、そのうち七人がエルフだった。
森の奥に行けばエルフの集落があるらしいので、この辺りにエルフが多くても納得できるのだが、それでもなぜか気になる。
あの扉の向こうか。
見張りが居るな。
しかもまたエルフだし……
目的の場所である部屋の扉を確認すると、二人のエルフが見張りとして立っていた。
認識阻害のダンボールをかぶっているとはいえ、閉まっている扉を開けるとなると、流石にエルフじゃなくても怪しまれてしまう。
なんとか注意をそらすことができるといいんだが……
『クロ……クロ……』
『あぁ、ルナか。どうした?』
『状況は……?』
『目的の場所には辿り着いたんだけどな。見張りが居て、中に入れないんだ』
『たおせばいい……』
『うーん。ここまで潜入してきて、ここで騒ぎを起こすのもなぁ……』
折角苦労してここまで来たんだ。尚更騒ぎを大きくしたくはない。
それに、力づくでいくのなら、最初から問答無用で屋敷に突入している。
『麻酔銃……使う……』
『これか……』
コートのポケットに入れていた銃を取り出す。
確かにこれを使えば、容易く突破できるだろう。
もし他の見張りが異変気気づいたとしても、さっさと草を取って脱出すればいいだろうし。
よし。
やるか!
ダンボールに開いている穴から、そっと銃身を外に出した。
そしてもう片方の穴から目標を確認して、狙い澄ます。
足元しか狙えないな……
しゃがんでいるので仕方ないが、敵の足しか狙えない。
銃身を上向きにすればなんとかなるけれど、それをすると命中率がかなり下がりそうだった。
あまり近づくと気づかれそうだし、これで狙ってみるか。
銃のトリガーを引くと、パスンと気の抜けたような小さな音が鳴る。
「今の音は何だ?」
「何か刺さっているぞ」
あ、やべぇ……
銃の音を消すのを忘れてた、しかも外れてるし。
エルフの一人がしゃがみこんで、扉の下の方を確認している。
俺が外した麻酔銃の弾が、扉に当たったのだろう。
俺はもう一度狙い澄まして、しゃがんでいる男に向かって銃を撃った。
「これはなん……痛っ……ぁ……」
「お、おい! どうした?」
うほっ 尻に当てちまった。
背中に向かって撃ったのだが、距離が離れすぎていたせいなのか、狙いが外れて弾が男のお尻に当たってしまった。
身体のどの部分に当てても問題はないらしい。眠った男に駆け寄っている、もう一人の方にも銃を撃つ。
こちらの方は一発で二の腕に命中して、二人とも問題なく眠りについた。
近づいていき確認すると、どうやらうまくいったらしい。
動かなくなったエルフ達を確認した後、俺は部屋の中へと入っていった。
これが吸血鬼の銅像?
ヒゲがすげぇな……
エントランスの様な広い場所に、Vの字型の口ヒゲをした銅像があった。
この銅像は、この廃墟となった屋敷の主人で。エレンさん曰く、ここは吸血鬼の館と呼ばれているそうだ。
何十年も昔からあるうわさ話らしいので、真意のほどは定かではない。
この屋敷に誰かが住んでいるのを見たことがないみたいだし。夜になると、低級霊の巣窟になっているから誰も近づかない。
そんな感じで、この場所は子供たちの絶好の肝試しスポットになっていたわけだが。
アリスが遭遇した事件を境に、ここは完全に立入禁止になっていた。
ルナが、絶対に俺について行くと言っていたのは、吸血鬼の館という名称が気になったのだろう。
さてと……
V字ヒゲも気になるが、霊草を探すか。
エレンさんに教えられた通りに、銅像の後ろにある通路を進んでいく。
ダンボールは銅像の所に置いてきた。二人のエルフを眠らせたので、これ以上時間をかける訳にはいかないからだ。
魔法で表示しているマップを確認すると、この先には黒い点が一つだけある。
麻酔銃もあることだし、一人くらいならなんとかなるだろう。
◆◇◆◇
「なんだこりゃ……」
ある部屋の前に辿り着くと、思わず声が口から出てしまう。
その場所は庭……というか、木々や草がたくさん生えており、小さなジャングルのようになっていた。
まじか。
この中から半透明な草を探せと?
ここまで見つからないように苦労してきた矢先に、こんな小さな森のような場所が待っていたとは、思わぬ徒労感を感じてしまう。
しかしここで腐っていても仕方がなく、ガサガサと草木をかき分けながら、俺は霊草を探すことにした。
あの黒い点、本当に人間か?
部屋の中央に黒い点が表示されているけれど、こんな所にいるのが人間だとは、とても思えない。
確かめてみるか。
マップに表示されている黒い点に近づいていくと、その正体が見えてきた。
というか、近づかなくてもその姿がハッキリと分かる。
ヘビかよ。
でけぇ……
部屋の中央には、銀色に輝くヘビが、眠っているような感じでとぐろを巻いていた。
鉄のような皮膚も気になるけれど、二十メートルはありそうな巨体が目立っている。
そして最悪なことに、ヘビの近くには半透明の草のようなものが確認できた。
ないわぁ……
アイツを倒さないと、無理だろこれ。
しゃがみながら麻酔銃を構えて、とりあえずヘビに向かって撃ってみる。
もちろん魔法を使って音は消した。さすがにアレを相手に、そんなヘマはしたくない。
しかし俺の期待を大きく裏切り、麻酔銃の弾はヘビの皮膚には通用しなかった。
カキンっていったぞカキンって。
見た目通り硬いのかよ。
弾が皮膚に触れたヘビは、パチクリと目を開けて辺りを見回す。
そして、シャァァァっとひと鳴きした後、再びゆっくりと目を閉じた。
うん。
これじゃダメだな。
俺は覚悟を決めて、ヘビと戦うことを決意する。
誰にも見つからないように、そっと脱出するつもりだったけど、それは無理そうだった。
アイツの強さがわからないが、俺も成長しているし、倒せないことはないはずだ――




