第158話 潜入ミッション
ルシオールの街を出てから、小一時間ほど過ぎた頃。俺達は目的地である廃墟に辿り着いていた。
廃墟は森の中にあって、まるで貴族が住むような大きな屋敷だ。
俺達四人は藪の中に隠れながら、屋敷の様子を窺う。
「クロードさん。人数はわかりますか?」
「えぇ。少し待ってください」
横に居たエレンさんに尋ねられて、俺は魔法を使いながら相手の人数を確認する。
右上のマップに表示された数は、屋敷の外側に五人。そして、屋敷の中には十五人ほどの赤い点が表示されていた。
「多いですね……」
俺の返事を聞いたエレンさんが、再び屋敷の方へと視線を向ける。
外にいる連中は辺りを警戒しているようで、侵入するのも難しそうだった。
なぜ俺達がこんな事をしているのかというと、そのワケは二十分ほど前に遡る。
廃墟の近くに来るまでは、至極順調だった。街が近い方の森には、低ランクレベルの魔物しか出てこないし。
例え強めの魔物が出てきたとしても、俺達は、近距離、遠距離、魔法というバランスの良い四人組だったので、苦戦することはない。
まぁ、そんな強い魔物などは出てこなかったから、廃墟に向かってサクサクと進んでいたわけなんだが……
しかし、廃墟まであと少しというところで、状況が変わってしまったのだ。
初めに気づいたのはエレンさんだった。森の中で、人の気配がすると。
それを聞いた俺達は、すぐに辺りを警戒した。
相手が冒険者ならば問題ないけれど、それが盗賊だったら話は別だ。
警戒をしながら近づいていき、相手の姿が視界に入った瞬間、俺は油断してしまった。
相手の二人は、男性のエルフだった。これなら話しは通じると思い、俺は警戒を解いのだが。
それが間違いだった。二人のエルフは何を思ったのか、いきなり俺達に襲いかかってきたのだ。
二人のエルフが弓矢を撃ってきて、アリスが刀でそれを叩き落とす。
そしてこちらからもエレンさんが弓を構えて、敵に向かって矢を射った。
普段のエレンさんならば、標的を外すことなく高い命中精度を誇っているのだけれど。
相手がエルフだからなのか、エレンさんの遠距離攻撃は簡単に躱されてしまう。
だけどその隙を逃すかと、すかさず俺とルナが、風圧魔法をエルフの男達にぶつけた。
相手が弱かったのか、それとも、俺達の魔法が強かったのかは分からないが。エルフの男達はすぐに気絶した。
俺達はソフィアを助けることを優先したので、襲ってきたエルフ達は森の中に放置することにした。
こうして俺達は、目的地である廃墟に辿り着いたわけなのだが。
いざ到着してみると、誰も居ないはずの廃墟に怪しい奴等が居たのだ。
こいつらが、ここで何をしているのかは分からないけれど。
森の中に居たエルフ達は、屋敷に人を近づけさせないように、見張りをしていたのかもしれない。
「どうしますか?」
「素直に通してくれるとは、思えないわね」
「だよな」
エレンさんの質問に、アリスが尤もなことを言う。
ここまで来る途中で聞いた話しによると。霊草は廃墟の外ではなく、屋敷の中の、ある場所に生えていたらしい。
その通りならば、必然と侵入しなければならない。
話しが通じるのなら、真正面から訪ねて行くのだが、どう考えてもそれは無理そうだ。
声をかけた瞬間、森の中に居たエルフみたいに、有無を言わさず襲ってくる可能性が高いし。
でも、ずっとここで隠れているわけにもいかないよな。
「俺が一人で行ってくる」
「大丈夫なの?」
「魔法で姿を消せるから、問題はない」
アリスが俺の心配をしてくるが、彼女を助ける時も魔法を使って、貴族の屋敷に潜入出来た実績がある。
あの時も、魔法を解除するまで誰にも見つからなかったし。俺一人なら、無理なく潜入することは出来るだろう。
「クロードさんの魔法は凄いですけど、エルフは直感力に優れています。ですから、気をつけてくださいね」
「き、気をつけます」
魔法で姿を消そうとしたら、エレンさんが、不安になるようなアドバイスをしてくる。
俺のねがいの魔法ならバレることはないと思いたいが、気をつけるに越したことはないだろう。
「クロ」
「うん?」
ルナが、こいこいと手招きをしていたので、俺は彼女の傍まで近づいていく。
「魔法で援護するから、中に入ったら声かけて」
「どうやって? あぁ、心の中でか」
「ん……」
「結構離れているけど、届くのか?」
俺とルナとソフィアは、魂が繋がっているらしいので、今でも心の中で会話ができる。
しかしそれは、離れすぎると聞こえなくなってしまうような、微妙な力だ。
「魔力を乗せながら喋れば、たぶんだいじょぶ」
「よくわからないけど、やってみる」
「ん……」
◆◇◆◇
この辺りからいくか。
屋敷の裏側まで回り、侵入経路を決める。
透明になる魔法を使ってここまで来たけど、誰にも見つかることはなかった。
しかし……
いいのかこれ? 壁が壊れているじゃないか。
屋敷の裏の壁は、長年放置されていたせいで、風化してボロボロだ。
正面にあった入り口は警備が厳重だったのに、この場所には誰もいない。
ずさんにも程があると思いながらも、俺は壁の隙間を通って、屋敷の中へと侵入していく。
ジャリ――ジャリ――
おっと。
廊下を歩いていると、荒れた床に転がっている石を踏んだ音がしてしまう。
姿を消す魔法を使っているのに、これでは隠れている意味が無い。
俺は一度立ち止まった後、一呼吸置いて、足音が出なくなる魔法を唱えた。
足音のことは失念していたな。
ここまで来る時にバレなくてよかった。
さてと……
右上に表示されているマップを見ると、赤くて丸い点が所々に表示されている。
しばらくそれを観察してみる。どうやら見回りをしているようで、動きが規則的だ。
うーむ。
なんか、リアルなステルスゲームをしている気分になってきた。
エレンさんが言っていた場所は……
『……ロ……ク……ロ……』
お?
エレンさんに教えられた場所を探していると、どこからともなく、俺を呼んでいる声が聞こえてきた。
声の主はルナだ。どうやら、彼女が心の中で語りかけてきているらしい。
『ルナか? 少し、聞き取りづらいな』
先程彼女に言われた通り、声に魔力を乗せる感じで返事をしてみる。
すると、はっきりと会話が出来るという程ではなかったけど、ルナが何を喋っているのかは聞き取れるようになった。
『こっち……から……ワタシが……サポート……する……』
『サポート?』
『ん……まってて……』
外で待機しているルナが、屋敷の中にいる俺をどうやってサポートするのだろうか。
まさか騒ぎを起こして、注意を引き付けるような危ないことをするんじゃないだろうな……
少し不安になっていると、俺の目の前に突然何かが姿を現す。
なんだこれ? 箱?
目の前に現れたのは、少し大きめの茶色い箱だった。
『ルナ。何だこの箱は?』
『潜入ミッションに……必需品の……だんぼーる……それで……隠れる……』
『なん……だと……?』
ただのダンボールなのか? これは。
つか、潜入ミッションて……
いや、間違ってはいないけど。
こんなにでかい箱をかぶって隠れても、すぐにバレると思うんだが……
『認識阻害……の……魔法が……かかってる……もんだいない……』
俺の考えを読んだのか、ルナがそんな風に説明してくれる。
透明になる魔法を使っていて、ついでに足音も消しているので、俺にはまったく必要なかったのだけど。
ルナが俺のためにと魔法を使ってくれたので、彼女の気持ちを無下にすることも出来ず、ありがたくダンボールを使わせてもらうことにする。
てかこれ、転移魔法じゃね?
ルナはこの魔法を使えたのか、そっちの方がすげぇな。
ゴソゴソとダンボールをかぶりながら、俺はひとりそんな事を思っていた。
よし。
それじゃいくか。
俺はダンボールに隠れながら、気合を入れなおす。
他人から見れば、さぞかし滑稽な姿に映るだろう。
認識阻害魔法がかかっていて、本当によかった。
ダンボールには親切にも、前を見ることが出来る丸い穴が二つほど開いている。
ん? なんだこれ? 布?
箱の中でふと、地面に視線を落とすと。
なにやら、ジャングルグリーンの色をした布切れが落ちていた。
ダンボールと一緒に送られてきたみたいなので、ルナに向かって使用方法を聞いてみる。
すると、頭に巻いて使用しろとの指示が飛んできたので、彼女の言う通りに頭に巻いた。
『で、これにはどんな効果があるんだ?』
『それは……無限……バンダナ……魔法の力で……武器の弾薬が……無限になる……』
『それはすごいな!』
弾薬が無限か。
武器に銃を使えば、無双ができるじゃないか。
……………………あれ?
魔法の弾を使ってる俺の銃には、必要なくね?
ルナは何のためにこんなことを……?
もしかして……俺で遊んでいるのか?
最近はあまり構ってやれなかったので、ルナは俺と遊びたいのかもしれない。
そう結論づけて。俺は彼女の言う通りに、マヌケな格好で屋敷の中を探索することにした――




