第153話 破邪の剣
紛らわしいので、勇者の名前を随時カナ表記にすることにしました。
眩しい光に包まれたあと目を開けると、そこは見覚えがない場所だった。
中々に広い室内空間のようだが、屋根と壁があるだけで他には何もない。
「どこだここ?」
「ルシオールの商店街の近くにある、屋敷の一室だ。この屋敷は女王様が個人的に買い取っていて、僕もたまに使わせてもらっている」
この屋敷はフランチェスカ様が買い取っているけれど、まったく使用されていないらしい。
ヒカルが使っているのは、ここに住む為などではなく。主に、テレポートの指定先として利用しているのだそうだ。
突然街の中に瞬間移動すると、騒ぎにもなるし怪我をしてしまうこともあるので、この場所が便利なんだとの事だった。
「なるほど」
「それじゃ、僕はこれで失礼する」
「あぁ、助かった。ありがとうな」
「いや。こちらこそ、エイダの病気を治してくれて感謝する」
お互いにお礼を言い合った後、すぐにヒカルの姿が見えなくなった。
どうやら一人だけの移動魔法は、割りと短時間でできるらしい。
ずいぶんと無茶をさせてしまったみたいなので、魔力回復ポーションでも渡そうと思っていたけど、そんな暇はまったく無かった。
「ここから出られますね」
壁際にあった扉を開けて、エレンさんが部屋の外を確認する。
全員で彼女の後についていくと、上に登る階段が見えてきた。
どうやら俺達が居た場所は、屋敷の地下室だったみたいだ。
「ソフィア、大丈夫か?」
「大丈夫です、クロード様」
アリスに支えられながら、ソフィアが階段を登っていく。
後ろから見ていると彼女がフラフラと歩いていたので、その姿を見てとても心配になる。
「かなり弱っているな……」
「西の大陸に居た時に奪われた魔力も、完全には回復してなかったからね」
俺と一緒にソフィアの事を見ていたトリアナが、彼女が弱っている理由を教えてくれた。
一番の原因は冥王の呪いであったが。それ以前にも、黄竜達に奪われた魔力が完全には回復していないのに、彼女は無理をしていたらしい。
皆に心配をかけないようにしていたのだろうというトリアナの言葉に、俺は妙に納得してしまう。
「霊草を手に入れて、それで良くなるといいんだが……」
「完全に回復するワケじゃないけど、何もしないよりはマシだよね」
「そうだな」
このまま手をこまねいているだけでは、どんどん彼女は弱っていくだけだ。
それならば、藁にもすがる気持ちで霊草を見つけてくるべきだろう。
「お兄様……」
「あぁ、すまん。階段があるから、気をつけろよ」
「はい」
「神界に帰ることも……視野に入れなきゃ……」
神界に帰る……
レティの手を取りながら一緒に階段を登っていると、トリアナが不安になるようなことを呟いていた。
「一つ気になったのですが」
屋敷の中から玄関の鍵を開けて、全員が外に出た後に。ドアの前に立っていたマリアが、俺に声をかけてくる。
「なんだ?」
「鍵はかけ直さなくても、いいのでしょうかね?」
「あ……」
それは失念していた。いくら人が住んでいない屋敷だとはいえ、鍵をかけないでこのままここを後にすることなど出来ない。
というか、俺達の事を運んでくれたヒカルも何も言わなかった。うっかり忘れていたのだろうか?
「クロ……どうしたの?」
「俺は戸締まりをするから、レティを連れて先に帰っててくれるか?」
「ん……わかった」
俺たちの所に戻ってきたルナに、レティのことを任せて俺は魔法を詠唱する。
「マスターキー・クリエイト」
鍵を創り出して玄関のドアを閉めていると、なぜかマリアが俺の事をずっと見ていた。
「どうした?」
「いえ。盗賊の才能もあるのですね……と」
盗賊て……
そんな才能などあったとしても、嬉しくもなんともない。
それに、この世界の盗賊は空き巣もするのだろうか? 俺はそんな事を思いながら、玄関のドアの鍵をガチャリと閉めていた。
◆◇◆◇
「結構、賑やかな街ですね」
「この街には来たことがなかったのか?」
「はい。目立つような行動を避けて、大きなあの街でひっそりと暮らしていましたから」
人間とまったく同じ姿をしているけれど、クレアとマリアの二人は魔族だ。
彼女たちは、人間に対して嫌悪感を抱いてはいないようだが。やはり恐怖というものは、感じてしまうのだろう。
「向こうにいた時はお昼すぎでしたのに、日が沈みかけていますね」
「転移魔法は空間を飛べても、時間は飛べないと言っていたな」
「なるほどです。勇者の力も、完璧ではないということでしょうか」
「みたいだな」
ヒカルではなくカズマに教えてもらった事だが、勇者の専用魔法ならそんなに違いはないのだろう。
「それにしても……レティが少し離れただけで鎧に変わられるのは、勘弁してほしいな」
「やはり目立ってしまいますよね」
再び鎧に完全武装された俺は、道行く人々に奇異の目で見られる。
漆黒の鎧を身に纏って、しかもメイドまで連れているんだ。否が応でも目立ってしまう。
無駄かもしれないが。腕輪に変われるのならそのままでいてくれと、鎧に向かってレティにお願いしてもらうか。
目立つのが恥ずかしくて、早足で屋敷へと帰る。
マリアも俺と同じ気持だったのか。周りの視線をチラチラと気にしながら俺について来た。
「なかなか大きなお屋敷ですね」
「本家はもっとデカかったけどな」
グレイヴ邸に到着すると、辺りはすっかりと日が暮れていた。
俺は門を通りながら屋敷と庭を確認する。冥王がここに来ていたとの事だったが、争ったような後などは無い。
ジイさんと争うことを避けていたのか、リアが一人っきりで庭に居た時を狙われたようだ。
「ここは別宅なのですか?」
「ん? いや、跡取りに家督を譲ったジイさんが、一人で住んでいたんだ」
「ほう。大きな屋敷を複数所持しているのでしたら、よほどお金持ちなのでしょうね」
「伯爵の地位を持つ貴族だからな。ちなみに本家は西の大陸の、シュバルテンにあるんだ」
「それはまた、ずいぶんと遠く離れていますね」
「まぁな」
アリスに聞かされた話では、ジイさんは息子のアルバートさんとやらに、本家を追い出されたみたいだが。
二人の間にどんないざこざがあったのかは聞いていないし、特に知りたいとは思わなかった。
それに、もう二人は死んでしまっているので、いまさらその理由を知る必要もない。
まぁ片方は、幽霊になっても元気だけど。
「ただいま」
「クロさま……おかえりなさいです」
「おかえりなのじゃ」
ドアを開けて玄関の中に入ると、リアと白亜の二人がパタパタと駆け寄ってきた。
小さな女の子達にニコニコと挨拶をされると、なんだかとても癒やされた気分になる。
「アリス達はどうしたんだ?」
「ルナさまとトリアナさまは、ソフィアさまをお部屋までつれていきました」
「アリスは姫を部屋まで送って行って、エレンはクレアを連れて、屋敷の案内をしているのじゃ」
「そうか」
「では、私もエレン様とお嬢様を探しましょう」
マリアがそう告げて、俺たちから離れていく。
ある方向に向かって迷いもなく足を進めているので、エレンさんとクレアの居所は把握しているようだ。
「クロード、ちょうど良かったわ」
「どうした?」
三人で雑談をしていると、レティを部屋まで送り届けたらしいアリスが、二階から階段を降りてくる。
彼女の表情を見ると、なぜか元気がない。なにか想定外のことでも起きてしまったのだろうか?
「お爺様が、どこにもいないのよ……」
「なんだと……」
アリスたちがこの屋敷に戻ってきたら、家にいたはずのジイさんが出て来なかったらしい。
元気に動き回っていたとはいえ、あの人は元々幽霊だ。ならば俺が留守にしていたせいで、消滅してしまったのかもしれない。
そんな話はアリスにしたくはなかったけど、伝えないわけにもいかないので、ハッキリとその事を伝えた。
「そう……でも、まだ消えてしまったと決まったワケじゃないわ。屋敷の中を探してみるから、アナタたちも手伝ってくれる?」
「あぁ」
「はい」
「わかったのじゃ」
俺たちは手分けをして、屋敷中を隈なく探し始める。
アリスは二階を探すことになり、白亜はリビングの方へと向かった。
「クロさまー」
「なんだ?」
リアと一緒に一階を探していると、彼女が遠くから俺のことを呼んでくる。
彼女に近づいていって話を聞いたら、あっちの方にいるかもしれないとの事だった。
リアが指をさした方に向かって歩いて行くと、そこは地下へと続く階段だった。
道場の方にいるのか?
ひょっとしたら、地下の道場で剣を振るっているのかもしれない。
そんな事を考えながら、リアとともに俺は階段を降りていく。
階段を降りて道場に到着すると、たしかにジイさんはそこに居た。
しかし、なにやら様子がおかしい。
ジイさんは、道場の真ん中に座って瞑想をしていたようだが、その身体中からイヤな殺気がだだ漏れている。
リアを入り口に置いて、一人で道場の中へと入っていった俺は、迂闊に踏み込んでしまったことを後悔してしまう。
これはマズい……
俺がそう思った直後――
ジイさんが二本の刀を手に持ち、俺に向かって飛び込んできた。
「――くっ」
「かーーーーーつ」
「ぐあっ」
慌てて漆黒の両手剣を手にとって防いだけど、一本目の刀でその剣を切り払われ、二本目の刀で体を斬られる。
呪いの魔王鎧には傷一つ付かなかったが、とてつもない衝撃が、鎧の中の俺の体に走る。
「なにをするんだっ!?」
「おのれぇ……リアちゃんを連れ去ったと思ったら、そのような鎧を着てノコノコ戻ってくるとは!」
「えっ?」
「だがしかし! 呪われた鎧でワシの前に現れるとは……笑止! 我が極めた剣術に、悪霊を払う力が無いと思うてか!?」
最初は、ジイさんがおかしくなってしまったのかと思っていたが。
どうやら俺のことを、リアを連れ去った悪党と勘違いしているみたいだった。
「ちょっ! まっ……」
「ヤマト流剣術究極奥義……破邪滅法・臥竜鳳天破!」
「はぁ!?」
ジイさんが刀を納めた後、クロス状に居合抜きを放った瞬間。
刀から昇竜と鳳凰みたいなのが姿を現し、俺に向かって飛び込んできた。
「ぐっ……あああぁぁぁ――」
それを防ぐ術もなかった俺は、その絶大な剣術によって飲み込まれる。
フランチェスカ様が斬ることも出来ず、アリスが斬っても即時修復していた鎧は。ジイさんの手によって、バラバラに弾け飛んだ――




