第152話 優しい別れ
レティが俺達とともにこの街を出ることになり。その準備の為に、ルナとアリスが彼女を連れてこの部屋から出て行く。
それを見送りながら一息ついていると、俺の身体に再び変化が起こる。
ピカッと光ったと思ったら。なぜかまた、呪いの鎧に完全武装されてしまったのだ。
「え……なんで……?」
「クロードさん?」
「どうしてまた、鎧を着たのよ」
「いや……俺に言われても……」
俺と一緒に部屋に残っていた、エイダさんとシャルロットが疑問を投げかけてくる。
俺に聞かれてもわかるわけがない。煩わしい鎧から解放されたと思っていたのに、まだ呪いが解けてはいないんだ。
「そのお話、レティシア姫様から聞いたことがあります」
呪いの逸話を二人に話すと。エイダさんから、思いもよらなかった言葉を聞かされた。
レティからたくさん聞かせてもらった物語の中に、騎士と姫の悲恋話があったらしい。
その物語は、屋敷の地下でクレアから教えてもらった話と、微妙に違う部分があった。
国の危機や、騎士と姫がこの街に隠れ住んでいたところは同じだが。
二人は血の繋がった兄妹であり。しかも、恋人同士でもあったそうだ。
「その騎士って、王子だったのですか?」
「いいえ。騎士様の方は、妾腹の子だったようです」
姫は紛うことなき国王と王妃の娘だったそうだが。騎士の方は、女中が産んだ子供だったらしい。
道ならぬ恋をしていた二人だったが。実はそれは、国王にバレていたみたいだ。
聡明で器量良しの姫と、国で一番の実力と騎士道精神にあふれていた騎士。
二人を無理やり引き離すことが出来ずに、国王が取った苦渋の決断。
それは、姫を敵国の謀略から避難させるという名目で、半強制的に国外追放することだった。
「だから……姫の護衛は、その騎士一人しかいなかったのか」
「その通りです」
いくら二人の関係が、対外的に悪かったとしても。自ら女中に手を出したくせに、その対応は酷すぎる。
「姉様。そのお話に出て来る国というのは……もしかして、バルトディアの事ですか?」
「そうです」
「それでは、レティシア姫は……」
「姫様は、その王女様と自分を……重ねていらっしゃるのです」
どういう事?
俺が疑問に思っていると。エイダさんとシャルロットが、沈痛な面持ちでレティの境遇を教えてくれた。
レティは、ある貴族と王妃の間に生まれた、不義の子らしい。
それを知っているのはバルトディアの一部の王族と、結婚の話を受け入れたフランチェスカ様だけだ。
この二人がその話を知っているのは、レティ本人から聞かされたとの事だった。
「じゃぁ……彼女がこの国にいるのは……」
「国許に置くことが、出来なかったのでしょう」
「国の兵士に連れて帰られたと思ったら、すぐ戻ってきたしね。普通は戻ってこないわよ……」
シャルロットの言う通り。あんな騒ぎが起きたのに、なぜまた彼女がこの国に居るのかが不思議だった。
自国の姫を囮にして逃げた王子に、兵士達は怒っていたし。わざわざこの国までレティを助けに来たくらいだ。
俺達は、もう逢うことが出来ないと思っていたのに。それがあっさりと再会することが出来たのは、これが理由だったのか。
「クロードさん。レティシア姫様のことを、どうかよろしくお願いします。本来なら姫様は、貴方に逢えることを完全に諦めていました」
国の為に懸命に生きることを選んだレティは、俺と再び逢うことを諦めて。国王の命令通りに、この国に嫁ごうとしていた。
ルシオールから出て行く前に、まるで今生の別れの様に振舞っていたのは、それが原因なのだろう。
そしてフランチェスカ様から、俺の所へと行けと話をされたレティは、本当に喜んでいたそうだ。
そんな話を聞かされてしまっては、彼女の事を蔑ろになんて出来ない。
「わかった。任せてくれ」
いろいろと問題が起きてしまうだろうけど、フランチェスカ様も支援してくださる。
最終的に、レティの気持ちがどこへ向かうのかわからないが。それまでは彼女の事を、精一杯護ってみせよう。
そして、エイダさんとシャルロットに約束をして、俺達はここで別れることになった。
◆◇◆◇
「勇者……様の魔法で移動するのですか?」
「あぁ、そうだ」
皆が待っていた屋敷に戻ってきた俺達は、玄関に集まって今後の予定を話し合う。
ルナがシャルロットにお願いした頼みごとは、勇者の魔法で、俺達をルシオールまで運んでもらうことだった。
人数がかなり増えてしまっていたし、乗合馬車で移動すると旅費もかかるので、この提案は非常に助かる。
俺と話をしていたマリアも、魔族の敵でもある勇者に、頼ることはしたくないみたいだったが。クレアの安全の為に反対はしないようだった。
「それはいいんだけど、なんでずっとくっついているの?」
「見ての通りなんだが……」
クレアが質問をしてきたのは、俺とレティがずっとひっついている事についてだった。
今の俺は鎧姿ではない。どういう原理なのかわからないが、レティが俺の傍によってくると、なぜか鎧は腕輪に変形するのだ。
そして彼女が俺の傍から離れたら、再び鎧に完全武装されてしまう。
本当にわけがわからない。レティにそれを教えると、嬉しそうに俺と腕を組む。
断る理由などなかったし。むしろ暑苦しい鎧姿から開放されるので、俺にとっても僥倖なんだ。
「鎧が嫌がって避けている……というわけではないのですね。お姫様の命令にしか、従わないのですか?」
「この国の姫でも試したが、レティの命令しか聞かないみたいだな」
あの後、俺がいくら叫んでも腕輪に変わらなかったし。
試しにシャルロットにも命令してもらったが、何の反応もしなかった。
姫ならば、誰でもいいというわけでもないみたいだ。
「お父様もその腕輪をしていたけど……鎧だったのね、それ」
「そうなのか」
どうやら鎧から腕輪に変形するのは、クレアの父親の魔王鎧が、元々持っている能力らしい。
たしかに、霊の力だけでここまで変形するのはおかしいと思っていたので、それならば納得できる。
「クロードさん。お手紙は預かってきました」
「ありがとうございます、エレンさん」
エレンさんには、宿屋の娘のカリンさんの所に、手紙取りに行ってもらっていた。
俺が長いこと寝ていたので、約束を放置してしまったと話したら。
エレンさん自らが、カリンさんと話をつけに行ってくれたのだ。
「ルインに、あんなに可愛い恋人がいたのですね」
「意外ですか?」
「意外……そうですね。あまり人間のことを、好きではないみたいでしたから」
エルフが人間のことを嫌っているのか、それとも、彼個人が人間のことをあまり好きではないのか。
俺が知っているエルフがエレンさんしかいないので、その辺の理由わよく分からない。
まぁ、約束だけは果たさないとな。
やたら分厚い手紙を受け取りながら、ルインに会ったら必ず渡すと心に決める。
ルインは、ずっとカリンさんの所に行ってないみたいだし、少しくらい文句を言ってもいいだろう。
「そろそろいいか?」
俺達が話をしていると、光とフランチェスカ様が屋敷に入ってくる。
ずいぶんと待たせすぎたようで、光がしびれを切らしたみたいだった。
「すまない、よろしく頼む」
「人数が多いな……少し時間がかかるぞ」
光がそう言って、テレポートをするために魔法の詠唱を開始する。
「これを持っていけ」
「うわっ」
フランチェスカ様が俺に向かって、やたら大きな袋を投げつけてきた。
何が入っているのかと革袋の中を覗いたら、ものすごい数のお金が大量に入っていた。
「よろしいのですか?」
「それだけ人数がいたら、食費も馬鹿にならないだろう。ワタシからオマエへの依頼料だ。受け取っておけ」
「ありがとうございます」
たしかに俺が仕事で稼いでも、全員を養えそうにはないし。ジイさんのヘソクリも、どれだけあるのかわからない。
断る理由など見当たらなかったので、ここは素直に受け取っておくことにした。
「ありがとうございます、姉さん」
「気にするな。オマエも修行を怠るなよ」
「はい!」
アリスとフランチェスカ様が話をしていたら、俺たちの周りに光の粒子みたいな物が集まってくる。
そろそろ勇者の魔法が完成するようだ。ふと、視線をルナの方へと向けると。彼女が何かを言いたげに、フランチェスカ様のことを見ていた。
「ルナ……」
「お……げんきで……」
それに気づいたフランチェスカ様が、ルナの名前を呼んだけれど。
彼女は、途中で言葉を切ったような挨拶をするだけだった。
「もう、母とは呼んでくれないのか?」
「あ……」
その言葉を聞いたルナの瞳から、一粒の涙がこぼれ落ちた。
それを見たフランチェスカ様は、両手を広げて再びルナの名を呼ぶ。
「おかぁさま!」
叫びながら自分の胸元に飛び込んできたルナを、フランチェスカ様が優しく抱きとめる。
「また、いつでも遊びに来い」
「うん……うん……」
血の繋がっていない母娘の優しい別れを見た後、ついに光の魔法が完成する。
こうして俺達は、勇者の魔法で、ラシュベルトからルシオールへと戻ることになった――




