第151話 頼みごと
「お兄様!」
「ま、まて! レティ」
目が見えていないレティが、手探りをしながら俺の下へと駆け寄ってくる。
普段なら、このまま優しき抱きとめてあげるべきなのだが、今はマズい。
呪いの鎧で完全武装してしまっているので、彼女が怪我をしてしまう可能性があるのだ。
「おにい……はうっ!?」
無理やり手で止めることが出来ないので、声だけでレティを止めようとしたのだけど。
俺の制止の声を聞かずに、胸元に飛び込んできた彼女は、俺の鎧にオデコをぶつけた。
「い、いたいですぅ……」
「す、すまない。鎧を着ているんだ……」
その言葉を聞いたレティが、俺の体をペタペタと触りながら、鎧を脱いでくれと無茶なことを言う。
俺も鎧を脱いで彼女のことを抱きしめたいが、それも無理なので脱げないワケを説明した。
「そんな……もう、お兄様には触れられないのですか?」
「う……」
悲痛な表情をされながらそんな事を言われると、俺もとてもつらい。
俺の体に触れて温もりを感じたいなどど、他人が聞けば勘ぐられてしまうようなことも言っているけど。
この鎧を脱げない俺には、どうすることも出来ないのだ。
「私とお兄様の邪魔をするなんて……残酷な鎧です」
鎧にそんなことを言われてもなぁ……
「ん?」
レティがその言葉を発した直後、自分の身体が白く光り輝く。
眩しくなって目を閉じてしまったが、いったいなにが起きたのかと、目を開けて自分の姿を確認する。
そこには信じられない光景が見えた。なぜか、俺が着ていた呪いの鎧が消えていたのだ。
「え? うそん?」
まさか、レティの言葉で呪いが解けた? んなばかな……
「お兄様!」
俺に触れていたレティも、鎧が消えたのがわかったのか。俺の体にひしっと抱きついてくる。
わけがわからないまま彼女の事を抱きしめていると、自分の左手に妙な違和感を感じた。
左腕の手首のあたりに、見覚えのない漆黒の腕輪がはまっていたのだ。
呪いの鎧が……腕輪に変形した?
とても信じられないようなことが起きて、背中の大剣も一緒に消えていた。
どのような原理で変わったのか気になったが、煩わしい姿から解放されたので、まぁいいだろう。
◆◇◆◇
「えっと……こんな感じでいいのか?」
「ん……そのまま、てのひらに魔力をあつめて」
「わ、わかった」
しばらくレティと話をした後。俺とルナは、エイダさんの病気を治す魔法を創ることになった。
エイダさんというのは、シャルロットのお姉さんの名前だ。
俺にはエイダさんの姿が確認できないが。彼女は今、下着姿でベッドに横になっているらしい。
服を脱いでいるのは、治療をする為であり。彼女の姿が見えないのは、アリスの手によって俺は目隠しをされているからだ。
別に、治療をするだけなんだから見てもいいんじゃね? と思ったけど。ルナが創った目隠しを強制的に巻かれてしまう。
どうやら、邪な気持ちが顔に出てしまっていたみたいだ。俺も男なんだから仕方がない。
「う……はぁ……ん……」
「クロ……強すぎ。もっとおさえて」
「す、すまん」
なにやら悩ましい声が聞こえてきたと思ったら、ルナが魔力を抑えろと言ってくる。
俺の出す魔力が強すぎて、エイダさんが少し苦しがっていたらしい。
心臓の病を治す為の魔法は、俺には想像しづらかったので、ルナの指導の下に行なっている。
ルナは自分の魔力が少ないので、俺の魔力を消費しながら治療をすることにしたみたいだ。
「どう……?」
「はい。少しづつ……楽になってきました」
「ん……つらくなったら言って」
「はい」
エイダさんの治療は、おおよそ二時間位の時間がかかった。
俺の魔力が持つのか心配だったが、なんとか無事に成功したみたいだ。
自分の魔力の消費よりも、エイダさんに向かってずっと手をかざしていたので、腕がとてもだるい。
「クロードさん。本当にありがとうございました」
「うん。まぁ、治したのはルナだから、お礼をいうなら彼女の方に」
「はい。ルナさんも、ありがとうございました」
「気にするな」
お礼を言われたことよりも、俺は服の衣擦れの音が気になってしまう。
いまだに目隠しをされているので見えないけど、エイダさんが服を着ているらしい。
「終ったの?」
「アリスか。治療は無事成功したみたいだ」
「そう、よかった」
部屋の外に出ていたアリスが戻ってくる。彼女はフランチェスカ様と話をするために、隣の部屋に行っていたのだ。
目隠しを外されて、周りを確認する。エイダさんの顔色が治療前よりも良くなっていて、ルナが紙に何かを一生懸命書いていた。
「何を書いているんだ? ルナ」
「ん……薬膳レシピ。体力がへっているから、からだの中からも回復させないと……ダメ」
しっかりしているなぁ……
黒斗の影響なのだろうか。俺と二人っきりの時は子供のように甘えてくるのに、今の彼女の姿はすごく誠実だ。
レシピを書き終えたルナが、部屋の中へと入って来たシャルロットに、そのメモを渡す。
「おいしいかどうかは、料理人のうでしだい」
「わかったわ。あなたもありがとう」
俺にも礼を言って、シャルロットが部屋から出て行く。
別のお礼を要求するつもりなのか、ルナも彼女の後をついていった。
部屋に残ったのは俺とアリス、そしてレティとエイダさんの四人だ。
アリスが、フランチェスカ様の頼みごとの説明をするといったので。俺達は黙って聞くことにした。
「姉さんがね、レティシア姫の事を、アナタに頼みたいって」
「どういう事だ?」
レティの方を見ると、驚いた様子がない。事前に話はされていたようだ。
「今この国で起きていることが、原因なのだけど……」
フランチェスカ様が女王になった時から、この国の政治は安定していたようだが。
ここ数年前から、またいろいろと不安定になってきているらしい。
この大陸の各地での魔物の襲撃や、住民の行方不明事件もその一因なのだそうだ。
「魔物の襲撃か……」
「えぇ。大きな都市ではまだ被害はないけど、各地の小さな村で、被害が出ているそうよ」
国が傾くほどの被害は出ていないらしいが、それでも支援という名目で、自国の兵士を差し向けないわけにもいかないとの事だった。
最初は冒険者ギルドで依頼を出していたけど、支援物資を横流しする輩が居て、マルコさんが頭を悩ませていたらしい。
「それとレティに、どんな関係があるんだ?」
「行方不明事件のことなんだけどね。姉さんがいうには、この街の貴族が関わっているかもしれないそうよ」
「あー……シュバルテンの時みたいにか」
「そうかも……」
「あ、わるい」
「もう、平気よ」
つい口が滑ってしまったが、あの誘拐事件は、アリスにとって思い出したくない出来事だと思う。
しかし俺が謝ると、彼女はニコっと笑って気丈に振舞っていた。
「姉さんに話したら、クロードは甘いって言ってたわよ」
アリスが誘拐された時の話をしたら、フランチェスカ様はもの凄く怒ったそうだ。
自分ならその貴族を八つ裂きにして殺したのに、見逃した俺はとても甘いとの事だった。
一生牢屋暮らしなら、それでいいと思ってしまったんだけどな。
相手は貴族だ。その場で楽に殺してしまうよりも、牢屋で一生苦しませ続ける方が、いい罰になると思っていた。
あの場には勇者である和真も居たから、あれ以上痛めつけることも出来なかったわけだし。
「国の兵士が減って、ある貴族が不穏な動きをしているから。今のレティシア姫の立場を考えたら……誰も知らない場所で匿った方が、安全なのだそうよ」
「理由はわかったけど、いいのか? レティの婚約は決まっているんだろ?」
バルトディアに帰国したはずの彼女がここに居るのは、結婚の話が再び持ち上がったからなのだろう。
王子の婚約者を独身の男に預けるとか……問題がありまくりな気がする。
「ちょっと、複雑な事情があるみたいなんだけどね……」
複雑な事情?
「クロードさん、私からもお願いします。レティシア姫様は、こんな私のことをずっと励ましてくれていました」
ベッドから動けないエイダさんの為に、レティは目が見えないのに、彼女の世話をしていたらしい。
自分が好きな獣人の国の話をしたり。乳母から教わった、いろいろな国の歌を歌ってもらっていたそうだ。
「クロードさんの話も、よく聞かせてもらいました。姫様は、お兄様のことが大好きなのだそうです」
「エ、エイダ様! それは内緒だって言ったのに!」
慌てふためくレティを見ながら、エイダさんはクスクスと笑う。
その二人の姿は、とても仲がいい姉妹のようにも見えた。
「安全面に関しては、あの屋敷の中ならすごく安全だと思う」
まぁ、ジイさんも居ることだしな。冥王みたいな敵が来ないのなら、確かに安全か。
この街の貴族達の間に何が起きているのかは、外部の人間である俺達にはわからないし。
レティの安全を期すなら。この街から出して、ルシオールに行かせる方がいいのかもしれない。
「アリスが納得したのなら、俺はそれでもいいけど。王子がどうなっても知らないぞ?」
「それは、レティシア姫も自分の妻にするってこと?」
「お兄様が、私を妻に娶ってくださるのですか!?」
「それは素晴らしいです」
「へ? い、いや……」
「イヤなのですか……」
「違う! 嫌なわけない!」
「お兄様! 嬉しいです」
レティがとても嬉しそうに喜びながら、俺の胸に飛び込んでくる。
王子がどんな行動に出るのかわからないぞ……と言ったつもりなのに。どうしてこうなったのだろうか。
言い直そうかと思ったけど、とてもそんな雰囲気ではない。
半ば呆れているアリスと、なぜか諸手を上げて賛成しているエイダさんを見ながら。
俺は大切な妹であるレティのことを、優しく抱きしめることしか出来なかった――




