第150話 歌声
「ひとつだけ……気に喰わない事がある」
馬車の中で、俺の話を聞き終えたフランチェスカ様が、睨みながらそんな事を言う。
眼帯で片目を隠しているせいか、その表情には怖さが倍増している。
「な、なんでしょうか?」
「何故、オマエがワタシの夫ではないのだ?」
「へ……?」
俺が素っ頓狂な声を上げていると、フランチェスカ様はルナを一瞥したあと、さらに言葉を続ける。
「王となり、身ごもってルナを産んだ……そこまではいい。だが、そのワタシの相手がオマエではなく。どこの馬の骨とも分からない男だというのが、納得出来ない」
馬の骨って……
それは俺に言われても困るんだが……
まさか、生まれ変わった元連れ合いにまで見下されるとは、さすがにルナの魔王さんがかわいそうになってくる。
俺と同じ気持になったのか、フランチェスカ様の横で話を聞いていたルナも、なんか微妙な顔になっていた。
「えっと。その……遥か過去の出来事ですし、今の俺にそれを言われても……」
「それはそうだが」
「それに、あの二人が結ばれていないと。俺の大好きなルナも、生まれなかったわけですし」
ルナを元気づけようと、ニコリと微笑みながら彼女の方へと顔を向けたが、まったく意味が無い。
鉄兜をかぶっていて、自分の顔を相手に見せられないからだ。ルナが嬉しそうな表情で笑っていたので、まぁ良しとしよう。
「まて……」
「え?」
「オマエの恋人は、アリスではないのか?」
「私はたぶん……九人中、三番目ですから」
寒気が走る。というか、ものすごい殺気が飛んできた。
フランチェスカ様の顔が険しくなり、入り口の所に立ててあった、己の愛刀に手を伸ばしているのだ。
ひぃっ……
俺はしばらくの間、蛇に睨まれた蛙状態だったが。ルナとアリスの説得のおかげで、なんとかフランチェスカ様の怒気は収まった。
「王族ではなく、貴族ですら無い平民が、それだけ嫁を取ってどうするのだ?」
「いえ、あの……何も、全員と結婚する予定ではないんです」
なし崩し的に女性ばかり仲間が増えたが、全員に俺の恋人になれとは言っていない。
俺の気持ちを真っ直ぐに伝えたのは四人だけだ。リアや白亜は保護をしているようなものだし、クレアとマリアの二人に至っては、俺ではなくアリスが雇い入れた。
他人から見れば完全に俺のハーレムだが、その女の子達全員が、俺のことを好きだとは限らないんだ。
俺が言い訳がましくまくし立てていると、俺の横に座っていたシャルロットが「軟派野郎」なんてぽつりと呟いた。
その言葉に反論せずに、甘んじて受け入れる。自分が優柔不断なのは、自覚していたからだ。
◆◇◆◇
「しかしそれだけ女がいるのなら、もう一つの頼みごとも、余計拗れるかもしれぬな」
「そうれはどういう……」
俺が喋っている途中で、乗っていた馬車が停止した。どうやら目的地についたようだ。
話の続きは降りてからすると、フランチェスカ様に言われて、俺達は馬車から降りることになった。
馬車が着いた場所は、どこかの大きな屋敷の前だ。先に降りていたフランチェスカ様が、何やら護衛の兵士と話しをしていたので、俺達は手持ち無沙汰になる。
「ねぇ」
「ん……?」
ルナと二人で屋敷を眺めていると、シャルロットが俺達に声をかけてきた。
「あの女勇者から聞いたけど。あなた達、すごい治癒魔法が使えるってホント?」
「それほどでもない」
おい、光! なにアリスと仲良く話してんだコノヤロウ!
シャルロットの話し相手を、謙虚になったルナが相手をしているが。俺は、少し離れた場所にいる二人が気になってしまう。
勇者の光が、アリスの耳元でなにやらヒソヒソと内緒話をしていたからだ。
うおい! そんなに顔を近づけるな、ぶっ飛ばすぞ!
「ちゃんと話を聞いてよ、もう! 痛っ……」
パチンと小気味よい音がしたので振り返る。シャルロットが手を真っ赤にして、プルプルと震えていた。
「それ……たたくと痛い」
どうやら、俺の背中を平手打ちしたらしい。
少し前に俺の腰を殴ったルナが、シャルロットに向かって鎧の硬さの説明をしていた。
「心臓が?」
「そう」
屋敷の中に入って廊下を歩きながら、シャルロットから先刻の話を聞く。
彼女の姉が原因不明の心臓病で、満足に動くこともできないらしい。
発病したのは数年前で、いますぐに死んでしまう程ではないみたいだが。
日を追うごとに弱ってきていて。いまでは、ベッドで寝ている時間のほうが多いのだそうだ。
「たしかに、ルナと俺は治癒魔法が使えるけど。お姉さんの病気を治せるかどうかはわからないぞ」
「それでもいいから……お願い」
シャルロットが、悲しげな表情で悲願してくる。
最初から断る気はなかったが、変に期待されても困るので、俺は正直にそう言ったんだ。
「わかった、やってみよう」
「ワタシも……やってみる」
「ありがとう」
この屋敷に連れてこられたのは、彼女の姉の治療のためだったのかな?
「シャル。本当に頼むのか?」
「だって、ジークがあの薬をくれないんだもん。しょうがないでしょ」
「あれは危険な物だからだ。エイダの病気を治せるなんて、とても思えない」
そういえばジークハルトさんが、シャルロットが姉のために、あの怪しいエリクシルとやらを欲しがってると言っていた。
俺も少しだけ調べさせてもらったけど。光が言う通り、あれはそんなに良い物じゃない。
もしあれを使って病気が治ったとしても、もっとなにか……嫌なことが起こりそうな気がする。
「この国にいた勇者達の中で、治癒魔法に長けた人がいれば、頼ることが出来たかもしれないけど」
「すまない……僕にもっと力があれば……」
「無い物ねだりしても、意味が無いわよ」
「質問がある」
「なんだ?」
俺は、シャルロットと光の会話に割り込んで、ずっと気になっていたことを聞くことにする。
それは、この国に来て疑問に思っていた異世界人のことだ。
勇者達のことは、たまにアリスから聞いていたけど。
東西南北にそれぞれ分かれている、四人の勇者の話しか聞かされなかった。
そしてこの国のギルドで俺が騒ぎを起こした時、俺がボコボコにした相手は、異世界人が作った組織の下っ端だと噂されていた。
フリーダムという名の組織を作ったのは、目の前に居る光なのか? と思ったこともあったし、今シャルロットが口にした、勇者達という言葉も引っかかったからだ。
「フリーダムは僕が作った組織じゃない。たしか、ヤクザみたいな男が作った組織だ」
「ヤクザ? 俺が聞いた勇者の話は四人だけだったけど、他にも召喚されているのか?」
「この国が出来る前にも召喚されていたし、僕が召喚された時も、二十人以上はいたと思う」
「そんなにいるのか……」
「死んだ勇者もたくさんいたけどね。君が聞いた四人というのは、それぞれの国で、国王が代表として選んだ者達のことだ。勇者会議を円滑に進める為でもあったし、僕も女王さまに選ばれたんだ」
「そういう事か」
詳しく話を聞けば、勇者召喚というのは、大勢の異世界人を一度に召喚するものらしい。
勇者達の考えは当たり前のようにバラバラなので、制限されてるとはいえ、皆が好き勝手に生きているそうだ。
たぶんだけど、有名になっている四人の勇者は、その国の王にとって信頼できるような人物なのだろう。
それだけの人数がいるのなら、一人か二人は治癒魔法に長けている奴がいてもおかしくはないけど。
シャルロットの話を聞く限り、残念ながらこの国に召喚された者たちの中には、一人も居なかったみたいだった。
「姉様が助かるなら、私はなんでもするわ」
「ほう……なんでも?」
「え、えぇ。私ができることならね……」
シャルロットの言葉に、なぜかやたらとルナが食いついている。
いったい何を要求するんだと思いながら、前方を歩いている二人に視線を向けた。
「なるほど、武門の生まれらしい家訓だな」
「はい。男に生まれたら、必ず守らないといけません」
「だからあの人は、一人で暮らしていたのか……」
アリスがフランチェスカ様に、ジイさんが一人ぼっちで暮らしていた理由を説明していた。
フランチェスカ様がジイさんと住み始める前は、ギルさんがよく遊びに来ていたとの事だったが。
バーンシュタイン家の家訓のせいで、ギルさんは傭兵に行くことになり。それ以降は誰も尋ねて来なかったみたいだ。
あんなに広い屋敷で老人が一人とか、そりゃ寂しくもなるよな。
「こんな事を言う資格など無いが。ワタシが居たことで、あの人の寂しさが少しは和らげたのなら……良かった」
「お祖父様は怒っていませんよ」
「ハッ 師の葬式にすら出なかった不出来な弟子だ。今更どうにもならぬ」
「姉さん、今でも遅くはないです。ちゃんと謝れば、お祖父様はきっと許して下さいます」
「そうか……時間ができたら墓参りに行き、しかと謝罪しよう」
もしその日が来たら、ジイさんを隠さないといけない。
俺の魔法のせいでぴんぴんとしているので、二人が出逢ってしまったらとんでもない騒ぎになりそうだ。
しかしこの二人……
またずいぶんと仲良くなっているよな。
「クロ……なにか聞こえる」
「うん?」
長い廊下を歩いていると、俺の横に居たルナがそんな事を言ってくる。
俺は気づかなかったので、改めてよく耳を澄ませる。たしかに彼女の言う通り、遠くの方から微かに声が聞こえてきた。
「歌……?」
「ん……だれか歌ってる」
歌声らしきものは、俺達が向かっている方から聞こえてくる。
近づいていくとハッキリとわかる。まるで、澄んだような美しい女性の声だ。
なんか聞き覚えがあるような……
――姫――様――
「えっ?」
「ん? クロ、どうしたの?」
「いや……いま、変な声がしなかったか?」
「ううん。ワタシには、歌声しか聞こえなかった」
気のせいか……?
すごく小さかったが、俺には男の声が聞こえた気がする。
「ここだ」
ある部屋の扉の前に辿り着くと、先頭を歩いていたフランチェスカ様が立ち止まる。
先ほどの歌声は、どうやらこの部屋に居る女性が歌っていたらしい。
今は歌い終わったのか、その歌声は聞こえなくなっていた。
いったいどんな女性が歌っていだのだろうと思い、開かれる扉に固唾を呑む。
フランチェスカ様が開けた扉の部屋には、二人の女性が居た。
一人はベッドに上半身を起こして座っていて、もう一人の方は椅子に座っている。
椅子に座っていた女性が立ち上がり、俺達の方へと振り向く。
「ま、まさか……」
「お兄様」
「レティ……」
とても嬉しそうな顔をして俺を呼んだのは、バルトディアの第八王女レティシアだった――




