第148話 次の目的地
「ソフィアは眠っているのか」
「うん」
「そうか」
俺とトリアナはソフィアの部屋を後にし、一階へと降りていく。
ソフィアのことが心配で離れたくはなかったのだが、少しでも寝かせたほうがいいとトリアナに言われた。
「トリアナ」
「なぁに?」
俺は階段を降りて立ち止まり、前を歩いていたトリアナを呼び止める。
彼女に言いたい事は沢山あったのだが、うまく言葉に出来ない。
思えば彼女は、遠回しながらも俺の事をいろいろと助けてくれていた。
それは、アストレア様の命令で仕方なくだったのかもしれないけど、彼女のおかげで俺が助かっていたのも事実だ。
「その……なんだ……」
「どうしたの?」
「ありがとうな、俺達を助けてくれて」
「クロちゃん……」
トリアナはこの世界の管理神だ。彼女の立場からすれば、特定の人間だけを助力するのは、本来なら有り得ないことだろう。
「クロちゃんを助けるのは大神王様の……ううん。ボクが好きでやってることだから、気にしなくてもいいよ」
「トリアナ!」
「わっ!?」
気づいたら俺は、トリアナのことを抱きしめていた。
アストレア様の命令のためではなく、自分が好きでやっているとの言葉が、俺には嬉しかったからだ。
「いたいよクロちゃん」
「あっ 悪い」
衝動的に彼女に抱きついてしまったが、自分が鎧姿だったのを忘れていた。
これは本気でどうにかしないといけない。このままだと、好きな女の子達に抱きつけないではないか。
「その鎧もなんとかしないとダメだね」
「そうだな……」
深刻な表情で悩んでいるトリアナの姿を見て、少しだけ邪な気持ちになってしまった自分を恥じた。
「霊草とかいう物で、俺のこの鎧もどうにかならないのか?」
「んと、霊草は乱れてしまった神力を正常に戻すためのものだから、呪い自体を解呪するってわけじゃないんだ」
「神力?」
「うん。神王なら誰もが持っている力だよ。冥王の呪いはそこまで強くないから、ソフィアちゃんの神力が回復すれば、あの呪いは解けると思う」
「そんな物が人間界にあるのか」
「廃れていると思うよ、人間には無用の長物だからね」
人間からしたら、霊草はそこらにある草となんら変わりはないらしい。
薬草にもならない上に、自生している場所が人気がない所ばかりだからだ。
ただし草が無色透明なので、珍しがって持ち帰る輩もいるかもしれないとの事だった。
「それじゃ、この鎧を脱ぐ方法は今のところ無いのか……」
「それに宿っている霊の未練を解決して、成仏させればいいと思うけど……なんの反応も見られないんだよね」
そう。アリスのジイさんみたいに、分かりやすい存在ならば俺の魔法で調べられるんだが。
身に纏っている鎧に語りかけても、魔法を使っても、何の反応もない。
そうなると、クレアから聞いた話から推測することになるのだが。騎士の未練は、姫を守りきれなかったことだろう。
だとすれば、ますます詰んでしまう。何百年も前の姫の事なんか、俺には全くわからないし。
「アリスちゃんに、斬ってもらうとか?」
「どういう事?」
「アリスちゃんが持っている刀は、ボクら神王でもびっくりするくらいの神聖力が宿っているから。もしかすると、無理やりその鎧を壊すことができるかも」
そういえば、アリスの刀にソフィアも驚いていたよな。
女神達が驚くほどのあの刀って、いったい誰が作ったんだろうか。
そんな事を考えながらエントランスを歩いていると、屋敷の入口のドアがガチャリと開く。
「おっと!」
「あぁ、おかえり」
玄関のドアを開けたマリアが、俺の姿を見て警戒する。
まぁ、この反応は当然だろう。地下室に祀ってあった鎧が動いているんだからな。
「もしかして……ご主人様ですか?」
「そうだよ」
「その格好をしている理由を聞いても……?」
「やんごとなき事情により……呪われました」
「は……はぁ……」
「クロードなの?」
「え? クロードさんですか?」
マリアの後ろから、アリスとエレンさんも入ってくる。
二人は俺の姿を見て驚いたあと、何やら複雑な表情になっていた。
◆◇◆◇
「いったい何をやっているのよアナタは……」
「言い訳のしようもない」
俺達は食堂に集まって、今後について話し合いをする。
ルナとリアと白亜の三人は、ソフィアの傍にいてくれと頼んでいるのでここには居ない。
俺は鎧を着たまま座ると、イスが壊れそうだったので立ちっぱなしだった。
ちなみに漆黒の剣は背負っている。ルナが留め金を創ってくれたので、せっかくだから剣も使おうと思ったのだ。
「霊草ですか……聞いたことがありませんね」
「私も知らないわね」
マリアとアリスも、霊草の存在は知らなかった。
特徴はあるけれど、魔族や人間からしたらそれはただの草だ。知らなくても仕方がないのかもしれない。
もっとも、魔大陸で見たなんて言われても、それはそれで困ってしまうが。
「エレンさんは、知りませんか?」
「たぶんですが……昔見たことがあります」
「ホントに? まさか、エルフ王国じゃないわよね?」
エルフ王国? そんな国があったのか……
アリスの言葉で、俺はいま初めてその存在を知った。
エレンさんから、いろいろな国の事が書かれている本は借りたことがあったが、エルフの国が載っている本は無かった。
教える必要がなかったのか、それとも、知られたくない事情でもあったのだろうか。
「いえ、アリスさんも行ったことがある場所です。ルシオールからはそんなに離れていません」
「え? そうなの?」
「はい」
「それはどこですか?」
ルシオールから近い場所ならば、あの街に帰る予定の俺達にとって朗報だ。
しかし俺の質問に、エレンさんはなぜか黙ったまま喋らなくなった。
「エレンさん?」
「どうしたの?」
「…………」
一瞬だけアリスの顔を見たエレンさんが、哀感に満ちた表情をする。
そして、意を決した様な雰囲気を出したあと、アリスに向かってその場所の事を言った。
「グレン君が……亡くなった場所です」
「……そう」
誰だ?
アリスとエレンさんが沈痛な面持ちになっているが、俺には誰のことなのかさっぱりわからない。
どことなくこの場の雰囲気が暗くなってしまったので、言葉を発するものは誰もいなかった。
「私が小さい時に行ったことがある……廃墟よ」
空気を察したアリスが、その場所について教えてくれた。
それは、いつかギルさんから聞いた、アリスの過去の話だ。
子供の頃に肝試しで行った廃墟、アリスの初恋の男の子が死んだ場所のことだった。
グレンというのは、その男の子の名前なのだろう。
「その場所は、今でも残っているのかな?」
トリアナの言う通り、そんなに昔の話なら、既に無くなっている可能性が高い。
ギルさんの話では、夜に低級霊が彷徨っていたらしいし。そんな場所をいつまでも残しているとは思えなかった。
「私たちがルシオールに住んでいた間は、取り壊したという話は聞いていませんね」
「そうね」
アリスがルシオールからバルトディアに移り住んだのは、たしか一年前だったか。
ならまだ残っている可能性はあるな。よし、次の目的地はそこだ。
「ルシオールに戻ったら、場所を教えて下さい。俺一人で行って来ます」
「わかりました」
「アナタ怖がりじゃない、大丈夫なの?」
「だ、大丈夫だ」
全然大丈夫ではないけど、アリスを連れて行きたくはない。
もはや廃れている廃墟だし、その気持は他の女の子達に対しても同じだ。
「話は決まったようですね、それでは引っ越しの準備をしますか。お嬢様、手伝ってくださいね」
「わかってるわよ」
一通りの話し合いが終わったので、マリアとクレアが引っ越しの準備を始めるようだ。
「俺も手伝おうか?」
「そんなに荷物はありませんから大丈夫ですよ。それに、そんな格好でウロウロされると逆に困ります」
「う……」
確かに鎧を着たまま引越し作業とか、すっげぇ邪魔な存在だよな。
「ならこれを使え。たぶんだが、中には無限に入る」
魔法を使って、リュックサック大のカバンを二人分創りあげる。
引越し作業が手伝えないのならば、魔法で補助をすればいい。
ただ、いま初めて創った魔法なので、無限に入るかどうかは自信がなかった。
「相変わらず便利な魔法ですね、お借りします」
「ありがと」
カバンを二人に渡したあと、俺はアリスに声をかけて玄関に移動する。
彼女に、俺が着ている鎧を斬ってもらうためだ。トリアナとエレンさんも俺達について来た。
「鎧を斬るの?」
「あぁ」
「理由を聞かせて」
「さっきも言ったけど、この鎧は呪われてて脱げないんだ。だけどアリスの刀の力なら、壊せるかもしれないとトリアナが言っていた」
俺の言葉を聞いたトリアナが、アリスに向かって力強く頷く。
アリスは少し悩んでいたが、俺が本当に困っていると伝えると、斬ることを了承してくれた。
「まって。白いほうじゃなくて、紅いほうでおねがい」
「どれでも同じだと思うけど、わかったわ」
アリスが腰に差してある刀は、鞘の色がそれぞれ違う。
白い鞘と黒い鞘、そして紅い鞘の三種類だ。
普段から彼女が戦うときは、白と黒の鞘に納まっている刀ばかり使っていたと思う。
紅い鞘の刀を使っているところを見たのは、レイスと戦った時と、俺がおかしくなっていた時だけだ。
そういえば、その二度の戦いも同じ技を使っていたよな。
たしか……アマテラスだったか?
あの刀じゃないと、使えない技なのかな。
「それじゃ、いくわよ」
「おう!」
俺は直立しながら目を瞑る。無抵抗で攻撃を受けるのが、ある意味怖かったからだ。
「ハァァ!」
アリスの気合の入った声が聞こえたあと、ガキィィンと小気味よい音が鳴り響き、俺の身体に少しだけ振動が走る。
目を開けて自分の身体を確かめたら、上半身が袈裟斬りにされていた。
「おぉ! 斬れて……なっ!?」
服を斬らずに、鎧だけ見事に斬られていたことに感動していると、まるで何事も無かったかのように鎧が修復される。
「ダメ……みたいね」
「なんてこった……」
それからしばらくの間、鎧を相手にアリスに奮闘してもらったが。
斬ったそばから次々と修復して、どの部分を斬ろうと全て無駄になる。
結局最後には、斬り疲れたアリスと、精神的に疲れた俺が、うんざりとした気分になっただけだった――




