第145話 黒騎士
「ん……む……?」
「クロ……おはよう」
二度寝から目覚めると、俺の体に抱きついているルナがいた。
昨夜は彼女を俺の布団の中に入れて、自分も一緒に寝たので、それ自体に驚きはない。
しかし、起きたら俺はなぜか裸にされていて、ルナも一糸まとわぬ姿になっている。
「おはよう、ルナ。なんで俺は服を脱がされているんだ?」
「……暑そうにしていたから」
「そうか、ありがとう。ルナも服を着ような」
「ん……わかった。ちゅ……」
返事をしながら唇を近づけてきたので、俺はキスを受け入れた。
素直にその行為を受け入れたのに、ルナは一瞬驚きの表情になる。
理由を聞いたら、いつもは狼狽えている俺が冷静だったので、少しだけびっくりしたとのことだ。
あれを体験したからな……
ルナはずっと俺のことを待っていてくれたんだ。
それを知ってしまったら、彼女のする行為を拒否できるわけがない。
いろいろと考えていると、次々と想いがあふれてきてしまい。まだ裸のままだったルナの事を、ギュッと抱きしめてしまっていた。
◆◇◆◇
「もう少しじゃ、がんばるのじゃ!」
「ふぁい!」
「ん……?」
「なんだ?」
服を着終えて、ルナと一緒にベッドに座ってイチャついていると、扉の向こうから声が聞こえてくる。
声の主は白亜とリアだとわかるのだが、ドアノブをガチャガチャとしているだけで、彼女たちは中に入ってこない。
レバーハンドルが重たいのか? と思っていると、やっとの事で扉が開き始めた。
「あきましゅた!」
「よくやったのじゃ!」
扉を少しだけ開けて中に入ってきた二人を見て、俺は愕然としてしまう。
小さいドラゴンに変身したリアの背中に、同じく小さな子狐姿の白亜が乗っている。
リアは、懸命に翼をパタつかせてフラフラと飛びながら、俺の方へと向かってきた。
「くろしゃまー!」
「クロ坊!」
「お、おいおい……っと」
手を広げてリアの事を受け止める。小さな彼女たちは、すっぽりと俺の腕の中に収まった。
「お前たち、なんでその姿になっているんだ?」
昨夜見た時は二人とも人間の姿だったのに、今朝になって獣の姿に戻っている。
もしかしたらなにか副作用でもあるのかと、俺は気が気でなくなってしまっていた。
「うむ。いつでも変身できるように、特訓したのじゃ」
「がんばりましゅた」
「マジかよ……」
俺のために強くなろうと思った二人は、頑張って獣化を覚えたそうだ。
俺が眠っている間に、どれだけ頑張ったか説明してくれている彼女たちの姿が、とてもいじらしい。
白亜は子狐姿には慣れているけど、リアはまだ慣れていなくて、うまく喋れないとの事だ。
むしろ弱体化してないか? と思ったが、カワイイので良しとしよう。
「そうか、よく頑張ったな。いつでも人間の姿に慣れるのか?」
「もちろんじゃ」
「ふぁい」
返事をして俺から離れた二人は、ボフンと音を立てたあと人の姿になった。
「おぉ……すげぇな!」
「えへへっ」
「んふふ」
二人に近寄って行き、白亜とリアの頭を優しく撫でる。
それを見て羨ましくなったのか、ルナが俺の腰にしがみついてきたので、彼女の頭も優しく撫でた。
◆◇◆◇
「ここでソフィアが寝ているのか」
「ん……」
ルナに案内された部屋の扉をノックして、中へと入っていく。
朝食の準備をしていたマリアに聞いたのだが、ソフィアは俺が倒れてから元気をなくしてしまい、ずっと横になっていると言われたんだ。
「ソフィア、大丈夫か?」
「クロード様……御目覚めになられたのですね。よかった……」
ベッドに横になっているソフィアに近づいて、声をかける。
話に聞いた通り、彼女はどこか元気が無い。目を覚ました俺のことを喜んでくれているが、その表情が少し暗くなっているからだ。
俺はソフィアの頬に触れながら、彼女に元気がないワケをそれとなく尋ねる。
「あぁ、俺はもう大丈夫だ。ソフィアのほうこそ体調が良くないみたいだが、どうしたんだ?」
「申し訳ありません。あの日からなぜか頭痛が治まらなくなってしまい、すごく体が怠いのです」
「そう……なのか……」
あの時、冥王がソフィアに何かしたとは思えないけど、確証があるわけではない。
ひとつだけ心あたりがあるとすれば、彼女が言ったあの一言だ。
俺が気を失う寸前に、ソフィアは冥王に向かって、確かにこういった。
夕城……黒乃……様? と。
冥王が、ソフィアを動揺させるために騙したのだと思うが。
彼女はサティナではない。俺がおかしくなった時も、彼女は動揺なんてしなかった。
だとすれば、他にもなにか原因があるのだろうか。
ソフィアについて考えていたら、部屋の扉をノックする音が聞こえてくる。
俺が「開いているぞ」というと、なぜかメイド服に身を包んでいるクレアが入って来た。
「ご主……人……様……お客様が来てる……来てます……わよ……」
それを聞いた俺は、一瞬思考が停止する。顔を真赤にして、何がしたいんだこの魔王は? と思ったが。
昨夜にマリアから聞いた話をすぐに思い出した。
そういえば、メイドとして雇ってもらったとか言ってたな。
「そ、そうか……すぐに向かう。あと、無理してそんな喋り方をしなくてもいいぞ?」
「べ、別にアンタのために無理してるわけじゃないんだからね! 雇って貰ったんだから、ちゃんと敬意を払わないと失礼じゃない。勘違いしないでよね!」
「……ツンデレ?」
「つんでれ……?」
ルナが、こてんと首を傾げながらクレアに尋ねていたが。意味がわからないクレアも、同じく首を傾げていた。
「はいはい。遊んでないで、ちょっと通してね」
「トリアナ?」
「やっほークロちゃん、元気だった?」
「知り合い?」
「あぁ、この世界の女神だ」
「なっ!?」
俺の返事を聞いたクレアが絶句している。
そりゃそうだろ。この世界の人間でさえ、会うことが出来ない管理神だからだ。
聖女ならば、会ったことがあるのかもしれないけど。
「クロちゃん。ちょっと出て行ってー」
「お、おい」
ソフィアの事が心配になって尋ねてきたらしいが。彼女の状態を確かめたあと、なぜか俺たちはトリアナに部屋から追い出されてしまう。
追い出されてしまっては仕方がないので、リアと白亜が待っている食堂のほうへと向かうことにした――
「なんか、やたら立派な屋敷に住んでいるんだな」
お金がなくて苦労をしていると聞いていたが、屋敷の広さを見ると全然そうは思えない。
部屋の数は沢山あるみたいだし。屋敷は一階建てではなく、二階もある。
「曰く付きの物件だからね、すごい安いのよ」
クレアの言葉を聞いた瞬間、俺は押し黙る。
彼女が俺の方を見ながら、続きは聞かないの? と言いたそうな表情になっていたけれど。
そんなもの聞きたくもないし、知りたくもない。
俺の態度が功を奏したのか、クレアもそれ以上何も言ってこなかった。
◆◇◆◇
「ホントに行くのか?」
「クロ……びびりすぎ……」
「相変わらずこわがりじゃな……」
「だいじょうぶです。クロさまはわたしがまもります!」
朝食を終えた俺たちは、屋敷の地下に来ていた。
発端は、クレアから話を聞いたルナが原因なのだが。
クレアとマリアは何ヶ月かここに住んでいて、屋敷に地下があるのは知っていた。
けれど地下室には用がないし、住むだけなら掃除もしなくてもいいので、ずっと放置していたそうだ。
それを聞いたルナは、地下にお宝があるのかもしれないとつぶやいて、リアと白亜がその話に乗ってしまった。
ちなみにマリアは、宿屋に泊まっているアリスとエレンさんを迎えに行き、クレアは朝食に使った食器を洗っている。
アリスたちが屋敷ではなく宿屋に泊まっているのは、エレンさんがアリスの過去を配慮しての事だった。
アリスは小さい時に、幽霊が出る廃墟で嫌な思いをした過去があるので。もう克服したといっても、エレンさんが心配する気持ちはわかる。
俺の気持ちもわかって欲しいんだけどなぁ……
目の前で楽しそうにはしゃいでいる少女たちを見て、俺の気分は沈んでしまっていた。
「なんもないな……」
地下室は広くて、薄暗さに寒気がするが、見事に何もない。
彼女たちは肩透かしを食らった気分になってしまったみたいだが、俺はすごくホッとしていた。
よし、戻るか。と思っていたら、ルナが奥になにかがあるという。
俺はもの凄く行きたくなかったのだが、リアと白亜に両手を引っ張られて、嫌々連れて行かれる。
「よろい……?」
リアが口にした通り、そこには漆黒の鎧が飾られていた。
鎧のお化けか!? と思ったが、全く動かないので、どうやらただの鎧らしい。
よく観察すると、全然汚れていないし結構カッコいい。
まるでどこかの勇者が着ている感じの、黒騎士の鎧みたいだ。
「クロ……着てみる?」
「えっ……」
「おぉ、わらわも見てみたいのじゃ」
「クロさま、きてみましょう」
「いやいやまてまてまて」
三人の少女たちは、ガチャガチャと鎧を取り外し俺に着せていく。
抵抗することは出来たけど、小さな女の子達に力づくで拒否することは出来ない。
渋々俺は、漆黒の鎧を着せられることになった。
「おぉ……」
「これは良いのじゃ!」
「クロさま……かっこいいです!」
「そ、そうか?」
「兜もかぶってみるのじゃ」
「わかった」
カワイイ女の子達にノセられた俺は、ノリノリになって兜を装備した。
ルナがねがいの魔法を使って姿鏡を出してくれたので、それを見ながらポーズを決めてみる。
「いいなこれ」
鏡に写った自分の姿は、ダークナイトって感じでとても気に入った。
動くたびにガチャガチャと音が鳴るのが難点だったが、そんなに重くもないし、西洋の剣とか似合いそうだ。
ルナも同じことを思ったのか、魔法で漆黒の剣と黒いマントを創ってくれて、俺はワクワクしながら装備した。
「どうだ?」
「似合うのじゃ」
「かっこいいです」
「クロ……すてき」
「そうかそうか」
漆黒の両手剣を振り回しながら、いい気分に浸っていると、地下にクレアが降りてくる。
声をかけてきた彼女に自分の姿を見せようと、ウキウキしながら彼女に近づいて行ったら。
クレアが俺に、とんでもないことを言い放つ。
「それ……呪われてるわよ……」
「なん……だと……」
俺は慌てて両手剣を地面に突き刺し、兜を脱ごうとした。
しかし頭から離れない。篭手を外そうとしても外れない。
どうにかして鎧を脱ごうとしても、ガチャガチャとうるさい音が鳴るだけで、まったく脱げそうになかった――




