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第144話 メイド

「う……うぅん……」


意識が覚醒し始める。目を開けたら俺は、大きなベッドに寝かされていた。

横になったまま、首だけを動かして辺りを見回す。全く見覚えがない部屋だ、ここはどこなのだろうか。


なんか……すげぇ頭痛いな。

それに、何日寝てたんだ? 体がずいぶんと重い。


全く身動きできないほどではないが、腹のあたりからズンッと、重くのしかかるような怠さを感じる。


「ん?」


少しだけ体を動かそうとすると、寝ている俺の足元から声が聞こえてきた。

薄めの掛け布団から顔だけだして、自分の下半身のほうへと視線を向ける。


「すぅ……すぅ……」


「くぅ……くぅ……」


「くふ……んふふ……」


おおう……

なんだこりゃ。そりゃ重いはずだわ。


俺のお腹の上には、ルナとリアと白亜の三人が、可愛い寝息をたてながら眠っていた。

白亜は楽しい夢でも見ているのか、一人だけ笑っていて、他の二人とは微妙に違うけど。

三人とも体が小さいといっても、さすがに同時に腹の上に乗られたらそれなりの重さになる。


リアも白亜も、元の姿に戻っているな。


二人の姿を見て安堵する。リアは俺の事で巻き込んでしまって、ドラゴンから人の姿に戻れなかったら、どうしようかと思っていたところだ。

白亜のほうは、元の姿よりも小さい体格のままだが。まぁ、子狐のままよりはマシだよな。

しかし、これは起こせない。彼女たちはたぶん、俺の事が心配で一緒に寝ているのだろうし。




「蔵人、いるか?」


できるだけ小声で語りかけてみる。心の中で喋っても返事がなかったからだ。


「クロエもいないのか……」


俺の独り言だけが寂しく響き渡る。どちらも全く返事がない。

冥王と戦っていた時にかなりの魔力を消費したので、あの二人にも負担がかかったのだろうか。


ふと、誰かが見ているような気配を感じた。

部屋の扉のほうへと視線を向けると、そこにはなぜか同情するような視線を俺に向けてくる、マリアが立っていた。


「い、居たのかマリア……」


「いま来たところです。それよりも大丈夫ですか? 主に頭のほうは……」


うん。そりゃ心配されるよな。独り言のように誰かに話しかけていたんだ。

傍から見たら、頭がおかしくなったのかと思われても仕方ない。

俺は誤魔化すように、話題を変えることにする。


「あぁ、問題ない。それよりも、なぜマリアがここにいるんだ?」


「そりゃいますよ。ここは私とお嬢様の愛の巣……ごほん。住んでいる家ですから」


いま愛の巣って言わなかったか?


「そうなのか。それじゃ、ここはラシュベルトなんだな」


あちらの世界で夢を見た時、アリスとエレンさんが居たので、てっきりルシオールにでも運ばれているのかと思っていた。

ずっと眠っている俺を乗合馬車に乗せるのは、さすがに体裁が悪かったか。


「ソフィア様が、貴方様を連れてこられたのですよ。さすがに目立ってしまうので、宿屋には連れて行けなかったみたいです」


「そ、そうか」


なんか、マリアの口調がおかしい。

彼女はメイドなので、この喋り方が普通なのかもしれないが。ものすごく違和感がある。

魔族なのに、女神相手に敬称をつけたりするのかな。

考え事をしていると、俺のお腹がグゥゥっと盛大に鳴った。


「何かお持ちしますね。しばしお待ちを、よっ……ほっ……」


マリアが、俺お腹の上に乗っていた二人の女の子を抱え上げる。

左脇でリアを抱きかかえて、右脇には白亜を抱きかかえていた。


「この子達を部屋まで送ってから、軽いものを作ってきます」


「助かる」


さすがに三人同時には無理だよな。


マリアが退室したあと、一人取り残されたルナの寝顔を観察する。

あんな体験をしたばかりなので、いますぐ彼女の事を抱きしめたい衝動に駆られたが。なんとか我慢することが出来た。

俺はベッドから抜けだして、布団をルナに掛け直した。彼女はぐっすり眠っているようで、全く起きる気配はない。


「ん……んー……おぉ……バッキバキだな……」


自分の体が固まっていたので、軽くストレッチをしてみると。身体の至るところからバキバキと音が鳴った。


「うーん……ふぅ……」


いったい、どれだけ寝てたんだろうな俺。

商人の街でも気を失っていたことがあるけど、ここまでじゃなかった。


「体を動かして大丈夫なのですか?」


「うん? あぁ、少しダルいが平気だ」


「そうですか。こんな物しかないですけど、よろしければどうぞ」


「ありがとう」


いつの間にか戻ってきたマリアから、温かいスープとパンを貰う。

どんな訓練を積んでいるのか知らないが、扉を開け閉めしているはずなのに音がしなかった上に、彼女は相変わらず気配を感じさせない。

匂いでルナを起こしてしまうかもしれないと思ったけど、どうやら杞憂のようだ。


「俺、どれくらい寝てたんだ?」


ベッドから少し離れた場所の椅子に座って、マリアにいろいろと質問をする。

彼女から話を聞くと、軽く二週間以上は眠っていたらしい。

俺が眠っている間に様々なことが起きて、マリアやクレアには、大変な迷惑をかけてしまったみたいだ。


「アリスとエレンさんが、この街に来てるのか?」


「はい」


ルナが自分のお金を使って、ギルドの通信魔導具で連絡を入れたらしい。

居るはずのないリアがこっちに来ているので、理由を知るためにも通信をしたみたいだ。

リアはルシオールの屋敷の庭で遊んでいたら、目の前に冥王が現れて、そこで意識を失った。

突然リアが居なくなったので、アリスとエレンさんは、ルシオールの街でずっと彼女の事を探していたとのことだ。


「ルナ様が連絡を入れると、その日のうちにこの街に来ていましたよ。私とお嬢様は事情を知らないので、説明するのが大変でした」


俺をこの家に連れてきたのはソフィアだったが、彼女はこの家に到着すると、すぐに気を失ったらしい。


「迷惑をかけたな……」


「いえ。むしろアリス様のおかげて、私たちは助かりました」


「どういう事?」


さらに話を聞くと、フランチェスカ様が度々俺の見舞いに来ていたらしい。

それだけならいいのだが。ある日、勇者会談を終えて帰ってきていた光が、彼女のお供としてついて来たのだ。


「私とお嬢様が魔族だと、東の勇者に知られてしまったのです」


「うわぁ……」


ちなみに俺も魔皇だとバレたみたいだ。

ほんとうっざいな、勇者のステータス鑑定スキル。


一触即発の雰囲気のなか、アリスとフランチェスカ様が話し合いをして、なんとか事が収まったみたいだ。

最初は光も渋っていたが。フランチェスカ様の言葉と、アリスがこの世界の勇者だった事もあって、最終的には納得したらしい。

自分が勇者だと知らなかったアリスは、別の意味で戸惑っていたみたいだけど。


「ずっと隠し通す事はできないと思っていましたが、意外と早くバレてしまいましたね」


「すまん……」


「大丈夫です。アリス様が、私たちを雇ってくださることになりましたから」


「雇う?」


「はい。旦那様が目を覚ましたら、アリス様はルシオールにお帰りになられますので。私とお嬢様は、メイドとして連れて行ってもらえることになりました」


「いろいろとツッコミたいがちょっと待て。旦那様って誰だ?」


「いきなり突っ込むだなんてそんな……もちろん貴方様のことですよ」


マリアは頬を染めながらチラチラと視線を送ってくるが、それを無視して話を続ける。


「俺とアリスはまだ結婚していない。だからその呼び方はしないでくれ……」


「おや? これはとんだ勘違いを。失礼しましたご主人様」


「…………」


マリアは丁寧に対応してきているけど、その顔はめっちゃニヤニヤしている。心の底から楽しんでいるのだろう。



「お前たちはそれでいいのか?」


「はい。むしろお嬢様の安全を確保するためには、これが最善なのです」


「そりゃ勇者に狙われるよりはマシだろうけど……」


「それだけではありません。お嬢様は同じ魔族からも狙われています。だから人間の国で暮らしているのですよ」


「魔王は弟が継いだんだろ? なんで狙われるんだ?」


「血が繋がっていないからですよ」


クレアの弟は義弟らしい。名のある魔族の血筋だったが、両親が死んでクレアの父親が引き取った。

父親は、将来の魔王の補佐として育てていたらしいけれど、どうにも性格がひん曲がった男なのだそうだ。

養父が死んだのをいいことに、遺言を無視してクレアのことを陥れた。

だけどそれだけでは反発する者が出て来る、遺言で次期魔王はクレアに決まっていたからな。

男はクレアを自分の嫁にすることで周りを治めようとしたが、クレアがそれを嫌がって人間界へと逃げてきた。


「弟の家臣に命を狙われているのか」


「そうです。お嬢様が死ねば、養子とはいえ、前魔王さまの息子ということになりますからね」


めんどくっさいな。

マリアがクレアのことを、やたら俺に押し付けようとしてたのは、それが理由か……




クレアのことは、いますぐ何かをするつもりはない。

彼女の事がよくわからないのもあったが、北の女勇者の存在が、よくも悪くも防波堤みたいな役目になっていて、魔族はなかなか人間の国に来れないみたいだからだ。

二人がどうやってこっちに来たのかは知らないけど、たぶんマリアの力なのだろう。

この後も彼女から話を聞き出して、続きはみんなが起きてからにすることにした――

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