第143話 また未来で逢おうね
「俺の言ったことを信じてくれるのか?」
「ん……クロはウソをつくような人間じゃない」
ルナとしばらく話をした結果、どうやらここは本当に、俺が忘れてしまっている過去なのかもしれない。
しかし、俺がその現実を受け止めたとしても。ルナからすれば、とても信じられるような話ではないと思う。
「俺が言うのも何だが……なんでそんなに簡単に信じられるんだ?」
「ワタシも、過去に行ったことがあるから」
確かに、未来の世界でルナから過去に飛んだことがあるという話はされた。
あの時の彼女は、とても悲しそうな顔をしていたんだ。
それもそうだろう。大好きな黒斗に会えないばかりか、前世の俺は、ルナ以外の恋人と楽しそうに暮らしていたらしいし。
そんな話をされたら、俺の前世の事をもっと話してくれ、なんてとても言えるわけがない。
「そうだったな。なら俺がここに居るのは、ねがいの魔法の力なのか?」
「たぶん……」
あんまり自信がないみたいだ。
「てことは、いずれ俺はあの時代に戻れるのか」
「その前に話がある」
ルナは魔法で小さなカバンを出して、ゴソゴソと何かを探し始める。
未来でも使っていた、ずいぶんと古ぼけたカバンだ。もしかしたら、黒斗の遺品なのかもしれない。
「これ……読んで」
「なんだこれ?」
「読めばわかる」
ルナから手渡されたのは、表紙がボロボロになっている一冊の本だ。
今にもページが破けそうになるくらい古いので、慎重に本をめくってゆく。
その本に書かれていたのは、二人の神の物語だった。
原初の力を持って神々の王になった、天空神ウラノス。
時間と空間を操る能力を持っていた、時空神クロノス。
虫食い状態がひどいので所々しか読めないが、この二人の神々の記録みたいな感じの本だ。
もともと二人の神は一人だった。創世神と呼ばれたその神は世界を創造し、神族という存在を創りあげ、そのすべてを管理をしていた。
しかしその力はあまりにも絶大で、力を持つ本人ですらそれを制御することが出来なかった。
ある時、創世神はひとつの考えに辿り着く。制御出来ないのならば、力を半分にしてしまえばいい。
そしてそれを実行した。
半分にするといっても、力を消すことが出来なかったので、自分が一番信頼できる者に分け与えることにした。
しかしそこで、不幸な出来事が起こる。本人にすら制御出来ないほどの力だ、それを分け与えられた者も制御できるわけがない。
やがて二人の力は暴走し、それを行使した創世神も、力を与えられた者も死亡して。行き場をなくしたその力は、神界を彷徨った。
長きに渡る時間を彷徨っていた力は、二人の神として復活する。
一人は天空神として、もう一人は時空神として。
途中の部分の虫食い状態がひどいので、その辺りは読むことが出来なかったが。
本の最後のほうには、復活した天空神と時空神の戦いが書かれていて、最後は天空神の勝利で終わっている。
俺はゆっくりと本を閉じる。
その直後――
なぜか本が消滅して、光の粒子になって霧散した。
目の前で驚愕する出来事が起こったが、それを見ながら俺はしばらく考え込む。
ルナが俺に、あの本を読ませた理由がわからない。
「この神様は、俺に何か関係があるのか?」
「ん……」
俺の質問に、ルナは肯定しながら頷く。
「原初の力はねがいの魔法……最後に復活した天空神は、クロフォードのこと」
「…………」
「そして……時空神は冥王のこと」
言葉が出ない。
薄々……そうじゃないかとは思っていた。
けれど認めたくはなかった。認めてしまえば、俺は自分の存在が許せなくなるからだ。
正直に言って、クロフォードに恨みはない。そして俺は冥王のことが嫌いだし、二人の間にどんなやり取りがあったのか、あの本からは知ることが出来なかった。
ただひとつだけわかるのは、クロフォードの生まれ変わりである自分と、俺の嫌いな冥王は、同一の存在だということだけだ。
「聞きたいことがある。冥王は、人間じゃないのか?」
俺の見た夢の中で、黒斗を転生させたクローディアが、冥王は人間だと言っていた。
この言葉が本当だとすれば、この話にはまだ先があるはずだ。
俺の質問を聞いたルナが、苦虫を潰したような顔になる。
そして、ポツポツと続きを話し始めた――
「天空神に殺された時空神は……人間として生まれ変わった。そして、冥府の王の力を奪い……クロフォードを殺した」
俺は、ルナが知っている話をすべて聞き出したあと、自分の頭の中でまとめる。
まずはじめに、生まれ変わった時空神は、どの時代から来たのかはわからない。
人間になったので制限があるらしいが、時間を飛ぶことが出来たからだ。
奴の目的は、俺たちのねがいの魔法を奪うこと。
冥府の王というのは、冥界と呼ばれる場所を管理する神の名前らしい。
冥界は、咎人の魂を浄化するために存在している。
蔵人が言っていた、闇の転生の領域とは冥府の王の力だ。
クロフォードが持っていたねがいの魔法を奪うために、奴はこの力に目をつけた。
冥界の神の力を己の中に取り込み、奴は冥王と呼ばれる存在になった。
そしてクロフォードを殺して、冥王はねがいの魔法を取り戻す。
しかしそこで、冥王に誤算が生じる。それはクロフォードの妻、クローディアの存在だ。
クロフォードはもしもの時のために、時空神から奪ったねがいの魔法を、クローディアに分け与えていた。
夫を殺されたクローディアは嘆き、怒り、人間界に戻った冥王へと復讐に走る。
創世神から天空神と時空神へ、そして更に、天空神クロフォードからクローディアへ。
すべてを手に入れたと思っていた冥王は、計算外だったのだろう。
同じねがいの魔法を持っていた、クローディアと冥王の力は拮抗していた。
二人の戦いは長きにわたって続いた。決着がつかないと思ったクローディアは、冥王の力を削ぐことを考えたのだ。
それが黒斗の転生だった。彼女は瀕死になりながらも、冥王の力を奪うことに成功する。
そして亡き夫の生まれ変わりである黒斗に、残った気力を振り絞り、その力を譲渡した。
これが……冥王が俺たちのことを敵視する理由だ。
そして最悪なことに、俺と冥王は同じ存在と言っても過言ではないので。
俺が生きている時代には、必ず奴が存在している。
かといって、俺が死ねば奴が満足するなんてことはない。奴の最終目的が、すべてのねがいの魔法を自分の物にするためだからだ。
唯一の救いなのは、俺と冥王は魂から連動しているらしいので、俺が弱いと奴も弱くなるらしい。
アストレア様が俺を何度も転生させている理由は。そうしないと、魂ごと俺を奪われる可能性があるのだそうだ。
「どうしろってんだ……」
「クロ……」
俺は途方に暮れてしまう。話が壮大すぎるんだ。
唯でさえ、自分は大聖王の生まれ変わりだと知って、いっぱいいっぱいだったのに。
俺は宿敵と同じ存在だと知ってしまったんだ。
それに、奴の倒し方が全く思い浮かばない。
「そういえば……クロエは、どうして俺とは別に存在しているんだ?」
「クロエは死ぬ前に、神王の力で自分を切り離してた」
神王になれる程に力を昇華させたクロエは、自分だけ輪廻転生の輪から抜けだしたらしい。
しかもその理由が、男に生まれ変わりたくはないという巫山戯た理由だった。
まぁ、たぶんだけど……冥王に力を奪われないようにするためのものだったのかもしれない。
死ぬ気になればそんな事が出来るんだろう。黒斗も死ぬ寸前に、ルナの中に魂が半分だけ移ってたしな。
「これをみて」
「うん?」
ルナが空に手を伸ばして、魔法を唱える。
すると、中空に映像のようなものが浮かび上がった。
その映像には、アストレア様とクロエの姿が映っている――
「もう一度、クロードを生まれ変わらせるのですか?」
「えぇ。冥王に対抗するためには、この方法しか思い浮かびませんわ」
「どういう事です?」
アストレア様がクロエに向かって、睨むような顔で質問をしている。
生きている人間を転生させるのは、殺すようなものだ。
俺の事を我が子のように可愛がっている彼女からしたら、怒りたくなるのも無理は無い。
「何も、殺せと言っている訳ではありませんわ。わたくしがもう一度、あの子の中に入るためです」
「それは……」
冥王の力に対抗するための手段。それは、俺とクロエの力を合わせること。
二人の会話を聞いていると、それは一種の賭けみたいだ。
俺の体の中に入っても、彼女は俺に取り込まれるかもしれない。
そんな理由でアストレア様が反対しているけれど、クロエは覚悟を決めたような態度だった。
「貴女が消滅してしまうかもしれませんよ?」
「それならそれでいいですわ。あの子に取り込まれるのなら、それも本望。でもね、アストレア様……優しいあの子なら、きっとわたくしの存在も認めてくれますわよ」
「クロエ……」
認めるというか、クロエが勝手に出てきた気がするんだが……
心の中でクロエのことを茶化していると、二人は覚悟を決めたように頷き合う。
「わかりました。私も覚悟を決めます。だけど危険だから、あの子の記憶は封印します。忘れられるのはつらいですが、それがあの子のためになりますから」
「親バカ……ですわね」
「なんとでもいいなさい」
俺は二人の顔に見惚れてしまう。俺のことを話している二人の表情が、慈愛に満ちていたからだ。
「待っていてくださいね、アストレア様」
「え?」
「あの子とともに必ずここに戻ってきて、次こそ貴女を攻略してみせますわよ!」
クロエは左手を腰に当てて、右手の人差し指でアストレア様の事を指差しながら、そう宣言する。
その仕草を見たアストレア様は、キョトンとしたあと口元に手を当てて、上品にくすくすと笑い出す。
「えぇ。待っているわ」
そうか……
俺がソフィアの下で転生したのは、そんな理由だったのか。
ただひとつだけ、あの人達が計算外だったのは、ルナの存在なのだろう。
彼女は自分の事を探し続けてくれて、俺のねがいの魔法の力を引き出してくれた。
そうだな。俺は一人じゃない。黒斗や蔵人もいるし、クロエも傍にいてくれている。
それに……俺には大好きな女の子達とルナがいるんだ。大切な彼女たちを護るためにも、弱気なんて言っていられない。
「む……」
「クロ?」
「いや、なんか……意識が遠のいてく感じがする」
「そっか……もっと話したかったけど……しかたない」
「ルナ……」
俺はルナの体をギュッと抱きしめる。
子供の姿の俺はルナよりも小さいので、逆に抱きしめられているような感じだ。
「俺も黒斗と同じで、ルナの事をずっと愛してる」
「クロ……うれしい……」
「俺が居なくなったら、また寂しくなってしまうかもしれないけど……」
「ずっとまっているよ……だから……また……未来で逢おうね」
「あぁ……約束だ」
「うん……うん……」
ますます俺の意識が遠のいていく。
俺の人格が、未来へと帰ろうとしているのかもしれない。
顔を見上げてみると、ルナが涙を流している。しばしのお別れだ。
未来に帰ったら、もう一度彼女のことを抱きしめよう。
そう思っていると、俺の意識はこの身体から完全に切り離された――




